破面篇
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美桜がひよ里の治療を終えた時、戦況は変わっていた。虚圏にいたはずの黒崎一護がいつの間にか現世に来ていたのだ。そしてそれを守るように護廷十三隊の隊長と仮面の軍勢が戦っている。
そして怪我人も増えているが、一護とともに卯ノ花が虚圏から来たおかげで美桜の負担が少し減りそうだ。七番隊副隊長である雫も治療にあたっている。
「....?」
その時、美桜は違和感を覚えた。一瞬で藍染の霊圧が全く違う場所へ動いたのだ。瞬歩で迫り来る刃を避けたような動きではない。戦場になっていた上空から、地上に降りたのだ。何かがおかしい。
美桜は藍染の近くに別の霊圧があることに気付いた。
急に藍染が目の前に現れたら驚くはずだ。なぜここにいるのか、と。しかし誰も動揺していないのか、霊圧の乱れがない。
「....っまさか!!」
そのまさかだった。藍染は鏡花水月を発動している。そしてそれを誰も気付いていない。
誰だ。誰と入れ替わったんだ。美桜は必死に霊圧を探した。藍染と戦いそうにない者で、今藍染がいる場所にいたはずの者。
雛森だ。よりによって藍染は雛森と入れ替わったんだ。
「っだめぇぇぇぇ!!!!」
グサッッ
美桜は必死に叫んだが、時すでに遅し。雛森の胸に日番谷の斬魄刀が深く突き刺さった。
美桜の叫び声が聞こえた真子はハッとした。まさか、今自分たちが攻撃していたのは、藍染ではないのか。真子は藍染を見て、目を見開いた。
「みんな....何やってるんだよぉぉ!!!」
一護のその声に皆が藍染を見れば、日番谷の斬魄刀に胸を貫かれた雛森の姿。では本物の藍染はどこか。
今まで雛森と共にいた吉良は、なす術もなく藍染に斬られた。
何よりも護りたい雛森を己の手で刺したことに戸惑い、その状況を作り上げた藍染に激高した日番谷が、考えなしに藍染に突っ込んでいく。京楽が日番谷を止めようとするが、彼の耳には聞こえなかったようだ。日番谷は藍染によって左腕を斬り落とされる。
一気に陣形が崩れ、砕蜂、京楽も藍染の刃に沈んだ。
「....!!」
真子も背中を斬られるが、瞬時に傷が癒え、藍染に斬りかかった。
藍染は驚いたように目を見開く。少し油断したのだろう。反応できずに真子に左肩から左腹にかけて斬られた。
しかし、藍染は自分の傷をモノともせず、真子に斬りかかる。二人分の血が空を舞う。再び傷が癒えるはずだったが、どうやらタイムリミットのようだ。真子の中にあった美桜の霊圧は尽き、真子も地に沈んだ。
「っ真子!!」
美桜は真子の元に向かおうとしたが、立ち止まった。あまりにも負傷者の数が多すぎるのだ。卯ノ花と自分、雫だけでは手が足りない。そう判断した美桜は、有昭田の右手に時間回帰をかけて元通りに治した。有昭田は元副鬼道長ということもあり、四番隊とまではいかずとも、ある程度回道が使えるのだ。
これで治療できる者が四人になった。しかし、負傷者はその倍以上。しかも戦える人間がほとんどいなくなってしまった。藍染の刃がこちらに向けば、とてもではないが勝ち目はない。
「(どうすれば....!!)」
その時、大きな火柱が藍染を襲った。山本のものだ。周囲を巻き込みかねない火柱に、美桜の中での優先順位が変わった。
まず治療ではない。まず避難だ。自力で動けない負傷者が山本の流刃若火の餌食になるのは流石に見ていられない。
「っ避難します!!」
「ハイデス。」
有昭田は美桜の言葉にひよ里を抱えて瞬歩をした。そしてその足で砕蜂を拾ってから離れた場所に避難する。
