過去篇
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そんな出会いがあってから数週間後。
京楽は定期的に流魂街を訪れていた。
もう何度目になるかわからない道を歩き、ここ数週間ですっかり顔見知りになった流魂街の民と世間話をしながらいつもの場所へ向かう。そこには既に美桜の姿があった。
「あ、お兄ちゃん」
京楽の姿を見つけた美桜は嬉しそうに微笑んだ。流魂街の民から避けられている美桜にとって、京楽は姉と兄以外では唯一話を聞いてくれる人物なのだ。
美桜が小さい歩幅で京楽に駆け寄ろうとしたとき、いつもの感覚を感じ振り返った。
それを見た京楽は不思議に思いながらもその姿を見守る。
すると次の瞬間、空間が歪み、亀裂がはしった。白い手がその亀裂をこじ開けるように両手で広げると、そこから異形の何かが顔を覗かせた。白い仮面に胸に空いた穴。ーーー虚だ。
京楽は美桜を自身の背に隠し、花天狂骨に手をかける。
「ぼくが倒すから美桜ちゃんはそこで待っててね」
京楽は口ではそう言いながらも、普段から虚を倒しているという美桜の様子をチラリと横目で見た。欲を言えば虚を倒している姿をこの目で見たいが、こんな小さな少女を副隊長である自分の前に出すことを、京楽の心が許さなかった。
そんな京楽の思いを知ってか知らずか、美桜は怯えることなく、左手を前に突き出し構えた。
「は道の三十三、そう火つい」
美桜の左手から青い閃光が発せられる。真っ直ぐに伸びたその光は、パリンッという音を立てて巨大虚の仮面を粉々にした。巨大虚が耳障りな悲鳴をあげる。
「は道の四、白雷」
「……!!」
美桜は続けて白雷を放った。しかし通常のように一瞬で消えるものではなく、絶えず指先から放たれて続けている。まるで白雷で出来た長い刀のようだ。
美桜は細長い白雷で虚を両断するように手を動かした。それに合わせて白雷も動き、虚を真っ二つにする。虚が黒い塵となって消えていった後には静寂が残された。
本人から聞いてはいたが、京楽はこの小さい少女が一人で虚を倒しているという事実をどこか他人事のように感じていた。しかし自らの目を信じないわけにはいかず、美桜が言っていたことが紛れもない真実であったことを知る。
しかし先程の白雷は通常のものとはあまりにも違いすぎる。あれは白雷という名の、美桜オリジナルの鬼道だ。白雷で虚が倒せるなら死神が虚の討伐で苦戦することも、殉職することもないだろう。
そもそも鬼道というものは、攻撃特化である破道であるとはいえ、虚を倒すことを前提としていない。あくまでも怯ませるために撃つものであり、それを決定打にするには相当な練度の破道が必要である。
それをこの少女は平然とやってのけたのである。しかもオリジナルの鬼道を自分で作り上げている。やはりこのままこの場所で埋もれさせるにはあまりにも勿体無かった。
持参した菓子を美味しそうに頬張る美桜に京楽は頬を緩めた。先程見せつけられた鬼道の実力からは想像できないほど可愛らしい姿だ。
「美桜ちゃん、君、死神にならないかい?」
霊力の量、質。
先程己の目で確かめた鬼道の腕前。
既に始解を会得していると思われる斬魄刀。
そのどれをとっても将来が楽しみすぎる。
「死神って、お兄ちゃんみたいな?」
「そうだよ。あのバケモノを倒す仕事さ。」
京楽の提案に、美桜は食べる手を止めて考える素振りを見せた。そして不安そうに眉を垂らすと、おずおずと京楽に問いかけた。
「死神になればお友だちできる……?」
京楽は想像していなかった質問に肩透かしを食らった気分だった。確かに美桜とは何度も会って過ごしているが、彼女に友だちの話をされたことがなかった。美桜の世界は彼女自身と姉と兄で構成されているようだ。親の話もされたことがないため、きっといないのだろう。
流魂街では、霊力を持つ者は良くも悪くも目立つ。瀞霊廷に近ければ近いほど死神によって守られていることを感じるため、霊力を持つ者に対する態度は死神に対するそれと似ている。
しかしそれ以外の地区では、霊力の持つ者への対応は冷たい。霊力を持っているということは、虚に狙われやすいということである。それが大きければ大きいほど、狙われる確率は上がる。
その身に膨大な霊力を宿す美桜には、友だちと呼べる存在がいないのだろう。
「そうだねぇ。ぼくも死神になってたくさん友だちが出来たからね。きっと美桜ちゃんにも素敵な友だちが出来るよ」
