虚化篇
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入隊初日。
予定していた時間より早く目覚めた真子は、隣で眠る美桜の寝顔を愛しそうに見つめた。
( 無防備な寝顔やなぁ…… )
その視線に気付いたのか、美桜の金色の睫毛が震え、ゆっくりと瞼が開いた。寝起き特有のとろんとした薄紫の目は焦点が会っておらず、どこか色気を感じさせるものがあった。
美桜は何回か瞬きを繰り返した後、真子を見て花が綻ぶように笑った。
「…おはよ」
「おはよーさん」
真子は朝から幸せな気持ちで胸がいっぱいになった。
触れるだけのキスをした後、二人は起き上がって準備を始めた。
寝室の隣にある衣装部屋で死覇装に着替える。鬼道衆である美桜の死覇装は、真子のそれとは少し異なる。基本的は同じだが、背中に青で鬼道衆の紋章が入っており、その真ん中には席次である"五"が刺繍されていた。
背中の中程まである長い髪を真子からもらった紫の髪紐で一つに結ぶ。
準備を終えた美桜が振り返ると、そこには死覇装を纏った真子がいた。長くなった金髪は相変わらず羨ましいくらい真っ直ぐで、絹糸のように肩を滑り落ちる。
真子の髪とは対照的な猫背に笑いつつ、朝食を作るため一階へ降りた。
二人で並んでキッチンに立つ。手先が器用な真子は、基本的になんでも卒なくこなす。
料理する美桜を補助するように、冷蔵庫から野菜を取り出したり使い終わった調理器具を洗ってくれたりする。次の作業をスムーズに行うことができるので非常に助かるのである。
「俺らんとこは歓迎会やけど、鬼道衆もか?」
「うん、そうみたい。初日から元気だよね、みんな。」
テーブルに向かい合わせに座り、二人で朝食を食べながら今日の予定について話し合う。
明日も通常通り勤務があるというのに、初日から歓迎会をするのは中々である。気疲れした新隊員を休ませるという思考はないようだ。
身支度を整えた二人はそれぞれ弁当が入った風呂敷を持って扉の前に立った。
この扉は自身の霊圧を込めた鍵を入れて開けると、それぞれの寮の扉と繋がるように細工をしてある。寮から出てきたと見せかけることが出来るのだ。
二人は同棲しているが、表向きには寮で暮らしているということにする予定だ。寮は一人部屋で、同棲していることを周りに知らせると二人用の部屋を借りなくてはならない。だが借りたとしてもどうせそこには住まないのだ。
それに、新人は良くも悪くも注目を集める。初めのうちは波風立たないように大人しくしておいた方が揉め事が起こりにくい。特に入隊と同時に席官になる二人にとって、揉め事の種は少ないに越したことはない。
「じゃあ、行ってくるね。真子もいってらっしゃい」
「おん。美桜も気ぃつけや。」
ギュッと抱き締めあって軽い口づけを交わした後、それぞれの新生活へ一歩踏み出した。
同棲というより、もはや新婚である。
* * *
今日から護廷十三隊、隠密機動、鬼道衆に新しい隊士が入隊する。
鬼道衆には護廷十三隊と比べると少ないものの、二十人が入隊する。その中でも一人だけ、入隊と同時に席次が与えられたという。大鬼道長から直接説明があったとはいえ、新人にしてはあまりにも高いその席次に、納得できない者は少なくなかった。
鬼道衆が一堂に会する大広間。
大鬼道長と副鬼道長の横に並ぶ二十人の新隊員。副鬼道長が一人一人の名前を言っていく。名を呼ばれた新隊員は緊張した面持ちで一言ずつ挨拶をしていった。
最後の一人になった時、副鬼道長は大鬼道長にその紹介を譲った。
「この子がアンタらがこの前から気になって仕方がない五席だ。皆思うところはあるだろう。……知っての通り、アタシはみみっちいことが大嫌いだ! 何か言いたいことがあるなら陰でコソコソせずに、正面からぶつかりな! この子の実力はアタシもこの目で見てる。それでも確かめたかったら当たって破裂しなっ!!」
大広間に響き渡る声で大鬼道長が言う。まるで肝っ玉母ちゃんのようなその人は、京楽の飲み仲間だ。美桜には二人が楽しく飲んでいる様子が容易に想像出来た。
大鬼道長が美桜を見て挨拶を促した。その瞬間にこの場にいる全員の視線が突き刺さるのを感じた。
美桜は一度目を閉じて深呼吸してから口を開いた。
「五席に拝命いたしました涼森 美桜です。至らぬこともあると思いますが、精一杯努めたいと思います。よろしくお願いします。」
彼女の目には前方にいる数人しか見えていないが、皆あまり良い顔はしていなかった。
当然だろう。何年何十年と死神を続けて昇進してきたのに、それを真央霊術院を卒業したばかりのひよっこに奪われたのだ。五席の下、特に六席と七席は空席となっていた五席を座を狙っていただけあり、露骨に顔を歪めていた。
( だからいきなり席官なんて嫌だったのよ )
