幕間
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「右の方が強いわ。左の出力を上げるか、右を抑えなさい。」
「はい!」
「....貴方、以前左脚を怪我してそれを放置してたわね?」
「え!じ、自分は....!」
「霊力の流れが少し悪いわ。治しておくから、ちゃんとリハビリしなさい。それと、次こういうことがあったらお仕置きだからね。」
「は、はい!ありがとうございます!!」
"次同じことをしたらお仕置き"と言われた隊士は、頬を赤くしてそのお仕置きの内容に心を浮かせた。一体どんなことをされるのだろうか。むしろお仕置きされたい。そう顔に書いてある。
そんな隊士をジッと見つめる一対の目。半分しか開いていない瞼から覗く胡桃染色の目はどこまでも面白くなさそうに、浮かれる隊士を冷ややかに見ている。口は"へ"の字を描き、整った歯並びが見えている。
胡座をかいて、膝の上に肘を乗せて頬杖をつく真子は、七番隊の鍛錬を見学していた。
別に見学するために来たわけではない。ただなんとなく暇で、書類をする気にもなれず、ぶらぶら歩いていただけなのだ。気付けば七番隊隊舎前に来ていたのだから、恐ろしいものである。
ここまで来て引き返すわけにもいかず、七番隊の門をくぐった真子は、鍛錬場となっている芝生の方に愛しい霊圧を感じてそちらへ向かった。そうして見せられたのが、この光景というわけである。
気付けば目で追っている自分より薄い金色を持つ妻の姿。その妻が文字通り手を取って教えている若い男の隊士。そのほとんどが鼻の下を伸ばしている。....面白くない。
真子の心にもやっとしたものが広がっていく。流石の真子も、これが何なのかくらいわかっている。
嫉妬、しているのだ。
美桜に愛されている自覚はある。真子も美桜を愛している。それはたとえ尸魂界の歴史がひっくり返ろうとも変わることはない。ただ、それとこれとは話が違うわけで。
だからといって代わりに回道を教えることも、真面目に鍛錬している中「近すぎやわボケェ」とも言うことのできない真子は、爪を噛んで見守ることしか出来なかった。
「ナンギなやっちゃなぁ....」
難儀なのは他でもない真子自身だ。
そんなことがあってから数日。
「大変!寝坊!!真子!もう八時半!!」
「なんやてぇ!?」
心地良い眠りの中にいた真子は、焦った美桜の声で飛び起きた。
寝坊することなど滅多にない二人だが、どうやら今日はたまたま二人ともよく寝ていたようだ。
始業時間は九時。いつもなら七時半には起床している。今は八時半。だいぶ時間がない。
二人とも隊長。隊のトップが寝坊で遅刻するなど、部下の見本にすらならない。
「トーストする暇ないからこのままでええか」
「いいよ!食べれればなんでも!!」
慌ただしく食パンを一枚ずつ口に咥え、隊長羽織を羽織って家を出た。
「おはようございます、隊長!」
「おはよう」
「おはようございます!」
「おはよ〜」
先程までの慌ただしい雰囲気を微塵も感じさせず、美桜はいつも通りの時間に出勤した。
隊士たちは、美桜の格好を見て首を傾げる。
「「「....ん?」」」
「なぁ、隊長のあれって、そーゆーことだよな。」
「そーゆーことだな。」
「今日急いでたんかね?」
「隊長かわいい....気付いてないよね、きっと。教えてあげる?」
「いや、このままでいこう。だって可愛いもん。」
三席は少し逡巡してから美桜を呼んだ。
「あの、隊長、それって....」
「ん?どうしたの?」
「....いえ、なんでもないです」
しかし、指摘する勇気がないのか、それとも微笑ましいからそのままにしておこうと思ったのか。理由は定かではないが、三席は何も言わないことにしたようだ。
さて、美桜はいつ気付くのだろうか。ーーーその背に背負うのが
一方その頃。
「おはようございます、隊長!」
「おーおはようさん」
「おはようございます」
「おー、朝からやっとんなぁ」
真子も真子で、慌ただしい雰囲気を微塵も感じさせずいつも通りの涼しい顔で出勤した。朝から鍛錬をしている者への労りも忘れない。
ガラガラガラッ
気だるげに隊首室の扉を開ければ、書類を持つ雛森の姿。
「おはようございます、隊長。」
「おー、おはようさんー。」
真子の姿を正面から見た雛森は見慣れない色を纏っていることにすぐ気付いた。それと同時に、何がどうなってこうなったのかを察する。
「ふふっ、隊長。今日は慌てて出てきたんですか?」
「ん?なんや、変なところあるか?」
「いいえ〜、なんでもないです〜!....ふふっ」
「....絶対なんかあるやろ、それ」
真子は寝癖がついているのかと髪を手櫛で直しながら、訝しげに雛森を見る。ちなみに真子の髪はいつでもどこでもストレートのため、寝癖とは無縁だ。
雛森はどこに吹く風で全く気にしていない。そのまま書類を持ってきて始める始末だ。
真子は教える気のない雛森にため息を吐くと、寝起きからそう時間の経っていない頭で書類を眺め始めた。
カーン....カーン....カーン....
