碧を知る
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2005年、桜舞い散る春のこと。
私は東京の山奥にある学校の門前に立っていた。
全国で二校しかない呪術専門の学校。東京都立呪術高等専門学校。通称、呪術高専東京校。
表向きは私立の宗教系学校を装っているが、実際は呪いを学び、祓い、斃すことを教える学校だ。
多くの呪術師が卒業後もここを拠点に活動しており、教育だけでなく任務の斡旋・サポートも行っている呪術界の要。東京校では東日本での任務や高専生の受け入れを行っている。
そんな呪術高専に生まれた時から入学がほぼ確定してしまった私は、大きなキャリーケースを持って門をくぐった。
どう考えてもキャリーケースで通ることを想定されていない石畳を通る。途中溝に車輪が嵌ってキャリーケースが傷付いても知らんふりだ。後で直せばいい。
どこか実家のような雰囲気の漂う学校だ。そう考えたら、先程分かれたばかりの家族の姿が脳裏に浮かんで少し寂しくなった。
私の家は代々呪具職人として栄え、血を繋げてきた家だ。現存する呪具の管理はほぼ実家が噛んでいると言っても過言ではない。そのため、御三家とまではいかずとも、それなりの権力はある。
ただ、この界隈では珍しいことに、大変家族想いな家系なのだ。
過保護な父に、呑気な母、そして父よりさらに過保護な二人の兄。そんな家だったからこそ、強大な力を持って生まれた私を邪険にせず、普通の子どものように慈しんで育ててくれた。
呪具職人の家系なのに呪具を作るのはてんでダメで、使うことしか能のない私を叱ることなく、むしろ作った呪具を試すことができるからよかったと、そう喜んでくれる家族などなかなかいるものではない。
息を切らすことなく長い階段を登る。登った先にいたスーツの女性に、名前を確認された。
「新入生の方ですか?お名前をお願いします。」
「涼森 美桜です。」
そう答えると、こちらをジロジロと見てきた。
そんな見ないでよ、と思いながら女性を見ると、怯えたように肩を振るわせて歩き出した。
「ご、ご案内します....」
相変わらず上手く着いてこないキャリーケースを無理やり引っ張りながら女性に着いていくと、年季の入った建物の三階に案内された。
ここまで来てまだ登らせる気か、と一瞬思ったけど、文句を言っても仕方がないので黙って階段を登る。
辿り着いた三階には似たような扉が五つ並んでいた。等間隔で設置されているその先には、既に何人か人の気配があった。
「寮は同じ学年の人が同じ階の部屋になります。涼森さんの部屋はこちらになります。」
女性はそう言って一番奥の扉の前で止まった。女性が持っていた鍵で開けると、十二畳程のワンルームが見えた。促されたため部屋に入る。あらかじめ実家から送っておいた荷物がぽつんと置いてあった。
備え付けの机と椅子に、どう見ても硬そうなベッド。トイレとシャワールーム、簡易キッチンも付いている。なるほど、大体ここで完結しそうだ。
一通り設備の説明をした後、鍵を私に渡して女性は去っていった。
その後ろ姿を見送った後、部屋を改造するために服の袖を捲り上げる。
玄関のように一段高くなっているところで靴を脱ぐ。すぐ隣には三足ほど収納できる靴箱があった。こんな小さな靴箱で足りるわけない。脳内にある買い物リストに靴箱を追加した。
絨毯も何も引かれてない剥き出しの木の床。気に入らない。
私は一度部屋にあるすべての家具を廊下に出すと、実家から送った荷物を開封し、中から絨毯とラグを取り出す。それを四苦八苦しながら部屋に皺なく広げる。
廊下に出した家具を戻す。ベッドのマットレスは実家で使っているものと同じものを買ってきた。圧縮されているマットレスの袋を破くと、ボボボンッと音を立てなからマットレスが広がる。それにシーツをかけて、ベッドにセットする。シングルって狭いね。
枕も掛け布団もいつもと同じものを買ってきたからそれをセットする。
「なかなか良い感じじゃない?」
誰も返してくれる人がいないこの部屋は、少し私には寒く感じた。
これで大体引越しは終わりだ。くすみブルーを基調とした良い部屋が出来た。
あとは壁に家族の写真を飾って、細々とした小物を仕舞えば完成!
