虚化篇
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意識が浮上する。誰かが私を呼んでいる。
まだ寝ていたい気持ちを感じながらも、瞼を開けた。
芙蓉が見える。どうやら、私を呼んでいたのは芙蓉だったようだ。
「そろそろ起きなさい。貴女にはやることがあるはずよ。」
そう強い口調で言われて、一瞬で眠る前のことを思い出した。
「真子はっ!?」
ガバッと起き上がり、辺りを見回す。いつもの寝室。だが、どこか寂しげだった。
体感でどれくらい時間が経っているかを知る。真子と別れてから、七十二時間が経過していた。
「行きなさい。彼のところへ。今貴女がやるべきことはここにはないわ。」
芙蓉に背中を押され、ベッドを抜け出し真子の霊圧を探した。
遠い。すごく遠い。それになんだか黒いものが混じっている。魂魄にまで深く混ざっているそれに、あの輝くような金色の霊圧は二度と感じることが出来ないことを知る。
真子の元へ向かうために、空間を開いた。そこに入る前に、芙蓉を見る。
「芙蓉、ありがとう。」
「いいのよ。大切にね。」
芙蓉の卍解のおかげで真子が生きている。怪我をしてるだろうし、前までの真子ではないかもしれないけど、生きているのだ。それだけで十分だ。
私は今度こそ空間に飛び込んだ。
+ + +
「今から二十時間で、僕たち二人と平子サンたち八人、計十体の霊圧遮断型義骸を作ります。」
はたして、それまでここに留まり続けていられるかどうか。
喜助がそう思った時、誰かの霊圧を感知した。咄嗟に喜助と夜一、そして鉄裁が戦闘体制になる。
空間が歪む。その中心から誰かが出てきた。その人物は喜助たちに目もくれず、一目散に虚化した八人の方へ走っていった。
見覚えのあるその人に、三人の目が見開かれる。
彼女は、虚の仮面をつけて気絶している真子の前に力なく座り込んだ。そしてその顔を胸に押し付けるように抱き込んだ。
「真子....!!」
彼女の名は涼森 美桜。元鬼道衆五席であり、平子真子の妻である。
+ + +
私は真子のいる場所へ空間を繋いで向かった。
辿り着いたそこは、荒野のように荒れ果てた大地。私の心とは裏腹に青空が広がっている。
見回すと、私が求めていた人が仮面をつけて横たわっていた。私は真子に駆け寄る。
「真子....!!」
卍解した未来でも視た。先程探知したときにも分かっていた。分かってはいたが、なんとなく現実味に欠けていたのだ。
だが、こうやって目の前にするとはっきりわかる。もう前の真子とは違う。変わってしまった。
「....ッ!」
あの太陽のような霊圧に影が出来てしまった。それがたまらなく悔しかった。涙がこぼれ落ちる。
でも、私の太陽は失われなかった。他の未来では失われるはずだったこの光。それが生きてここにいる。
今を嘆いても仕方がない。過去は変えられない。
そう思い、涙を乱暴に拭いた。今、私がすべきことはここで泣いてることじゃない。一刻も早く、追手から逃れて安全な場所で、真子を叩き起こさなければいけないのだ。
そう決意したとき、首にピタリと刀が当てられた。
「美桜サン、一体何しに来たんスか。」
特徴的な口調の声が聞こえる。後ろを見なくてもわかる。喜助さんだ。
ピリピリとした殺気を向けられる。私は首に当てられた刀を気にせずに振り返った。
喜助さんはまさか私が無理に振り返ると思わなかったのだろう。少し焦ったような顔をしていた。
刃が当たって少し切れたであろう首を見て、喜助さんは首を傾げた。
切れていないのだ。傷一つない。
当然だ。
私は最近、異空間から出ると同時に時間停止の膜で身体を覆うようにしている。衛膜と名付けたそれは、私に触れようとするもの全ての時間を止める。
唯一の例外は真子だけだ。真子が私に触れている時は、衛膜で真子も覆うように設定している。
そのため、何人たりとも衛膜を纏った私に傷をつけることなど出来ない。ただ一人、真子を除いて。
そんなことを知らない喜助さんは、警戒した目で私を見ている。喜助さんだけじゃない。後ろにいる夜一さんと鉄裁さんもだ。
私はそんな三人に構わず静かに問いかけた。
「どこへ逃げる気ですか」
三人は、私の質問の意図が読めなかったようだ。私は喜助さんの目を見てもう一度言った。
「追われているのでしょう。逃げるあてはあるのですか?」
喜助さんは苦渋を噛みつぶしたような表情で目を逸らした。
それで全てを察した私は、この荒野の出入り口らしき扉に目を向けた。あそこからなら繋げられる。
「喜助さん、私の空間に行きましょう。そこなら誰にも邪魔されることないわ。」
喜助さんは以前、私の空間で虚の研究を行っていた。そのため、なんとなく私の斬魄刀の能力を知っている。
喜助さんは困ったように頭をかいたあと、私に向かって頭を下げた。
「お願いします、美桜サン。」
