虚化篇
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「おはようさん。」
空間を移動してきた真子の隣に、美桜の姿がないことに気付いたリサは首を傾げた。
「ん?美桜はどうしたんや。」
真子はばつが悪そうに頭をかきながら言う。
「まだ寝とる。」
その様子に、昨夜どうなったか容易に想像出来たリサは、ニヤリと笑う。
「抱き潰したんやろ。数週間二人っきりになれんかったのに加えて昨日の内在闘争や。生存本能刺激されたんやろ。」
「....」
図星すぎて何も言えなかった。
真子はリサから逃げるように喜助の方へと歩き出した。
「今日美桜がおらんこと喜助に言うてくるわ。」
リサは真子の後ろ姿を見つめ、ぐったりしているであろう親友を想像した。
+ + +
昨日私が寝ている間に、残っていた三人の内在闘争も終わったらしい。ここから虚化の維持訓練に努める。
問題は山積みだが、一区切りついたのだ。私はホッとため息をついた。
あとは自分の力で虚化を維持しなければならない。どうやら、私に出来ることはなさそうだ。
ならば、次に私がやることは情報集めだ。
なんせここにいる人たちは私を除き、瀞霊廷を追放されたか、見つかれば追われる人である。瀞霊廷に行き、その後どうなったかを確かめる必要がある。
鬼道衆を含めると、隊長格が一度に十一人抜けたことになる。この穴は早々に埋めることはできないだろう。
私は真子に後ろから抱きつかれながら、そんなことを考えていた。
真子が喜助さんと夜一さんと何かを話している。きっと次の虚化維持訓練についてだろう。
私は対角線にいた夜一さんを見つめた。
その視線に気付いた夜一さんが、私に目を向ける。
「なんじゃ美桜。何か言いたいことでもあるか?」
反対されるだろうなぁ、でもみんなのためを思うとこれが最善なのだ。
「私、瀞霊廷に行ってくる」
背中にある真子の胸が強張ったのがわかった。腕が私を逃さないとでも言うように抱き締めた。
私は反対される前に続けた。
「私はここにいる人の中で、唯一瀞霊廷に行くことが出来る。今の状況を把握する必要があると思うの。」
私の決意は固い。
本当は、真子もその方がいいってことくらいわかっているはずだ。でも真子は優しいから、きっと私を心配してそれを言わないのだろう。
「じゃが....」
夜一さんが心配そうにこちらを見る。
私は安心させるように言った。
「大丈夫です。私、瞬神には敵いませんが、これでも瞬歩は得意なんです」
いざとなれば逃げ切りますよ、と続ける。
振り向いて真子を見ると、苦渋を噛みつぶしたような顔をしていた。
彼の頭の中では様々な考えが巡っては、結局この答えにたどり着いてしまったのだろう。理解はできるけど納得はできない。そんな顔だ。
すると、それまで黙っていた喜助さんが口を開く。
「一番見られちゃいけないのは、我々と美桜サンが一緒にいるところっス。そう考えると、美桜サンを一人で送り出す方法が最善っス。ちなみに、お二人が夫婦であることを知ってるのは?」
私たちは互いに言いふらすような性格ではないので、本当に一部の人しか結婚していることを知らない。そのほとんどがここにいる今、その他にいるとすれば数人だけである。
「京楽サンと浮竹サンや。あとは先代大鬼道長と鬼道衆三席の芦谷か?」
真子に問われて頷く。
大鬼道長は引退しているし、芦谷三席は真子のことを名前しか知らないだろう。問題は、春兄と四郎兄だ。
春兄の名前が聞こえてきたからだろう。リサがこちらにやってきた。
「俺はその二人なら大丈夫やと思うけどなぁ。リサはどうや?」
「....あいつはふざけとるけど誰よりも思慮深いで。うちは信頼も信用もしとる。」
なんだかんだでリサや真子も春兄とは長い付き合いだ。真央霊術院の一回生の夏季休暇で稽古を付けてもらってからだから、もう百年以上経つのか。
