過去篇
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そうして甘い思い出を残した試験が終わると、すぐに夏季休暇に入った。
流魂街で五年に一度行われる花火大会に行きたいと言った美桜の要望に応え、四人で一泊二日で流魂街に行くこととなった。
本気で瞬歩して移動すればそこまで時間はかからないが、急ぐ旅でもない。道中景色でも見ながらのんびり歩いて向かう予定だ。宿泊場所も美桜の異空間があるため何の問題もない。これ以上ないほど安全な宿である。
「ベッドはあるんか?」
「あるよ、人数分! 布団も用意してあるし!」
「荷物いらんな。」
食料や着替えなどの荷物も全て異空間に放り込んでしまえば自分たちで持つ必要がない。本当に身ひとつで旅行に行くことが出来る。どこまでも便利な能力である。
リサと部屋を出た美桜は待ち合わせ場所である真央霊術院の門の前に向かう。
そこには既に四つの人影があった。真子と拳西の他に、小さいそれが二つ見える。
「どこ行くねんって聞いてんねんハゲコラッ!!」
「しゃーからお前には関係ない言うとるやんかっ!!」
「けんせーどこ行くのー! 白も一緒に行きたいー!!」
聞こえてきた声に、美桜とリサは顔を見合わせてため息をついた。
「知られたんか。」
「みたいだね」
真子と拳西はこの話が出た時、互いの幼馴染に知られると絶対うるさいから、と内緒で行こうとしていたのだ。大方準備していたところを見られて、どこか行くことを知られてしまったのだろう。
美桜とリサが来たことに気付いた真子と拳西は、ばつが悪そうな顔をした。
「すまん、知られてもうた。」
「準備してたらこいつが部屋に突撃してきたんだよ」
そう言って白の頭を鷲掴みする拳西の顔には青筋が立てられている。
リサにとっては、経緯などどうでもいい。連れて行くのか、行かないのか。ただそれだけだ。
「で、どーすんのや。連れて行くんか?」
「あほ。んなわけないやろ。」
「あ"あ"ん?? ウチら置いて行くんか?? 幼馴染おいて自分は恋人と逢引きかいな!!」
「白も一緒に行くー!! 連れていってくれなきゃこのままここでけんせーが帰ってくるまで待ってるー!!」
どこまでも追いかけてきそうなひよ里と、拳西が帰ってくるまでここで駄々こねて待ってそうな白。真子と拳西が深いため息を吐いた。
仮に連れて行くとすると、二人だけ野宿というわけにもいかない。つまり彼らも異空間に泊まることとなる。そうすれば多少なりとも美桜の能力が二人にも伝わってしまうことになるだろう。
いくら真子と拳西の幼馴染だとはいえ、出会って間もない二人に能力を明かすのは抵抗があった。
( でもこのままここにいられても…… )
仕方ない。そう思った美桜はこの場を収めるために口を開こうとした。
しかし、美桜が考えていることを察した三人が止めた。
「美桜、あかんで。」
「これはこいつらの我儘だ。お前が不利益を被る必要はねぇ。」
「せやで。やからさっさとどうにかし。」
「……ん、ありがとう」
その言葉に頷いた真子と拳西は未だギャーギャー喚いている互いの幼馴染に向き合った。
「しゃーから戻り。」
いつもとは違う、真剣な顔の真子に驚くひよ里だがすぐに揶揄うように言った。
「なんや。やっぱ置いて行くんか?」
「せや。こればかりは譲れんで。こっちにも事情があるんや。」
否定の言葉が出てくると思っていたひよ里はするりと肯定されて面を食らうも、渋々と言った様子で頷いた。
「土産買ってきたるわ」
真子は寮に戻るひよ里を見届けた。
拳西の方も話がついたようである。
ようやく出発となった四人はなぜか既に疲労感があるものの、足取り軽く歩き出した。
舗装されているわけではないが、多くの人が行き来して踏み固められた土の道を歩く。普段霊術院に篭って勉学に励む彼らは大自然の中を歩くだけで気分が洗われるようだった。
途中にあった湖で誰が一番水切りできる回数が多いか競ったり、瞬歩を使わずに川を飛び越えようとして美桜が川に落ちたり、拳西が身体能力だけで熊と殴り合うのを応援したりと、非常に濃い時間を過ごした。
そうして祭り会場が近くなってきた時、美桜たちは支度をするために異空間に入った。
真子は何度も行ったことのある美桜の家。使われていなかった二階を部屋を客間に改造し、今では何人か寝泊まりできるようになっている。
「リサ、髪結んであげる」
「お、ええんか?」
「うん。どんな感じがいい?」
「アップがええな。」
鏡台の前にリサを座らせて美桜はその後ろに立った。リサの黒い髪は手入れをせずとも真っ直ぐ伸びている。美桜は慣れたようにシニヨンを作り、それを大きめのバレッタで留めた。
美桜はゆるく編んだ三つ編みでハーフアップを作り、浴衣と色のトーンを合わせた髪飾りをつけた。白地に紫で描かれた百合が彼女の雰囲気によく合っている。
そうしてカランコロン音をたてながら真子の元に行くのだ。
紺色の浴衣を身に纏って美桜たちを待っていた真子は彼女から目が離せなくなっていた。
どんな人混みの中にいても彼女だけは見つけられる気がする。そんな謎の自信が湧いてくるほど彼女は輝いて見えた。
「……よぉ似合っとる」
「ふふ、ありがとう。真子君もかっこいい」
初々しく互いに褒め合って、目を合わせてから手を繋ぐ。
そんな二人をすぐ近くで見守るリサと拳西は、親友と呼べる友が幸せそうに笑っていることがまるで自分のことのように嬉しかった。そして歩き出した二人の保護者とばかりに、二人のデートの様子を後ろからそっと見守るのだ。
日が暮れて暗くなってきたが、会場は櫓が組まれ、そこから四方に伸びる提灯のおかげで随分明るかった。
ズラリと並んだ屋台と客寄せのため声を張り上げる者。りんご飴を分け合うカップルに、人々の隙間を縫うように走る子どもたち。
ここは流魂街の中でも治安がいい地区に入るが、それでも犯罪がゼロというわけではない。死神ならば最低限身を守れるため鬼道を使うことに心は痛まないが、霊力のない民は別である。
美桜は力が弱いため、押さえ込まれたら動けなくなるだろう。そして優しい彼女は本当に危険な時以外、無力な民に向かって鬼道を打たないだろう。それがよくわかっている真子は美桜と逸れまいと握る手に力を入れた。
「なんか食うか?」
「焼きとうもろこし食べたい!」
「ぶっ、最初からがっつりいくんやな。まぁええけど。」
「だってさっきからすごい良い匂いするんだもん」
醤油ベースのタレが焦げた良い匂いがそこらじゅうに広がっているのだ。大口開けてかぶりつく若者を見たらもうダメだった。
「熱いから気ぃつけて食べや。」
「ありがとう!」
美桜の中では大口開けて齧り付いた気だったが、実際はほんの少ししか口に入らなかった。代わりに口の周りがタレで汚れただけだった。
「全然食べれてないやん!」
「すっげー口開けてこれだけかよ!」
四人でゲラゲラ笑い、また次の屋台で向かう。
その後も焼きそばを食べた真子の歯に青のりがついて取れなくなったり、じゃがバターを食べてリサが舌を火傷したり、拳西が射的で取った景品を近くの子どもにあげているのを揶揄ったりしながら時間は過ぎていった。