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「(ッ!!まただ....。)」
美桜は書類を届けに来た他隊の隊士が背負う"黒"に眉を顰めた。退室しようとする隊士の後ろ姿を目に焼き付ける。
「(これで何人目かしら....)」
美桜の視界は自分から五歩程度しか見えない。だからこそ、おかしい数だった。たったの五歩以内の視界でこの数である。もし美桜の視界が普通の者と同じであった場合、一体どれだけの者が黒を背負っているのだろうか。
美桜は筆を置くと、温くなったお茶を飲み干してから立ち上がった。
「....少し、出てくるね。」
「かしこまりました。行ってらっしゃいませ。」
雫はいつもより硬い声色の美桜に不思議に思ったが、それをおくびにも出さず見送った。
いつもなら斬魄刀の能力や瞬歩で五番隊隊舎に向かうが、今日はあえて徒歩で行くことにした。
七番隊隊舎の廊下を歩いていれば、至るところから声をかけられる。
「お疲れさまです、隊長」
「おつかれさま。雫に茶菓子預けてあるから、好きな時に食べてね。」
「ありがとうございます!」
「もしかして、現世のものでしょうか?」
「そうよ、一人一個ずつだからね?」
「「「はーい」」」
まるで先生と生徒のようなやりとりをしながら、美桜は自分の部下たちを注意深く視る。時折赤い光を放つ者はいたが、黒いモヤを纏う者は見当たらなかった。そのことに胸を撫で下ろした。
しかし、その気持ちは長くは続かなかった。
自隊を出て、五番隊隊舎に向かう。その道すがら、すれ違う隊士の実に半分ほどに死の色が纏わりついている。
時を司る斬魄刀 芙蓉の能力の一部として、美桜の目は未来を視る。赤い光は怪我の色。黒いモヤは死の色。
今まで美桜は肉眼で見た相手の二十四時間以内に起こる未来を視ることができた。しかし、美桜もこの十七ヶ月間何もやっていなかったわけではない。修行した結果、百二十時間以内の未来を視ることができるようになったのだ。
つまり、五日以内に何かが起きるのだ。
しかも不思議なことに、赤い光を放っている者が少ないのだ。赤い光がなく、黒いモヤだけが纏わりついている。ーーーそれは、対象が一方的に蹂躙され、即死することを示している。
美桜は唇を噛み締めながら、一株の希望を持って五番隊隊舎へ急いだ。
コンコンッ....
「はぁーい、入ってええよー」
真子は近付いてくる霊圧で誰が来たのかわかっていたため、相手の名乗りを待たずに許可を出した。雛森がサッと立ち上がり給湯室に向かう。
スーッと扉を滑らせて入った美桜は、唇を引き結んだまま真子に助けを求めるような、何かに縋りつくような目で視た。
そして一拍後大きく息を吐き出した。ーーー真子には黒がなかったのだ。
真子は扉近くから動かない美桜を不思議に思い、筆を置いて立ち上がった。
「どないしたん。美桜から来るなんて珍しいなぁ。」
「....しん、じ..」
迷子になった子どものように不安で瞳を揺らす美桜に、いよいよ真子も只事ではないと確信したようだ。
「話聞くで。こっちき。」
真子はダラリと力なく垂れ下がった美桜の手を握ると、応接室に足を向けた。
「どうぞ。」
そう言って差し出される湯気の立ち上った温かいお茶。心を落ち着かせるためには飲んだ方がいいのだが、今の美桜にはお茶を飲むという余裕すらなかった。
茶を出した雛森が一礼してから退室する。
向かい合わせではなく隣同士に座った二人の間に、少しの間沈黙が漂った。真子は膝の上で握り締められた美桜の手を取ると、自分の手で包み込んだ。長い親指で手の甲をすりすりと撫でる。
美桜は、真子が自分の言葉を待っていることに気付き、心が軽くなった。
無理やり聞き出そうとしない、それでいて喜助のように何でもない話から情報を集めようともしない。ただ美桜自身が、自分のタイミングで、自分の言葉で話し出すのを待っている。
美桜は深呼吸をすると、感情を乗せない静かな声で言った。
「....五日後、死神の半数近くが死ぬ。」
「ッはぁ!?なんやそれ!?」
真子は簡潔に言われた言葉に思わず大きな声で反応を示した。それくらい、突拍子もないことだったのだ。
藍染との闘いが終わり、十八ヶ月経った。その間は多少の小競り合いはあったが、ここ数年の尸魂界にしては不思議なほど穏やかな日々が続いていた。
先月は死神代行 黒崎一護の死神の力が戻り、正式に死神代行として返り咲いた。そのきっかけとなった初代死神代行 銀城空吾との闘いも、尸魂界から隊長格を数名派遣し、無事終了した。
だから、しばらく平穏が続くと思っていたのだ。
護廷十三隊は瀞霊廷を護るための部隊。脅威が完全になくなれば、護廷十三隊など不要になるため、そこに所属しながら平穏を望むのはおかしな話かもしれない。しかし、百年かけてこの生活を手に入れた美桜は、もう誰にも壊されたくなかった。
しかし、現実はそんなに甘くなかったようだ。
真子は珍しく霊圧が揺らいでいる美桜の頭を撫でた。
「で、なんでそないなことになったんや。」
「....昼過ぎくらいから、書類を届けに来た隊士たちが黒を纏ってることに気付いたの。でも私は今日ずっと執務室にいたから、本当はもっと前からなのかもしれない。半分くらいが黒くて....ここに来るまでに視えた死神たちも、みんなそう。」
「五日後、か....。死神の半数近くが死ぬほどの闘いか。全く、次から次へとよぉ起こるもんやわ。」
真子はソファの背もたれに身体を預けると、座面に頭を乗せて天井を見上げた。金の糸がさらりと頬を滑る。
「で、どないしよる。」
「....とりあえず、喜助さんのところに行こうかな。私たちより多くの情報を持ってそうだし。」
「せやなぁ、それがええな。京楽さんには言うか?」
「うん、言っておこうかな。黒がないか確かめたいし....何か来るって忠告しか出来ないけど....」
「あほ。何か来る思て警戒しとくんと、いきなり来るのは大違いや。それだけで充分や、美桜。俺らは準備ができる。....っちゅーても敵さんが何なのかさっぱりや。」
真子はお茶には口をつけずに立ち上がると、美桜に手を差し伸べた。
「今から行くで、喜助んとこ。」
「え、今から!?でも真子も仕事....」
「あほ言え、仕事よりこっちの方が大事や。」
美桜は短時間で二回もあほと言われ、少しムッとした。しかし真子に会う前はそんな感情を抱く余裕すらなかったのに、真子に話しただけで胸の
美桜は真子の手を取ると同時に、真子の胸に飛び込んだ。
「真子っ!!」
「ぉわっ!急に飛び込むな危ないやろ!!」
口では文句を言いながらも、身体はしっかりと美桜を受け止めている。美桜はその胸に擦り寄った後、背伸びをして薄い唇に自分のを押し付けた。
「だいすき♡」
「....は..」
呆気に取られる真子を置き去りに、美桜は「雫に早退って伝えてくる!」と言って消えていった。きっとすぐに戻ってくるだろう。
真子は五番隊に来たときと様子が違いすぎる美桜に戸惑うも、その頬は赤くなっていた。
「夕陽のせいや、あほ。」
誰に言い訳しているのかわからない真子の照れ隠しだけが、まもなくおやつの時間を迎える応接室に響いた。