やることは決まった。こうしている間にも追手が迫っている。
「よいのか喜助!!」
夜一さんが喜助さんに詰め寄っている。当然だろう。彼女とは顔見知り程度で、あまり話したことがない。もしかしたら真子の妻ということも知らないかもしれない。
「美桜サンは大丈夫っスよ。なんせ彼女は平子サンの奥さんっスから。」
やはり知らなかったのだろう。夜一さんがその金色の目を大きく見開いたのがわかった。
「平子 美桜と申します。お話したいことはたくさんありますが、まずは追手から逃れましょう。」
「....!!そうじゃな。」
私は真子たちを出入り口に連れていくようお願いした。私も真子を持ち上げようとしたけど無理だった。
手伝うことを諦めた私は、出入り口を異空間に繋げた。そしてみんなを中に入れるようお願いする。
見たことがある喜助さん以外の二人は戸惑っているようだったけど、躊躇いなく入っていった喜助さんに続いて中に入っていった。
私はここにいた痕跡が残っていないか確かめた後、出入り口を完全に閉じた。
+ + +
出入り口が閉じた途端、夜一さんが喜助さんに問いかけた。
「なんじゃ、ここは。」
「美桜さんの斬魄刀の能力っス。ここは異空間で、尸魂界や現世とは別次元に存在しています。彼女の許可なく入ることは出来ないので、安全っス。」
私は以前喜助さんが虚の研究を行っていた建物を貸した。そこには材料や資料があるからだ。
まだ卍解した名残が残っているのか、身体が怠かった。しかし、休もうにも真子が心配で休めない。
私は喜助さんの義骸作りの補助をしながら、虚化した真子の近くにいた。
二十四時間後。
鉄裁さんによってかけられた時間停止を解いてから、四時間経過した。
先程から不自然な霊圧の揺れを感じる。そろそろ起きそうだ。
「う"う"あ"あ"ぁぁぁぁ!!!!」
どうやら、正気ではないようだ。
「鉄裁サン!結界を!」
「おまかせくだされ!」
鉄裁さんが結界を張る。
ひよ里ちゃんと思われる虚が喜助さんに斬魄刀で斬りかかり、白ちゃんと思われる虚が夜一さんに蹴りかかった。
みんなの変わり果てた姿に声が出ない。
私は自分に気合いを入れるように両頬を叩いた後、喜助さんと夜一さんに言った。
「援護します!!」
私は喜助さんと夜一さんが目の前に集中できるよう、他のみんなをある空間に放り込んだ。
その空間は芙蓉の時間停止能力を銀琉の空間に付与したもので、そこに入ったものは全て、その時点で時間を停止する。要は時間停止空間だ。
あまり長時間そこにいると気が狂うので注意が必要だが、それでも数十時間は大丈夫だ。
これで喜助さんと夜一さんが目の前に集中できるようになった。が。問題はここからである。
私はひよ里ちゃんと白ちゃんを見た。少なくとも霊圧は虚のそれである。
喜助さんと夜一さんは二人を傷付けないように気を付けているが、虚化している二人にそんな理性はない。ただ本能のままに全力で襲いかかっている。そんな状態でどちらが怪我するかなんてわかりきっていることで。
しばらくすると、喜助さんと夜一さんの怪我が目立って来た。虚化すると一段階強化されるのであろう。
白ちゃんの虚と戦う夜一さんが叫ぶ。
「喜助!こやつ仮面を庇っておる!」
そう言われてみると、二人の仮面を中心に霊圧が渦巻いている。
「確かに仮面を中心に霊圧が回っているように感じます!」
「一か八かでやってみますかね」
喜助さんの斬魄刀がひよ里ちゃんの仮面にヒビを入れる。その瞬間、ひよ里ちゃんの動きが止まった。仮面がみるみる剥がれ落ちていき、正気に戻ったであろうひよ里ちゃんの顔が現れる。そしてそのまま倒れた。
私と喜助さんはその様子を注意深く観察する。霊圧だけでいえば、虚のものも混ざってはいるが死神のそれに近い。
「喜助さん、どうですか?」
「なんとかなりそうっスね。」
喜助さんの様子を見た夜一さんも、白ちゃんの仮面を拳で砕いた。
よかった、何とかなりそうだ。ふぅ、と安堵のため息をつく。
でもまだ二人。あと六人いる。副隊長は何とかなったけど、隊長はこう簡単に行くかな....。
ひよ里ちゃんと白ちゃんを囲むように鉄裁さんが結界を張る。
そして私は次々に虚化した仲間を出し、喜助さんと夜一さんがその仮面を破っていった。
流石に隊長格の虚を一人で相手するのは難しいようで、隊長格は一人ずつ出すように言われた。
残り一人になった。
真子だ。
本当は私が真子を暗い深淵から救い上げたい。でも、戦闘向きではない私の能力では、虚化して強化された真子を止めることなんて出来ない。
喜助さんと夜一さんが二人がかりで仮面を破ろうとする。二人とも流石に疲れてきたのか、息が上がっている。
少し距離を取った真子は、斬魄刀を縦に持って左脚を一歩引いた。
それを見た瞬間、真子が始解しようとしていることに気付いた私は、咄嗟に瞬歩で二人の上下左右前後反対に飛び出した。
