虚化篇
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「ねぇ真子、最近虚多くなってる?」
修行後、真子の怪我を時間回帰で治しながら聞いた。
真子は記憶を辿るように上を見上げる。頭の中では、最近の出撃回数を思い出しているのだろう。
「せやなぁ、多くなっとるわ。」
それがどないしたん?と真子は続けた。
「銀琉がね、最近空間によく穴があくって気にしてた」
私の斬魄刀である銀琉は、空間を司る。全ての空間を把握することはできないが、認識している空間は定期的に状況を確認しているらしい。
銀琉曰く、尸魂界と虚圏の境界線が不安定になっているという。それにより虚が尸魂界にくる回数が増えているのではないか、ということだ。
境界線が不安定になる。それは虚圏から尸魂界に虚が侵入しやすくなるだけでなく、尸魂界から虚圏へ侵入することも出来るということだ。
不安定になった境界線に穴があき、偶然虚圏に行ってしまった場合、尸魂界に帰るのは絶望的だ。なんせ、今現在虚圏へ行く方法は確立されていない。一度虚圏へ行ってしまったら最後、そこで骨を埋めるしかないのだ。
「境界線が曖昧になるっちゅーことは、尸魂界と虚圏、どっちかのバランスが崩れとるちゅーことか?」
「その可能性が高いと思う。でも尸魂界で特に変わったことはない....」
ということは、何か変わったのは虚圏の方か....
二人の思考が一致する。
以前真子が討伐したという、霊圧を消し、言葉を操る虚も気になる。そんな虚なんて聞いたこともない。
真子はこの話題を断ち切るように言った。
「覚えとくわ。」
+ + +
これどうしよう....
私は、先程斬魄刀が持って帰ってきた戦利品を前に頭を抱えた。
胸に空いた穴。白い仮面。人間のような体つき。
虚にしては異様なまでに小さいそれは、芙蓉と銀琉が持って帰ってきたのだ。虚圏から。
昨日、真子と虚が増えていることについて話したばかりだった。
銀琉も彼なりに調べてみようと思ったのだろう。いつものように芙蓉に声を掛けたのだ。きっとお茶目な芙蓉が「じゃあ虚圏に行こう」とか言い出して、銀琉も断れずに行ってきたのだろう。銀琉は芙蓉に弱いから。その結果がこれである。
虚がこのような進化を遂げていることは誰も知らないだろう。それを解明するために検体を持って帰ってきてくれたのは、尸魂界的にはありがたい。
問題は、この検体を誰に渡すか、ということである。
私も研究することは好きだが、いつもしているのは霊圧に関することで、虚の研究などお門違いもいいところである。
そもそもどうやってこの検体を手に入れたのか、まずそこを説明する段階で躓く。
数年前に設立された技術開発局は、虚が尸魂界へ入る時の空間の歪みを感知し、死神を派遣している。つまり、虚が現れた場所が記録されているということだ。現れた虚の大まかな強さも感知できるというし、ここまで濃密な霊圧を持つ虚が現れれば、すぐにわかるだろう。
斬魄刀の能力を隠したい私にとって、都合の良い理由が見つからない。
逆に自分の斬魄刀の能力を知っている面々を思い出してみる。どう考えても、この検体を有効活用出来そうな人はいない。
つまり、"詰み"だった。
あとで誰か良い人いないか真子に聞いてみよう。
私は現実から逃げるように、その検体を空間に放り込んだ。
+ + +
護廷十三隊 十二番隊隊長に就任してから早二年。
自身が立ち上げた技術開発局も軌道にのり、ようやく周りに認められるようになってきた。
十二番隊隊長 浦原喜助は目元に隈を色濃く残し、自身の腕に乗せていた頭を上げた。どうやら考えている途中で寝てしまっていたようだ。
喜助は、今取り組んでいる研究に行き詰まっていた。何度考えても上手くいかず、毎回同じ壁にぶつかる。
喜助は深く息を吐いた後、気分転換のために外に出た。
瀞霊廷をあてもなく彷徨っていると、前から白い隊長羽織が歩いてくるのが見えた。五番隊隊長 平子真子だった。
「よぉ喜助。えらいシケた面しとんなぁ」
「平子サン。おはようッス。」
「真子でええゆーとんやん。堅苦しいやっちゃなぁ」
いつものやり取りをした後、喜助はその隣にいつもいる副官がいないことに気付く。
「あれ、藍染サンはどうしたんスか。」
「あいつは任務で瀞霊廷を出とる。」
大方、真面目な副官が任務で不在なことをいいことに、サボっているのだろう。
真子は何か思いついたように「そうや」と言って喜助を見た。
「お前今晩暇か?」
「今晩っスか?まぁ暇ですけど....」
真子はその整った歯並びを見せつけるようにニヤリと笑った。
「終業後いつもんとこ来い。息抜きや、息抜き。」
喜助の返事を聞かないまま、真子はひらひらと手を振って隊舎と反対方向に歩いていった。まだ戻る気はないらしい。
喜助はそんな真子を見送ると、十二番隊隊舎へ歩き始めた。
護廷十三隊の隊長格がよく訪れる個室の居酒屋。その一室から他と比べるとやけに騒がしい音が聞こえる。
