千年血戦篇
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誰かが「夜が来た」と呟いた途端、滅却師は次々と影の中に消えていった。
「じゃーぁねー!」
バンビエッタも例外ではなく、陽気に手を振って影の中に消えた。
「……」
美桜は静かにそれを見守る。怪我もなく霊力もほとんど消耗していないが、それは彼女だけである。瀞霊廷中に散らばる怪我人のことを考えれば、ここで引き留めていいことなどない。
美桜は大きく息を吸って感知能力を全開にした。
( 滅却師の霊力は消えた……でも、 )
消えた死神の霊力。消えゆくものも含めれば、その数は悠に千を超す。
壊れた隊舎。美桜があらかじめ結界を張っておいた一・四・七番隊は無事だが、それ以外の隊は多かれ少なかれ被害があったようだ。
「……よかった、」
美桜は太陽のような霊力が無事であることに安堵の息を吐いた。しかしその気持ちも長くは続かなかった。
六番隊管理区域の一角。吐息で消えてしまいそうなほど、か細く小さな命の炎。それが三つ。どれもよく知る霊力だった。
そしてもう一つ。先程まで激しい戦闘が行われていた場所。何千年続いた栄光が失われた場所。そこにも弱った命の炎。
優秀すぎる感知能力は、知りたくないことも教えてくる。わかりたくないことばかりわかってしまう。見たくない現実ばかり、見えてしまう。
「雫、あっちを頼んでもいい?」
そう言って美桜が指し示したのは更木剣八がいる方向。そちらの方が緊急性が低く、距離も近い。
「はい。」
「あと今七番隊に張ってた結界解除したから、更木隊長と一護くんの治療が終わったらそっちに合流してちょうだい。」
「承知しました。」
雫は美桜に了承の意を返すと、瞬歩で消えていった。
( ごめんなさい…… )
美桜は六番隊管理区域に行くまでにある、いくつもの消えゆく霊力を無視して白哉たちの元に向かっていた。
命の価値は平等ではない。同じ数しか助けることが出来ないのだとしたら、一般隊士と隊長格、どちらを救うべきか。考えるまでもないだろう。
頭ではそうわかっていても、美桜の心がその結論に異を唱え続けていた。
美桜は途中で倒れていたルキアを見つけると、足を止めて近くにしゃがみ込んだ。そして肩にそっと触れると音もなくルキアが消える。それと同時に美桜の異空間に誰かが入ってきた感覚がした。
美桜はルキアを自身の異空間内に入れたのだ。ただの異空間ではない。芙蓉の時間停止能力が付与された異空間だ。
藍染の企みによって真子たちが虚化したときにも同じ空間に真子たちを入れていた。そこにいれば身体の時間は全て止まり、当然だが怪我も悪化しない。あまり長時間いると精神に支障をきたすので注意が必要だが、それでも数十時間は平気だ。
今ルキアを治療する時間はない。ルキアよりも重傷者がこの先にいる。しかし彼女を見捨てるわけにもいかなかった。
美桜は回廊で倒れている恋次をルキアと同じように空間にいれると、その先にいる白哉のもとへ駆けていった。
壁にのめり込むようにして気絶している白哉。息も浅く、全身傷だらけだ。白哉は滅却師に卍解を奪われたため、この傷は千本桜のものだろう。
「まずいわね……」
美桜は手をかざし、全力で時間回帰を行い始めた。一秒を争う状況だ。美桜の体力を考えて時間回帰を行えば、命が消える可能性があった。
( 大丈夫、絶対助ける )
でなければ、ここに来るまでに見殺しにした隊士たちに示しがつかない。その想いで時間回帰を続けた。
ザアァァァ……
美桜は激しい雨音に視線を上げた。雨が降り出したことに気付かないほど集中していたが、その甲斐あって命の危機は脱した。
美桜はふぅと息を吐くと、周りを見渡した。
美しい回廊は瓦礫の山に成り果て、戦いの激しさを物語っていた。少し離れた場所には大量の遺体。隊長と副隊長が生死を彷徨っているため、誰にも見つけられていないのだろう。冷たい雨に打たれたままのそれらを一刻も早く回収して弔ってやりたい。
雫が向かった場所に意識を向ければ彼女の霊力はそこにはなく、十番隊敷地内にあった。更木の霊力が四番隊にあるため、治療して四番隊に運び込んだ後、被害の大きい十番隊に向かったのだろう。
( あっちは大丈夫そうね )