真子の始解は初見殺しだ。例え頭で理解出来ても身体が付いていかないが。
要は慣れるしかないのだ、あの逆さまの世界に。
始解した真子が、足を踏み込んで刀を振り上げる。
喜助さんと夜一さんはそれぞれ受け止めようとするが、そこに真子はいないのだ。
咄嗟に出てきたため斬魄刀を持っていなかった私は、その身で刃を受け止めるしかなかった。
「....っっっ!!!」
真子だけ受け入れるよう設定していた膜は、真子の刃も受け入れた。
右肩から腹にかけて縦に思いっきり斬られる。血が吹き出す。こんな大怪我をするのは久しぶりだ。
黒い目と目が合う。ただ目の前の敵を殺すという本能だけが映っている。真子はそんな目で私を見ない。いつも私を愛おしむような目で見てくれる。お前なんかに真子を奪われてたまるか。
そんなことを考えていると、真子がさらに私に斬りかかろうとしていた。
私を何の躊躇いなく斬り、さらに斬ろうとしている真子にムッとした私は、何も考えずに叫んだ。
「次やったら離婚だからねっ!!!」
瞬間、真子の動きが止まる。
数拍後、斬魄刀がカランと音を立てて地面に落ちた。左手が仮面を剥がそうと動いている。
「う"ぅぅ....」
呻き声と共に、仮面が剥がれていく。
仮面の下から真子の笑った顔が見えた。
「それだけは堪忍な....」
「しん、じ....」
私と真子の目が合った。さっきみたいに黒くない、正気の目だ。
そう思ったら安心して涙がこぼれ落ちた。
思わず真子に飛びつく。
虚化の疲労があったのだろう。私の勢いを受け止めきれずに、そのまま二人で後ろに倒れた。私が真子を押し倒しているような姿勢になる。
「....いつもと逆だね」
いつも私が見下ろされているのに、私が真子を見下ろしているこの状況にちょっとドキドキした。重力に従って垂れた私の髪で世界から隔絶され、二人だけになる。
私はそのまま、目の前にあった真子の唇にキスをする。ちゅっと音を鳴らしすぐに離れる。
お互いの目を見る。そこに映る願いは同じだった。
私は真子の首に手を回し、真子は私の頭に手を回す。そのまま深いキスをした。
「....んっ........」
舌が絡み合う。くちゅくちゅといやらしい音がするけど気にならない。
目の前の熱が失われなかったことに奇跡を感じる。ちゃんと生きている。これが夢ではないことを全身で感じたい。感じさせてほしい。
一度唇を離すと、銀色の糸が私たちを繋いだ。そのままもう一度キスをしようと目をつぶったとき。
「ウオッホンッッ!!」
わざとらしい咳払いに、一気に理性が戻る。至近距離で真子と私の目が合う。真子も私と同じで夢中だったのだろう。びっくりして目がまんまるになっていて、なんだかかわいい。
「あのー、そろそろいいっスか?」
喜助さんが控えめに聞いてくる。
私、今みんながいるところですごいキスを....。そう気付いた瞬間、沸騰してるんじゃないかって思うくらい顔が熱くなった。
真子は起き上がって、私を自身の胸へと抱き寄せる。
私は真子に身を任せながら、先程斬られた傷を治し始めた。
真子は私の傷を見た後、近くに転がっている逆撫を見た。刀身には血がべっとりとついている。真子は虚化した自分が私を斬ったことがわかったのだろう。何かに堪えるような顔で私を包む腕の力を強くした。
真子の言いたいことはよくわかる。私だって真子を斬りたくないし、正気じゃないとしても自分を責める。
でもいいの。貴方が生きていればなんだっていいの。
「すぐ治るから平気よ。」
そう言っている間にも傷口の時間が戻り、服まで元通りになった。
真子が怪我したと思われる左肩から左腹まで確認する。虚化したせいだろうか、傷口は見当たらない。念のため時間回帰をかけておく。血に染まっていた隊長羽織も元に戻った。
「喜助さんと夜一さんの怪我治してくるね。」
私は真子に声を掛けると、喜助さんと夜一さんの方へ向かった。
私の数歩後ろから真子もついてくる。
私が喜助さんを治療していると、喜助さんは治療方法が気になって仕方ないようだ。
「美桜サン、それは回道の一種っスか。」
「いいえ。私の斬魄刀の能力です。」
喜助さんは考えるように顎を撫でた。
「ボクは貴女の斬魄刀は空間系だと思ってたんでスがね....」
「それもあっていますよ。」
今はこれ以上語るまい。そう思い口を閉ざす。
真子が喜助さんの前にしゃがみ込んだ。
「なぁ喜助。あれからどんくらい経った。」
「ざっと四日ってとこっスかね。」
その会話を聞きながら、今度は夜一さんの治療をする。
「すまぬのう。」
「私に出来ることはこれくらいですから。」
自分で言って少し悲しくなった。
夜一さんの怪我も治し終わり、とりあえず休もうということになった。皆正気に戻り、ひとまず脅威は去った。そうなれば、次に必要なのは休息だ。
これが、長い百余年の始まりだった。