虚化篇
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翌朝。
清々しいとは言えない気持ちで起き上がる。
声が聞こえる。自分の中に別の何かがいるのがわかる。"指導権を明け渡せ" と叫んでいる。それを必死に抑え込む。
多分これは自分だけではないだろう。おそらく虚化した全員同じような状況だ。
ーーーあぁ、これが "虚化" か。
皆無事に目が覚めたようだ。表面上は虚化している人は誰もいない。
「皆サンの身に、何が起きたのかご説明しましょう。気になるでしょう。自分の中に何がいるのか。」
目を鋭くして喜助が言う。
喜助の口から語られる、数々の受け入れ難い現実。
部下の裏切り。実験。死神の虚化。そして四十六室の下した "虚として処分" という決定。
一気に膨れ上がった霊圧に真子が叫ぶ。
「興奮すんなや!!主導権奪われるでっ!!」
皆自分の中の虚が大きくなったことを感じていたのだろう。ハッとした後、落ち着くように深呼吸をした。
その様子を見た喜助が静かに問いかける。
「さぁて。これからどうしまスか?」
「しばらくここで虚の制御訓練するしかねぇだろ。」
制御しねぇと碌に出歩けねぇ、と拳西が言う。
確かに、少し感情的になったくらいで虚に主導権を握られそうになるようでは、満足に日常生活すら送れない。
喜助は「少し時間をください」と言って自室に消えていった。
+ + +
数週間後
あれから喜助さんは、どうやって内なる虚を制御するか考えていたようだ。
彼が作り出した、死神と虚の境界を一時的に取り払う物質 "崩玉" をもってしても、真子たちを元に戻すことが出来ないらしい。
私の時間回帰で可能ではないのかという話もあった。しかし、今の私の時間回帰は発動の前提として "目に見えるもの" であることが前提なのだ。身体についた怪我は目で認識が可能なため、時間回帰を行うことができる。しかし、病気は肉眼で見ることはできない。そのため風邪を引いたとしても、今の私では時間回帰で治すことはできない。
魂というものは、目に見えない。そのため、魂に時間回帰をかけることはできないのだ。
ちなみに四郎兄の病気は、肺全体に時間回帰をかけることなら出来る。しかし、四郎兄が病気になったのは三歳の頃。つまり、病気になる前の状態に戻すと、三歳の肺の大きさに戻ってしまうのだ。だから私には完全に治すことは出来ず、調子の良い状態に戻すことしか出来ない。
考えた結果、自身の精神世界にいる内なる虚を、自分で倒すしかないという原始的な結論に至った。
問題は、誰からそれをやるか、である。
何もかもが手探り状態で、最初の一人は必ず実験台のような状況になる。しかし、現状を打破するためには、誰かがやらなければならない。そしてその経験を積み重ね、よりよい方法を模索することしか残されていないのだ。
「俺が最初に行く。」
皆の視線が拳西に集中する。
誰かが止めようと口を開くが、それが音になる前に拳西が制した。
「俺が一番最初に虚化した。お前らを襲った俺はほとんど虚だったんだろ。じゃあ俺が一番虚化が進行してるはずだ。」
だから俺がいく、と真っ直ぐな声で言う。
誰も異議を唱えなかった。いや、唱えることなど出来なかった。ここで何か言えば、それは拳西の覚悟を踏みにじることになるから。
拳西が思い出したように真子を見た。そして言いづらそうに口を開く。
「真子。俺が虚になったら、その、トドメはお前が頼む。」
「「「「....!!」」」」
皆目を見開く。
そうだ、これからやろうとしていることはそういうことなのだ。
内なる虚に勝てば虚化を制御出来るはずだ。では負ければどうなるか。そんなのひとつしかない。虚に飲み込まれ、完全な虚となるのだ。
拳西自らにそのような願いをされた真子は、まるで冗談でも言っているかのような軽い口調で返した。
「一撃で送ったるからはよ行けボケェ。」
私は知っている。
こういう時の真子は、本心を隠しているのだ。当然だろう。誰が長年苦楽を共にしてきた友を斬りたいか。
私は目が潤むのを感じながら、真子の気持ちに寄り添うように、その肩に頭を乗せた。
真子が私の手を強く握る。
「拳西のことは俺らが一番長く見てきたやろ。せやから大丈夫や。信じたれ。」
真子は拳西だけを見てそう呟いた。
そんなこと言って、自分が一番心配してるくせに。そんな真子も大好きで、真子の震える手を握り返す力を強くした。
私には、精神世界で内なる虚と戦っている時、現実の身体はどうなるのか予想がつかなかった。
拳西が鉄裁さんの張った結界の中心で胡座をかき、目を閉じる。皆が拳西を見守る中、それは起こった。
霊圧感知能力が高い私は、すぐにその変化に気付いた。
「霊圧が....!」
数秒遅れて、拳西の顔に仮面が現れる。
「「「「「っっ!!!!」」」」
そして徐ろに立ち上がると、虚の雄叫びを上げた。
「う"お"お"ぉぉぉぉ!!!」
そんな拳西を見た喜助さんが立ち上がり、斬魄刀を持って結界に近付く。
「鉄裁サン、ここ一瞬開けてください。」
「しかし浦原殿....!」
「こうなると思ってました。誰かが相手しないと被害が広がりそうだ。ぼくが先に行きます。」
十分経ったら交代してくださいね。そう言って喜助さんは結界の中へ入っていった。
残された私たちは、ローテーションを組んで十分ごとに交代することにした。
だけど、結界を維持する鉄裁さんと治療係の私とハッチさんはローテーションには含まれなかった。
よって八人で回すことになる。
リサ、ローズさん、ラブさんと進み、夜一さんが相手している時のことだった。
今まで虚の霊圧が六割だったのが、拳西の霊圧が虚のそれを上回ったのだ。そしてそのまま抑え込むように虚の霊圧が鎮静化していく。
拳西は自身の顔についている仮面を左手で取った。仮面の下は、いつもの拳西だった。
成功だ。無事虚を抑え込むことが出来たのだ。
手探り状態だったものが、進むべき道が見えてきた気がした。
そこからは早かった。
内在闘争を終えた人は疲労からローテーションに加わることが出来ないため、一日に二、三人ずつ内在闘争を行っていった。
そして、遂に真子の番が来た。
既に真子以外の隊長は全員虚に打ち勝ち、抑え込むことに成功していた。
真子は、虚化した際に最後まで自我を保っていたが、同時に短時間で急激に虚化が進んでいた。
隣に座っている真子がこちらを見る。
私は不安で仕方がなかった。真子は大丈夫、そう信じたいけど、 "もしも" が頭をよぎる。
もしも、真子が虚に負けたら?真子は虚として殺さなくてはならない。しかし殺してほしくない。頭の中でぐるぐると回り続ける。
そんな私の心が手に取るようにわかったのだろう。真子はフッと笑ってから優しい顔で私の頭を撫でた。
そして私のおでこに自分のそれを当てて言う。
「いい子で待っとれ。行ってくるわ。」
チュッと音を鳴らして軽いキスをする。
気付いた時には真子の後ろ姿が見えた。
長い金色の髪を靡かせ、斬魄刀を右手に持ち、猫背で歩くこの世で一番愛しい人。
どうか、、、
結果的に、真子の内在闘争は一番短かった。最後まで自我を保っていたのが大きかったのだろう。
十五分程で終了したそれが、私にとっては何時間にも感じられる程に長い時間だった。