碧を知る
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悟に"お前を手に入れてやる宣言"をされてから早数日。いつも通りすぎる悟の様子に肩透かしを食らった気分になるも、碧い目をじっと見つめると照れたように目を逸らすことに気付いた。可愛いやつめ。
傑と硝子は、お酒を飲んだあの日から悟と私の空気が微妙に変わったことに気付いているみたい。二人に「何かあったの?」と聞かれたけど、馬鹿正直に言えば話のネタになるだけだから「何でもない」って答えている。「ふーん」って言いながら顔はニヤニヤしてこっち見てるの気付いてるからね!?
そんな時に入った悟と私の任務。一級が二人派遣されるということは、任務の難易度的には特級だ。場所は秋田県の山奥。日帰りだとスケジュールが大変なことになるので一泊二日の出張だ。
補助監督の運転する空港に向かう車の後部座席に悟と並んで座る。私たちの足元には一泊分の荷物が入ったボストンバッグが無造作に置かれている。
昨日も任務が入っていたし、今日も朝が早くて流石に眠い。空港に着くのにあと何時間かあるから、ちょっとだけ目を閉じよう。そう思って座席に身体を預け、目を閉じた。
悟は規則正しい寝息を立て始めた美桜を横からそっと見た。よく寝ているようだ。
美桜の術式は近距離から遠距離まで網羅しているため、凡庸性が高く様々な任務に駆り出されている。もしかしたら自分より熟す任務の数が多いかもしれない。まぁそれは難易度を除外した単純な数だけで言えば、の話だが。
空港に着くまでまだ時間はある。このまま寝かせておこう。そう思った悟も、手持ち無沙汰だしと着くまで目を閉じた。
うとうとしていた悟は、己の左肩に重みを感じて目を開けた。左を見れば、そこには自分の肩に頭を預けて眠る美桜。どうやら車の振動でバランスが崩れたらしい。
しかし、肉のない肩では寝心地が悪いだろう。そう思った悟は、美桜の肩と背中を支えると、自身の太ももへと美桜の頭を移動させた。それでも起きないということは、余程深い眠りについているのだろう。
悟は眠っている美桜の顔にかかった髪を骨張った指でどかして耳にかけた。それにより、無防備な寝顔と形の良い耳が露わになる。悟は美桜の頭をそっと撫でると、窓の外へと目を向けた。
「....、着い....。起き......。」
誰かに呼ばれてる気がする。気持ちよく寝てたから起きたくなくて、頭の下の枕にしがみ付いた。聞こえていた声が聞こえなくなって、もう一度心地の良い眠りに入ろうとしたとき。ふぅーっと耳に息を吹きかけられて意識が急激に浮上した。
「....っひゃん!!」
何が起こったのかわからず、耳を押さえて上を見る。あれ? なんで悟が私の上にいるの?
「おっはよー。よく寝てたな。そんなに俺の膝枕気持ち良かったか?」
膝枕? 寝起きの回らない頭で必死に考えながら身体を起こすと、自分の下には悟の脚。悟を枕にして寝てたの!?
「よくわかんないけどすんごい寝た。ありがと。」
悟のこと好きって気付いたからかな。びっくりするくらいぐっすり寝てた。安心しているのかな。なんだか悟の目を見れなくなって、下を向いたら目に入る濡れた服。
「あ、ごめん、よだれ。」
「は!? よだれ!? あー!!! 俺のズボン濡れてんじゃん!!」
ひとしきりギャーギャー騒いだ後に、「まぁ、よだれ出るくらい安心して寝てたんだろ」って言われてキュンとしちゃった。そうなの、安心して寝てたの。やられてばかりは性に合わないから、私も悟をドキドキさせてみた。悟の脚のすぐ横に手をついて、悟を上目遣いで見つめる。
「そうなの。悟の近くだと安心できるの。」
サングラスの奥で目を見開いた悟が、頬を掻きながらあーとかうーとか言ってるのがおかしくてゲラゲラ笑った。
車も停まっているし空港に着いたのだろう。私は身なりを整えると、自分のボストンバッグを持ってドアを開けた。
「ほら行くよ、よだれ。」
「よだれはお前だろ!?」
期待を裏切らないツッコミに声を出して笑う。好きな人と一緒にいるだけで、こんなにも楽しいんだね?
