幕間
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
隊首室で書類を片付けていた美桜は、不意に珍しい霊圧を感じて振り返った。大きな窓から外を覗けば、黒い外套を羽織ったリサの姿。
「リサ!どうしたの?」
「....美桜の霊圧感知能力恐ろしいな。気付かれたの初めてや。」
リサは隠す気がなくなったのか、外套についているフードを取って歩いてくる。
その外套は喜助が作成した霊圧完全遮断効果が付与されたものだ。現世の書籍を取り寄せて販売するYDM書籍販売を設立する際に喜助からもらってきたのだ。盗んだともいう。この外套のおかげで、リサはYDM書籍販売の売り文句である、"誰にもバレずに購入可能"を謳っているのだ。
リサは懐から茶色の包装紙に包まれた薄い雑誌のようなものを取り出すと、美桜に差し出した。
「美桜も欲しがると思ってな、初回版確保したんや。金はいらんから好きにしぃ。」
「あ、ありがとう....なぁに、これ」
「まぁ、雑誌みたいなもんや。真子には内緒やで。」
「わかった!!秘密にする!ありがとう、帰ったら見てみるね!」
思いもよらぬプレゼントに、美桜の顔が緩んだ。美桜はそれだけ言って去っていくリサの姿を見送ると、もらった冊子を異空間に放り込んだ。
「(明日休みだし、その時にでも見よーっと)」
そう思い、また筆を手に取った。
* * *
翌日。
予定通り休みとなった美桜は手の空いた夕方にリサからもらったプレゼントの存在を思い出した。
「(雑誌みたいだし、何か飲みながら見ようかな)」
美桜はお気に入りのカフェラテを淹れてソファには座らず、クッションを置いてカーペットの上に座った。そして異空間から茶色の包装紙に包まれた雑誌らしきものを取り出すと、丁寧にテープを剥がしていく。
やがて表紙が見えた時、美桜の動きが止まった。
「え、なにこれ。....もしかしてえっちな本?」
美桜の目には、明らかに肌色が多い表紙の一部が見えた。誰かの腹筋だろうか。見事に六つに割れており、ムキムキというわけでも、腹筋がないというわけでもない。ちょうど良い筋肉。
美桜はその腹筋に、猛烈な既視感があった。
人前で堂々とエロ本を読むリサのことだ。エロ本を渡してくる可能性も充分ある。
美桜は警戒しながら包装紙の隙間からチラリと表紙を盗み見た。そして見覚えのありすぎる金色を見た瞬間、驚いて先程まで丁寧に剥がしていた包装紙を一気にビリビリッと破いた。
「え!?えぇ!?えぇぇぇぇえ!!!!??」
美桜は珍しく大きな声で狼狽える。
それもそのはず。雑誌の表紙を飾っていたのは、旦那の腹筋だったのだ。ーーー正確に言えば、ローズと拳西の腹筋もだが、美桜には旦那しか見えていない。
「待って、何これ!!えぇ!?」
美桜は一人ワタワタしながらも、ページをめくった。
三番隊の隊花である、絶望という意味を持つ
どれも盗撮なのだろう。一つもカメラ目線の写真がない。それでもよく撮れていた。
青い葉をつける木の下でヴァイオリンを弾くローズや、隊士に楽器を教えるローズなど、様々なローズの姿が載っている。ページをめくっていくと、ローズの服から覗く胸元だったり、ピアノを弾く手だったり、ちょっと危ない雰囲気の写真が多くなってきた。
最後のページは表紙にもなっている、ローズにしては珍しく服装が乱れている。虚にやられるような人ではないから、おそらく誰かに故意にやられたのだろう。まぁ、その犯人はこの写真の撮影者、つまりは販売者を思い浮かべてもらえば問題ない。
そしていよいよ、
美桜の視界に飛び込んできたのは、仕事中の真子。真面目に書類に向かっており、陽の光を受けて輝く金色は重力に従ってさらりと顎を撫でている。心の深層まで見通す鋭い目は紙を見ているせいか伏せられており、そのなりを潜めている。
死覇装から覗く男らしい喉仏。骨張った細く長い指。筋肉の筋と血管がうっすら浮き出た腕。その手が書く文字は見た目に似つかず達筆であることを美桜はよく知っている。
よくこんな近くで撮れたなと感心するほどに、はっきりと写っている。
「待ッッッてかっこいい!!えぇ!?視覚の暴力!!!」
普段の美桜からは想像出来ない反応だ。美桜は頬を赤くし、目を潤ませながらも、食い入るように写真を見ている。心臓の高鳴りを抑えることが出来なかった。
次のページには、部下に稽古をつける真子。半目で口を"ヘ"の字にして、少し猫背気味に誰かの手を握っている。「あほ、こうするんやボケェ」とか言ってそうだ。