卯ノ花や雫も同じことを考えていたようで、それぞれ自分の近くにいた負傷者を抱えて避難した。
美桜は倒れている真子の腕を自分の肩に回すようにして持ち上げた。
「....っ真子、立ち上がれる?」
「....美桜か。助かったわ。流石に爺さんに巻き込まれて怪我するのは嫌やねんからなぁ。」
真子は出来るだけ美桜に体重をかけないように立ち上がった。傷は深いが動けないほどではない。それに急がなければ本当に山本の炎に焼かれそうなのだ。
美桜はその状態のまま瞬歩をすると、京楽の元へ向かった。
「春兄!起きてるんでしょ!!」
「....ぼくのことは優しく抱えてくれないのかい?」
京楽は、怪我なんてしていないかのように平然と起き上がった。しかし、その背からは絶えず血が流れ落ちている。深傷だった。それなのに平然としていられるのは、本人の忍耐力の強さ故か、はたまた経験故か。
そうこうしている間にも、山本の炎が美桜たちを襲った。
「あっちちっっ!」
真子は美桜に触れているため、美桜の衛膜内にいるから安全だ。しかし京楽はそうはいかない。
美桜は京楽の死覇装を左手で掴むと、そのまま霊圧にモノを言わせて瞬歩をした。
ドサッ
一番重傷な雛森を治療していた卯ノ花は、目の前に現れた三人に目を見開いた。
左手で京楽の胸元の死覇装を握り、肩で真子を支える美桜は、荒い呼吸を繰り返している。自分より大きく重たい男性を一度に二人も連れてきたのだ。当然である。
卯ノ花は張っていた結界に三人を招き入れるように結界の範囲を広げた。
美桜は元気そうな京楽を適当な場所に放置すると、真子をそっと寝かせた。真子もひどい怪我だが、それ以上の重傷者が二人いる。日番谷と砕蜂だ。
二人とも左腕が欠損している。日番谷は斬魄刀で斬られただけのため左腕が存在しているが、砕蜂の場合は朽ちたため腕がない。つまり、作り直さなければならないということだ。欠損していたとしても、欠損部位があればその切断面を繋げるだけで良い。しかし、欠損部位が修復不可能なまでに破壊されている場合、時間回帰で腕全体の時間を戻す必要があるのだ。
面倒だとか大変だとか、そんなことは言っていられない。
「真子、ちょっと待っててね。」
「俺より重傷者ぎょうさんおるやろ。俺は最後でええ。」
真子の言葉に励まされた美桜は、いい子いい子と真子のサラサラな髪を撫でてから、日番谷の元へ向かった。
+ + +
もう何人目になるだろうか。こうして負傷者を治療するのは。
時間回帰をかけるたびに、自分の中に響く呼吸音が大きくなっていくのがわかる。限界が近い。それが嫌でもわかった。
それでも、私は治療し続けなければならない。それが私に与えられた任務で、使命だから。戦うことのできない私が唯一出来ることだから。
私は少なくなってきた霊力を補充するために、何個目になるかわからない霊石を噛み砕いた。途端に新鮮な霊力が身体を巡るが、すぐに消えていく。消費のペースに回復が追いついていないのだ。
私は滲む汗をそのままに辺りを見渡した。治療するのは私を含めて四人。それに対し、負傷者は倍以上。単純計算でいけば一人につき二、三人だが、雫と鉢玄さんはそこまでのスピードで治療出来ない。
そもそも回道での治療は時間がかかるのだ。まぁ時間回帰が早すぎるというのもあるけど。
それでも応急処置だけして次の人にいかないと、私が持ちそうになかった。
筋肉を動かすのも億劫になるほど怠い身体。頭に大きな岩でも乗っているのではないかと錯覚するほどに重く痛い頭。先程から何故か震えの止まらない手。
「....涼森、お前....。」
「いいから黙って治療されていなさい。」
