過去篇
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美桜が真央霊術院に入学するための修行を始めてから数ヶ月が経過した。
この頃、京楽と浮竹は美桜の膨大な霊力の制御方法に頭を悩ませていた。出会ったときで既に多かった霊力は、この数ヶ月でさらに増えていたのだ。それに伴って虚の出現も増えていた。
「やはり斬魄刀が刀として顕現していないのが問題なんじゃないか? あの小さな身体の中に美桜自身の霊力と、斬魄刀二本分の霊力が入っているんだろう?」
「浮竹もそう思う? ぼくもそうじゃないかなぁって思ってはいるんだけどね、、、」
どこか歯切れの悪い言い方をする京楽の気持ちが浮竹には痛いほど理解できた。
斬魄刀の元となる浅打は真央霊術院と各隊に保管されている。斬魄刀の元になるだけあって、毎日数量確認を行い、一本でも足りなくなれば大捜索が行われる。きちんと管理されているのだ。
さて、ここで問題だ。
真央霊術院に通っていない美桜に、一体どうやって浅打を与えるか。
二人は目を合わせると「仕方ないか」と言うように肩をすくめた。
* * *
そんな話をした数日後。
美桜に二本の浅打を渡す浮竹の姿があった。
この浅打は京楽が副隊長の権限を存分に使い、浅打を管理する自隊の死神に「稽古してたら二本折れちゃってさ。もらえるかい?」と言って調達してきたものだ。京楽は口が達者なのだ。
「美桜、今から大事な話をする。よく聞くんだ。」
「……どうしたの?」
「最近、虚が増えただろう? それはな、美桜の霊力が高くなって抑えきれなくなってる証拠なんだ。……だから、美桜の霊力をこの刀に移して欲しいんだ。」
浮竹の言葉を自分の理解できる言葉に噛み砕いて考えた美桜は、以前自分の中にいる二人が言っていたことを思い出した。
「前ね、二人ともお外に出たいって言ってたの! ありがとう、四郎にぃ!」
「出たかったのか。それは良かった。」
斬魄刀という器が出来ることにより、今までよりも霊力が制御しやすくなるはずだ。
例えるなら、今の美桜はコップの淵まで水が入っている状態なのだ。表面張力という名の制御で平常時は問題ないが、少しでも動かせば水が溢れる。
それがコップの大きさは変わらずとも、新たに二つのコップに水を分けることが出来るようになるのだ。水が減ったおかげでコップを動かしても簡単に水が溢れることはなくなる。要はそういうことである。
美桜は片手で持つのも難しいほど重たい浅打を抱き締めるように持つと、そっと目を閉じて物心ついた時から一緒にいる二人に語りかけた。
『この刀に入ってほしいの。ずっといっしょにいたいけど、ダメなんだって。』
『いる場所が変わるだけで、私たちはずっと一緒よ?』
『そうだ。俺たちは美桜が願えばいつだって力を貸す。だから安心していい。』
『……ッ、いつもありがとう。だいすき。』
ふっくらとした頬を涙がつたった。
共に遊ぶ友だちがいなくとも、寂しさを感じることがあまりなかったのは間違いなく二人がいたからだった。
その身に膨大な霊力を宿しながらも空腹を感じることが少なかったのは、二人が能力を使い、美桜のために食べ物を持ってきてくれたからだった。
虚に怯えることなく倒すことが出来るようになったのも、二人が戦い方を教えてくれたからだった。
ずっと心の中にいた大好きな二人が、身体の外に出て自分とは別の物に宿る。これは別れでもあり、誕生でもある。
頬をつたう涙が一滴ずつ浅打に落ちたとき、三人は目も開けていられないほどの光に包まれた。
光がおさまったことに気付き目を開けると、そこは先程までいた場所ではなかった。
最初に目に入ったのは満天の星空。時折流れ星が横切るそれは、大自然の神秘と同時に人の小ささを感じさせた。眼下には草原が広がり、遠くには木がいくつか生えている。
「なんだ、ここは……」
「どうやら美桜ちゃんの精神世界のようだね」
「その通りよ。」
「「!!!」」
何の気配もなく聞こえた声に驚いた二人は咄嗟に得物に手をかけたが、すぐにおさめた。
靡く金の髪に薄紫色の右目、碧色の左目のオッドアイを持つ女。白地に金で刺繍された着物を纏っている彼女は、どこか美桜に似ていた。手には彼女の身長より長い天球儀のついた金の錫杖を持ち、頭には錫杖と同色の大きな飾りがのっている。
寄り添うように腰に手を回す男は、銀色の髪に藍色の瞳。瞳と同色の衣に銀色で細かく刺繍された袴の上から上品な羽織を羽織っていた。
一度そこにいると認識してしまえば、始めに気付かなかったことが不思議なくらい強烈な存在感だった。
「ごきげんよう。この時を待っていたわ。」
「お姉ちゃん! お兄ちゃん!」
美桜は二人の腰の辺りに抱きついた。「あらあら」と困ったように笑いながら抱き上げる女性には母性が感じられた。
「君たちに話があるんだ。」
京楽と浮竹は互いの顔を見合わせると頷き返した。
「話を聞こうじゃないか。」
「つまり、君たちは二刀一対の夫婦刀で、能力はお姉さんが時間、お兄さんが空間を司っている。美桜ちゃんが何もいない空間から出てきたりしてるのは、そこの銀髪のお兄さんの能力だったってわけか。金髪のお姉さんの能力はまだ使いこなせていないものの、いずれ使えるようになる、と。」
京楽は「なるほどねぇ」と呟きながら、これまで過ごした美桜との時間を振り返った。
以前からどこに住んでいるか不思議だったのだ。湖の周りに家らしきものはない。美桜はいつも京楽の霊力を感じるとどこかからやってくるため、彼は美桜がどこに住んでいるか知らなかったのだ。聞いても「おっきなお家」というよくわからない答えしか返ってこない。しかし、まさか別の空間に暮らしているとは思わなかった。
すると、今まで黙って聞いていた浮竹が女性を見ながら質問した。
「じゃあ君はどういう能力なんだい?」
女性はお茶目に片目をつぶりながら答えた。
「私は時間を自由に操ることが出来るけど、そこまで到達するのは難しいと思うわ。でも、怪我した部分の時間を戻して治療したり、自分に向かってくる攻撃の時間を止めることは出来るかもね」
「なるほど。君の右目と美桜の目の色が同じことは何か理由があるのかい?」
「私の左目は過去を、右目は未来を司っているわ。だから美桜の目には、未来に関係する何らかの能力が備わっているはずよ。」
女性は、「まぁまだ発現していないからわからないけどね」と付け足した。
一通り話を聞いた京楽は腕を組みながら頷いた。
「なるほどねぇ。事情はわかったよ。で、君たちの願いはなんだい?」
「……美桜を強くして欲しい。自分の身と、大切な者を守れるように。」
「この子がしがらみに囚われることなく、幸せになってほしいのよ。」
確かに時間と空間を操るという能力は、もはや神の領域である。その領域をこの小さな少女が操ることができると知れれば、放っておいてはくれまい。
京楽と浮竹の心は既に決まっていた。
ふと気付けば、三人はいつもの修行場所にいた。美桜の手には二本の斬魄刀があった。
一本は鞘と柄が金色で、鍔は美桜の瞳と同じ薄紫色だった。もう一本は鞘と柄が銀色、鍔は藍色だった。
「芙蓉と、銀琉……」
三本目の二刀一対の斬魄刀が誕生した瞬間だった。