虚化篇
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春。それは新生活が始まる季節。
特に今年の春は真央霊術院を卒業し、正式に死神となった。慣れない新生活で右に左にと大慌てである。
通常、死神は各隊にある寮で生活する。しかし真子と美桜はこの春から同棲を始めるため、寮ではなく異空間の家で暮らすことになっていた。
美桜は真子の荷物を次から次へと異空間へ放り込んだ。
綺麗好きな真子は元々物が少なく、掃除も大して時間かからずに終了した。放り込んだ荷物はあとで置きたい場所に出せばあっという間に引越し完了である。
荷物がなくなりガランとした部屋を見渡す。真子が美桜の部屋にくることが多かったため彼の部屋に行くことは少なかったが、それでもなんだか寂しかった。
「ここともお別れやなー」
「六年も住んでたもんね。やっぱり寂しい?」
「せやな。やけどこれから美桜と暮らすんやと思うと、どーでも良くなるわ」
「ふふっ」
確かにどんなに寂しくても、これからの生活が楽しみという気持ちが遥か上を行く。美桜は「それもそうだね」なんて笑ってから、真子とともに異空間に入った。
小さい時に美桜が暮らしていた家。今日からここで真子と暮らすことになる。
普段修行する空間とは違う空間にあるこの家には、数えられる人しか上がったことがない。本当に信頼している人だけ招いているのだ。
師である京楽と浮竹、そして真子とリサと拳西だけである。
白と紺色の四角い家。
広い玄関を入って廊下を歩いた先にあるリビングは吹き抜けになっており、大きな窓から陽の光が燦々と差し込んでいる。キッチンの横にはテーブルと椅子、そこから少し離れたダイニングにソファなどが置いてある。
廊下に戻って右手の扉を開ければ、脱衣所と風呂場がある。浴槽は室内の他に、美桜と芙蓉がこだわった露天風呂がある。今は春のため、満開の状態で時を止めた桜を見ながら入浴できるのだ。
もちろん、人の目など気にする必要もない。この空間には彼女の許可がない限り入れないのだから。
リビングの横にある階段から二階に行けば、美桜の寝室、いや "美桜と真子の寝室" と衣装部屋がある。自分で考えて恥ずかしくなった美桜は頬の熱を冷ますために手で仰いだ。
二階には他にもいくつか部屋があり、リサや拳西が来た時に使えるように客間となっている。
リビングの横には一番高くなった場所があり、座布団や机が置いてある。冬にはこの机が炬燵になるのである。ここはかつて真子と試験勉強をした場所である。
途中からそれどころではなくなったが、思えばあれが初めてのキスで、あのキスを境に関係が変わっていったのだ。
二人で家具の置く場所を話し合ったり、新しい家具を買いに行ったりして時間は過ぎていった。
* * *
その日の夜、引越し祝いという名の飲み会が始まった。そこにはリサと拳西だけでなく、京楽と浮竹の姿もあった。
「いやぁ〜やっぱ良いところだねぇここは」
持参した酒を飲み込んだ京楽が辺りを見回しながら言う。美しい景色を見ながら飲むことが大好きな彼は、季節が変わるたびにここで飲みたいなんて言いそうだ。
「美桜も同棲か……大きくなったな。」
「もう、四郎兄ってばいつも大きくなったなって言ってるよ?」
浮竹は美桜の指摘にあはは、と困ったように笑った。
「仕方ないだろう。俺たちにとってお前はいつまで経っても可愛い弟子なんだから。」
慈愛のこもった目で見つめられて嬉しくないわけがない。美桜は浮竹にそっと抱き着いた。師にとってはいつまでも弟子は弟子なのと同じで、弟子にとってはいつまでも師は師なのだ。特に美桜にとって、京楽と浮竹は親のようなものだった。
「いつもありがとう」
「急に改まってどうしたんだい?」
「なんか言いたくなっただけ!」
美桜は強めに言って照れ隠しをした。そんな彼女のことなんてお見通しな二人は優しく笑うのだ。
しばらくしてから京楽は今日一番の話題を始めた。
「で、リサちゃんはうちの隊だから良いとして、みんなは何番隊に入るんだい?」
「俺は九番隊だ。」
「五番隊。一応十二席や。」
「お、真子君はいきなり席官入りかい?」
そう、真子は入隊と同時に五番隊の十二席になるのだ。本当はもっと高い席次、八席が用意されていた。というのも真子は先日、ついに始解を会得した。しかしまだ使いこなせていないため八席を辞退したのだという。
本当は平隊員になるつもりだったようだが、そこは五番隊隊長に押し切られたらしい。
「で、美桜ちゃんは?」
皆の視線が美桜に集まり、彼女は居心地悪そうに身じろいだ。
美桜は目立つのが好きではないため本当は平隊員がよかったのだ。そんなこと言ったらリサに絶対怒られるため口には出さないが。
「鬼道衆の五席になります……」
「こりゃ出世したねぇ」
京楽は編笠を深く被り直したのは潤んだ目を隠すためだ。彼の初めて見る姿に美桜もつられて視界が滲み出す。
京楽に出会い、死神になろうと誘われてから二十年以上経った。あの小さかった彼女も成長して真央霊術院を無事卒業し、死神になる。
今、美桜がここにいるのは、間違いなく京楽のおかげなのだ。
溢れる想いのまま、美桜は京楽に抱き着いた。今も昔もしっかりと受け止めてくれる広い胸板。ずっと追いかけ続けてきた大きな背中。
美桜は京楽だけに聞こえるようにそっと呟いた。
「本当にありがとう」
京楽はそれまでの湿っぽさを吹き飛ばすように陽気な声で言った。
「さぁ、今日はとことん飲もうじゃないの!」
「今日は、やなくていつもやろ。」
リサの鋭いツッコミに皆で笑った。