過去篇
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進級してから数ヶ月。
美桜には最近悩んでいることがあった。それは、今この瞬間も目の前で行われているやりとりである。
「よぉ真子!! 今日もぺったんこで踏みやすい顔しとるなぁ!!!」
「やめぇやひよ里!!!」
真子の幼馴染であるひよ里が真央霊術院に入学してから毎日この有り様である。二人を見ているとなんだかモヤモヤするのだ。
美桜自身、あの初めて見かけた日から今日までの一年で、真子の様々な顔を見てきた。嬉しそうな顔、怒った顔、心配している顔、悪戯っ子のような顔、そして幸せそうに笑う顔。
しかし真子がひよ里といるときの顔は、自分が今まで見てきたどの顔にも当てはまらなかった。
それがわかったあの日から、美桜は心の奥に澱んだ黒い感情が溜まっていくのがわかった。
好きだからこそ、自分の知らない顔を他の人に見せないでほしい。そんな独占欲が、美桜の心を覆い尽くしていた。
「なんやとこのチビ!!」
ハゲと言われた真子がひよ里の頬を容赦なく抓った。そのムキになった表情は、彼が彼女にだけしか見せないもの。
毎日少しずつ溜まっていた黒い感情が溢れ出しそうだった。
「「「ーーーッ!!!」」」
その瞬間、美桜の霊力が大きく揺れた。
彼女は膨大な霊力を持っているため霊力操作が非常に上手かった。眠っている時だけでなく、驚いても揺らぐことなく常に一定だった。それが真子たちが思わず手を止めてしまうほど大きく揺れたのだ。
ここにいては暴走してしまう。本能的にそう思った美桜は教室を飛び出した。
「美桜!!」
すぐに追いかけようとしたリサの肩を拳西が掴んで止めた。
止められたリサは拳西に文句を言おうとしたが、それより先に拳西が止めた理由を言った。
「真子が行った。」
「……。ならウチの出番はなしや。」
真子に置いて行かれたひよ里は「なんやあいつ」と文句を言いながら二人が出て行った扉を睨んでいた。
美桜は走った。早くどこか人のいない場所に行かなければならない。その一心だった。
慣れとは恐ろしいもので、気付けば寮の自室の前に来ていた。自室の扉を異空間に繋げて身体を滑り込ませる。入り口を閉じて一息ついたとき、名前を呼ばれてハッと顔を上げた。
「美桜、」
美桜を追いかけてきた真子は扉が閉まる寸前で身体を滑り込ませたのだ。
彼が追いかけてきていたことにすら気付かなかったという事実が、美桜をさらに打ちのめした。
「……なんでここに? ひよ里ちゃんは?」
美桜からひよ里の名が出てきたことに、真子は顔を歪める。
「今ひよ里はどうでもええねん。」
「でも大事な幼馴染なんでしょ? 構ってあげなくていいの?」
口から言いたくないことばかり飛び出す。本当は真子が追いかけてきてくれたことが嬉しくて堪らないのに。安心させるように、前みたいにギュッと強く抱きしめて欲しいのに。
そんなことを思えば思うほど、真子とひよ里の戯れ合いが瞼の裏に浮かぶ。また揺れた霊力を感じて、美桜は真子に背を向けた。
「私今霊力が不安定なの。いつもみたいに冷静で居られないの。だから、ちょっと一人にし……」
「あかんわ。」
真子は全て聞く前に否定した。そして背を向けたままの彼女をその腕の中に入れた。
「俺には"一人にしないで"って聞こえるで。」
「ーーッ!」
「いつも完璧に制御できとる霊力が制御しきれんくなったんは、俺のせいやと思っとる。ちゃうか?」
そんなこと美桜が一番わかっている。真子のことを考えると冷静でいられないのだ。笑いかけられただけで心臓が跳ねるし、講義中も何かにつけてそちらを見てしまう。その度に「前向け、前。」と口の動きで言われるのが楽しくて、また見てしまう。
「一回しか言わんからよぉく聞いとき。」
真子は大きく深呼吸をした。美桜を抱き締めているからか、彼女の使うシャンプーの香りが鼻腔いっぱいに広がる。自分の心臓が破裂してしまいそうな程激しく脈打つのを感じながら、口を開いた。
「……美桜、好きや。」
真子の口から飛び出した予想していなかった言葉に、美桜は振り返り、正面から真子を見た。
そこには見たこともないくらい赤く色付いた真子の顔があった。しかしその目は今まで見たどんな目よりも優しく、それでいて真剣だった。
「美桜の頑張り屋さんなところも、自分の弱さを見せへんとこも、助けが欲しい時に俺の名前を真っ先に呼ぶとこも。……笑った顔、嬉しそうな顔、怒った顔、心配そうに眉毛垂らしながらこっち見とる顔。美桜のいろんな表情を、俺に一番近くで見せてくれへん?」
美桜の視界が涙でぼやけていく。
「ねぇ。もう一回言って?」
「あほ。一回しか言わんゆうたやろ。」
恥ずかしがって目を逸らす真子の顔を覗き込んだ美桜は、胡桃染色の目を見て自分の想いを伝えた。
「私も真子君のことが好き。真子君の強くなろうと頑張ってるところも、自分の弱いところ隠して平気そうに繕ってるところも、助けて欲しい時に真っ先に私の所にきて力強く抱き締めてくれるところも。……真子君の、笑った顔、嬉しい顔、怒った顔、呆れた顔、私のことが好きっていう顔も。全部一番近くで見ていいかな?」
真子はたまらず美桜をギュッと抱き締めた。
「あほ。当たり前やボケェ。」
美桜は笑いながら真子の背中に腕を回す。
「ねぇ、もう一回言って?」
「あほ。一度しか言わん言うたやろ。」
美桜は真子の頬に手を当ててこちらを向かせた。そして彼の額に自身のそれをくっつけながら囁いた。
「私は何回でも言うよ? 真子君、好きだよ。」
「……あほ。俺の方が好きやわ。」
美桜は幸せそうに笑いながら、真子に抱きついた。
その後、仲良く手を繋いで教室に戻った二人は、リサと拳西から散々揶揄われたのだが、それはまた別の話。