優秀な副官に静かに微笑んだ後、美桜は穏やかに呼吸して眠る白哉に視線を戻した。そして彼の顔についた血を拭うと、今度は失われた血を戻すために彼を中心とした数メートル範囲に時間回帰をかけた。
しばらくして血が体内に戻ったことを確認すると白哉を時間停止空間に入れて、入れ替わりのように阿散井を取り出して時間回帰を始めた。白哉までとはいかずとも、彼も重傷だ。
どれくらい時間が経っただろうか。日が暮れたのか暗闇に包まれ、時間回帰をかける手の光だけがぼんやりと辺りを照らしていた。
白哉、阿散井と治療を終え、遂にルキアの治療が終わった。短時間で重傷者三人に時間回帰を施したため、かなり身体が重たくなっていた。しかし美桜の戦いはこれからである。三人を連れて隊舎に戻ろうとした美桜は愛おしい霊力を感知して力が抜けた。
「無事だったか、美桜」
「真子!! よかった、」
左肩を赤く染めた真子はどこも怪我のない美桜を見て安心したように息を吐いた。
咄嗟に立ち上がった美桜の身体は彼女が想像している以上に疲労していたのか、一歩踏み出した瞬間に膝からカクンと崩れ落ちた。華麗に膝カックンが決まるときっとこうなる。
「っっあっぶな!」
突然のことに驚きながらも真子はしっかりと彼女を受け止めて、そのまま腕の中にしまい込んだ。
互いの鼓動、息遣い、体温、匂い。その全てが生きていることを強く実感させる。
「ふぅ……」
一人で気を張っていたせいか、美桜の口から情けない吐息が溢れた。美桜はそのまま真子の胸に頭をぐりぐりと押し付ける。
彼に会いたかった。
「猫か、お前は。」
そう言いながら笑って頭を撫でる真子に喉を鳴らしそうになりながらも、美桜は彼の左肩をそっと撫でた。それだけで傷は癒え、赤く染まった羽織は元の白に戻り、斬られた死覇装は一枚の布に戻った。
美桜がここまで素早く時間回帰することが出来るのは真子だけだ。おそらく一番近くにいることと、霊術院の時から何度も治療をしている、つまりは彼女の霊力が中に入ることが多いためだろう。
さて、いつまでもこうしてはいられない。
負傷者の治療にある程度目処がつけば、隊首会が開かれるだろう。総隊長の山本が死んだのだ。各隊の被害状況も確認しなければならない。一番隊や六番隊のように隊長格が機能していない隊は他隊が指示を出さねばならない。
やることは山積みである。
「さてと。真子欠乏症にならない程度に真子を補給できたし、そろそろ行かなきゃ。」
「補給て、俺は栄養素か?」
「そ、私にとってなくてはならない必須の栄養素。シンジニウムが不足するとめまい、頭痛からはじまり、次いで手足の痙攣、さらに進行すると九十番代の破道をぶっ放しながら真子を探し回るのです。」
「こわっ!! ってかなんやねん、シンジニウムて。……ほんなら俺も美桜欠乏症ならんよう補給しとかんとな。」
真子は笑いながら美桜の頭をポンポンと撫でた。だがすぐにその手が彼女の頬を摘んだ。
「で、今どんなや。」
美桜はその真っ直ぐな目を直視することが出来ず、明後日の方向を見た。
「……まだ平気。」
「どんなや、聞いてんねん。」
妻の見え透いた嘘に騙されてくれる旦那ではない。
「……白哉くんと阿散井くんの治療して、ルキアちゃんの応急処置も終わったところ。でも細かいところはやってないから四番隊に搬送しなきゃ。」
「身体は?」
「疲れてるけど大丈夫。まだ救えるよ。」
「………まぁええわ。」
だいぶ間があったため真子的には納得していないのだろう。だが休めとも言えないこの状況に歯痒さを感じている。
真子は美桜の頬を摘んでた手を離すと、そのまま添えて彼女の顔を包み込んだ。
美桜の目には彼の顔に「キスしたい」と書いてあるように見えた。それは彼女も同じ気持ちのため、そっと目を閉じて温もりが触れるのを待った。
「あっ! 隊長!! こんなところに!」
「「……」」
後少しで触れるというところで真子を探し回っていた雛森に見つかった。不服そうに頬を膨らませる真子に笑いが込み上げてくる。
「ふふっ! じゃあ私は一度隊舎に戻ってから四番隊に行ってくるね。」
「おん。気ぃつけてな。」
邪魔してしまってすいませんと謝る雛森の声を聞きながら美桜はその場から消えた。
( キス、したかったなぁ…… )
美桜は自分の唇を指でなぞった。触れそうで触れなかった温もりを思い出して胸が暖かくなる。
この温もりを守るために、前に進むのだ。
美桜は強く地面を蹴り上げて隊舎に向かった。