尸魂界篇
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そして迎えた、処刑の日。
美桜はいつもより緊張した面持ちでドアの前に立った。
「いってくるね。」
「おん。気ぃつけや。」
真子はそんな美桜をギュッと抱き締める。
本当は美桜にこんな思いをさせたくなかった。もともと美桜が背負わなくてもいいことだ。それに自分たちで決着を付けたかった。それでも、尸魂界を追放された身では出来ることなどない。だからこうやって不安がる美桜を、その不安がどこかへ飛んでいくように抱き締めてあげることしか出来ないのだ。
美桜は緊張して強張っていた自身の身体から力が抜けたのがわかった。ほっと安堵の息を吐く。いつまでもこの腕の中にいたいけど、そうも言っていられない。叶わないとはわかっているけれど、少しでも真子を近くに感じたかった。
「ねぇ真子。おまじないして欲しい。」
「おまじない?」
「うん。ここにキスマークつけて欲しい。」
そう言って美桜が指をさしたのは、普段隠れて見えない項。そこは視界から最も遠く、最も守りにくい場所だ。人間の急所である項に真子のキスマークを付けて貰えば、真子に護られているような気がするのではないか。そう思ったのだ。
美桜は真子がキスマークを付けやすいように、髪をどかして死覇装を少し下に下げる。
真子は珍しい美桜の要求に目を丸くした。いつも見える場所に付けると怒られるのだ。そしてその場所だけ時間回帰で消される。
そんな美桜が髪で隠れているとはいえ、見える可能性のある項に印を付けて欲しいと願うということは、それだけ不安なのだろう。そう思った真子は、美桜の白い項に口付けた。骨を甘噛みした後、思いっきりその白い肌を吸い上げる。
「んっ....」
美桜の口から小さな声が漏れた。
真子は一回だけではなく、「これで美桜の不安が消えるんなら」と何回も吸いついた。おかげで美桜の項にはいくつもの赤い華が咲いた。
最後の仕上げとでもいうように、チュッと音を立てて真子の唇が項から離れる。
美桜は振り返り、真子に正面から抱き着いた。
「ん。ありがと。」
「無事に戻ってき。」
真子に頭を撫でられる。髪をとかすように指ですかれて、美桜は心地良さに目を閉じた。
美桜は戦うのが好きではない。避けられない戦いがあるのもよくわかっている。それでもやっぱり行きたくないのだ。
今日この日、仮初の平和が崩れ去る。それは美桜がそこに居ろうが居るまいが変わることはない。変わらないなら行こう。そして奴に一太刀入れるのだ。百余年分の想いを込めた
+ + +
双極の丘。
そこには何人かの隊長格と罪人である朽木ルキアの姿があった。
二番隊隊長 砕蜂は、処刑を見届けるために来た隊長格を見回して眉間に皺を寄せた。
「随分と集まりが悪いな。隊長・副隊長が揃っているのは、総隊長の一番隊と我ら二番隊、そして京楽の八番隊。五・十一・十二は仕方ないとして、他の連中はどういうつもりだ。四番隊の卯ノ花と七番隊の涼森まで来ておらぬとは。」
その後、六番隊隊長 朽木白哉が処刑場に姿を見せたが、その隣に副隊長の姿はなかった。
それ以降は不在の者たちが来ることはなく、多くの空席を残したまま定刻となった。
やがて、山本の合図で処刑が始まった。
解放された双極は、炎を纏った鳥のような姿をしている。火の鳥はその場で何度か羽ばたいた後、ルキアに向かってまっすぐ飛んでいった。その嘴でルキアを貫こうとした時、誰かがそれを止めた。
オレンジ色の髪に身の丈程の斬魄刀。旅禍である黒崎一護である。彼は背負ったままの斬魄刀で双極を止めたのだ。
その姿を見た京楽が、隣にいた八番隊副隊長 伊勢七緒に声をかける。
「七緒ちゃん、彼が例の....?」
「そのようです。外見的特徴が隊員たちの報告と一致します。」
「そっか。結局間に合ったのは彼らの方だったってことだね。」
双極が第二撃目に備えて身を引く。それを見た一護も斬魄刀を構えた。双極が助走をつけてから再びルキアを貫こうとした時、突然動きが止まった。双極は動くことなく、纏っている炎の揺らめきすらそのままだ。
「「「....!?」」」
「ん?なんだ?」
その様子に、隊長たちの間で動揺が走る。何が起きたかわかっていないようだった。旅禍である一護も、突然止まった双極に戸惑いを隠せなかった。
