虚化篇
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いつも通りの一日になるはずだった。
同じ時間に起きて、真子を仕事へ送り出し、帰ってきた真子を癒し、共に眠る。今日も明日も、そんな日々が続くと信じて疑わなかった。
物音がして意識が浮上する。どうやらソファでうたた寝してしまっていたようだ。
すぐに覚醒出来ずにボーッとしていると、帰宅した真子がリビングに入って来た。
おかえりと言おうとして真子の方を見た。自分でもサーッと血の気が引いたのがわかった。
真子がいつもと違う様子の私を心配して声をかける。
「どうしたんや?」
私はそれに反応することが出来なかった。いや、それどころではなかった。
真子の左肩が、赤く光っている。それだけじゃない。黒いモヤが真子に纏わりついている。
それを理解した瞬間、勢いよく起き上がって真子に抱きついた。そして今日の真子の未来を視るために目を閉じ集中する。
ーーー「貴方の後ろにいたのが、私ではなかったことに。」
ーーー「くっそぉぉぉ!!」
ーーー「違う、これは虚化だ。」
ーーー「今から彼らの時間を止めます。何人助けられるかはわかりませんが」
真子に降りかかる災いの数々が視える。その災いの被害者は真子だけではない。リサや拳西も含まれている。
私は真子から一歩離れると、空間の中から斬魄刀を取り出した。
「....!!!」
真子が驚いたように私とその手にある斬魄刀を見たのがわかる。しかし、すぐに鋭い目に変わった。私の卍解の能力を知っている真子は、私が先程何を視たのか、大体予想できているのだろう。
私はあまり斬魄刀を持たない。まぁ斬魄刀が実体化してあちこちに行っているから、というのもあるけど、常時解放型のため斬魄刀を持たずとも能力が使えるからだ。つまり、私が斬魄刀を手に取るときは、始解だけでどうにかできるものではないときが多い。もちろん例外も存在するが。
私は結婚する少し前に卍解を会得した。その時に追加された縛りによって、死神を続けにくくなってしまったのも、休職した理由の一つである。
滅多に抜かない斬魄刀 芙蓉をゆっくりと抜く。柄も鞘も金色の斬魄刀の刀身は、透き通っていて反対側を柔らかく透過させる。その刀身はとてもではないが他の刀を受け止められそうにない。それもそうだ。この斬魄刀は、そもそも刀同士を交えることを前提にしていない。
柄を両手で持ち、その切先を真子に向けた。傷がつくことはないとわかっているけど、やりたくないし気分が悪い。でもそんなことも言っていられないのだ。
私は刀身を真子の胸に突き刺した。鍔が胸に付く程真子の胸に深く突き刺さる。肉を断つ感触はない。血も出ない。ただすんなりと抵抗なく胸の中に入っていく刀身。
風など吹いていないのに、勝手に髪が靡く。
「卍解
そう呟いた瞬間、私と真子は芝生の上に立っていた。目の前には大きな芙蓉の木。私と真子とその木以外は濃い霧に包まれていて何も見えない。
その芙蓉の木にはいくつか芙蓉の花が付いているが、そのほとんどが枯れていた。
この芙蓉の花のひとつひとつが真子の未来だ。
美しく花を咲かせるものは明るい未来、枯れているものは対象者の死ぬ未来。今にも枯れそうなものは怪我や病に蝕まれる未来。
卍解を使った時点を幹とし、そこからの行動次第で無数の未来に枝分かれする。その先に咲く花によって、選んだ未来を見ることができる。
私は枯れているものには目をくれず、一輪だけ咲き誇る芙蓉の花を視界に映した。
枝分かれした先にさらに枝分かれし、たった一輪だけ咲くそれは、唯一真子が生きている未来だ。
私はその芙蓉の花に近付き、香りを確かめるようにそっと顔を近付ける。
芙蓉から金色の光が舞い上がる。それを大きく吸い込んでこの未来の行く末を視る。
虚の仮面を持つ真子。
顎上で切り揃えた髪に現代の服を着た真子。その隣で楽しそうに笑う私。
互いに隊長羽織を纏い、隊首会で隣に立つ真子と私。
道はこれしか残されていない。
私の卍解は、対象の未来を選択することが出来る。しかし過去は変えられないため、既に起こったことはなくならない。
本当は、全ての事が起こる前に卍解をしたかった。そうすれば、こんな辛い選択をさせずに済んだのに。でも、気付くのが遅すぎたのだ。
過去は変えられない。いつだって、変えられるのは未来だけ。
この卍解は未来選択という能力故に、おいそれとすぐに使うものではない。出来るだけ私の手を加えずに身を任せるべきなのだ。しかし、そんなことを言っている場合ではなかった。最愛の人の命がかかっているのである。そして自身の親友と友だちの命も。
それを救えるなら、"縛り"により睡眠時間が奪われたとしても構わない。元々、有事に備えて鬼道衆を辞めてから散々寝てきたのだ。睡眠時間の蓄えはたっぷりある。
しかし、今回の未来選択は生死に関わるものだから、私の生命力を消費する。反動で数日間眠ることになるだろう。その間に全てが終わることも理解していた。
それでもこの選択をやめることなど出来ない。出来るはずがない。
私は一番美しく咲く芙蓉を手に取った。
「真子、これ」
「食べればええんか?」
「うん」
咲き誇る薄紅色の芙蓉の花。それを真子の口に入れて食べさせる。これで選んだ未来の通りに現実は動く。
本当はみんながずっと死神を続けていられる未来を選びたかった。でも、気付くのが遅すぎた。
既に奴は準備を完了していて、私に出来ることなど、誰も死なないようにすることしかなかった。
でも、そうわかってはいても、みんなに辛い道を歩ませる自分が許せない。これは私が選んだ未来。私にはそれを見届ける責任がある。
やがて卍解が解除される。周りはいつものリビングに戻り、真子の胸に傷はない。
途端に力が入らなくなり、膝から崩れ落ちた。優しい腕にしっかりと抱きとめられる。その腕の中から真子を見上げる。
金色の髪が垂れ、世界が真子と私だけになる。
「真子。これから三日間、真子にとって忘れたくても絶対に忘れられない出来事が起こる。真子そのものを変えてしまう程のね。でも絶対に忘れないで。いつでも私の帰る場所は真子の隣で、真子の帰る場所は私の隣。大丈夫。真子の思った通りの道を行きなさい。」
大丈夫。私と貴方は見えない糸で繋がっている。例えば真子の中に別の何かが出来て、それに飲み込まれそうになっていても、私だけは真子を諦めない。絶対帰ってきて。
そう思いながら真子にキスをする。暫しの別れだ。目を閉じたくない。もっとこの人を見ていたい。でもそろそろ限界だ。
次に目が覚めた時に、愛しい人がいますように....。
そう思いながら目を閉じた。
真子は眠った美桜をそっとベッドに寝かせて布団をかける。愛しそうに頭を撫でた後、前髪を除けた額にキスをする。
「美桜、愛しとる。」
美桜が言っているのは、十中八九例の魂魄消失事件のことだろう。今夜、自分に何かが起こる。
そして覚悟を決めたように寝室を出た。
長い七十二時間が始まる。