昼休憩を知らせる鐘の音に、真子は手に持っていた書類を机に放り投げて大きく伸びをした。
「あぁ〜、やっと昼かいな。外行こ。」
「あれ、今日はお弁当じゃないんですか?」
「今日二人して寝坊してもうてなぁ。弁当作る余裕なんてあらへん。」
「なるほど。"だから"なんですね。」
真子は雛森の含みのある言葉に首を傾げた。
「....だから?」
「いえ、何でもないです!じゃあお昼は涼森隊長と?」
「せや。向こうもその気やろ。」
特に約束したわけではないが、長年夫婦として共に過ごしている賜物か、大体互いの思考が読める。真子も美桜の考えていることはわかるし、美桜も真子の考えていることはわかるのだ。きっと六番隊の近くにある飲食店街にいるだろう。
「桃もちゃんと休まんとあかんで〜」
そう言って後ろ手にひらひらと手を振って隊首室を出ていった真子に、雛森は口元に手を当てて笑った。
「戻ってきたら直ってるかしら」
「あ、真子。」
「お、美桜。」
六番隊近くの飲食店が立ち並ぶ通り。そこで真子と美桜はばったり出会った。やはり互いに一緒に食べることを予想して一人で来ていた。
そして気付く。
「「....。」」
道のど真ん中で、二人は互いの隊長羽織を見て硬直した。自分の目が信じられないのか、ぱちぱちと何度も瞬きを繰り返す。
そういえば今日の羽織は大きい気がした。肩から何度もずり落ちる。袖も長く何度墨がつきそうになったことか。
そういえば今日の羽織は小さい気がした。肩幅も苦しく、死覇装の袖がもたつく感覚。なぜか長さが足りない裾。
まさかそんなことが起きるとは、夢にも思っていなかった。ーーーまさか着ていた隊長羽織が
「嘘でしょ....」
「嘘やろ....」
「なんで誰も教えてくれなかったのよぉ〜!恥ずかしいじゃない!こんな....アホ丸出しみたいな!!」
「桃が言っとったんはこれか....はずっ。なんで今まで気付かなかったんや俺....」
数拍硬直した後、二人は現実を受け入れると同時に文字通り頭を抱えた。
思い返せば違和感を感じていた。しかし二人の中に"着ている羽織が逆"という選択肢は存在していなかった。
真子が五番隊隊長として復帰するまで、互いに違う服を着ていた。鬼道衆の死覇装と護廷十三隊の死覇装、着物と死覇装、そして死覇装と洋服。だからこんなことが起きたことは一度もなかった。
しかし、同じ死覇装に同じような隊長羽織を着るようになったためか、今回のように取り違える可能性も十分にあり得るのだ。
「みんなニヤニヤしてたのはこのせいだったのね〜!」
真子と美桜は往来のど真ん中で羽織を脱ぐと、羽織を交換した。そしてようやく正しい数字を背負うことができた。
「平子隊長と涼森隊長、羽織間違えちゃったんですか?」
「そうなの....恥ずかしいから内緒にしてね」
「えぇ〜!!なんかかわいい〜!!!」
「可愛くないわボケェ。恥や、恥!」
往来の中には、先日美桜に修行をつけてもらい鼻の下を伸ばしていた隊士の姿もあった。その隊士は悔しそうに唇を噛み締めている。
別に本気で狙っていたわけではないが、気になっていたのだ。優しく教えてくれる、かわいくて強い隊長のことを。
真子は図ったわけではないが自分と美桜が百八十年経ってもラブラブ夫婦で、そこに誰かが入り込む余地などないことをアピール出来て内心ほくそ笑んだ。
自分と相手の隊長羽織を交換してその身に纏うなんて、これほどまでにわかりやすい牽制があるだろうか。互いに"この人は自分のもの"と言っているようなものだ。
「(わざとやないけど、まぁ良い牽制になったわ。)」
定食屋の暖簾をくぐった真子の口角は上がっていた。