虚化篇
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その日、私は護廷十三隊に書類を届けに行っていた。
届ける隊があまりに多いため、三席以下の席官の中で瞬歩が一番速い私に白羽の矢が立った。
真子のいる五番隊にも届ける書類があるから、真子と会えるかなぁなんて浮かれながら、ある物を持って鬼道衆の隊舎を出た。
鬼道衆の死覇装は一見、護廷十三隊のそれと変わらない。しかし、後ろから見ればすぐ違いに気付く。鬼道衆の死覇装には、背中に鬼道衆の紋様がついているのだ。席官にはその中に数字が入っている。
あまり隊舎から出ない私たちは、護廷十三隊からするとまるで見せ物である。
私を見ながら何か話してる人を見かける。私の見える範囲でこの状態ということは、周りはもっとすごいのだろう。
私はため息をついた後、たくさんの視線から逃げるように瞬歩をした。
いくつかの隊に書類を届けた後、五番隊に向かった。ちょうど良い時間だ。
真子の霊圧が執務室にあるのを確かめる。どうやら五番隊隊長は不在のようだ。
そういえば仕事してる真子って見たことないかも、なんて考えながら歩みを進める。先程までの嫌な気持ちはどこかへ飛んでいった。
隊長・副隊長の執務室前に立ち、霊圧を抑えて扉を叩いた。真子の驚く顔が見たいのだ。
コンコン
「失礼します。鬼道衆五席の涼森です。書類を届けに参りました。」
返事が聞こえる前に、中から扉が勢いよく開く。
目を丸くした真子がいた。
そう、その顔が見たかったのだ。ふふっと笑いながら、書類を渡した。
「はい、これ書類。」
「おん、おおきに。」
「ちょいと休憩していくか?」と声をかけられる。
私はこの時間を狙って五番隊に来たのだ。目的の物を真子に見えるように持ち上げると、意味がわかった真子はお茶を入れに給湯室へ向かった。
二人で応接室に並んで座り、お弁当を広げる。当たり前だが同じ具が入っているそれは、今朝一緒に作ったものだ。内容は同じでも、大きさが二回り程違うが。
こうして真子とお昼を食べるなんて初めてかもしれない。仲間と食べるのも良いけど、やっぱり真子と食べるのが一番いいな。
同じものを食べながら、午後の予定について話し合う。
「これから鬼道衆に戻るんか?」
「ううん。まだ届けなきゃいけない書類があるから、その続き。真子は?」
「俺は何もなければこのままここで書類や。」
そう言って真子は、自分の机にある書類の山に目を向ける。私もその目線の先を見て、苦笑いした。
「大変ねぇ、副隊長さんは」
真子が心底嫌そうな顔でため息をつく。
副隊長になってから書類仕事がものすごい増えたらしい。「肩が凝ってかなわん」と言う真子に、今度肩を揉んであげようと心に決める。私の力でどれだけほぐれるかわからないが。あまりにもひどかったら、凝ってるところの時間を戻してあげよう。
そんな話をしてお弁当を食べていると、休憩の終了時間が近づいてきた。
空になったお弁当箱を片付けて、立ち上がって真子を見た。瞬間、血の気がひいた。
真子のお腹の辺りが赤く光っている。
顔色が変わった私を心配して、真子が背中を摩ってくれる。
「どないしたん?」
「真子....。ここが赤くなってるの。」
私は、真子のお腹の赤く光って見える場所を撫でた。
真子は私の言いたいことがわかったのか、私を抱き締めた。
「黒は見えるんか?」
そう聞かれて、私は真子をもう一度見る。よかった、黒はない。
「ううん。赤だけ。」
「さよか。」
黒は"死"の色。
以前、鬼道衆の平隊員が黒いモヤを纏っていて不思議に思っていたら、その日の任務で亡くなったのだ。
その時自覚した。"赤"は怪我の色、"黒"は死の色を表しているということを。
真子に黒はない。ということは、怪我で済むということだ。最悪の事態にはならないけど、それでも心配だ。
私は回道を込めた霊圧を右手に出した。そしてそれを凝縮させ、霊石を作った。
親指と人差し指で丸を作ったくらいの大きさの霊石が出来上がる。
その霊石を真子に渡す。この霊石は、一日も経たずに回道が抜けてただの霊石に戻ってしまう。ただ、私が視る未来は数時間以内に起こることだ。その間に怪我をする真子を回復させるためなら十分である。