送ってくれた補助監督にお礼を言ってから、悟と並んで空港の自動ドアをくぐった。朝早いからまだ人は少なく出張のサラリーマンと思われる人ばかりだが、それでも視線が集まるのがわかる。そりゃ白い髪に碧眼の大男に、翡翠の目の美女(だから自分で言うな)が全身真っ黒な格好で空港に現れたら見ちゃうよねぇ。しかもどう見ても若い二人だ。制服と呼んで良いのかわからない制服着てるし。
搭乗予定の飛行機は意外とすぐで、売店によって軽食を買った後、搭乗ゲートに向かった。
予約していたビジネスクラスの隣同士の席に座ると、私はバッグから今日の任務の資料を取り出した。一通り目を通して任務内容を大体把握する。ふむ。
「どう思う?」
悟に問いかけながら資料を渡すと、悟はちゃんと読んでるのか読んでないのかわからないくらいのスピードで資料を捲る。
「ふーん。呪詛師いるな。」
「だよねー。」
今まで目立った呪霊の報告がなかった地域に、突如現れた推定一級呪霊。山菜採りに出かけた住民が証言している何かが腐った臭い。それが複数。間違いない。呪詛師が何か儀式でもして呪霊を呼び寄せたか作り出したんだ。
離陸してからしばらくして、シートベルトサインが消えたことを確認すると、軽食を食べようと先程売店で買った袋をガサガサと漁る。
私が海老カツサンドを頬張っていると、隣から手が伸びて私の手を掴む。そのまま自分の方に持っていくと、ガブリと半分以上食べられた。ちょっと待って、めっちゃ食べるじゃん!?
「一口が大きすぎっ!!!」
「....ん、うまいな。」
ムッとした私も悟の真似をしてみる。悟の食べているたらこおにぎりを持つ手ごと自分の方に寄せて、可能な限り大きく口を開ける。そのままおにぎりに齧り付くけど、流石に悟程一口が大きくないからか、少し欠けただけだった。むむっ!
「全然食べれてねぇじゃん。もっかい食うか?」
「え! いいの!?」
「おう。ほら。」
そう言っておにぎりを差し出してくれたから、もう一口もらう。美味しい。
「米ついてる。」
「ん。ありがと。」
悟が私の頬についた米粒を取ってそのまま自分の口に入れた。恥ずかしくて顔が赤くなりそうだったけど、負けた気がするから平静を装った。悟も同じことを考えていたなんてつゆ知らず。
+ + +
短い空の旅はあっという間に終わり、悟と美桜は電車とバスを乗り継いで目的地に到着した。
二時間に一本しかないバスを降りた瞬間に感じる濃い呪いの気配に美桜は顔を歪めた。バスに乗っている時から感じていたが、降りるとより一層強く感じる。
隣の悟を見てみると、白目を向いて舌を出し、お"っえぇーって感じの顔をしていた。美桜は思わずぶふっと吹き出した。すごい顔だ。なまじ綺麗な顔をしているせいか、変顔の威力がすごいのだ。
「いるな、特級。」
「....いるね。気配が濃すぎて居場所がわからないけど。悟どう?」
「俺も無理。しらみ潰しかよめんどくさっ。」
「とりあえず帳下ろすね。『闇より出でて闇より黒く、その穢れを禊ぎ祓え』」
空から黒い帳が液体のように垂れていく。帳が正常に稼働したことを確認した後、美桜と悟は獣道すらない森の中を歩き始めた。
が、三分で嫌になった。
「悟、枝うざいから無下限で何とかして?」
「俺は盾じゃねぇ。」
「じゃあ私も無下限の中に入れて?」
「疲れるからやだ。」
「えぇ〜、じゃあ仕方ないなぁ。」
美桜は急に立ち止まった。前を歩く悟がそれを察して振り返る。
美桜は制服のジャケットのボタンを上から一つずつ外していった。女性らしい身体つきが白いブラウスに包まれており、何だかイケナイ気分になりそうだ。
