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朝晩の冷え込みが落ち着き、春の訪れを感じる頃。
護廷十三隊五番隊隊長 平子真子は、やっても減らない書類に嫌気がさしていた。
昼の休憩を終えて早二時間。そろそろ集中力が切れてくる頃だ。それまで真子にしては真面目に机に向かっていたが、遂に我慢の限界が来た。
「ああ〜〜もうあかん!こんなんやってられんわ!休憩や休憩!!」
大きな声で独り言を言ってから筆をおき、伸びをする。
茶でも飲もうかと思った真子だったが、雛森が他隊に書類を届けに行っているため不在なことに気付き、諦めのため息を吐いた。どうやら自分で淹れてまで飲もうとは思わないらしい。
そうなればここにいる必要はない。
真子は今がチャンスとばかりに、最近発売されたジャズを口遊みながら隊首室を抜け出した。
「お疲れ様です、平子隊長」
「おん、おつかれ」
「お疲れ様です、どちらに行かれるのですか?」
「見回りや、見回り!」
「....それはサボりなのでは...」
廊下ですれ違った隊士が何か言いかけたのを、鋭い眼でチラリと見て黙らせる。
初春の日差しを受けてさらに輝く金の髪を靡かせ、真子は瀞霊廷をあてもなくぶらぶらと歩く。両手を袖にしまいこみ、猫背で歩くその姿は、百余年経っても変わらぬものがあった。
そうして歩いているうちに、真子は何人か隊長格の霊圧が集まっているのがわかった。
「(お、これはええとこに)」
屋根の上で集まる人影。真子はそこに足を進めた。
「こないなとこでサボりかいな。」
「お。平子クンじゃないの。」
「あたしたちはサボってるんじゃないですよ〜。情報交換ですよ、じょ・う・ほ・う♡」
「お疲れさまです、平子隊長。」
京楽と乱菊は、真子に気付くなり「こっちにおいで」というように手招きする。檜佐木は困ったように少し眉を下げながら、真子に会釈した。
大方京楽と乱菊がサボっており、そこに偶然通りかかった檜佐木が捕まったのだろう。その証拠に、檜佐木の手には配りかけと思われる瀞霊廷通信があった。それぞれの隊に編集長自ら配っていたのだろうか。
「平子隊長こそどうしたんですか、こんなところに。」
檜佐木にまともな質問に、真子は頭をかきながら先程と同じ言葉を繰り返す。
「見回りや、見回り!サボってるんじゃありませぇん」
「あ、平子隊長もサボりですかー?ちょうどよかった!平子隊長も今日の飲み会行きましょーよー!」
「いや、サボりちゃう言うてるやん」
「さっき決まったばっかなんですよ〜」
「俺の話聞いとる....?」
先程情報交換と言っていたのを忘れたのか、乱菊は平然と飲み会に誘う。
流石の真子も乱菊の勢いには付いていけないようだ。白とは違った扱いにくさがある。
真子は少し考えた後、了承の意を返した。
「たまには若い子の集まりにも顔出しとかんとなぁ。」
「じゃあ、ぜひ美桜さんも呼んでくださいね!!あたし美桜さんと平子隊長の恋愛話聞きたいんです〜!!」
乱菊は楽しみで仕方ないというようにその大きな胸を揺らしながら言った。
「聞かせるものなんてなんも....ッ!」
その時、真子と乱菊は背中に何か冷たいものが走った。それを裏付けるように、いつもより低い部下と上司の声が聞こえた。
「たーいーちょー」
「まーつーもーとー」
「げ、桃....」
「げ、たいちょ....」
真子と乱菊が振り向けば、雛森と日番谷の姿。雛森は他隊から戻って来た帰りで、日番谷はサボっている副官を連れ戻しに来たのだろう。
明らかに怒っている雛森を見た真子は、雛森とその先に待つ書類から逃げようとした。しかし、雛森の後ろの人影を見て咄嗟に足をとめた。
「今日という今日は書類やってもらいますからね!!そのためにわざわざ七番隊寄って涼森隊長に来ていただいたんですからっ!!」
雛森は、自分が不在のときの真子が真面目に執務をしないことを見越して、七番隊に寄って美桜を連れてきたのだという。雛森の予想は見事的中し、この状況というわけだ。
「ふふふっ....まったくもう、仕方ない人ね」
美桜は、悪戯が見つかった子どものように目を逸らす真子を見て笑った。それは呆れを含んだものではなく、子どもの成長を寂しくも嬉しく思う親のような、そんな声色だった。
書類仕事をするのは好きではないと知っていたが、副官がいない間に抜け出すほど好きではないらしい。美桜にはそんな姿も新鮮に感じた。
しかし、このままでは雛森も困ってしまう。だからといって真子に戻るよう伝えても、戻りはするがこの後の執務は捗らないだろう。何か真子のやる気が出るようなことはないか。
美桜がそう考えた時、あることを思い出した。
ーーーこれしかない。そう思った。
「そんな真子に、早く書類を終わらせたくなることを教えてあげる。」
「?なんやそれ。」
書類を早く終わらせたくなること??そんなことがあるのか。
真子だけでなく、なりゆきを見守っていた五人も首を傾げる。
美桜は真子の隣にくると、少し背伸びをして金色の髪を耳にかけた。そして現れた形の良い耳に顔を近付けてそっと囁いた。
「私、今日"紐"なの」
ーーー「わたし、きょう"ひも"なの」
その言葉が何を意味するのか理解した瞬間、真子は今すぐ全力で書類を片付けたくなった。
「よし、帰るで桃。」
「えぇっ!?」
「すまん乱菊チャン。今日都合悪なったわ。」
それだけ言って瞬歩で消えた真子。
美桜を呼んできた雛森でさえ、真子の切り替えの早さに驚きを隠せなかったが、一拍後慌てて真子を追いかけていった。
「ちょ、平子たいちょー??....一体何だったのかしら」
残された乱菊たちは呆気に取られたまま真子が消えた方向を見ることしかできなかった。
美桜は慌てて執務に戻った真子にくすくす笑うと、今夜の自分の身が心配になった。
「(明日来れるかな....)」
抱き潰される未来が容易に想像できるが、もしそうなれば時間回帰で回復すれば良い。
美桜は視界の端でビクリと身体を震わせた日番谷に向かって、人差し指を立てた。
「日番谷隊長、ナイショですからね?」
「....。」
日番谷は赤くなった顔を隠すように俯いた。どうやら、一番近くにいた日番谷には聞こえていたようだ。
「ふふっ、じゃあ私はこれで」
初な日番谷の反応に満足した美桜は軽く手を振ってその場から瞬歩で消えていった。
「えぇ!?なに!?隊長!!なんて言ったんですか!?」
乱菊は気になって仕方がないという様子で日番谷に詰め寄る。
「うるせぇ!良いから戻るぞ松本っ!!」
言えるはずがなかった。
涼森の今日の下着は"紐"である、など。誰が同僚の下着事情など知りたいか。日番谷は次美桜に会ったときにどんな顔をすればいいかわからなかった。
「じゃあぼくらもそろそろ戻るとしますかぁ」
「....そうっすね」
置いていかれた京楽と檜佐木は、雲ひとつない空を見上げた。
今日も一日頑張るか。