本当は私もついて行きたい。でも、死神に怪我は付きものだ。
今回はたまたまここに来たから事前に知ることができたが、過去にも真子が怪我をして帰ってくることはあった。
命の危険があれば迷わずついて行くが、それ以外は涙を呑んで耐えるしかない。
「おおきにな。美桜。」
「これくらいしか出来なくて....」
「あほ。十分すぎるわ。俺はきっと任務で怪我をする。やけど美桜が持たせてくれたこれで回復できる。安心しぃ。ちゃんと帰ってくるわ。」
お前には心配かけるけどな、と続ける。
私は真子の胸に顔を埋め、真子の香りを胸いっぱいに吸い込んだ。そして覚悟を決めたように顔を上げた。
「待ってるから。どんな怪我でも元通りに治すから安心して。」
「そりゃ心強いな。」
じゃあもう行き。
机に置いてあった書類を持たされ、背中を押された。
そのまま執務室を出ようとしたけど、もう一度真子を振り返って見た。赤い光は変わらずそこにある。だが、霊石を渡したおかげか、先程よりは薄くなったように感じる。
よし、今日は残業せずに帰ろう。そして真子の怪我を一刻も早く治さないと。
そう思って今度こそ執務室を出た。
+ + +
美桜を見送ってからしばらくした後。
真子は流魂街に出現した虚の討伐隊からの応援要請を受け、瀞霊廷を出た。懐には先程美桜が作ってくれた、回道の込められた霊石がある。
(愛されとんなぁ、俺)
心配そうな美桜の様子を思い出し、しみじみと思う。
真子は、今向かっている任務で怪我をするという腹を撫でた後、気を引き締めて瞬歩をした。
どういうこっちゃ。
虚が近くにいるのはわかる。やけど、霊圧が感じひん。霊圧を完全に制御しとる。そないな虚がおるなんて聞いたことないで。
しかもこいつ、完全に人の言葉を操っとる。
卯ノ花は、珍しく運び込まれた金色に目を見開いた。
「おや、平子副隊長。貴方がここにくるのは珍しいですね。」
声をかけられた真子は、ベッドの上で困ったように笑った。
「卯ノ花隊長、俺かてこんなところ来たくないわ。ちと手こずってしもたわ。」
卯ノ花は、平子が手こずる程の虚がいるのか、と驚く。
彼は同期の中でも一番早く隊長格になった男。それは確かな実力があるからであって、ただの虚に手を焼いているようでは副隊長は務まらない。
「一体どのような虚だったのですか?」
真子は目を鋭くして言った。
「霊圧を完全に消しとった。」
霊圧を完全消す虚?
思考が止まった卯ノ花を気にせず、真子が続ける。
「しかも知能があったんや。あいつ、弄ぶように攻撃しとった。」
真子がそう言った時、二人以外の声が聞こえた。
「その話、ぼくも混ぜてくれないかい?」
京楽である。
真子は先程から盗み聞きしていた京楽に、呆れたような視線を向けた。
「もう混ざっとるやないかい。」
京楽は何の悪びれもなく、用意されている丸椅子に座った。
真子は先程の虚を思い出しながら語った。
ーーーーー
流魂街にある現場に辿り着いた時。
先に任務に出ていたであろう死神の骸が転がっていた。応援要請するために瀞霊廷に戻った死神を除いて、全滅していた。
冥福を祈った後、死体を検分する。
どの死体も一撃でやられたのではない。細かい傷が全身についている。弄ぶようにジワリジワリと弱らせていったのだろう。
そして決定的なのが、鎖結と魄睡だ。どちらも魂魄の急所であり、それを破壊されれば半刻もたたず死に至る。
ここにある死体は全て、鎖結と魄睡がなかった。いや、"抜き取られていた"という方が正しいだろう。
犯人はわかりきっている。
真子は先程からこちらを窺っている虚に声をかけた。本能的に虚が近くにいることはわかる。だが、霊圧を感じることができなかった。
「いつまでそこにいんのや。」
「あらぁ、気付いていたのぉ?さっきの薄い魂魄よりは食べ応えがありそうねぇ」
虚はゆっくりと空間を割ってその姿を現した。白い仮面をつけたそれは、普通の虚よりも小さく、蜘蛛のような八本の足が見える。その口は真っ赤に染まっていた。
真子は言葉を操る虚に驚く。虚は魂魄のなれの果て。片言が精一杯の虚ばかりで、ここまで会話が出来るのは初めてだ。
