虚化篇
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あれから十年が経った。
その間に、さまざまな状況が変わった。
瀞霊廷から逃れて来た十一人は、しばらく私の空間で暮らしていた。しかし、いつまでも世話になるまでいかないと、数年前に現世に拠点を持つようになった。
虚化した八人は、自分たちを "
霊圧遮断義骸に入った彼らは、何年経っても見た目が変わらない。そのため現世の住民に違和感を持たれぬよう、数年おきに居場所を転々としているようだ。
真子だけは、昼間は仮面の軍勢とともに過ごし、夜は私と異空間の家で暮らすという生活だった。
喜助さんたちは、浦原商店という駄菓子屋を始めた。彼らも義骸に入っているため、歳を取らないが、喜助さんが記憶置換装置を発明してそれを定期的に関わりのある人に使用しているらしい。
なぜか猫になれる夜一さんは義骸には入らず、現世の野良猫に混じってのらりくらり暮らしている。
私も触らせてもらったけど、すごい可愛い猫ちゃんだった。しかもその口から飛び出す言葉はおじいちゃん言葉。可愛すぎる。
私はというと、死神に復帰することになった。
瀞霊廷を追放されたみんなが尸魂界の情報を手に入れるのは困難。その中でも欲しいのは藍染の情報だ。もっと難しい。
そこで私が情報収集も兼ねて、死神として復帰することにした。もちろん、夜は異空間の家に帰り真子と共に過ごす。
葛藤がなかったわけではない。
私だって尸魂界の、いや、中央四十六室のやり方に納得できない。まるで都合が悪くなったら切り捨て、その首をすげ替えればいいとでも言うようなやり方に。
自分たちは座ってるだけで何もできないくせに。被害を被るのはいつだって私たち死神だ。
そんな憤りを感じながら、それでも死神に復帰することにしたのは、やはり藍染のことが大きい。
それに、危惧していた縛りについては、春兄が総隊長に交渉してくれた。
いまだ空席の隊長の席を埋めるために、総隊長も譲歩してくれたみたいだ。
私は来月から、七番隊の隊長になる。
愛川隊長の時から副隊長であった小椿副隊長が、年齢を理由に引退したいそうだ。他の隊は隊長か副隊長のどちらかがいるが、七番隊だけいなくなってしまうらしい。
現時点で私以外に隊長が出来そうな者がいないということで、春兄が強気に出て交渉してくれた。
私の卍解の縛りは "どちらも" 睡眠だ。
卍解することで、身体の休息に必要な睡眠時間以外の、余剰睡眠時間を消費する。
そのため、寝れる時に寝ておかなければ、卍解ができないという難儀なものである。要は寝溜めが必要なのである。
以前真子のために卍解したときは、選択した未来が生死を左右するものだったため、睡眠時間の他にも生命力を使った。そのため、数日間気絶することになった。
まぁ "未来選択" なんて卍解、早々使うことなんてないが。特に生死を左右するものは、私の生命力を消費するため、おいそれと使うものではない。
それでも、いざという時に卍解出来ないのは困るとして、やるべき仕事がなければ勤務時間中に寝てもいいという許可が降りたのだ!!要は公認のサボりである。素晴らしい。
これで縛りに関する憂いは無くなった。私は書類仕事が苦ではないし、何とかなるだろう。
真子は私が隊長になることに難色を示したけど、私の考えを尊重してくれた。私だってみんなのために何かしたいんだもん。
私が死神に復帰することを知った時、一番激しく反発したのはひよ里ちゃんだった。
ひよ里ちゃんは自分が "死神に見捨てられた" ということを強く感じている。
「なんやお前っ!!結局死神になるんか!?お前もウチらを裏切るんか!?あ"!?」
唾を飛ばしながら私に向かって怒鳴るひよ里ちゃん。
「前から思っとった!お前どっち側やねん!ウチらと同じ仮面の軍勢でもないくせしてここに居座りよって!!喜助たちはわかる!ウチら守るために尸魂界追放された!やけどウチはお前に守れられた覚えはない!お前は追放されてもいない!お前にウチらの何がわかんねんっ!!」
私は目を見開いた。
そして何か、ものすごく重いものが乗っかったように、胸の中心が痛いくらい重たくなった。ショック、だった。
「ひよ里っ!!!いくらお前でも許さんでっ!!美桜がどんな想いでこの選択をしたと思とんのやっ!!!」
ひよ里は真子の本気の怒鳴り声に怯えたように肩をビクつかせた。そして真子の "選択" という言葉に首を傾げた。
当然だ。私が卍解をして未来選択をしたことは、真子しか知らない。もしかしたら、卍解の能力を知っているリサにはわかっちゃったかもしれないけど。
「美桜、あんたまさか....!」
ほら、リサにバレちゃった。
「言っとくけどなぁ、俺ら全員生きとるの喜助のおかげやない。美桜のおかげや。喜助は美桜が俺らを生かしたからここまで出来ただけや。」
本当は俺ら全員、あの夜に死ぬはずだったんや。そう呟いた真子に、拳西が詳しく聞こうとする。
「それは、どういうことだ....」
私はみんなに恩を売りたいわけではない。
もう、いいの。
「真子、いいのよ....もう。」
私は今まで、みんなのためを思って色々やっていた。傷を治し、環境を整え、出来る限りのことをやってきた。
私は、全員を生かす方法がこれしかなかったとしても、私が選択した未来に責任を持つべきだと思っていた。でもそれは、私の自己満足でしかなかったみたい。
みんな口には出さないだけで、同じことを思っていたのかもしれない。そう考えたら、もうここにはいられなくなった。
「....ごめんなさい。」
私は立ち上がって仮面の軍勢の拠点を後にした。
追いかけようと立ち上がった真子をリサが止めた。
「真子!」
真子は早く美桜の元へ行きたいのを堪え、振り返った。
「なんや?」
「使ったんか。ウチら救うために。」
主語がなかったが、真子にはそれが何を指すかなんて考えるまでもなかった。
「せやで。だから俺ら今ここにおるねん。」
リサは何かに耐えるように下を向いた。
それを見た真子は今度こそ美桜の元へと走っていった。
私は行くあてもなくぶらぶらと歩いていた。頭の中では、先程のひよ里ちゃんの言葉が絶えず繰り返される。
ーーーお前にウチらの何がわかんねんっ!!
