過去篇
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春。
冬を越えた動植物が動き出し、命が芽吹く季節。出会いと別れの季節。
ここ、真央霊術院では新入生の入寮式典が行われようとしていた。
真央霊術院は基本的に全寮制である。右手に男子寮、左手に女子寮、その二つを繋ぐ本館には食堂や管理人室が設置されている。
入学式典の前日に行われるこの入寮式典から寮生活が始まる。つまり、実質今日から学院生活が始まるのだ。
真央霊術院の門には、たくさんの入学生とそれを見送りに来た人たちで溢れかえっていた。
その人混みから少し離れた場所に、三人はいた。
少女はくるんと毛先がはねた柔らかい金色の長い髪を上の方で一つに束ね、真新しい白と赤の制服に身を包んでいた。昨日まで肌身離さず腰にあった二本の斬魄刀はない。
身長こそ同年代と比べて低いものの、その身体つきは女性と少女の間の妖しい色気を感じるものがある。
吸い込まれそうな薄紫色の目は大きく、目尻は彼女の性格を表しているかのごとく優しげに垂れていた。高すぎない鼻は通っており、その下には紅を乗せずとも薄紅色に色付いた小ぶりの唇がある。
あの時の少女は、美しく成長していた。
見送りにきた男二人は、どちらも死覇装の上に白い羽織を重ね、腰には二本の斬魄刀をさしていた。京楽春水と浮竹十四郎である。
「じゃあ、行ってくるね」
「あぁ、行ってこい。友だちいっぱい作るんだぞ!」
「美桜ちゃんは頑張り屋さんだけど、たまには息抜きも大事だからね」
「春兄はいつも息抜きしてるじゃん」
「お、言うねぇ」
京楽と浮竹は、あの小さかった少女がここまで成長したことに嬉しく思うも、大切に育てた雛鳥が巣立っていくような、そんな寂しさも感じていた。
「それにもう護廷十三隊の隊長なんだから。さぼってばっかりじゃダメよ?」
そう、京楽と浮竹は数年前、同時に副隊長から隊長へと昇格した。真央霊術院の卒業生で初めての護廷十三隊隊長である。しかし、肩書きが変わっても美桜の師であることに変わりはない。
そろそろ時間が迫ってきたのか、美桜は時間を気にする素振りを見せた。
「頑張ってくるね。時々会いにいくわ。」
そう言って少女は京楽と浮竹に背を向けて歩き出した。
あの日の出会いから、十五年が経過していた。
今日から始まる新しい生活に、美桜は気持ちを抑えきれなかった。
( 今日から私も霊術院生。お友だちができるといいのだけれど。願わくば、春兄と四郎兄みたいな関係に…… )
地図を片手に広い真央霊術院で迷いながらも、入寮式典の行われる大広間に着いた。案内に従い特進学級の席へ向かい、空いている席に座る。
周りにいるのが同じ学級の仲間だと思うと、式典の開始を大人しく待つことなど出来ない。特に意味があるわけではないが、辺りを忙しなく見回す。それは美桜だけのことではなかった。
ふと、キラキラ光るものが視界に入った。肩より少し長いその髪は、美桜のそれよりも濃い金色で真っ直ぐ伸びていた。
( まっすぐで綺麗な髪の女の子…… )
自分のふわふわとした髪も好きだが、やはり絹のように真っ直ぐな髪に憧れる。
( 髪は女の命とも言われるくらいだから、相当手入れしてるのかしら。 )
そんなことを思っているうちに、入寮式典が始まった。寮の諸注意や設備の説明を受け、ついに部屋へ向かう。
通常学級は二人一部屋であるが、特進学級は一人につき一部屋与えられる。
特進学級と通常学級の違いは、授業の内容以外に寮の部屋割りだけであるが、それでも同じ部屋に自分以外の誰かがいるのはあまり気分がよくない。
特に隠さなければいけないことが多い美桜にとって、一人部屋はこれ以上なくありがたかった。
美桜の部屋は角部屋だった。きっと京楽と浮竹が手を回してくれたのだろう。心の中で二人に感謝を述べていると、隣の部屋に割り当てられたであろう女子がこちらを見ていることに気付いた。
美桜は肩程の長さの黒髪を後ろで三つ編みに結び、眼鏡をかけているその子に右手を差し出した。
「私は涼森 美桜。よろしくね。」
女子は差し出された右手に自身の右手を重ねた。
「矢胴丸リサや。よろしく。」
「リサちゃんって呼んでもいい?」
「リサでええ。あたしも美桜って呼ぶわ。」
「じゃあリサ、お隣さん同士仲良くしてくれると嬉しいわ」
少し他愛もない話をした後、美桜とリサは互いの部屋に入った。
備え付けの机と椅子、壁に固定された棚、押し入れの中にある寝具一式。それ以外物がなくガランとした部屋は、十五畳ほどの広さがあった。
美桜は家具の位置を決めたあと、異空間から化粧台とベッドを出して設置した。
以前使っていた何人も寝れる大きい物ではなく、わざわざ調達してきた一人用のベッドである。
尸魂界にまだベッドはなく、多分使っているのは美桜くらいだろう。寮にいる時くらい布団で寝ることを考えなかったわけではないが、やはりベッドの寝心地には勝てなかった。
美桜は棚の一番見える場所に写真立てを置いた。そこには、今より少し幼い美桜と白い羽織を着ていない京楽と浮竹が写っていた。
荷物の整理をしていると、夕食の時間が近付いていた。
友だちになったばかりのリサと夕食を食べながら親交を深めるべく、美桜はリサの部屋の扉を叩いた。
「リサ、一緒に夕食食べない?」
数拍経ったあと、中から扉が開きリサが出てきた。
「ええよ。あたしもそうしようと思っとったところや。」
美桜とリサは、慣れない寮内を見物しながら食堂へ向かった。
二人は自身の夕食を取った後、空いている席に向かい合うようにして座る。周りには同じく新入生なのかどこかぎこちない笑顔で会話していたり、上級生は斬魄刀や鬼道の話で盛り上がっていたりと様々だった。
夕食の残りも少なくなってきた頃、美桜は誰かを探すように辺りを見回した。
それに気付いたリサが食べる手を止めずに聞いた。
「どうしたんや。」
「入寮式典でね、すっごく綺麗な金の髪の女の子がいたの。その子いるかなと思って」
「美桜の髪も充分綺麗やないの。」
「私みたいに癖がなくて、真っ直ぐな髪だったの」
なんとなくリサも周りを見渡す。
そして二人は、すぐ横を通った真っ直ぐな金色の髪を持つ院生を見つける。しかし、すぐに己の想像と違ったことに気付き、食べる手が止まった。
「「あ……、」」
二人の視線の先には、真っ直ぐな金色の髪の
「男やん。」
「男の子……だね」
二人は顔を見合わせて笑った。
「どこが女の子や。可愛い子かな思って探したあたしがアホやったわ。」
「う、後ろ姿しか見てなかったのよ....」
美桜は恥ずかしさを紛らわすように、残りの味噌汁を流し込んだ。