懐かしんでいた私を尻目に、話は決まったようだった。まとめるように夜一さんが言う。
「じゃあすまんが美桜、瀞霊廷に行って情報を集めてきてくれるかのう。」
私は頷いた。
「わかりました。」
話がひと段落した後、リサが呟いた。
「うちは一瞬であの二人にはバレると思うで。」
疑問符が浮かんだ私たちに、説明するように言った。
「考えてみ。美桜と真子は見てるこっちがやられるくらい年中熱々や。そんなんで片方いなくなってみ。もう片方がどうなるか。美桜は泣き腫らした目でも憔悴した様子もない。おかしいと思うやろ、普通。」
そう言われて私たち四人は納得した。
確かに、真子がいなくなったら私はいつも通りではいられない。いっぱい泣いて、いつも隣にある温もりがないから寝れなくて、一緒に食べてくれる人がいないからご飯も食べれないだろう。
でも今はどうだ。状況は変わったけど、私は変わらず真子の隣にいる。憔悴の"し"の字すらない。元気いっぱいだ。
「俺愛されとるなぁ....」
真子の顎が、私の左肩に乗る。金色が私の肩を滑り落ちる。
私は胸の前にある真子の腕に触れながら言う。
「真子は?そうなってくれないの?」
私は真子がいなくなれば生きていけない。では、真子はどうなのだろう。私がいなくなっても普通に生活されたらすごいショックだ。願わくば、真子も私と同じであればいい。
耳元で呟かれた。
「....あほ。」
照れているであろう真子を愛おしく思いながら、真子の頭を右手で撫でた。
やっぱり私たちは、二人でいないとダメなようだ。
先程までの甘い雰囲気を隠し、真剣に真子が言う。
「しゃーから、京楽サンと浮竹サンには俺と美桜が一緒におることがバレる可能性が高いちゅーことか。」
もう下手に隠さない方がいいのかもしれない。そう思ったのは私だけではなかったようだ。
「その二人には言ってもええと思うけどなぁ。」
「そうっスね。ボクもそう思います。」
喜助さんも真子の考えに賛成のようだ。
「ちゅーことで美桜、京楽サンと浮竹サンには言ってもええで。やけど無理して言う必要はない。バレたらや。浮竹サンは知らんけど、京楽サンは藍染に何かしら感じるもんがある言うとった。出来る限り京楽サンだけに留めておけ。どこから漏れるかわからんからな。」
「ん。わかった。じゃあ明日行ってくるね。」
本当は行かせたくないのだろう。真子は私をもう一度ギュッと抱き締めた。
ふと気付いた。
私、空間から出るときどこに出よう?
真子の隊長宅は見張りがいそう。私の寮はもう別の人が使っている。道端に出て誰かと鉢合わせしたら大変。
じゃあもう、あそこでいっか。どうせすぐにバレそうだし。
+ + +
翌日
私は喜助さんから貸してもらった、霊圧を遮断する外套に身を包んだ。真っ黒のそれは私には大きく、若干裾が地面についてしまっている。
しっかりとフードを被り、真子に言う。
「じゃあ、行ってくるね」
「おん。気をつけてな。」
真子とチュッと軽いキスをしてから、私は空間を開けた。
霊圧を極限まで落とし、縛道の二十六番の曲光で自分の姿を見えなくしてから、ある場所に降り立った。
春兄の部屋である。
どうせすぐにバレるだろうしし、他に良い出口がないのだ。
暗い部屋が私を出迎える。隊舎へ向かったあとなのか、既に春兄の姿はなかった。
私はとりあえず八番隊の隣にある、九番隊から順に護廷十三隊を回ることにした。
「六車隊長と久南副隊長が行方不明って本当か?」
「あぁ、平子隊長や愛川隊長もらしい。」
「一気に隊長格が抜けて大丈夫なのかよ。」
道端でそんな話をする隊士を見かけて、思わず足を止めた。やはりあまりの事の大きさに、全てを隠すことは出来なかったのだろう。
その後に聞こえた言葉に息を呑んだ。
「五番隊は藍染副隊長が昇格されるらしい。」
「藍染副隊長なら安心だな。」
藍染惣右介....!!