私が無理をしていることが治療されている人にもわかってしまうほどに、限界が近い。
とりあえず日番谷隊長の腕は繋げた。血の巡りも筋組織の動きも問題なさそうだ。本当は減った血も戻したいが、そこまでやっていたら私が保たない。
ここまでやられればもう戦いに行こうという気力も起きないだろう。逆に戦いに行かれてまた負傷して帰ってきても困る。それを治療する余裕は少なくても私にはない。
次は砕蜂だ。
私はよろよろと立ち上がり、砕蜂の元へ向かう。背中の切り傷は私でなくても対処できる。問題はこの腕だ。これは私か、あのオレンジ色の髪の女の子にしか治せない。
私は砕蜂の左腕に雑に巻かれた包帯を取った。にしても下手くそな巻き方だ。砕蜂が一人で巻いたのであれば仕方ない。片腕しかないし。しかし副隊長の大前田が巻いたのなら話は変わってくる。
今度基本的な応急処置のやり方の講座でも開こうか。もちろん隊長格は参加必須で。
「(絶対不器用なのは白哉君だなぁ....)」
そんなことを考えてたら笑みが溢れた。この状況でも笑っていられるってなかなかだな。と、まるで他人事のように考える。
現実逃避していなきゃやってられないのだ。でも手はちゃんと動いているから許して。誰に許しを乞うているのかは、自分でもわからない。
砕蜂の左腕に時間回帰をかける。最初より随分と速度が遅くなってきた。だが確実に左腕の時間が戻っている。
「....っ!....涼森!」
「....!!!」
「私はもう良い、十分治った。他の者を治療してやれ。」
意識がはっきりしている砕蜂に名前を呼ばれてハッとした。どうやらボーッとしていたようだ。
私の手の下には元通りになった砕蜂の左腕。ちゃんと治っている。それが私の背中を押した。大丈夫。まだやれる。
「ごめんね、背中の傷は卯ノ花隊長か雫に治してもらってちょうだい。」
「....別に平気だ、これくらい。早く旦那のところに行ってやれ。」
「そうするわ。」
私はゆっくり立ち上がると、真子の元へ一歩踏み出そうとした。しかし、激しい眩暈がして一瞬体勢を崩した。近くの瓦礫に手を付いて倒れることはしなかったけど、眩暈が治らない。
私は瓦礫に手をつきながら真子の元へ歩み寄った。
「....美桜、相当無理しとるやろ。」
「何のことだか。」
「あほ。」
「....ばか。」
真子じゃなくても誰が見てもわかるほど私の顔色は悪いと思う。でもそれを真子に指摘されるとなんとなくばつが悪いのだ。だから否定したけど、当然真子に通じるはずもなく。いつも通り「あほ」って言われたから「ばか」って言い返しておいた。
でも真子への時間回帰は他の人より楽なのだ。なんていったってこれが使えるから。
私は倒れている真子のお腹に座ってから顔の横に手をつき、真子に覆い被さるように上体を倒した。
「あかん、俺襲われてまう。」
「ふふっ、覚悟しなさい♡」
「....。」
ふざけて言ってみたけどすごい恥ずかしくなった。真子も何も言わないし。ツッコんでよ、恥ずかしいじゃない。
私は若干やけになりながら、真子の唇に自分のそれをくっつけた。舌で真子の唇をツツーッとなぞると、薄く口を開けてくれたので躊躇いなくそこに舌を差し込む。
「ひゅ〜。やるねぇ。」
「お、おい涼森!私はそういうことをさせるために行けと言ったんじゃないぞ!」
「俺は一体何を見させられているんだ....。」
春兄は茶化してるし、砕蜂と日番谷隊長が何か言っているけど気にしない。
私は真子に息を吹き込むように残り少ない霊力を分け与えた。私の舌を通り真子の舌へと流れ込んだ時間回帰の霊力は、真子の粘膜から直接真子の身体の中に入っていく。一度手に出してから患部に霊力を入れるよりも、粘膜を通じて直接内部に霊力を入れる方が格段に楽なのだ。ただこのやり方は真子にしか出来ないのが痛い所だ。