真子に誘われた喜助は、息抜きをかねて参加しようとしていたが、部屋の前まで来て帰りたくなった。
喜助がすぐそこにいることを感知したのか、中から真子の声が聞こえる。
「喜助〜入ってこい」
逃げれないことが確定し、ため息をついてから襖を開けた。
そこには護廷十三隊の隊長・副隊長が好き勝手に酒を飲んで騒いでいた。自身の親友と副官もいる。
比較的静かに飲んでいる一角に、真子を見つける。その三白眼と目が合うと手招きされたため、そちらに向かう。
真子の影に隠れて見えなかったが、真子の隣に誰か座っていることに気付いた。
真子のそれよりも薄い金色の癖っ毛をおろし、着物の着ているその女性は、喜助と目が合うなり薄紫色の垂れ目をより一層垂れさせるように笑った。
隊長格しかいないこの場に不釣り合いなその人は、真子に寄り添うように座っている。
真子はそこ座れ、と自身の斜め前、彼女の対面の空いている席に喜助を座らせる。
真子が自分の酒を注文してくれているのを横目に、喜助は目の前の女性が気になって仕方がなかった。
「見過ぎや、ボケ。」
頬杖をついた真子に文句を言われる。隣の女性も、ふふっと花が綻ぶように笑っている。
真子は、彼女の背に手をあてて紹介した。
「紹介するわ。俺の嫁さん。」
「平子 美桜と申します。真子がいつもお世話になっております。」
真子の口から飛び出した言葉をすぐに理解できず、思考が停止する。その後に続けられた女性の言葉がそれを後押しする。
「....よめ?」
「そうや。嫁。」
ようやく理解できたが、それでも聞かずにはいられなかった。
「平子サン結婚してたんですか!?」
「おー、そうやー。」
そう言って彼女、美桜の方を見ると、その左手の薬指に見覚えのある指輪がひとつ。真子の左手の薬指にも同じものが嵌っている。どうやらお揃いのようだ。
「浦原喜助っス。一応平子サンと同じ護廷十三隊の隊長をやらせてもらってます。よろしくお願いします。」
自分の名前を言った後、先程から気になっていたことを聞いた。
「奥さんも死神、なんスか?」
「今はちゃうで。」
真子の言葉に納得する。なにせ彼女だけ死覇装を着ていないのだ。今は、ということは昔は死神だったのだろう。
「昔はどちらに....?」
「鬼道衆や。」
鬼道衆というと、鬼道に特に秀でた者たちが集まっている寄合だ。自身の友人がそこの大鬼道長を務めている。彼女のことを知っているかもしれない。
そんなことを考えていると、自身の副官の声が聞こえた。
「おいハゲコラ真子!!いつまでそこにおるんやっっ!!」
その声を聞いた瞬間、真子はため息をついた。
それが分かったひよ里は、額に青筋を浮かべながらいつも通り真子に飛び蹴りを喰らわす。
確かに真子にひよ里の蹴りが当たったはずだった。しかし、真子はいつものように吹き飛ばされることなく、そこにいる。
喜助はその様子に目を見開く。
「ひよ里ちゃん、真子のこと好きなのはわかるけど、私のいるところで真子に怪我はさせないわよ」
「気色悪いこと言うなや美桜!!誰がこないなやつのこと好きやねんっ!!ウチはこいつの腑抜けた面叩きなおそ思てんねん!!」
ひよ里は唾を飛ばす勢いで叫ぶ。
真子は、ひよ里が触れられないことを良いことに、変顔をしてひよ里を挑発する。
美桜はそんな真子を見て笑う。
喜助はそのやり取りを酒を飲みながら眺める。彼女が
しかし斬魄刀はおろか、構えすらなかった。彼女が何らかの能力を使ったのは事実だとしても、それをいつ、どうやってやったのか全くわからない。
喜助は、己の知的好奇心が存分に刺激されているのを自覚しながら、それでも考えることをやめることができなかった。
喜助が熟考している間にひよ里は諦めたのか、気付けば真子がこちらを頬杖をつきながら見ていた。
「気になるやろ。」
「いやぁ、まさか。」
喜助は咄嗟に誤魔化す。
そんな喜助すら真子はお見通しなのか、「あほ」と続けた。
「俺らのことそない見とったらわかるわボケェ。目が気になるゆーてんで。」
ま、教えへんけどな、と続けた真子に苦笑いした。
他愛もない話をした後、真子は思い出したように美桜の方を見た。
「そいや美桜、喜助はどうや?」
どう、とはどういうことだろうか。喜助の頭に疑問が浮かぶ。
美桜は真子の質問に頷いた。
「大丈夫。お願いしたいわ。」
「よし、なら決まりやな。」
一体何が決まったのか、話が全く見えない喜助は戸惑いを隠せなかった。
「喜助、明日空いとるか。」
「明日は非番っスけど....」
「俺も非番やからちょうどええな。なら明日隊長宅で待機しとき。迎えに行くわ。」
「一体何があるんスか?」
真子は何かたくらんでいるようにニヤリと笑った。
「明日のお楽しみや。」
+ + +
喜助は言われた通りに隊長宅で待機していた。待機といっても、布団の上に寝転がり、考えるのは自身の研究内容。
(魂魄の強化は死神の力だけでは不可能だ。やはり虚か....。虚の研究をするべきだが、いくら技術開発局だからといって虚を飼育することは最悪謀反と見做されてもおかしくない....)