悟は急にジャケットを脱ぎ出した美桜に「何をする気だ」とでも言いたげな顔で見る。
美桜はジャケットの内ポケットに手を突っ込むと、何かを探すように手をガサゴソと動かしている。
「ん〜....。あ、みっけ。」
美桜がポケットに入れていた手を引っこ抜くと、そこには一枚の紙。羊皮紙のような厚みのあるくすんだ紙だ。
「お前それどっから出した?」
「ふっふーん。よくぞ聞いてくれました! これは我が母の最新作! 三次元ポケット!」
「四次元じゃねぇのかよ。」
「そーゆーこと言う子にはあげないぞ?」
「すいませんでした。」
速攻で謝る悟に気分が良くなった美桜は、「うむ、よろしい」と満足そうに頷いた。
「これはね、私が入れようと思ったものはなんでも入っちゃう魔法のポケットなの。でも生きてるものは入れれないよー。主に私の小道具入れ。」
「もったいない使い方だな。」
「もったいなくないよ! 今から悟もその小道具に救われるんだから。」
美桜はそう言ってずっと持っていた羊皮紙を広げて地面に置いた。そしてどこからか取り出した短刀で自分の親指を軽く切った。滲み出す血を一滴、羊皮紙の真ん中に垂らすと、白紙だった羊皮紙に線が描かれていく。
一滴の赤い血を中心に等間隔で引かれた円。そのところどころに黒い点がある。
「これが私のいる場所で、こっちが呪力の塊。呪霊か呪物かはわからないけど。この円は私からの距離を表してる。要は自分を中心とした呪力の位置を示す地図なの。」
「へー、流石涼森家。便利なもんあるんだなー。じゃあこれが親玉か?」
悟は地図に示された大きな黒い点を指差した。悟は自分で指を差したくせに、首を傾げ何かを考えだした。
「美桜、これなんか法則ないか?」
「....え?」
美桜は悟に倣って地図を見る。自分たちがいる位置の左上に、黒い点が三つ。その点は大きさこそ違うものの、図形を描くように等間隔に並んでいる。もしこの地図がもっと大きく広範囲を示すものだとしたら、その点は五角形か六角形のうちの三点だろう。そう思えるような規則正しさだ。
悟と美桜は呪術界の名家出身。呪術の知識は幼い頃から叩き込まれてきた。
証言にあった腐ったような臭い。辺り一体に漂う濃い呪力。そして規則性のある呪力の点。全てを繋ぎ合わせた結果、二人の脳内には一つの悪習が思い浮かんだ。
"贄の儀"
古より続く悪習。地震、噴火、飢饉といった災害はその地に住まう神が怒っているからだとし、その怒りを鎮めるために生贄を捧げる。
生きたまま手足を切断した後に首を切る。そうして六つに分かれた身体を、神の宿る祠を中心にして六角形の図形を描くようにそれぞれ配置するのだ。
現代になり災害の原因が解明されてからは、ほとんどなくなった悪習だが、今回のものは神の怒りを鎮めるためではなく、呪霊を作り出すために行われたものだ。
実際呪霊が作り出されていることから、贄は一人ではない。最低でも三人以上。
呪物の取り扱いとしては大きく分けて二つ。破壊か保管である。この場合は破壊するしかない。形を保つことで呪物として成立するものなら、どこか一部でも破壊出来ればそれはもう何の効力も持たなくなる。しかし、この手の呪物はただ破壊しただけではまだ呪物として効力を発揮する。呪物の一部でも六角形に並び直せば充分に贄の儀として成立する。そのため燃やすしかないのだ。
「悟って燃やせる手段ある?」
「....ねぇな。」
「じゃあ一緒に行くしかないね。」
「美桜はあんのかよ。燃やす手段。」
「もちろん。どちらかといえば得意。」
「ふーん。じゃ、よろしく。」
