過去篇
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依然として朝晩の冷え込みは厳しいものの、日中の陽射しに春を感じるようになった頃。
美桜は教室にて、珍しく興奮気味に三人に話しかけた。
「最近できた茶屋に行きたいの!」
「あたしは興味ない。」
「俺も。」
速攻でリサと拳西に断られた美桜はわかりやすく肩を落とした。だが次の瞬間には目を光らせて真子を見上げていた。
リサと拳西に断られた今、美桜には真子しか残っていないのである。友だちが少ない美桜にこの三人以外と行くという選択肢はない。かといって一人で行く勇気もない。
「う、、、」
真子は言葉を詰まらせた。彼はあまり甘いものが得意ではなかった。が、美桜の、好きな相手の目に勝てるはずなかった。
「……甘くないもんもあるんか?」
「あるよ!!」
「しゃーないなぁ。俺が一緒に行ったる。」
美桜はパァッと顔を輝かせた。その顔を見た真子は自分より幾分か低い位置にある頭を撫でる。最近美桜の頭をよく撫でていることに真子は気付かない。
「真子君! ありがとう!!!」
「じゃあ次のお休みはどう??」と早速予定を立て始める美桜と真子を横目に、リサと拳西は顔を近づけた。
「逢引きってやつやない?」
「さっさとくっつけっての!」
どう考えても互いのことを好いているのがわかるだけあって、二人はその進展をヤキモキしながら見守っていた。甘酸っぱい恋模様を近くで見させられるこちらの身にもなれ、と。
だが、二人は知らない。
この後ようやくくっついた真子と美桜が、何百年経っても甘酸っぱいどころか渋い茶が恋しくなるほど甘いということを。
* * *
茶屋に行く日、美桜は箪笥からお気に入りの着物を引っ張り出した。京楽と浮竹からもらった見事な一張羅である。
白地に薄紫色で睡蓮が描かれた着物に濃い紫色の帯を合わせ、紺色の外套を羽織る。鏡で確かめた後、財布を入れた籠巾着を持って寮を出た。
待ち合わせ場所である真央霊術院の門まで行くと、そこには既に人影があった。
紺色の着物に薄い金色の帯を合わせ、黒い外套を羽織った真子は、普段とは違う美桜の姿に心臓がうるさくなったのがわかった。
「おはよーさん、美桜」
「おはよう、真子君」
真子を上から下まで見た美桜が嬉しそうに言う。
「真子君いつもよりかっこよくて、なんだか調子狂っちゃうなぁ。その格好すごい似合ってるね!」
素直に正面から褒められた真子は、思わぬ打撃に赤くなった顔を右手で隠した。そして照れながら美桜を褒める。
「美桜もよぉ似合っとるで。かわええな。」
美桜も恥ずかしかったのか、顔を赤くして微笑んだ。
「ありがとう。じゃあいこっか。」
そう言って二人は茶屋へと歩き出した。
「んーーー!!!おいしー!!!!」
口いっぱいにあんこと白玉を詰め込み、幸せそうな顔で美桜はあんみつを食べていた。
美桜の正面に座った真子は、わらび餅を食べながらその顔を見つめる。
「ほんま美味しそうに食べるなぁ」
美桜は真子の食べるわらび餅を見た後、何かをねだるように真子をキラキラとした目で見た。
その仕草で何を求められているかわかってしまった真子は自身のレンゲにわらび餅を乗せ、美桜の口に近付けた。
「え、いいの?」と自分から強請ったくせに驚いたように確認する彼女に真子は笑いながら「食べたいんやろ?」と言う。
「んーーー!!! これもおいしい!!!」
両手で頬をおさえ、幸せそうな顔で食べている。
真子はその顔を頬杖をついて眺めた。こんな美味しそうに食べてくれるなら、甘いものが苦手だが一緒に来てよかったと、そう思ってしまうのは単純すぎるだろうか。
美桜はわらび餅を堪能した後、自分のレンゲに食べていたあんみつを乗せ、真子の方へ差し出した。
「はい、あーん」
まさか自分にもやってくれると思わなかった真子は目を見開いた後、少し恥ずかしそうに口を開いてレンゲを受け入れた。
それは、今まで食べたどんなものよりも甘く感じた。
茶屋を出ると、冬に戻ったような冷たい風が通り過ぎた。縮こまり、冷えて赤くなった指先に吐息を吹きかけ暖めようとする美桜に、真子は左手を差し出した。
「俺が包んだる。そしたら寒ないやろ。」
美桜は恥ずかしそうに、しかし嬉しそうに笑い、自身の右手を重ねた。
「うん!!!」
彼の細長く骨張った指に、筋が出ている手の甲。それにすっぽりと包まれる己の小さな白い手。
美桜はこの胸の高鳴りが何であるか、心のどこかで気付いていた。
( 真子君とだけ。真子君の顔を見ると嬉しくて、胸の辺りがぎゅーってなって、ずっと一緒にいたいなって。……これが"好き"ってことなのかな… )
"好き"
その言葉が心をよぎったとき、ストンと何かが落ちた音がした。
( そっか。私、真子君のこと"好き"なんだ )
気付いた美桜は顔を真っ赤にした。隣を見れる気がしなかった。きっと今の美桜の顔にはその二文字が書いてあるだろう。
美桜はそっと繋がれた右手を見た。この想いが自身の右手から真子に伝わってしまいそうな気がして少し不安になった。でも、それでも良いと思えた。
( 真子君も、同じ気持ちならいいな…… )
彼に恋したと気付いた瞬間に、毎日の何気ないことが全て輝いて見えるのはなぜだろうか。
明日からの講義も、向かい合わせで食べる食事も、特訓で刃を交えることも、全て。これから始まる毎日が楽しみで仕方がない。
美桜の細く白い手を包むように握る、見慣れた自身の左手。真子は寒さで赤くなった彼女の指先を暖めるように指で摩った。
真子は自分の想いを美桜に告げる気はなかった。真央霊術院には死神になるためにきているのだ。恋をするためではない。
初めはそう思っていたが、最近の美桜の態度を見て真逆のことを思うようになっていた。
絶対彼女は己のことが好きだ。
そう確信してしまったのだ。
きっかけはいくつもあった。
笹木が美桜の部屋で待ち伏せしていたとき、彼女が呼んだ名は入学時から共にいるリサでも、見た目からして頼りになる拳西でもなく、真子のものだった。
休暇から帰ってきた時も彼女には真子しか見えていないようだったし、どこか一線を引いて近寄らせないようにしている彼女にしては真子に対してだけ距離が近い。
( あかん。やっぱ好きやわ。 )
己の気持ちを再度認識すれば、この恋が急激に加速した。
隣を盗み見れば顔を真っ赤にして視線を彷徨わせている。おそらく彼女は今気付いたばかりだろう。対して真子は数ヶ月前から自分の気持ちに気付いていた。
恋愛というものは互いに同じくらいの熱量を持っていないと上手くいかないものである。
真子はこの気持ちに彼女が追いつくまで待つことを決めた。
( やけど俺、待つのあんま得意じゃないねん。 )
そう思いながら、真子は美桜の歩幅に合わせて歩いた。