千年血戦篇
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「緊急搬送です!!」
「二一三号室にお願いします!」
慌ただしく走り回っている四番隊隊士。そこらじゅうから聞こえる呻き声。
四番隊隊舎内の救護詰所には、収容しきれないほどの負傷者が搬送されてきていた。
七番隊隊士たちが負傷者を発見し応急処置まで行い、四番隊へ搬送する。死者の数も多いが、負傷者も数えきれないほどだ。皆隠しきれない疲労を滲ませながら治療にあたっている。
そんな救護詰所の一室で美桜は重傷者の治療にあたっていた。
彼女の元へ運ばれてくるのは、雫によって選別された重傷者の中でも、席官以上の者だ。
四番隊も七番隊も無限に回道を使い続けることが出来るわけではない。そのため、次の侵攻に備えて戦える者から治療をしていくのは当然のことだった。
額に汗が滲む。美桜はそれを雑に羽織で拭いた。目の前の患者を治すことだけを考える。あと何人いるだとか、重傷者の治療が終わってもまだ多くの負傷者がいるとか、ましてや山本が戦死したなんてことは考えない。
頑張ろうとは思ったものの、やはり気合いだけではどうにも出来ないことが世の中にはある。
「……次。」
「こちらです。」
美桜が時間回帰をかけ終われば、すぐに雫が新しい重傷者の元へ案内する。そのやりとりを何回、いや何十回繰り返しただろうか。
最後の一人の治療が終わった時、ついに美桜に限界が来た。
「隊長!!」
美桜は激しいめまいに思わず座り込んだ。頭をかき回されてるようなめまい。額に手をあて目を瞑り落ち着くのを待つが、瞼の裏でも視界が回っているのがわかる。チカチカとした光も飛んでいる。おさまる気配がない。
仕方なく目を開けてもそこら中に舞う光のおかげで視界が光ってよく見えない。
「ごめん雫、ちょっと休んでくるね」
「承知しました! 平子隊長をお呼びしますか?」
「…家にいるって伝えてもらってもいい?」
「かしこまりました。」
「ありがと。雫も休みなさいね。」
美桜は力なく微笑むと、その場で空間を開き、よろよろと中に入っていった。
誰もいない暗い家。美桜は雑に靴を脱ぐと、壁に手をつきながらゆっくりと歩く。その間もめまいはおさまらず、時折壁や棚にぶつかりながらも、なんとかリビングにたどり着いた。
帯を弛ませ、隊長羽織をソファの背もたれに脱ぎ捨てる。そのまま死覇装も軽く弛めると、ソファに倒れ込んだ。ベッドといっても謙遜ではないほど大きなソファが美桜の身体を優しく受け止める。
そうなれば、もう美桜に抗う術などなかった。
* * *
「失礼いたします。黒崎一護様、涅隊長がお呼びです。斬魄刀のことで…」
「っ!! ……わりぃ平子、いってくる」
真子に呼ばれてルキアと恋次の様子を見に来ていた一護は、技術開発局からの遣いに慌ただしく部屋を出ていった。
真子が窓から下を見れば、雨降るなか傘をささずに走る一護の後ろ姿。
怪我こそ美桜の治療で治ったものの、身体に残ったダメージはそのままだ。圧倒的な戦力の差、何も出来ない無力さ。そして斬魄刀を折られるという精神的なダメージは四番隊にも美桜にも治すことはできない。
「なんや何が起きても忙しないやっちゃなぁ。人のことばっかりや。」
「平子隊長……一護は、本当に大丈夫なのでしょうか。」
「……あいつも色々あったしなぁ。斬魄刀も折られてもうたし、結局誰も助けられんかったし。疲れてんねやろ。」
真子はルキアに心配をかけまいとする一護の意思を汲み、ルキアを安心させるように言った。しかしその言葉を鵜呑みにするほど、ルキアは一護のことがわからないわけではない。
「本当に、それだけでしょうか。何かもっと、大きなものを抱え込んで、隠してしまっているような……」
「……」
真子は何も言わなかった。ルキアがそこまでわかってしまっているのなら、真子が何を言っても無駄である。
奇妙な沈黙が支配した場に、控えめなノックが響いた。
「失礼します。……平子隊長。」
「お、雫チャンやないか。美桜はどうや?」
「隊長なら家で休まれるとのことです。」
「さよか。ありがとさん。ちょっと行ってくるわ。」
「かなり無理をされていたようなので……よろしくお願いします。」
「任せとき。……雫チャンももう休み。美桜に着いてずっと動き回っとるやろ。」