方針は決まった。呪物を処分し、呪霊がいるであろう六角形の中心を目指すのだ。
しばらく歩いていると、何かが腐った臭いがした。何が腐っているかなんて分かりきっている。顔を顰めながら臭いの濃い方向へと歩みを進める。ここまで来ると呪力がはっきりと感知出来る。
木の根本に無造作に置いてある漆塗りの箱。美桜が両手を広げたほどの長さのその箱から漂う濃い呪力と酷い臭い。間違えない。これが贄の儀の一部だ。長い時間放置されて呪物化している。
悟は箱に近付くと、その蓋を蹴り飛ばした。中には六つのパーツ。頭、胴体、両手足。しかしそのどれもがチグハグだ。白骨している物もあるが、何より大きさがバラバラすぎる。
「けっ、よりによって六戒かよ。」
六戒。それは贄の儀における最高水準。六人をそれぞれ六つのパーツに分け、それを六角形になるようにして成立する。効果は贄が一人の場合の三十六倍だ。そりゃあ呪霊が生まれるわけだ。
美桜は軽く目を閉じて冥福を祈ると、指をパチリと鳴らした。すると、鳴らした指に白い炎が現れた。美桜は熱そうな素振りも見せずに、その白い炎を呪物へと近付けた。まるで呪物に乗り移るように呪物に火がつくと、一気に呪物は白い炎で見えなくなった。
「それは?」
「浄化の炎。
美桜は、自身の守護神である天照大御神の能力を神器を使用せずに使うことができるのだ。八百万の神の中でたった一神の、自分だけの守護神。その力は絶大だ。
悟と美桜は燃え盛る炎に背を向けるように次のポイントへ歩き出した。
順調に呪物を浄化していく悟と美桜。いよいよ目の前にあるもので最後になった。これを浄化すれば呪霊が現れる予感がする。
美桜は谷間から童子切安綱を取り出し、悟は無下限を発動させる。互いの顔を見合わせた後、美桜は浄化の炎で呪物を燃やす。
悟と美桜は背中合わせに構えて周囲を警戒した。どこからかこちらに向かってくる呪力の気配。もう目視可能な距離にいるはずなのに、姿が見えない呪霊。
美桜がそういう術式なのか? と思った瞬間、下から蟲が這い上がってくるような感覚がした。
「下っ!!」
美桜の叫び声に悟は咄嗟に地面を蹴って近くの木に乗った。美桜も同じように木に乗っているのが横目で見える。
現れた呪霊は、泥を纏ったおばけのような風貌だった。その泥は天辺から絶えず流れ落ち、辺りの草花を土色に染める。目と口は空洞で、口からは毒性があると思われる紫色の瘴気を吐いている。その証拠に瘴気をかけられた木々が朽ちていっている。
悟は先手必勝とばかりに無下限で呪霊を二つにねじり潰した。一度は動かなくなった呪霊だが、すぐに泥が波打ちだし、元の姿に戻った。
「チッ、やっぱ核潰さなきゃダメだな。」
「悟、核見える?」
「ふっ、当たり前。」
「じゃあ隙作るから叩くのよろ。」
呪霊の呪力は特級相当。しかしまだ生まれて間もないからか、術式を使いこなせていないようだった。勝機は充分だ。
美桜は試しに童子切安綱で核と思われる呪力の塊を狙い、刀を振り下ろした。真っ二つにしたはずだが、直前で核が動き刀を避けたのがわかった。
「なるほど。核の場所を動かせるのね。」
美桜は呪霊から距離を取り、童子切安綱を消すと、谷間から天之麻迦古弓を取り出した。呪力で作った矢を弓につがえ、弓を引いて構えた。
「驟雨。」
呪霊に数十本の矢が放たれる。泥の体に多くの穴を開けて矢が呪霊を射抜く。核は矢を避けて無傷だが、矢によって穴が空いているため、逃げる場所がない。
悟がその隙を見逃すはずはなく、近付いて無下限で核を捻り潰した。パリンッという音と呪霊の汚い叫び声が聞こえる。呪霊は最後の力を振り絞って悟に毒の吐息を吹きかけた。