その答えに心が決まった美桜は、何かを決意したような凛とした目で京楽の目をまっすぐ見た。
「じゃあわたしも死神になる!」
美桜は「お姉ちゃんとお兄ちゃんにきいてみなきゃ」と目を閉じた。京楽はそんな美桜を優しく見守る。
やがて目を開けた美桜は、少し不貞腐れたような顔をしていた。許可が出なかったのだろうか。
「いいけど、もうちょっと大きくなってからね、だって」
その答えに京楽は苦笑した。
「あはは、確かに美桜ちゃんはまだ小さいもんね」
なんせ美桜は人間でいう十歳くらいの身長しかない。いくら真央霊術院が死神になるための施設だとしても、ここまで小さな院生はいない。
「それにね、もっと力を上手に使えるようにならないと危険なんだって」
美桜の言葉に京楽は目を細めた。
力、というのはその身に宿る膨大な霊力のことか、それとも斬魄刀のことか。いずれにせよ碌に制御出来ないまま真央霊術院に入り、周りに危害を加えるようでは危険すぎる。そんなことになれば死神になる前に蛆虫の巣行きだ。
京楽は美桜の姉と兄の言い分を充分に理解した。しかし磨けば確実に輝く原石を、このまま流魂街に放置することはできない。
「じゃあさ、このままここでしばらく修行するってのはどうだい? ぼくもここに来るようにするから。一緒に頑張ろうじゃないの」
京楽は子ども好きな自身の親友を思い出し、次来る時は彼も連れてこようと頭の片隅で考えた。
* * *
瀞霊廷に帰還してすぐ、京楽は十三番隊へと向かった。自隊ではないが、慣れたように勝手に隊舎内を突き進み、ある部屋の前で止まった。
「浮竹、ちょっといいかい」
浮竹と呼ばれた白髪の男の左腕には、待雪草が描かれた副官章があった。京楽の親友である彼は真央霊術院時代に京楽とともに切磋琢磨し、同時期に十三番隊の副隊長になった男だ。
浮竹はどうせ今日も執務を放り出して来たんだろう、と思いながら仕事を怠けてばかりの自身の親友に苦笑した。
「どうしたんだい京楽。またさぼりかい?」
そんな浮竹の反応をものともせず、京楽はいつも通りの口調で言った。しかしその目はどこか鋭かった。
「ちょっと頼まれてくれるかい」
京楽のその目線だけで人の目がある場所で話す内容ではないことを察した浮竹は、筆を置いて自室へと向かった。
どうやら京楽は仕事をさぼってきたわけではないらしい。珍しいこともあるもんだ、と思うのと同時に、さぼりでもないのにわざわざ他隊まできて話したいことが気になった。
「で、どうしたんだい?」
「実はね……」
京楽は調査のことから美桜のこと、自身の見解全てを浮竹に告げ、都合の良いときに自分と共に美桜に会い、面倒を見てほしい旨を伝えた。
浮竹は二つ返事で引き受けた。
「他でもないお前の頼みだからな! 任せておけ。」
「悪いねぇ。今度奢るよ。」
「お、じゃあ鷹沢で頼む」
鷹沢というのは、清らかな日本酒と湯葉が美味い料理屋である。隊長格ですら頻繁に行くのを躊躇うほどお高いお店だ。
ちゃっかりしている親友に京楽は「あちゃー」と顔を手で押さえた。
* * *
その日、京楽は浮竹を連れて美桜のいる場所を訪れた。
京楽の霊力が近付いてきたことに気付いた美桜は自身の居住空間から飛び出し、いつもの場所へ向かった。
「お兄ちゃん……、」
京楽に駆け寄ろうとした美桜だったが、隣に知らない人がいることに気付き足を止める。
白い髪を首の後ろで一つに結んだ、優しそうな顔の男。京楽と同じ黒い死覇装を着ている。
美桜の宝石のような瞳でまっすぐ見つめられた浮竹は、目線を合わせるように膝を曲げた。
「はじめまして。俺は浮竹十四郎というんだ。君が美桜ちゃんかい?」
「こんにちは。お兄ちゃんがお兄ちゃんのお友だち……?」
美桜は首を傾げながら浮竹に問う。
「そうだよ。京楽のお友だちさ」
「じゃあお兄ちゃんも死神さんなの?」
「そうだよ。十三番隊の副隊長をやらせてもらっている。」
美桜には浮竹の言った十三番隊の副隊長というものが何なのかわからなかったが、よく遊びにきてくれる京楽の友だちなら悪い人ではない、と結論づけた。
「お兄ちゃんとお兄ちゃんだとどっちかわからないから、俺のことは四郎兄とでも呼んでくれないか。」
「お、じゃあぼくのことは春兄で。」
浮竹の提案に乗った京楽は、自身もあだ名で呼ぶように言う。
「春にぃ、四郎にぃ……。うん、わかった! よろしくね、春にぃ! 四郎にぃ!」
年相応の笑顔で美桜は答えた。
こうして、美桜が死神になるための修行が始まった。