いくら美桜が嘆いても既に決定されたことで、決定したのは直属の上司。逆らえるものでもない。
美桜が小さく息をついたとき、大鬼道長の声が響いた。
「それじゃあ案内するからついといで!」
大鬼道長自ら隊舎内を案内するようだ。親カモについていく子カモのようにゾロゾロとあとに続く。
鬼道衆は護廷十三隊の一隊よりも構成人数が少ない。しかし、それなりの人数はいる。その人々の稽古場、寮、席官の執務室などが全てこの一帯に建てられているという。しっかりと説明を聞かなければ迷子確実である。
新隊員全体への説明が終わった後、美桜は四席である芦谷に席官の仕事内容を教えてもらうため、他の新隊員とは別行動していた。
「ここが三席から十席までの席官の執務室よ。涼森さんの席はここね。一応一通りの備品は揃ってると思うけど、足りないものがあったら遠慮なく言ってね。」
真新しい机を指差して芦谷が言う。
言われた通りに机の引き出しを開ければ筆や炭といった新品の事務用品が入っていた。周りの机を見ると、どれも紙で机が埋まっていた。
己の何も乗っていない机もいつか同じようになるのだろうか。そう思えば嬉しいような嬉しくないような、微妙な気持ちになった。
「何かあれば遠慮なく私か有昭田三席の聞いてもらって良いから。」
有昭田三席と呼ばれた男性は横にも縦にも大きく、特注で作られたであろう椅子に座っている。それでもはみ出した身体が彼の巨大さを物語っていた。
あまり話す方ではないのか、彼は一言自己紹介しただけで仕事に戻ってしまった。
* * *
その日の夜。
瀞霊廷のとある居酒屋にて、新隊員の歓迎会が行われていた。
新隊員にも関わらず、いきなり席官の美桜は新隊員の中に入りづらい。同期だが上司、しかも五席。平隊員からすれば雲の上のような立場である。美桜が話しかけてもぎこちなく、それどころか優先して料理を回される。それを察したらしい芦谷が、美桜を席官が多くいる席へ連れて出した。
見知った席官の中に一人だけ新隊員が入れられるとどうなるか。想像するに容易い。
美桜は質問責めにあっていた。
「涼森さんは鬼道何番台まで使えるの?」
「破道と縛道どっちが得意なの?」
「付き合ってる人いるの?」
様々な質問が飛び交う。
美桜は酒で喉を潤しながら、一つずつ答えていった。
付き合ってる人がいる、と答えた時の周りの反応はすごかった。女性はキャイキャイと騒ぎ、なぜか何人かの男性は肩を落としていた。
「どこの誰なの!?」
興奮気味の女性にそう聞かれ、どうしようか迷っていた時、大鬼道長の声がした。
「おーい、そこら辺にしといてあげなー。」
はーい、と残念そうに諦める女性隊員に、胸を撫で下ろす。どうやら助け船を出してくれたようだった。美桜はありがたく思いながら、なぜかニヤニヤしている大鬼道長に軽く頭を下げた。
歓迎会終了後、それぞれ帰路につく。
美桜も寮の自室に一度入ってから鍵を取り出した。小指ほどの長さのそれは、一見何の変哲もないただの棒である。それに自分の霊圧を込めて部屋の内側から扉に突き刺す。鍵は扉に穴を開けずに、吸い込まれるように中へと入る。数秒後、脳内でチリンと鈴の音がしたことを確認してから、扉を開ける。
そこは部屋の外ではなく、異空間にある家の玄関だった。
暗いリビングが美桜を出迎える。真子はまだ帰宅していないようだ。そのことに寂しさを覚える。
ふらつきながら二階の衣装部屋に行き、着替えを取り出す。真子が帰宅してすぐ入浴出来るように、真子の分の着替えも準備した。
脱衣所に二人分の着替えを置き、死覇装を脱ごうとしたところで玄関から音が聞こえた。どうやら真子が帰ってきたようだ。
美桜は脱衣所から顔を出し、真子を呼んだ。
「しんじー、おふろはいる?」
いつもなら恥ずかしくてとてもではないが一緒に入れないが、酒の力が美桜を大胆にする。
「ただいま美桜。一緒に入ってくれるん?」
「うん。いっしょにはいろ?」
真子が珍しい美桜の様子に目を見開くが、酔っていることを察したのだろう。緩んだ顔を隠すために手で押さえながら脱衣所にやってきた。
「おかえり。」
「ただいま。酔っとるんか?」
「…ちょっとだけ。」
何度か触れるだけの口付けをした後、止まらなくなった。舌を絡めながら互いの服を脱がし合って、そのまま風呂場になだれ込む。
明日もあるから、と一回だけ身体を重ねた後、二人でベッドに横になる。
話すことは互いの部隊についてだ。二人はどちらも入隊と同時に席次が与えられたため、新隊員の中に居ずらいとか、自分より下の席官からの視線が気になるとか。
そんな話をしているうちに美桜の瞬きがゆっくりになっていった。
真子はフッと優しく笑ってから美桜の頭を優しく撫でた。
「もう寝り。」
「…ん。おやすみ」
美桜は真子の腕の中で心地よい睡魔に身を任せた。