「うおっ!?」
「悟っ!!!」
悟が急いで後退するも、右腕が紫色に染まっていく。呪霊はその様子を見てニヤリと笑った後、消滅していった。
「あ、もしかしてこれやばい?」
「見せて!!」
美桜は悟の腕を取り、肌を観察した。これは反転術式かそれに準ずるものではないと治せなさそうだ。
そうこうしている間にも毒は血液を通って全身に巡っていく。今から高専に戻って硝子に見せるなんてことは出来なさそうだ。美桜は覚悟を決めた。
「....天女の涙。」
美桜がそう言って瞬きをすると、目から涙が出て頬をつたった。しかし、その涙は透明ではなく、ホワイトオパールのような輝きを放っていた。光の角度によりさまざまな色に変える涙に、悟は見惚れる。
「悟! これ舐めて!」
「はぁ!?」
「いいから早く!!」
悟は美桜に言われて渋々その白い頬に手を当ててキスをした。宝石のように輝く涙を舐めとると、涙なのにほのかな甘さを感じた。
すると、悟の身体に異変が起きた。先程受けた呪霊の毒によって変色していた腕がもとの肌の色に戻ったのだ。痺れも消えている。
「....マジ? 反転術式?」
「反転術式じゃないよ。悟の時間を毒を受ける前に戻しただけ。」
天女の涙。
涼森家の先祖返りの証である翡翠の眼から流れ落ちた涙のことだ。この涙を口にすると、口にした者の時間を最大で二十四時間戻すことができるのだ。もちろん、死んだ者が生き返ることはない。逆に言えば、息さえあればどんな状態でも即時全快出来るということだ。
悟には、一つだけ言いたいことがあった。
「天女ってガラじゃなくね?」
「それは言わないお約束♡」
美桜は悟の頭を叩いた。
+ + +
一件落着、というわけでもないかもしれないが、とりあえず任務完了だ。ちなみに呪詛師は呪霊に食べられたみたい。悟の目には二種類の呪力が見えたらしい。
私は制服についた汚れをパンパンッと叩いて落とした。ホテルでシャワーを浴びてスッキリしたい。そう思い携帯で時間を確認した。そして気付く。
「悟、あと十分後のバス逃したら二時間後だ。」
「....マジ?」
「マジ。」
「よし、走るぞ。負けた方晩飯奢りな。」
「ちょっ!!」
私の返事を聞かずに走り出した悟の後を追う。獣道ですらない森の中を通っているからか、飛び出た枝が当たって地味に痛い。前を走る悟を見ると無下限で防いでいた。ずるい。
私は立ち止まると谷間に手を入れた。私が扱う神器は攻撃タイプだけじゃない。防御タイプだって、便利なアイテムだって使えるのだ。
「
天の羽衣。
白地に金の刺繍がされているこの羽衣の能力は飛行・浮遊。これを纏えば空を飛べるということだ。
私は天の羽衣を羽織ると、空に向かって地面を蹴った。浮遊感と共に身体が宙に浮く。綿密な呪力操作を必要とするこれをずっと使っていると脳が疲れてくるので、さっさとバス停に向かうに限る。
下を走る悟の真上に来るように飛ぶと、悟に文句を言われた。
「おい美桜! ずりーぞそれ!!」
「無下限入れてって言っても入れてくれないでしょー?」
「あったりまえだ! どんだけ疲れると思ってんだよ!」
「知らないよそんなこと。負けた方晩ご飯奢りだからね!」
私は先程言われたことを悟に言い返す。負ける気がしない。悟は地上、私は空。そもそも尺度が違うし、地上は障害物だらけ。空は遮るものが何もない。私が勝つに決まっている。
調子ぶっこいて悟のことを見てなかったのがいけなかったのかもしれない。急に足首を掴まれて「へ?」と口から間抜けな声が出た。下を見れば汗をかきながら笑う悟。ちょっと待って、ここ空だよ!? なんで!?