確かにそうだ。
私は虚化していない。だから、自分じゃない何かが虎視眈々と身体の主導権を狙っていることがどんな感じなのかなんて、わからない。
少しずつ迫りくる恐怖も、自分が死神では何かになる恐怖も。
なにも、わからない。
気付いたら海に来ていた。
浜辺に座って膝に顔を乗せながら波の音を聞く。
私のやったこと全てが間違っていたのかな。卍解しなければよかったのかな。そうしたら、こんな想いすることもなかったのかな。
私に何が出来るんだろう。この両手でどれだけの命を救えるんだろう。
「美桜っ....!!」
後ろから誰かに抱き締められた。
私のお腹に回る腕、視界を掠める金色の糸。
誰かなんてわかりきっている。いつだって、私を救ってくれるのはこの人だ。
私は振り返ってキスをした。角度を変えながら何度も短いキスを繰り返す。息が上がって苦しいけど、そんなこと気にしない。やめたくない。
あぁ、そうだ。
私はこの人を守りたい。この輝く金色の光が、この熱が、失われないように。
たとえ誰に何を言われようとも、真子だけが私を理解してくれればそれでいい。真子が私の隣にいてくれれば、それ以外、何もいらない。
+ + +
私が隊長として死神に復帰する前日。
夕食を食べ終わった後、私はソファに座る真子を跨ぐように向かい合わせに座っていた。
数年前に髪を顎のあたりで切り揃えた真子は、洋服に身を包んでいる。これが似合っていてすごいかっこいいのだ。ときめきが止まらない。最近の私の贅沢な悩みだ。
真子は私の頬に右手を当てると、頬を指で撫でる。
私は大好きな手に擦り寄るように目を閉じ、真子の右手に自分の左手を重ねる。やっぱり好きだなぁ。
「心配やな....。隊長なんてナンギな職やで?」
真子の困ったような、眉毛の下がった顔にふふっと笑う。
「大丈夫よ。不安なことはあるけど、なんとかなると思うわ。」
それにね、と続ける。
「もうどんな隊にするか決めてあるの。」
真子は呆気に取られた顔をした。
「動ける四番隊。これが私が作りたい隊よ。」
私はそのまま続けた。
「前から思ってた。総隊長は四番隊を絶対に前線に出さない。四番隊がいれば、助かる命だってたくさんあったはず。なのにそれを見捨てるような現状がずっと嫌だったの。真子がそうなったらどうしようっていつも思ってた。だから、ある程度動けて回道が使える子を集めたいの。少数精鋭になると思うけど、それでも構わないわ。だって、 "上に立つ者は下にいる者の気持ちは汲み取っても、顔色を窺っちゃいけない" のでしょ?」
私はニヤニヤしながら真子に言う。
私は真子とは違って上に立つ器ではないかもしれない。それでも、私も真子と同じ景色を見たいのだ。
それに....。あのとき視た未来は、私と真子、どちらも隊長羽織を着ていた。きっと私が隊長になるのは遅いか早いかの違いで、決まったことなのだろう。そういう未来を選択したのだ。
真子は、「はぁ〜」と大袈裟なため息をついた。
「敵わんな、美桜には。」
私は真子の首に手を回し、その唇にキスをした。
この世で一番愛しい人。私が何としてでも守りたい人。その隣にずっといたい人。いて欲しい人。
唇を離し、近すぎてボヤけるくらいの距離で真子の目を見る。
いつだって、私を愛おしそうに見つめてくれる胡桃染色の目。私を離さないとばかりに包み込んでくれる腕。生きているのだと示すように鼓動が聞こえる胸。何度見てもドキドキしてしまう筋肉。
出会ってから百年以上経つのに、変わらず愛してくれる真子という存在が本当に好き。言葉では言い表せないくらい。
「真子、愛してる。」
こんなありきたりな言葉でこの想いが伝わってくれるかな。
「美桜、愛しとる。」
こんな言葉じゃ伝えきれんけどなぁ、と続けた真子に、私たちは同じことを考えているなぁ、なんて笑みが溢れた。
どんな騒乱の時代でも、どんなに苦しい状況でも。私の隣に真子がいて、真子の隣に私がいればそれでいいの。
それ以外は、何もいらない。