明日に備えて早めにベッドに入る。
今年は豊作と言われてるみたいね。御三家である五条家のうん百年ぶりに生まれた六眼と無下限術式の抱き合わせに、珍しい呪霊操術持ちに、これまた珍しい他者に反転術式をかけることの出来る子。
楽しい学生生活になりそうだ。
明日からの生活に心躍らせながら目を閉じた。
+ + +
意識が浮上する。
耳のすぐ隣でけたたましい音を鳴らす目覚ましを乱暴に止めた。
八時。確か九時に教室集合だったはず。余裕で間に合う。
起き上がって大きな伸びをしてから、布団と決別して昨日来る前に買っておいたあんぱんを食べる。
(昨日も思ったけど、一人で食べるご飯ってこんなに味がしないものなんだなぁ。)
そんなことを考えていたら、あっという間に時間がなくなった。
紙パックのカフェオレを行儀悪くズルズルと音を立てて飲み切った後、歯を磨く。
次は着替えだ。昨日壁にかけておいた制服をハンガーから外して着替え始める。
シンプルな白いブラウスの上に真っ黒い短ランを羽織る。ちょっと動いただけでブラウスが見えそうなくらい丈が短い。でもこれくらいが動きやすい。下はパッと見タイトスカートに見える短パン。右太ももの飾りベルトがアクセントになっている。それにヒールのある黒いロングブーツを履けば着替え完了だ。
全身鏡の前でくるっと回ってみせる。
(なかなか良い感じじゃない?)
最後に髪を軽く手櫛で整えてから部屋を出た。
一番奥の角部屋のため、歩きながら他の部屋を探ってみるけど、どうやらもうみんな教室に向かってたみたい。
寮から意外と離れている校舎の教室に向かう。
呪術師は
そのため、当然ながら一学年一クラス。一年と書かれた札の教室に迷うことなく向かう。
扉を開けようと手をかけると、中から話し声が聞こえた。自己紹介でもしてるのだろうか。出遅れたかな。ちょっと不安に思いながら、ガラガラと音を立てて年季の入った扉を開けた。
「お、やった女子じゃん。」
四つ並んだ机と椅子。その一番廊下側にいた女の子に声をかけられた。その子以外は男の子。
同級生に同性がいると心強い。
ここ座りなよとすぐ隣の空いている席を指差され、扉を閉めて席に向かった。
「家入硝子。よろしく。」
「私は涼森 美桜。よろしくね、硝子ちゃん。」
「硝子でいいよ。私も美桜って呼ぶわ。」
「わかった、硝子。女子同士よろしくね。」
硝子と話していると、視線を感じた。
そういえば男子もいるんだっけか。そう思いそちらを見ると、掛けていたであろうサングラスがズレたことで現れた、綺麗な碧と目があった。これが六眼か。すごいエネルギー。吸い込まれそう。
っていうか、
「睫毛バッサバサ。」
あ、声に出てた気がする。そう思って手で口元をおさえるけど、時すでに遅し。
誰かのブッと吹き出す音が聞こえたあと、二人分の笑い声が教室に響いた。
「美桜、最高。」
「だってさ、悟。よかったね。」
悟と呼ばれたバッサバサ睫毛の持ち主は、私をすんごい顔で睨みつけてきた。お気に召さなかったようだ。でも別に貶してるわけじゃないじゃん、むしろ褒めてるのよ。
そう思いながら気を取り直して自己紹介をする。
「涼森 美桜。よろしくね、五条悟くん。」
この界隈で彼ほど有名な人はいない。ひと目見てわかった。
彼も私の名前で私のことが誰かわかったみたいだ。
「あぁ、お前が涼森家の秘蔵っ子か。」
涼森家の秘蔵っ子。それが最近の私のあだ名だ。
というのも、両親は私が生まれてすぐ、呪力が一般人程度しかない子どもという虚偽の申告をした。まぁ普通は家のプライドにかけてそんな申告はしないが、我が家は家族愛がすごい。そのため、私の存在を公にすると私の成長に良くないと考えたようだ。
私のこの翡翠の目は、先祖返りである神器遣いの証だそうで。場合によっては懸賞金をかけられ、呪詛師に命を狙われる日々を送ることになる。それを防ぐために両親は一般人として私を育てた。とは言っても、幼稚園に行くまでに死ぬ気で呪力操作を叩き込まれたが。
