千年血戦篇
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それは突然だった。
いつも通り朝が来て、夜が来る。
他愛のない話をして、仕事をし、鍛錬する。
時には虚討伐のため瀞霊廷を出て流魂街へ行く。
休みの日には親しいものと穏やかな時間を過ごす。
そんな日常。
平穏が崩れたのは、いつだろうか。
黒崎一護が死神となった時か。
藍染惣右介が封印された時か。
それとも誰も気にも留めない日常の中か。
いいや違う。
それは千年前から既に崩れていた。今まで平穏だと思っていたものは、全てその上に築き上げられたものなのだ。
肉体が、同じ志を持つ仲間が、そして意志が、千年かけて整えられたとき、遂に牙をむいたのだ。
その戦いは、気が遠くなるほど長い尸魂界の歴史の中でも大きな転換点となった。それなくして尸魂界を語ることなど出来まい。
のちの人々はこう呼ぶ。ーーー霊王護神大戦と。
* * *
「……!!」
明日大きな戦いが起きることを視て知っていた美桜は、戦いに備えて身体を休めようとしていた。
明日以降執務どころではなくなると分かっているからか、執務をすることへの意義を美桜は見出せなかった。であれば卍解する可能性を考慮して少しでも休み、余剰睡眠時間を貯め、霊力を回復しておいた方が良い。そういう結論に至ったのだ。
しかし、それもたった今叶わなくなった。
空間に穴を開けられるような感覚がした後、滅却師と思われる者が何人も瀞霊廷に侵入して来たのだ。
瀞霊廷は遮魂膜と呼ばれる結界に護られているが奴らはそれを破壊することなく、当然のように瀞霊廷内に侵入して来た。
美桜は一度腰から外した斬魄刀を再び腰にさすと、慌ただしく仮眠室を出た。
「雫!! 準備して!」
「!! 承知しました!!」
明日から大きな戦いがあると美桜に聞いていた雫は血相を変えた彼女に驚きつつ、すぐに帯刀した。
滅却師が侵入し、雀部と交戦しているのは一番隊が管轄するエリア。七番隊のほぼ真反対に位置している。
( まさか明日じゃなくて今日だったなんて…。今日は宣戦布告にでも来たの? )
戦いは明日だと思い油断していた美桜は自分の読みの甘さに唇を噛んだ。
「隊長、」
「…いくよ。」
二人は瞬歩で戦闘が行われている場所へと向かった。
青い霊子が炎のように燃えている。
赤い血が水のように溜まっている。
瓦礫の上に力なく横たわる隊士たち。そのほとんどが一目見て手遅れだと分かった。
心臓を貫かれた者、頭と胴体を切り離された者、四肢を切られ出血死した者。息がある者など、片手で数えられる程度だった。
不幸中の幸いとも言えるのは、苦しむ時間が少なかったことだろうか。初めに殺された者など何が起きたか理解する間もなく刈り取られたに違いない。
美桜は注意深く辺りを探知し、滅却師が残っていないかを確認する。
「敵は…去ったようね。いや、一番隊にいる。」
出来れば敵から情報を集めたかったが、去っていった者を追うほどでもない。それよりも、いま目の前で消えようとしている命の灯火を消えないようにしなければならないのだ。
美桜と雫は生存者の治療に取り掛かった。
「雫はあっちの瓦礫にいる人を第一優先で。その次はあそこの門の下の人。あとは私がやるわ。」
「かしこまりました」
そう長い時間ではなかったように思える。その間に一番隊隊首室で一つの霊力が消えた。
ドン…ドドン…
太鼓が一定のリズムを刻む。祭りのような賑やかな音ではない。ただ故人を偲ぶための音だ。
参列する隊長たちは皆目を瞑り雀部の冥福を祈る。
記録によれば、雀部長次郎は京楽や浮竹が生まれる前から卍解を習得していた。しかし、護廷十三隊成立以降はその力を一度たりとも使うことはなかった。
隊長格といえど、人格者ばかりではない。雀部を戦いに参加しない副隊長として席官程度の扱いをし、侮辱する者もいた。
しかし、どんな扱いを受けようとも雀部は副隊長としての居住まいを崩すことはなかった。隊長格に空席が出来ようとも、暫定的な隊長代理どころか隊長権限代理すらも頑なに拒んだ。それは全て、彼の苛烈なまでの忠誠心が故。
雀部は山本元柳斎が隊長である限り、その副隊長であると誓った男。その男が戦いで初めて卍解を使い、そして死んだ。
山本の心の内全てを推し量ることなど誰にも出来ない。
「…火を。」
雀部の葬儀後、一番隊隊舎の隊首会議場にて緊急隊首会が行われていた。
阿近が三十分に満たない短い侵攻での被害状況を報告していく。限られた場所のみ襲撃されたため被害は一部の隊に留まっていたが、決して無視できない被害だった。
「以上が賊軍侵入案件の全文です。」
「ご苦労阿近。下がっていいよ。」
「はい。」
阿近に変わってマユリが列を離れて前に出る。まるでツタンカーメンのような金色の被り物で頭をすっぽりと覆ったマユリは、その独特な声で語り出した。
「さて、今回の旅禍、仮に賊軍と呼んでいるが、今回の侵入と現世での虚大量消失案件とは一つに繋がっている。……賢い隊長諸兄ならお分かりだと思うが、今回の敵の正体は、滅却師だ。」
「…滅却師。まぁわかっちゃいたけど、面倒な相手だねぇ」
「奴らの根城はどこにある。」
山本が京楽の言葉に被せるようにマユリに問う。それは山本の焦りを表していた。
「残念ながらそれはまだ。」
「ならばこちらから攻める術もなし。……全隊長に命ず。これより戦の準備にかかれ。直ちに全身全霊で戦備を整えよ。二度と奴らに先手など取らせてはならぬっ!!」
一護たちが旅禍として侵入した時よりも、空座町での決戦の時よりも、山本は力を込めて叫んだ。千年前の侵攻の際、あと一歩のところで仕留め損ねたツケが最悪の形で回ってきたのだ。
隊首会が終われば、皆準備のため足早に会議場を去っていく。
その中で美桜はその場から動けずにいた。
なぜなら、山本と卯ノ花に消えることのない黒が纏わりついていたから。それは濃く、美桜の肉眼には黒い炎で燃えた人影にしか見えないほど、山本と卯ノ花の全身を覆い尽くしていた。
二人だけではない。白哉など全身から赤い光を放っている。京楽でさえ、左眼が真っ赤に染まっていた。それらは例え美桜が卍解をしたとしても、変わることのない未来だった。
そしてもう一人。黒いモヤを纏っている者がいた。薄っすらと全身を蝕みつつある黒。しかし彼の未来はまだ確定ではなく、行動次第で変えることの出来るものだった。
美桜が何か良くない未来を視たことを顔と身体の強張りから正確に読み取った真子は、努めていつも通りに頭を撫でた。そしてその背を軽く押して出口へと促す。
「美桜、いくで。」
「……ぅん。」
美桜はいつも通りに接してくれる真子の存在を噛み締めながら、重たい一歩を踏み出した。
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