やはり毎回同じ壁にぶつかる。喜助はため息をついた。
自宅の扉が叩かれた。おそらく真子だろう。そう思った喜助は、「はーい」と気の抜けた返事をして、扉を開けようと起き上がる。
すると、喜助が開ける前に鍵がかかっているはずの扉が開いた。
そこには真子と美桜が並んで立っていた。美桜だけでなく、真子も着物を着ている。喜助は二人の方を見てふと気付く。
二人の後ろにあるのはなんだ?隊長宅の外にあんな木々が生い茂っている場所などない。
しかも真子も着物を着ている。いや、死覇装を着ていない。十二番隊の中で一番奥まった場所にある隊長宅は、いくら隊長といえど私服で来れる場所ではない。それに、護廷十三隊の隊舎内では死覇装を着るという決まりがあるのだ。
「喜助、こっち来れるか?」
真子にそう声を掛けられて、喜助は思考の海からようやく上がった。
そして、どう考えても見慣れた外へ向かうものではない扉をくぐった。
澄んだ空気。人の気配どころか、動物の気配すらない静かな森。瀞霊廷にこんな場所などない。一体ここはどこだ。
後ろを振り返ると、今通ってきたであろう扉があった。しかしその扉は壁に隣接しておらず、森の中で扉がぽつんと立っているだけだった。
喜助はこの状況を作り出したであろう、美桜の斬魄刀の能力を予想する。
(別の空間同士を繋ぎ合わせる....。空間に準ずる能力っスかね)
喜助は数歩前を手を繋いで歩く真子と美桜の背を見た。見る限り美桜は斬魄刀を持っていない。真子もである。
死神は基本的に、己の魂である斬魄刀を肌身離さず持っている。それを持っていないということは、余程自分に自信があるか、安全な場所にいるからか。真子の性格的に前者はあり得ない。ということは、ここは危険のない安全な場所なのか。
やがて開けた場所に出ると、平屋の大きな建物があった。そこには研究棟という札が掲げられており、どうやら目的地はここのようだった。
内開きの扉を開き、真子と美桜が中に入る。喜助もそれに続いた。
視界が一気に明るくなり、反射的に腕で目を抑えながら目を閉じる。
明るさに慣れてきた頃、目を開けるとそこには何かが結界のようなものに覆われて鎮座していた。
白い仮面。胸に空いた穴。特徴的には虚のそれであるが、決定的に違うものが一つあった。
「何スか、これは....」
喜助は自身の常識を遥かに越えるものを目の前にし、思考を停止した。
虚は "人程度" の大きさだった。
通常、虚は進化するたびに大きくなっていく。虚から巨大虚、そしてメノスへと進化する。しかしメノスが進化した結果、何になるかは今現在尸魂界では解明されていなかった。
まだ調べていないが、はっきりとわかる。
目の前にあるこれは、メノスの進化後のものだと。喜助の全感知能力がそう叫んでいた。
喜助が事態を完全に把握できないうちに、真子が語り出す。
「これはなぁ、まぁ、色々あって虚圏から取ってきたもんや。俺らがお前に頼みたいんは二つ。一つ、この検体をお前の力で有効活用すること。二つ、この検体の入手方法、研究場所その他諸々を誰にも言わんことや。この二つを守れるんやったら、この検体自由にしてええで。」
真子は指を二本あげながら条件を提示した。
一つ目の条件は喜助も願ったり叶ったりなので異論は全くない。こんな宝の宝庫、むしろこっちが頭を下げて研究させて欲しいくらいだ。
「二つ目の条件は、美桜サンに関係あることだから、っスか?」
「そうや。ここで見聞きしたこと全てを秘密にして欲しいんや。」
まぁなんとなく予想できるが、確かにあまり知られるべき能力ではない。しかし、斬魄刀の能力を知られないようにするのは不便だろう。
そこまで考えて喜助はふと気付く。あぁ、だから彼女は鬼道衆だったのか、と。鬼道衆なら斬魄刀を帯刀していなくても違和感はない。
「わかりました。その条件、守ります。」
どちらの条件も、喜助にとって不利なことはない。そんな条件を守ればこの未知なる虚を自分が、自由に、しかも最初に研究出来るなど。もはや何の障害でもない。
こうしてメノスに階級があることが明らかになるのだが、それはまた別の話。