私は一度唇を離して、傷が全て癒えているか確かめた。私が真子の背中に手を回して斬られた場所を確かめようとしたら、真子は私を乗せたまま腹筋の力だけで起き上がった。こういうところにときめいちゃう。
「もう大丈夫や。おおきにな、美桜。」
真子の手が私の顎を押さえたから、私も目を瞑って真子を受け入れた。
ちゅっ
最初は触れるだけのキスだった。すぐに離してボヤけてしまうほどの距離で真子の目を見る。そしてまたすぐに目を閉じた。今度は深いキスだった。
くちゅくちゅと音が鳴るのも気にしない。ただ目の前の熱が失われなかったことに安堵した。
どれくらい長い間キスしていたのかわからないけど、私の息が続かなくなったことに気付いた真子が唇を離した。私と真子の唇を繋ぐ銀色の糸をピアスの付いた舌で舐めとる。えっちだ。
「あの〜、そろそろいいか〜い?」
私は目を見開いた。完全にここがどこで、周りに誰がいるのか忘れていた。見渡せば鼻の下を伸ばした春兄に、顔を赤くした砕蜂と日番谷隊長。日番谷隊長に至っては、顔を覆った指の間からこちらをチラチラ見ている。純粋だなぁ。
私は気を取り直すようにわざとらしく咳払いをした後、春兄を治療するために立ちあがろうとした。
「....へ?」
が、全く力が入らない。
「腰抜けとんのちゃうか?」
真子がニヤニヤしながら私の腰をさする。誰のせいですか、全くもう。
そう思いながらも、どこかで納得している自分がいた。元々限界が近かったのだ。そこで真子と触れ合って、安心してしまったのだろう。まるでスイッチが切れたように、身体に全く力が入らない。
これでは春兄の場所まで行けない。そう思い、真子を見上げた。
「はぁ....ほんま敵わんわ。」
真子はため息をひとつ吐いた後、怪我していたとは思えない動作で私を抱き上げると、数歩先にいる春兄の元まで私を運んでくれた。
春兄に時間回帰をかけようとするけど、指の一本すら動かせない。流石に触れずに時間回帰をかけることはできない。そう思っていたら、春兄がだらりと垂れ下がっている私の右手を握ってくれた。
「....ありがと。」
これで春兄を治療できる。私は春兄の手を通じて時間回帰を行い、春兄の傷を治した。
+ + +
「....ほか、は?」
「もう重傷者はおらん。よう頑張ったな。安心して休み。」
「....ん。」
わずかな言葉を発した美桜はすぐに意識を手放した。
真子は美桜の頭を自身の胸にもたれさせると、その頬を撫でた。
「(こない疲れた顔しおって。随分と無茶しおる。)」
美桜の目の下には濃い隈が出来ていた。行く前にはなかったことから、この短時間の疲労によるものだろう。真子は親指で隈をそっとなぞると、美桜の額にキスをした。
「(ゆっくり休み。)」
京楽は真子に抱えられた美桜の顔を覗き込んだ。
「寝ちゃったかい?」
「おん。よぉ頑張ったわ。」
今日だけで一体何人の負傷者を治療したのだろうか。普通なら即死だったひよ里を治療するのだけでも精一杯なのに、それに加えて三人の欠損部位を治し、真子に霊力を分け与え、さらに京楽の怪我まで治した。
美桜は戦えないことに負い目を感じているようだが、他に戦うことの出来る人はいても、このスピードで治療出来る美桜の代わりはいない。だから、そんなに負い目を感じる必要なんてないのだ。そのことに、彼女はいつ気付いてくれるのだろう。
真子は両手にある温もりを手放さないように、力を入れた。
百年に渡る戦いが、終わったのだ。見上げた空は息を呑むほど赤い夕焼けだった。