幕間
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「....ん。」
ゆっくりと瞼が上がる。
瞼の下から宝石のように輝く薄紫色の瞳が顔を覗かせた。
「おはようさん。」
美桜が寝起きのボヤけた頭で声の方を見れば、ベッドに肘をついている真子がいた。昨日、イメージチェンジのために斜めに切った前髪が真子の額を滑り落ちる。
まだ見慣れぬ前髪を認識した瞬間、美桜は今日が何の日なのかを思い出して顔を緩ませた。そして寒がる猫のように真子の胸に顔を寄せる。嬉しくて仕方がないのだ。
今日は真子が五番隊隊長として復隊する日。美桜は今日この日を百年待ち続けた。そしてようやく叶ったのだ。これを喜ばずにいられようか。
「朝からニヤニヤしおって。そんなに嬉しいんかいな。」
「うん。真子も嬉しいでしょ?」
「....あほ。」
真子の下手くそな誤魔化し方に美桜は穏やかに笑った。こんな朝がずっと続けば良い。そう思わずにはいられなかった。
「そろそろ起きなきゃ。復隊初日に遅刻したら大変。」
「そら流石に勘弁やわ。」
二人してのろのろと起き上がり、一階に降りる。並んで朝食を作り、向かい合って食べる。いつも通りの朝の光景も、なぜか新鮮に感じる。
真子は百年ぶりの死覇装に身を包んだ。鏡で全身を見ながらおかしい所がないか確認する。
あの時とは何もかもが違う。己の髪の長さもファッションも、鏡越しに自分を見る目付きさえも。
あの時と変わらないことといえば、真子の隣に美桜がいることくらいだ。物理的な意味でもあるが、精神的な意味の方が大きい。どんなに離れていても、真子の隣には美桜がいて、美桜の隣には真子がいる。
向こう側を見れば少し離れた場所で死覇装に着替える美桜の姿。あの時美桜は休隊しており、こうやって一緒に死覇装を着ることなど百年以上なかった。
真子は死覇装の上から小洒落た白いスカーフとベストを着ると、さらにその上から白い隊長羽織を羽織った。
百余年ぶりの"五"は、あの時と違う重さだった。
真子と美桜は手を繋いで家を出た。能力を隠す必要がなくなったからか、美桜は最近遠慮がない。その証拠に、家を出たら一番隊隊舎の門をくぐったところだった。
真子は隣にいる美桜を見つめた。
腰あたりまである髪を自分が贈った髪留めでハーフアップにして、嬉しそうに微笑む彼女。形の良い小さな耳には自身が作った金色のピアス、左手の薬指には金の指環。細い腰には薄紫色の帯と二本の斬魄刀。白い隊長羽織の内側の色は自分の目の色でもある胡桃染色。
美桜のいたるところに自分の気配を感じることができる。
美桜は真子と共にここにいることが嬉しくて仕方がないのか、繋いでいる右手をぶんぶんと振り回している。
「どんだけ振り回すねん。腕もげるわ。」
「もげてもちゃんと元通りにしてあげるから安心だね!!」
「そーゆーことちゃうやろ」
そんな美桜にキスをしたくなった真子は、繋がれている左手で美桜を引き寄せると、右手で美桜の顎を掴んだ。そして美桜の薄く色づく唇に己の唇を近付けた。
当然ながら抵抗をしない美桜は、当たり前のように目を閉じてその唇を受け入れようとした。
「ウォッホンッ!!」
後少しで重なるーーーそんなときに真横からわざとらしい咳払いが聞こえた。
霊圧で誰だか分かりきっている真子と美桜は、一度動きを止めるも、その後すぐにキスをした。
「おい!遮ったのにキスすんじゃねぇよ!!」
ちゅっちゅっと短いキスの後、名残惜しそうに真子の手が美桜の顎を解放した。
真子も美桜も、良いところを邪魔した邪魔物をジト目で睨んだ。
「今ええとこやったんやで?邪魔すんなや拳西。」
「一番隊隊舎の前で堂々とキスするお前らの方が邪魔だろ。」
隊首会がある日の一番隊隊舎前でキスをする隊長二人と、隊首会に向かおうとしてそれに遭遇し、注意する隊長。どう考えても後者の方が常識的だ。
真子もそう思ったのか、「まぁええわ。」と言って美桜と一番隊隊舎へ歩き出した。
そんな二人の後を拳西が文句をぶつぶつ言いながら着いていく。
こうやって真子と一番隊隊舎を歩くのは初めてだ。真子が護廷十三隊にいた頃、美桜は鬼道衆か休隊していたし、美桜が隊長になってからは真子が尸魂界にいなかった。
美桜は一歩一歩を噛み締めるように歩いた。今日は初めてのことでも、これからはそれが"当たり前"になっていく。ーーーあぁ、なんて素敵な日々なのだろうか。
やがて広間に着けば、既に何人かの隊長の姿があった。
珍しく早く来ていた京楽は現れた真子と美桜を視界に入れると、眩しそうに目を細めた。九十年間、美桜の隣に真子がいる姿を見ていなかったのだ。隣に真子がいない美桜はどこか寂しそうで、何でも一人で背負ってしまいそうで少し不安だった。そんな不安も、今日でおさらばだ。
「相変わらず仲が良さそうで安心したよ。」
「京楽さん、今日は早いんやな。」