美桜は、真子の掴んでいる手が女のものであることに一瞬で気付いた。白くたおやかな手。少し脂肪がついており、ふっくらと丸い。これを男のものと思う方がおかしい。
美桜の胸がちくりと傷んだ。長く生きてきた美桜も、流石にこの気持ちがなんという名前なのかくらいわかる。
美桜は真子の手ほどきを受けている見知らぬ女死神に嫉妬しているのだ。しかし真子の妻は自分なわけで、部下との鍛錬中のふれあいに今更ギャーギャー騒ぐことでもない。....自分が同じことをされたら、"きゅん"とはするけども。
美桜は胸の痛みには気付かないふりをして、そっとページをめくった。
「あ、すき....」
次の写真は、男性の好きな仕草TOP10に必ずノミネートするであろう、ネクタイを解く姿だ。厳密に言えば真子のそれはネクタイではないかもしれないが、仕草は同じなのだから同じカテゴリーでいいだろう。
口はゆるっと開いており、整った歯並びが見えている。眼はどこか鋭く、飄々とした態度から覗く核心を見る眼だ。この眼で見られて心臓が無事な人はいないんじゃないかと間抜けなことを思ってしまうほど、心臓は早鐘を打つし、ゾクゾクとした興奮が背中を走った。
少し傾けられた首のライン。くっきりと浮き出た鎖骨。ネクタイを握る指から手の甲にかけての浮き出た筋。重力に従ってめくれた死覇装からのぞく腕のライン。
毎日のように見てるくせに、やっぱり好きなのである。
幾つになっても、連れ添って何百年経っても、いまだにドキドキするのだ。慣れる日など来ない。毎日"好き"を実感し、毎日楽しくいられる。
次の写真は、表紙にもなっている真子の筋肉が露わになっていた。
着替え中なのだろうか。隊首羽織やお洒落で着ているベストを脱ぎ、死覇装の上衣を帯に入れようとしている。
「えっちだよ....なにこれぇ.....」
美桜は雑誌を顔に近付けて、腹筋を目に焼き付けた。腹筋だけではない。胸筋も、腕に浮き出た血管も、全ても舐め回すように見る。
問題は、これが販売されているということである。リサは初回版と言っていた。つまりは、これ以降も何か販売されているわけで、そこにも真子の写真が載っているのだろう。もちろん買う。買わせていただく。しかし、問題はそこではない。
「こんなの、真子のファンが出来ちゃうじゃない....!」
美桜はムッとしながら写真集を睨みつける。しかし、真子の妻は自分であるし、真子も自分のことを大切にしてくれているのは痛いほどよくわかっている。だから不安な想いはすぐにどこかへ飛んで行ったーーーと思いたい。
ガチャ....バタンッ....
「戻ったでー」
美桜は玄関から聞こえた音に心臓と身体をビクッと跳ねさせると、開いていた写真集を急いで閉じて異空間に放り込んだ。ビリビリになった包装紙も忘れない。
別に悪いことをしてるわけではないが、何となくやましい気持ちというか、恥ずかしいというか....とにかく真子にだけは見られたくないのだ。
美桜は何事もなかったかのように真子を出迎えた。
「おかえり。お疲れさま。」
「おん、ありがとさん。」
真子はそんな美桜の姿に、少し違和感を覚えた。
美桜はソファに座らず、カーペットにクッションを置いて座っている。テレビはついていない。美桜の近くに本もないことから、読書をしていたわけでもなさそうだ。テーブルの上にはカフェラテ。中には溶けかかった氷だけが残されている。では、一体何をしていたのか。
真子が違和感を感じたのは、カフェラテの置かれている位置だ。テーブルの端ではなく、少し内側に置かれているのだ。落とさないようにそこにあるわけではない。そこで何かを広げていて、その傍に置いた。そんな位置である。
つまり、美桜は真子が帰ってくるまで何かを見ていた。カフェラテの置かれている位置から考えると、雑誌ほどの大きさだろうか。そして真子が帰ってきた瞬間、焦ってしまい込んだのだろう。
ここまでを美桜とリビングの状況だけを見て読み取った真子は、犯人がわかった探偵のようにニヤリと口角を上げた。
「なぁに隠したんかなァ、美桜チャン?」
「え、なんでわかったの!?って違う!....な、何のことかなぁ??」
「ブッフッッッ!!なんでわかったの言うとるやん!隠し事下手すぎひん?」
「べ、別に隠してなんかないし〜?」
「やったら教えてくれてもええやろ?」
「ダメ!真子にだけはダメ!」
美桜は両手を胸の前でクロスさせて、拒絶の意を示す。
そんな美桜に、真子の絶対に聞き出してやるという想いが強くなる。真子は口角を上げた。
「ほぉ〜俺に教えない言うんなら、言いたくなるようにしたるわ。」
そう言って真子は、心底楽しそうに笑いながら一歩踏み出した。