真子は気を引き締めると、逆撫を抜いた。
「貴方強そうだから、手加減はなしよ」
虚はそう言った後、真子に向かって口から白い糸を吐き出した。
真子は瞬歩で避け、虚に斬りかかる。
虚は八本ある足のうち、三本でそれを受け止め、残りの足で真子の鎖結と魄睡を突き刺そうとした。
それに気付いた真子は、咄嗟に身をかわす。が、どうやら一本食らってしまったようだ。腹に穴が開いてそこからの出血が止まらない。
なるほど、これが美桜の見た赤い光か。そんなことを考えながら、出血を少しでも抑えようと手で傷を押さえる。
出血の量が多いため、早急に戦いを終わらせよう。そう思った真子は、縛道を放った。
「縛道の六十一 六杖光牢」
六つの光が虚の体を縛る。
真子は通常の虚より数倍硬い虚の足を四本切り落とした。
「う"ぅぅぅぁあ"あ"!!」
虚が六十光牢を無理矢理解こうとしていた。光の拘束にヒビが入る。真子は六十光牢が砕かれる前に虚にトドメをさす。
虚は黒い塵となり消えていった。
完全に虚が消えたことを確認し、真子は逆撫を鞘におさめた。
そして近くの岩に身体を預けると、懐から霊石を取り出し腹にあてた。淡い緑色の光が傷を癒していく。
痛みが和らいでいく。一度穴が開いただけあって、込められた回道では全て治癒出来なかったようだ。それでも、すぐに動けるくらいには回復できた。透明になった霊石を懐にしまい、心の中で美桜に感謝を述べながら立ち上がる。
周りを見渡してから、瀞霊廷へと歩き出した。
瀞霊廷に着いた途端、隊士に騒がれて報告もそこそこに四番隊に連れて来られた。
そして今ここにいる。
ーーーーー
「てなわけや。お二人さんは長いこと隊長やっとる。そんな虚、聞いたことあるか?」
京楽は編笠を被り直しながら言った。
「ないねぇ、一度も。大先輩の卯ノ花隊長はどうだい?」
卯ノ花は京楽を一瞥した後、目を閉じて言った。
「私もそのような虚、聞いたことありません。」
三人の頭の中で耐えず様々な考えが巡る。
沈黙が場を支配した後、卯ノ花は真子に回道を使うために近付いた。
真子の傷を見るために腹に手をあてて、「ん?」と首を傾げた。そしてベッドの横の机に置いてある、真子の死覇装を見てさらに首を傾げた。
おかしい、死覇装が破けている範囲と出血量に対して、傷が浅い。まるで既に回道をかけたような傷だ。
「平子副隊長、既に回道で治療しましたか?」
卯ノ花に問いかけられた真子はばつが悪そうに目を逸らした。
その様子に卯ノ花は、真子の荷物に混ざっていた透明な石を取り出す。先程から気になっていたその石から、わずかに回道の霊圧を感じる。
「見たところ、こちらの石が原因のようですね。」
卯ノ花の黒い微笑みに、真子は逃げることができなかった。
京楽は、その石に見覚えのありすぎる霊圧を感じ、真子に問う。
「平子君、それは美桜ちゃんかい?」
「....そうや。」
その時、三人はすごい速さでこちらに近付いてくる霊圧を感知した。
「お、噂をすれば。」
京楽が振り向くと、扉が勢いよく開く。そこには、息を切らした美桜がいた。
「真子っ!!!!」
まるで真子しか見えていないとでもいうように、脇目を振らず真子に駆け寄った。
そしてその傷を見た後、顔を歪める。
「私のあげた霊石は!?」
「効いたで。ありがとさん。そのおかげで早く帰って来れたんや。」
真子は美桜の頭を撫でて、安心させるように目を合わせた。
今入ってきたこの女性が"美桜"なのだろう。ぜひお話を伺いたい。そう思い、卯ノ花は口を開いた。
「初めまして美桜さん。四番隊隊長卯ノ花です。」
美桜はようやく京楽と卯ノ花に気付いたようだ。
「失礼しました。鬼道衆五席の涼森 美桜です。」
卯ノ花はにっこりと笑いながら、手に持った石を持ち上げた。
「貴女がこの石に回道を込めたのですね?」
美桜は、一応疑問系になってはいるものの、いいえとは言えない雰囲気にたじろぐ。
「えっと....」
そんな美桜に京楽が助けを出す。
「美桜ちゃん、卯ノ花隊長は大丈夫だ。悪いようにはしないさ。だから言ってごらん。」
京楽に言われ、覚悟を決めたように卯ノ花を見た。