「何て言ったって平子君たちが復隊する日だからね。そんな日に遅刻したら美桜ちゃんに怒られちゃうからよぉ〜。」
「浮竹さんも元気そうやなぁ。」
「あぁ、ばっちりだ。....ゴホッ。」
と言いつつ咳をする浮竹に、真子は「どこがばっちりやねん」と苦笑いした。
京楽と浮竹は、先程から嬉しそうな美桜に慈愛のこもった目を向けた。
九十年間、護廷十三隊でただ一人、全てを知りながら隊長を勤めていた彼女。周りは敵だらけで、護廷十三隊のトップが集う隊首会が一番敵に囲まれる時間。両隣を敵に固められ、たった一人で情報を集め続ける。それがどれだけ大変なのことなのか、京楽と浮竹には想像もできなかった。
だから美桜にとって、隊首会で隣に真子が並んでいるという事実がこの上なく嬉しいのだろう。
京楽は真子の隣で笑う美桜を見ていると、かつての副官を思い出した。彼女にも復隊の話はもちろんあったが、彼女のいた場所には既に七緒がいる。七緒も京楽にとって大事な副官であることに変わりないが、それでも少し寂しかった。
リサは流魂街で現世の本を死神に販売することを計画しているらしい。先月、山本が仮面の軍勢に復隊の話をした直後に、わざわざ京楽の元にやってきたのだ。京楽の副官には戻らないが、尸魂界にはよく行くことになるからいつでも会えると。要約すればそんな内容だった。一度も会えなかったこの百余年とは違うのだ。京楽はそれだけで満足だった。
やがて山本が広間に現れると、話をしていた面々は定位置についた。
「これより、隊首会を始める。」
山本は杖を床に叩きつける音と同時に宣言した。
「藍染の謀反から空席になっておった三・五・九番隊に、百年前隊長を務めておった三名が復隊した。三番隊 鳳橋楼十郎、五番隊 平子真子、九番隊 六車拳西、以上三名を各隊隊長に命ず。」
山本の宣言を聞いた瞬間、美桜の目から涙がこぼれ落ちた。言葉に表せないほど、嬉しかった。
美桜の向かい側で白哉が驚いたように美桜を見ていたが、それも全く気にならなかった。美桜の目には右隣の金色しか映っていなかった。
その後も山本は何かを言っていたが、美桜が真子だけを見ている間に隊首会は終了していた。
「美桜、ちゃんと話聞いとったか?」
「....ううん。真子見てたら終わっちゃった。」
「あほ。こない泣きよって。」
真子は美桜の頬を濡らす涙を優しく拭った。そして美桜の頭をポンポンと撫でると、美桜の右手を取った。
「途中まで一緒に行こや。」
どうやら隊舎に向かう途中まで一緒に行ってくれるらしい。美桜ばかり喜んでいるものと思っていたが、真子も美桜と同じ隊長に復隊したことを少なからず喜んでいるようだ。
「じゃあ、いってらっしゃい。」
「おん、行ってくるわ。美桜もな。」
「うん、行ってきます。」
いつもは玄関先でしていた挨拶も、今日からはどちらかの隊舎前で行われることになるだろう。
「....ふっ」
そんな些細なことですら嬉しく、真子の口から穏やかな笑いが溢れた。
消えていった美桜を見送り、振り返れば聳え立つ五番隊隊舎。百年の時を経ても変わらぬ佇まいに、どこか違和感すら覚えた。
扉に大きく描かれた"五"の文字を見れば、真子の脳裏にいくつもの記憶が甦ってきた。
仕事をせずにジャズを聴いてばかりいる真子と、それを咎める藍染。途中からはそこに小さな銀色が加わった。
大抵ギンの子守りとして藍染、それを傍観する真子という組み合わせだったが、時折真子もギンと共に藍染を困らせた。
もう二度と戻ることないあの日々を懐かしむことはあれど、戻りたいとは思わなかった。
しかし、今日からここで新しい物語が始まるのだ。過去を塗りつぶせとは言わない。ただ横に色を足していくのだ。そうすることで、いつか百年前も受け入れられるようになれば良い。
真子は大きく息を吸い込むと、五番隊隊舎の門をくぐった。
「今日から五番隊隊長になりましたぁ、平子真子や。まぁ知っとるもんもおると思うけど、百年前までここの隊長やっとった。ま、よろしゅう。」
「「「....。」」」
真子は少し敵意のこもった目で見てくる隊士たちに笑ってしまいそうになった。どう考えても自隊の隊長に向ける目ではない。
本来ならそれを咎めなければいけない副隊長の雛森はまだ療養中のためここにはいない。身体の傷はすっかり癒えているが、心の傷はまだ治療中なのだ。しかし真子がその背中を押したせいか、彼女の復帰も近いだろう。
真子は三席に軽く隊舎内を案内させた。
先程の挨拶の時もそうだが、そこら中から感じる少し敵意の混じった視線。先程ちらりと見た書類の処理方法。備品の片付け方。至るところで感じる藍染の存在に、隊士たちが藍染のことを消化しきれていないのが手に取るようにわかった。
ただ、真子は"部下の意思は汲み取るが顔色は窺わない"。だから好き放題にやると決めていた。
「(....楽しくなりそうや。)」
真子は思わず口角を上げた。