「サンキュー美桜。おかげで新しい技覚えたわ。」
「え!? なんで!? ってか離してよ!」
「無限の上に乗ってんの。頭焼き切れそうだけど。」
「〜〜っ!!! 無下限術式やっぱずるい!!! ってか手離してよ!」
離してと言っても離してくれない悟を連れたまま、私はバス停まで飛んで行くことになった。絵面ヤバくない? 女の足に掴まる男、しかも二人とも飛んでる。誰かに見られたら通報されそうだけど、幸いここら辺は民家もなく、いるとしたら山菜取りに出かける老人くらいだ。
「俺が先に着いた。」
「私が連れてきたのよ!!」
どっちが早く着いたかギャーギャー言いながら、古びたベンチに座ってバスを待つ。どっと疲れが出て背もたれに寄っ掛かった。
今から市街地に戻り、コインロッカーに預けた荷物を取り出してからホテルに向かうのだ。
数時間後。ホテルのフロントにて。部屋が一部屋しか取れていないことが発覚。
「私はツインだし別にいいけど?」
「俺もお前となんて気にしねぇわ。」
「じゃ、このままでおっけーね。」
本当はツインだとしても同室なんてドキドキするけど、この前一緒に同じベッドで寝たもん。それに比べたら同室なんてどーってことない。と、自分に言い聞かせなきゃやってられなくなりそうだった。
フロントでルームキーを受け取って、エレベーターに乗って部屋に向かう。デラックスの部屋だからそこそこ広くて安心した。
和モダンの部屋になっており、一段高くなった畳の寝室にベッドが二つ並んでいる。私は手前のベッドを陣取ると、荷物を広げた。屋上に露天風呂があるみたいで晩ご飯の前に汗を流したいのだ。悟も同じことを考えているらしく、荷物を広げている。
ちなみに晩ご飯を奢る話は、宿泊プランに朝晩のご飯がついていることが発覚し、なしになった。それなりに高いプランを選んでくれたみたいだ。ありがとう、補助監督さん。
私と悟は替えの下着と浴衣を持って露天風呂に向かう。男女の暖簾の前で悟と別れた私は、恥じらいもなく服を脱いでいく。
最近なんとなくブラがキツい気がする。また大きくなったか? 既にEカップあるし、戦闘スタイルが割と動く方だから結構邪魔なのだが。今度ランジェリーショップに行くしかないな。そんなことを思いながらタオルを持って扉を開けた。
浴室特有のもわんとした湿度の高い空気が私を包み込む。平日だしお風呂に入るには早い時間だからか、数人しかいなかった。空いているブースで全身の汚れを落とす。
泡が残っていないことを確認した後、タオルを持って露天風呂に向かう。扉を開けた瞬間に秋の冷たい風が肌に突き刺さる。身震いしながら小さい岩風呂に足を入れた。ちょうど良い温度だ。そのまま肩まで浸かる。
「ふぅ〜〜....」
気持ち良くて溶けそうだ。頭の上辺だけでぼへーっと考えるのは悟のこと。完全に恋した乙女だ。
悟を揶揄って遊ぶつもりだったけど、私が次に進みたくなってきてしまった。両片想いのままでいたい気持ち半分、両想いになって次に進みたい気持ち半分といったところだ。まぁどちらも楽しいことには変わりないだろう。なるようになるか。
色々考えているうちに暑くなってきた。逆上せる前に出よう。そう思い湯から出た。
身体はほかほかしているけど温かいものを飲もうと思い、自販機にお金を入れた。私がコーンポタージュのボタンを押す前に、後ろからメロンソーダのボタンを押された。犯人が誰かなんて分かりきっている。
「悟〜?」
「奢ってくれんの?サンキュー。」
誰も奢るとは言っていない。でもまぁいいや。百何十円にとやかく言う女じゃないのだ、私は。そう思って私がお金を入れると、また後ろからボタンを押された。
「さ〜と〜る〜???」
前言撤回。流石に二回やられたら文句の一つや二つ言いたくなる。そう思い振り向くと目の前に出されるコーンポタージュ。
「ほらよ。」
「ぇ? あ、ありがとう。」
優しいところもあるじゃん。
ち ょ っ と 待 て 。
これそもそも私のお金じゃん!? お礼言う必要なくない? しかも何あれ! 俺が買ったみたいな雰囲気出して!!