私は会ったことがない、五番隊の副隊長。彼を始解を絶対に見てはいけないと真子たちに強く言われてきた。
彼の斬魄刀の能力は、完全催眠。一度でも始解を目にしたものは五感全てを支配されるという、恐ろしい能力。
現時点でも護廷十三隊のほとんどがその術中にいると考えられている。その中で、始解を見たことがない私は貴重な存在なのだという。
護廷十三隊を一通り回った結果、やはり混乱が残っているらしい。隊長格が抜けた隊はどこも業務に追われていた。
暗くなってきた頃、私は春兄の部屋に戻った。
そろそろ帰ってくる頃だろう。隊首会でどのような説明があったのかも知りたかった。
静かに座って待っていると、春兄の霊圧が近付いてきた。私には気付いていないようだ。
ガラガラと音を立てて扉が開く。春兄は自室に誰かいることに気付いた瞬間、花天狂骨に手をかけた。しかし、私の横にある二本の斬魄刀を見て、誰だか気付いたのだろう。すぐに手を離した。
「おやぁ?珍しいお客さんだ。」
扉を閉めてから春兄がいつもの調子で言う。
しかしその顔は目の下の隈といい、憔悴しているようだった。きっと、リサのことだろう。お互い口にはしないけど、大切に思っていたからね。
「おかえり、春兄。話したいことがあるの。」
私は真剣な表情で春兄を見た。
その様子に、何の話か予想できたのだろう。春兄は、編笠をかぶりなおしながら言う。
「聞こうじゃないの。」
私は一通りのことを話した。
黒幕のことは言わなかったが、きっと春兄は誰が黒幕かわかっていると思う。
リサを含め、虚化した八人全員が無事であることを伝えると、ホッとしたように息を吐いた。
「そっか。リサちゃん....。よかったよ。」
顔を私に見られないように編笠を深くかぶった。
「で、美桜ちゃんはこれからどうするんだい?」
そう問いかけられて、すぐに返事ができなかった。
虚の暴走という脅威は去った。次は維持訓練で、それは私がいなくてもできる。では私は何をする?ただ真子の隣で何もせずに笑ってなどいられない。でも死神に戻るのは、"縛り"があって難しい。勤務時間に影響するのだ。
そんな私の様子を察したのか、春兄が「あんまり言いたくないけどね」と前置きしてから言う。
「山じぃから、誰か隊長の器に相応しい者がいれば推薦するよう言われちゃったのさ。僕と浮竹の思い浮かんだのはただ一人。美桜ちゃん、君だよ。」
「どうだい?隊長、やってみないかい?」と、ちょっとそこまでついて来てくれないかとでも言うような口調で誘われる。
夢にも見ていなかった提案に、思考が停止する。
春兄は追い打ちをかけるように言う。
「平子クンと結婚するときに、卍解会得したって聞いたからね。まぁ縛りも追加されたみたいだけどさ。」
ちょっと考えてみてよ。そう言われて渋々頷いた。
「まぁ、みんな無事で良かったよ。」
"無事" とは言い難い。何事も無かったわけではないのだ。命と仲間以外、他は全て失ったのだ。
虚化したことで、瀞霊廷を追放された。居場所を追われた。見つかれば虚として処理される。それが中央四十六室の決定だ。
私はモヤモヤした気持ちを断ち切るように立ち上がり、春兄に背を向けた。
「今日は帰るね。」
「リサちゃんのこと、頼むよ。」
うん、と返事をして、私は振り向かずに異空間へ入った。