そのおかげで私は誰にもバレることなく、スクスクと中学まで育ってきた。私は別に呪霊を祓いたくないとか、そういうのはなかったから、元々呪術高専に入学するつもりだった。だから家で鍛錬したり、家族の任務に着いて行ったりしていたけど、呪術界は私という呪術師の存在を知らないわけで、当然私に階級などなかった。
そして二ヶ月前。春から呪術高専に行くし、自衛も出来るようになったしもう良いでしょうということで、遂に発表された私という存在。上層部は蜂の巣をつついたような騒ぎだったらしい。急いで階級審査が行われ、与えられた階級は二級。割と上だなぁ。もうちょっと下から登りたかったんだけど。
そんなこんなで私もちょっと有名人になってしまったのだ。
よろしくって言ったのに名乗ってもくれない。
あ、もしかして
「照れなくてもいいよ?」
「あ"ぁ? 照れてねぇよ! 無視してんだよ!」
また二人分の笑い声が響く。
五条君の隣、一番窓際の席に座っている男の子が自己紹介をしてくれた。
「夏油傑だよ。よろしくね、涼森さん。」
「よろしく、夏油君。名前でいいよー。」
「じゃあ美桜と呼ばせてもらうよ。私のことも傑でいいよ。」
「おっけー傑、よろしくねー。はい、次!」
私がそう言うと、全員の視線が五条君に集まった。全員といっても、三人しかいないけど。
流石に居心地悪かったのか、小さい声で名前を言った。
「....五条悟。」
「悟ね! よろしく!」
「てめぇ、いきなり呼び捨てかよ!」
あぁ、なんか。
「絶対楽しいわ、ここ。」
私がそう言うと、悟は目を丸くしてから意地の悪い顔で笑った。
「俺がいるんだから当たり前じゃん。」
この三人とは一生付き合いが続いていく。
初めて会ったばかりなのにそんな予感がしてた。
しばらく談笑してると、時計を見た悟が不機嫌そうに言う。
「つーか担任遅くね?」
つられて私も時計を見るけど、九時前だ。別に遅刻していない。私たちが早く来すぎたのだ。私は最後だったから他の三人はもっと早く来ていたのだろう。
「あ、噂をすれば。来たよ、担任。」
教室の扉に人影が見える。
音を立てて入ってきたその人は、坊主頭にサイドに入った二本のライン。私たちと同じく、真っ黒い服を着たその人は、きもかわいい熊らしきぬいぐるみを背負っていた。
呪術界にまともな人がいないって本当だったのか、と少し感心する。
その人は教卓に手をつくと、私たちを見回して太く低い声で言った。
「よし、全員いるな。夜蛾正道、お前らの担任だ。今年は近年稀に見る豊作だと聞いている。六眼と無下限術式の抱き合わせに、先祖返りの神器遣い。一般家庭出身にも関わらず高いレベルの呪霊操術と他者も治療可能な反転術式持ち。たった四人しかいない同級生だ。仲良くやれ。」
わかってはいたけど、やっぱり今年はすごいのか。傑と硝子は一般家庭出身なんだ。じゃあ最初は基礎からかなぁ。ちょっと退屈かも。
「お前らもう自己紹介は済んだか?」
そう言われて皆頷く。
「ならいい。では早速授業を始める。」
そう言われていくつかの教科書を渡された。やはり呪術高専なだけあり、呪術に関するものが多いが、そもそも私たちは高校生。普通の高校生がやるような国語、数学といった一般教養の教科書もあった。
しかしまずは呪術に関することから優先して行うのだろう。夜蛾先生は"呪術の基本"と表紙に書かれた教科書を取り出した。中身をパラパラと捲った瞬間、あまりの内容に顔が歪んだ。
(うへぇ。本当に基礎の基礎じゃん。)
隣を見ると、私と全く同じ顔をしていて笑った。いや、私より酷いかもしれない。私は舌が出るほど歪めていない。
「悟と美桜には辛い内容かもしれんが、仲間のためだ。受け入れろ。」
私は一通りのことを習っただけだから復習代わりにいいけど、悟は五条家に次期当主として英才教育を受けてきたのだろう。例えるならば、高校生がひらがなを教わるようなものだ。さぞかし辛いだろう。
そんなこんなで授業が始まって数日後。
遂に悟がキレた。