私は文句を言うために悟の背中を追いかけた。
部屋に運んでもらった料理に悟と舌鼓を打つ。お腹いっぱいになれば、あとは寝るだけだ。私はベッドに寝っ転がりながら、硝子にメールする。チラリと隣を見ると、悟も同じような姿勢で指が早く動いている。きっと悟も傑にメールしているのだろう。
だんだん瞼が重くなってきたのを自覚してすぐ、意識を失った。
+ + +
傑とメールしていると、隣のベッドにいる美桜の携帯が手から滑り落ちたのが横目に見えた。うとうとしているだけなのかと思えば、規則正しい寝息が聞こえてくる。
俺は音を立てないように起き上がると、そっと美桜に近付いた。画面が着いたままになっている携帯を見れば、誤字が多すぎるメール作成画面。ここまでくる前に諦めて寝ろよ。
俺は携帯の電源を落とすと、美桜を見た。無防備な格好で寝ている。同室が男だったらもっと警戒するものじゃないのか? とも思うが、逆に都合が良かった。
俺は美桜のベッドに座ると、少しはだけた浴衣から胸を覗き込んだ。黒い下着に包まれた双丘。この前触らせてもらった時から何も変わっていない白い肌。
俺はそっと手を美桜の胸に這わせた。浴衣の上から形を確かめる。でかい。我慢できなくなった俺は、起こさないように気をつけながらやわやわと感触を確かめるように揉んでみた。柔らかい。
「....ん〜。」
心臓が口から飛び出るかと思った。美桜は呻き声をあげながら体勢を横向きに変えた。そのせいか先程よりも深い谷間が出来ている。俺はそこに手を入れてみた。
柔らかい胸に手が包まれている。お気に入りのAVのあるシーンを思い出して股間が熱をもった。これで挟まれたら気持ちよさそうだ。俺は谷間から手を抜くと、今度はブラジャーの上から胸を揉んでみた。先程より柔らかい感触がダイレクトに伝わる。夢中になって揉みしだいているとき、美桜の口から漏れた声でハッとした。
「んっ....。んんっ....」
感じているのか....? いつも強気な美桜からは想像できない姿に股間が膨張した。これ以上やると美桜が起きそうだし、何より自分が我慢できない。俺は胸から手を離して浴衣を軽く整えると、美桜の首までしっかりと布団をかけた。
こっちの葛藤なんて知らずに気持ち良さそうに寝る美桜の、少しあいた唇が目に入った。リップクリームをつけているのだろうか。薄暗い中でも艶めいている。俺は引き寄せられるように美桜の唇に自分のそれを重ねた。
ちゅっ
すぐに離したけど、信じられないくらい幸せな感情が心を満たした。
俺、もしかして美桜のこと好き....?
そう思った瞬間、ストンッと自分の中で何かが落ちた。いや、今まで宙に浮いていた感情があるべき場所に来たと言うべきか。とにかく、自覚してしまった。美桜を手に入れたいと思ったのも、その身体を触りたいと思ったのも、全部俺が美桜のことを好きだったからなのか。
「〜〜っ! マジか〜!!」
まさか自分が恋をすることになるなんて、信じられずに小声で嘆いてみた。分かってはいたが嘆いても何も変わらない。
俺は気持ち良さそうに寝る美桜の唇にもう一度自分のを重ねたあと、美桜の頭を撫でて立ち上がった。行く先は部屋についてるバスルーム。
この熱をどうにかしないと寝れねぇ。オカズはもちろん....。