「かしこまりました。それではまだやることが残っておりますので、失礼します。」
雫はそれだけ真子に伝えると、慌ただしく戻っていった。
真子はその後ろ姿を呆れたように見る。
「休みって言ったの聞こえとらんかったんか?」
上司が上司なら部下も部下だった。真子は頭をガシガシと掻くと、懐から鍵を取り出して異空間にある我が家へ帰還した。
暗い家。しかし一人分の気配がする。
玄関には脱ぎ捨てられた靴。いつも揃えられている靴がぐちゃぐちゃになっているところを見るに、揃える余裕すらなかったのだろう。
真子が音を立てないようにそっとリビングの扉を開ければ、ソファで眠る美桜の姿が目に入った。
雑に脱ぎ捨てられた隊長羽織に、これまた雑に着崩された死覇装。取り繕う余裕もないほど、ソファに倒れ込んだのが見てわかった。
真子はソファの横に膝をつくと、美桜の目の下にある隈を指でなぞる。
「こないな疲れた顔しおって。」
真子は美桜の身体を壊れ物のように繊細な手つきで抱き上げると、振動を与えないようにゆっくりとした動作で寝室へ向かった。
ベッドに寝かせると、妙に慣れた手つきで死覇装の帯を完全に解いて肌襦袢だけにする。なぜ慣れているのかは言うまでもない。
( これで少しは楽になるやろ )
そして寒くないように掛け布団を肩までしっかりとかけると、額に口付けを落としてから立ち上がった。
* * *
激しい雨が降る夜の一番隊隊舎。
隊首会が行われる議事堂。その上座、いつも山本が立つ場所には、粉々に砕かれた流刃若火だけが置かれていた。
「総隊長の遺体は発見されなかったそうだ。敵の手で消滅させられていた。」
隊長たちの間に悲痛な空気が漂う。滅却師は遺体を弔うことさえも許してくれなかったのだ。
「ご報告いたします。朽木白哉六番隊隊長、および更木剣八十一番隊隊長、ともに一命を取り留められました。しかし、隊長職の復帰は難しく、おそらくこの先目を覚ますことも……」
「下がれ!! 総隊長殿が、亡くなられたのだぞ!! これ以上何を受け入れろと言うのだ!!」
「よせ、砕蜂。みっともない」
「みっともないだと!? 貴様らは総隊長殿に恨みがあるからそのようにしていられるのだ!!」
「なんだとぉ?」
砕蜂が伝令に突っかかり、それを拳西が咎めるも今にも喧嘩が起きそうだった。二人とも沸点が低いのだ。
真子は呆れて明後日の方向を見る。このままここにいても建設的な話をすることは期待できなそうだった。
( 招集されたから来たんやけど、美桜の看病しに帰ってええかなぁ )
パンッパンッ
「はいはいはーい。喧嘩しないの。今の流れじゃ間違いなく全員並んで山じぃに拳骨だよ。遺品を前に泣いたり喚いたり、情けなくて震えが出るってね。」
いつもの編笠を外し、見慣れない眼帯を負傷した左眼につけた京楽は、師を失ったとは思えないほど落ち着いた様子で二人を仲裁した。
「京楽、貴様……!」
「護廷十三隊は、死人を悼んだり、壊れた尸魂界を想って泣くためにあるんじゃない。尸魂界を護るためにあるんだ。……前を向こうじゃないの。」
雨はもう、止んでいた。
京楽は集まった隊長の中に愛弟子の姿がないことに気付き、その所在を一番よく知るであろう真子に問いかけた。
「平子くん、美桜ちゃんは?」
「無理してぶっ倒れとる。」
「全く、あの子は……」
「仕方ない。美桜は救える力があるだけに、それを限界まで使って救おうとするからな。」
浮竹は先程の救護詰所のことを思い出した。
浮竹が「自分より重傷な者を治療するように」と四番隊隊員に伝えて優先的な治療を拒んでいたとき、通りかかった美桜によって一瞬で治療されたのだ。大した傷ではないとはいえ、短時間で時間回帰を使うことは美桜の負担が大きい。それでも治療したのは重傷者を一刻も早く治療するためか、それとも師である浮竹のためか、はたまたその両方か。
「まぁ、美桜ちゃんのことは平子君に任せるよ。あまり無理させないようにね……って言っても、美桜ちゃんだもんなぁ…」
京楽は治療に関しては頑固になる愛弟子を思いながら顎を撫でた。少し諦め気味だ。
「まぁ、頼んだよ」
「あたりまえや。」
誰に言うとんねん、と小さく返した真子に、京楽は余計なお世話だったかなと頭を掻いた。
希望が見えない尸魂界の中で、少しだけ心がほぐれた時間だった。