その中で一人だけ、口角を上げている者がいた。京楽だ。彼にはこの現象が誰によるものなのか、すぐにわかった。こんなことを出来るのは一人しかいない。
時間を止めた双極の首に、長い縄のようなものが巻き付く。縄は双極の首を何周かすると、地面に突き刺さった。
その縄を放ったのは、隊長羽織を着た白い長髪の男。浮竹十四郎だ。その後ろには、涼森 美桜とその副官の姿もある。
京楽は地面に刺さった宝具の元へひとっ飛びすると、軽い口調で文句を言った。
「随分待たせてくれるじゃないの、この色男。」
「すまん。解放に手こずった。美桜が迎えに来てくれなかったら間に合わなかった。」
三人の隊長格の裏切りに、皆の間で動揺が走る。特に山本は、自身の弟子の裏切りに普段は開けない目を開けて驚いていた。
砕蜂が宝具に刻まれた紋様を見て何かに気付く。
「奴ら双極を破壊するつもりだ!止めろっ!」
そう叫ぶも時すでに遅し。京楽と浮竹は斬魄刀を抜くと宝具にそれを当てがった。宝具に京楽と浮竹の霊圧が行き渡ったとき、双極は粉々に破壊された。火の粉が皆に降り注ぐ。
理由は不明だが、双極が破壊されたことを良いことに、一護はルキアを拘束する磔架を破壊しルキアを解放した。そして同じくルキアを助けに来た阿散井恋次に彼女を託した。
ルキアを受け取った恋次が駆け出すと、砕蜂に叱責された副隊長三人がそれを追尾する。しかし、三人とも一護の一撃で戦闘不能に追いやられる。
その一護に白哉が向かっていく。千本桜を己の斬魄刀で受け止めた一護は、そのまま白哉と戦い始めた。
虎徹勇音が一護によって倒されたことに、清音は自身の姉の元へ走り出した。
「姉さん!!」
そんな清音を追いかける小椿だったが、砕蜂の攻撃を受け倒れる。砕蜂は「次はお前だ」と言わんばかりに清音を見た。
そのことに焦りを感じた浮竹は清音の元へ行こうとするも、山本によって行く手を阻まれる。
「罪人を連れて逃げたのは副隊長。切ってすげ替えれば替えはきく。じゃがお主らは隊長として、してはならんことをした。」
京楽と浮竹は、山本の静かな怒りを感じて冷や汗を流した。
「それがどういうことか、わからぬお主らではなかろう。」
京楽は浮竹の肩を掴んであえて軽い口調で言った。
「よーし、仕方ない!いっちょ逃げるとするか!!」
京楽は浮竹を掴んだまま双極の丘から飛び降りた。
「待て京楽!あそこにはまだ俺の部下が!」
「あんなところで山じぃと戦ってみろ。それこそみんな死んじまう。あそこには美桜ちゃんもいる。それに感じないか。僕らの味方もう一人、近付いているのを。」
京楽が楽しそうに双極を飛び降りて行ったのを見送った美桜は、危機が迫っているとは思えない京楽の様子に笑みが溢れた。
その楽しい気持ちに水を差すように、砕蜂の鋭く冷たい声がした。
「笑っている場合ではないぞ、涼森。貴様らは護廷十三隊の隊長として恥ずべきことをした。これ以上恥を晒さぬように、私がここで葬ってやろう。」
それでも笑うのをやめない美桜に、砕蜂の顔に青筋が立つ。
「貴様!何がおかしい!!」
「ふふ、近付いてきたなぁって。」
砕蜂の頭に疑問符が浮かんだ時、何かがものすごい速さで横からぶつかった。それは砕蜂を掴んだまま双極から飛び降りる。
その様子を見送った美桜は、倒れた四人の副隊長と席官を見た。これくらいなら雫に任せて平気そうだ。
「雫、この四人のこと任せていいかしら。終わったら七番隊か四番隊にいなさい。そこでなすべきことをするように。」
「かしこまりました。」
雫が回道をかけ始めたことを確認した後、美桜は異空間へ消えていった。
+ + +
処刑に賛成か反対か、師と弟子、元上司と部下といった激しい戦いが各地で繰り広げられている。一番隊隊舎の上で全体の戦況を把握しながら時を待っていた美桜は、今にも消えそうな弱い霊圧を感知し、腰を上げた。流石に気付いていながら見過ごすわけにはいかない。
奴の根城の目と鼻の先のため、空間を繋げて移動するのではなく、瞬歩でそこに向かう。
美桜が到着すると、そこには胸の中心を刺された五番隊副隊長 雛森桃が倒れていた。美桜は辺りに誰もいないことを確認した後、彼女に駆け寄る。
美桜は雛森の傷に左手でそっと触れた。その瞬間、頭の中に流れ込んでくるのは傷の記憶。その傷をどんな状況で、なぜ負ったのか。それを目を閉じて視る。
(ひどいことを....)