「....はい。私が回道を込めました。」
「やはりそうなのですね。この石も貴女が?」
「そうです。霊圧を凝縮して作りました。」
霊圧を凝縮。確かにこの石は霊圧の密度が高い。こんな技術、見たこともない。それに鬼道衆の五席だからとしても、ここまで完璧に回道を使えるものなのか。ましてや回道の付与など。それが出来るようになれば、前線に行かせてもらえない四番隊の代わりに、誰でも応急処置が出来るようになる。
「付与した回道はどのくらい持つのですか?」
「今の私では一日が限界です。それを過ぎるとただの霊石になります。」
ということは、回道だけ一日で抜けてしまうが、霊圧は抜けないということ。それだけでも有用性は高い。
「卯ノ花隊長、美桜ちゃんをあまり苛めないでやってくれないかい。」
「あら、これは失礼しました、京楽隊長。そういえば、貴方と浮竹隊長の愛弟子が鬼道衆席官という話を耳にしたことがあります。彼女が?」
「そうさ。彼女がぼくと浮竹の可愛い弟子さ。」
京楽は卯ノ花に鋭い目を向けた後、美桜にいつも通りの口調で言った。
「美桜ちゃん、結界張ってその傷いつもみたいに治しちゃいな。」
その言葉に、美桜だけでなく真子まで目を丸くした。
「せやかて京楽さん!」
「これからのことを考えると、四番隊の責任者には伝えておいた方がいいと思ってね。」
"これからのこと"というと、今回のような怪我をした場合のことだろう。入院が必要な怪我だとしても美桜の手にかかればすぐに復帰できる。その際に、四番隊隊長である卯ノ花さえ事情を知っていれば、ごまかしがきく、ということだろう。
なるほど、確かに下手に勘ぐられるよりは良い。
美桜は頷いた後、部屋を覆うように結界を張った。そして真子に向きなおり、いつも通り手を患部にあてる。
手から金色の光が溢れ、それが傷の時間を戻していく。みるみるうちに傷は塞がれ、やがて元通りの肌に戻った。
「相変わらず見事な腕前だねぇ。」
卯ノ花は目を丸くした。これは回道ではない、時間回帰だ。時間を操るなど、もはや神の領域ではないか。
「ってことで卯ノ花隊長。訳ありでね。この力を隠してるんだよ。もし同じようなことがあった時、卯ノ花隊長が治療したってことにしてもらってもいいかい?」
卯ノ花は目を閉じ頷いた。
「そういうことならわかりました。涼森さん、四番隊は貴女をいつでも歓迎します。」
「....ありがとうございます」
「では、私は平子副隊長の退院手続きをして参ります。」
そう言って卯ノ花は背を向けて退室した。
京楽は軽く手を振って見送る。
「さてと、美桜ちゃん。いつ霊圧で石なんて作れるようになったんだい?ぼく仲間はずれなんて寂しいじゃないか〜」
京楽がデレデレとした情けない顔で美桜に言う。
美桜は先程の思慮深い姿からは想像できないそれに苦笑いした。
「ついこの前なの。余っている霊圧で色々やってたら偶然出来て。」
本当は霊圧だけじゃなくて、回道をもっと長時間溜めておけるといいんだけどね、と続ける。
京楽は愛弟子の成長に喜びと、少しの寂しさを感じた。
「じゃあお二人さん、もう帰んなさい。退院手続きは卯ノ花隊長がやってくれるから。」
真子と美桜は支度を整えると、今までいた個室の扉から自宅に帰っていった。
+ + +
こちらに手を振る春兄に見送られ、異空間の自宅へと入る。扉が完全に閉まった瞬間、私は真子を飛びついた。
「よかった....」
「おん。心配かけたな。」
就業後、私は春兄からの地獄蝶で真子が怪我をして四番隊にいることを知った。
あの回道でも回復しきれない怪我なんて、相当な深手だったはず。居ても立っても居られず、隊舎を飛び出してきたのだ。
先程治したからか、そのお腹には傷はなく、いつもと同じ割れた腹筋がある。確かめるようにペタペタと触っていると、真子が笑いながら言う。
「全身確かめるか?」
一緒にお風呂に入ろうと誘われているのだろう。でも、確かに見えていないところに傷があるかもしれない。そう思い、素直に頷いた。
「うん。隅々まで見てあげる」
了承すると思わなかったのか、鳩が豆鉄砲を食ったような顔で私を見る。
そして触れるだけのキスをした後、私たちは脱衣所へと消えていった。