雛森が藍染を慕って五番隊副隊長にまで昇り詰めたことは有名なことだ。それほどまでに自身を慕ってくれていた人でさえ、こうも容易く斬り捨てるのか。しかも本人が一番傷付く形で。
美桜が目を開いて回道で治療を始めた時、入り口の方から誰かの足音がした。
飛び出してきた十番隊隊長 日番谷冬獅郎は、深い傷を負い倒れている雛森を見て動きを止めた。そして治療する美桜を見ると、ゆっくりと口を開いた。
「これは....誰が?」
「僕だよ。」
日番谷の質問に答えたのは、既に死んだはずの低いテノール。その声色にはいつもの優しさはない。
「僕が雛森君を刺したんだ。」
「....藍染.......だと....!?」
「あぁ、日番谷君に見つからないように粉々にしておくべきだったかな。」
死んだはずの藍染の後ろには、狐のように笑う市丸がいる。日番谷はそこで初めて藍染と市丸が仲間だったことを知る。
「....いつからだ。いつから雛森を、俺を、他のすべての隊長たちを騙してやがった....?!」
「初めからだよ。私は彼以外を一度も副隊長だと思ったことはない。そして間違いが一つ。ただ一人だけ、全てを知りながら黙っていた隊長がいるよ。」
藍染は美桜の方をチラリと見た。美桜は黙ったまま微動だにしない。
「初めから?雛森は、てめぇに憧れて護廷十三隊に入り、そこから死に物狂いで努力して副隊長になったんだ....!それなのに....!!」
「知っているさ。自分に憧れを抱く者ほど御し易い者はない。だから僕は彼女を僕の部下にと推したんだよ。」
「....な!」
「良い機会だ。一つ覚えておくといい日番谷君。憧れは、理解から最も遠い感情だよ。」
日番谷は背負っている斬魄刀を抜く。そこから漏れ出る冷気に藍染と市丸は飛び引く。流石に雛森を巻き込まない理性は残っているようだが、美桜は即座に結界を張った。
「卍解....大紅蓮氷輪丸!!」
日番谷の背に氷でできた竜の翼と尾が生え、その背には十二枚の氷でできた花弁が並ぶ。
「藍染....俺はてめぇを殺す....。」
「....あまり強い言葉を使うなよ。弱く見えるぞ。」
その言葉に激高した日番谷が藍染に突っ込んでいく。藍染を貫いたはずの日番谷は、
「季節じゃないが、この時期に見る氷も悪くない。」
刀身に血をベッタリと付け、一仕事終えた藍染は、雛森の治療をする美桜を見た。
「涼森隊長、君とは話したいことがあるんだ。」
藍染が美桜の方に一歩踏み出そうとしたとき、藍染を呼び止める声が聞こえた。
「藍染隊長。いいえ、もはや隊長と呼ぶべきではないのかもしれませんね。大逆の罪人、藍染惣右介。」
藍染は振り返って声の主を見ると、そちらに身体を向けた。
「そろそろ来られる頃だと思っていましたよ、卯ノ花隊長。初めからここだとお分かりに?」
「いかなる理由があろうとも立ち入ることを許されない完全禁踏区域は瀞霊廷内では清浄塔居林ただ一箇所のみ。あれ程までに精巧な死体の人形を作ってまで死を偽装した貴方が、身を隠すのはここ置いて他ありません。」
「惜しいな。間違いが二つ。一つ、僕は身を隠すためにここに来たのではない。そしてもう一つ。これは死体の人形ではない。」
卯ノ花と勇音の目には、藍染が藍染の人形を持っているように見える。
美桜は解放を見ないように目を閉じた。
「....!!いつの間に!?」
「いつの間に?ずっと持っていたさ。ただ僕がそう見せようと思わなかっただけのこと。そら解くよ。砕けろ、鏡花水月。」
パリンッと音がして死体の人形が割れる。そこから現れたのは一本の斬魄刀。
「「....!?」」
「僕の斬魄刀 鏡花水月。有する能力は完全催眠。対象は五感すべて。一つの対象の姿、形、質量、感触、匂いに至るまで全てを敵に誤認させることができる。つまりハエを竜に見せることも、沼地を花畑に見せることも可能だ。そしてその発動条件は、敵に鏡花水月の開放の瞬間を見せること。一度でも解放を目にした者は、僕が鏡花水月を解放するたびに完全催眠の虜となる。」
「一度でも目に....!!」
「そう、気付いたようだね。目の見えない者は完全催眠に堕ちない。つまり、東仙要は最初から僕の部下だ。」
市丸は懐から白い包帯のようなものを取り出し、藍染と自身を覆うようにそれを広げた。
「最後に褒めておこうか。検査のために最も長く触れたからといって、完全催眠下にありながら僅かな違和感を持ったのは見事だったよ、卯ノ花隊長。」
そう言って藍染と市丸は消えて行った。