過去篇
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ーーーーーー250年前 東流魂街
着崩された黒い死覇装。
肩より長い茶色のうねった髪。それを束ねる女物の簪。
左腕には極楽鳥花が描かれた副官章。
腰には長さの異なる二本の斬魄刀。
男、京楽春水は、流魂街にて虚が消滅する現象の調査に来ていた。
虚を倒すために死神を派遣し、その結果虚が消滅しているのではない。死神を派遣していないにも関わらず、虚が消滅しているのだという。
同じようなことが何度も続いたため調べたところ、ある地区の虚の発生回数が異常に高いことがわかった。その場所は虚が勝手に消滅する場所でもあったのだ。ここまでくればそこに何かがあると馬鹿でもわかる。
これまでに討伐された虚の種類や数からただの死神はおろか、上位席官ですら対処が難しいとして、副隊長の京楽に指令が下った。
「…まいったねぇ、どうも」
気だるげに歩きながら呟くも、頭の中では絶えず様々な考えが巡っていた。
踏み固められただけの土の道を歩き、流魂街の住民の物珍しげな視線を感じながら、発生場所付近に到着した。
京楽は先程から感じる大きな霊力の方へと歩みを進めた。随分と大きい霊力だ。只者ではない。だが嫌な感じは全くなかった。柔らかな午後の陽射しのような、そんな暖かささえ感じる霊力だ。
それでも京楽が辺りを警戒しながら森を歩いていると、開けた場所に出た。
目に入ったのは碧く透き通った湖。風が凪いでいるため水面に辺りの木々が反射して大変美しい。見ているだけで心が浄化されていくような、そんな碧い湖だった。
あまりの美しさにこの場所に来た目的を忘れ掛けていた京楽は、湖畔に先程感じた霊力の持ち主がいることに気付いて我に帰った。
霊力を完全に消した京楽に気付くことなく、鼻唄を歌いながら草を摘んでいる。柔らかな金色の髪に小洒落た着物をまとったその少女は、人間でいう十歳程の身長しかない。しかし、京楽の感知能力がその身に宿る年齢不相応な霊力を感知している。
己の霊力に身体の成長と制御が追いついていないのだろう。不安定に揺れる霊力は彼女が身じろぐたびに少しずつ漏れていた。
京楽はその少女へゆっくりと近付いた。怖がらせることのないよう、あえて足音も気配も、霊力すら完全に制限せず、威圧感を与えない程度に解放する。
少女はすぐに京楽に気付いたようで、草を摘む手を止めて不思議そうな顔で京楽を見ている。
京楽は優しい声色で少女に話しかけた。
「お嬢ちゃん、ちょっといいかい」
「お兄ちゃん、だれ…?」
おじさんではなくお兄ちゃんと呼ばれたことに機嫌を良くした京楽は、少女の垂れ気味な薄紫色の目と目を合わせるように膝を曲げた。
「ぼくは京楽春水。死神をしているんだ。今日はある調査に来たんだけど、君の名前を聞いてもいいかな?」
「みお。」
「みおちゃんか。かわいい名前だね。見たところ一人のようだけど、ここで暮らしているのかい?」
「ううん。ここではくらしてないけど、お姉ちゃんとお兄ちゃんといっしょにいるの」
「そうなのか。そのお姉ちゃんかお兄ちゃんに事情を聞かせてもらいたいんだけど、会わせてもらえたりしないかな」
美桜は首を振る。
「お姉ちゃんとお兄ちゃんはわたしの中にいるの。だからお兄ちゃんは会えないよ」
京楽はその言葉に引っ掛かりを感じたが、話の通じそうな姉と兄に会えないのなら仕方がない。とりあえず目の前の少女から情報を集めることにした。
「そっか。最近ここいらで虚を見なかったかい?」
「ホロウ?」
「白い仮面をつけた大きいバケモノのことだよ」
思い当たる節があったのか、美桜は頷いた。
「いっぱいいるよ。最近ふえてきたの。」
「そのバケモノはどうしてるんだい?」
「わたしがたおしてる。」
心のどこかでその答えを予想してはいたが、実際に突き付けられると「この年端もいかない少女が虚を倒すことが出来るわけがない」と心が勝手に否定してしまう。
この場所の虚の発生回数が異常なのは、間違いなくこの少女のせいだ。霊力があるだけで空腹を感じ、虚に狙われて時には喰われることもある流魂街では、霊力のある者は嫌われることも多い。霊力のない者からすれば、その者のせいで虚がやってきて無差別に喰らっていくのだ。だがそんな虚から流魂街の民を守っているのが、彼らが嫌う霊力のある者、つまり死神なのだからどうしようもない。
彼女の強大な霊力は虚にとってご馳走だろう。この地区の虚の発生回数にも納得がいく。
だが、強大な霊力そのものは虚を呼び寄せるだけで、倒すことはできないのだ。
見たところ美桜は武器になりそうなものは持っていない。だからこそ不思議だった。
「どうやって倒しているんだい?」
「お姉ちゃんとお兄ちゃんがおしえてくれたやり方でたおしてるの」
目の前の少女の拙い言葉では得られる情報に限界がある。百聞は一見にしかず。そう思った京楽は一層優しい声で問いかけた。
「そのやり方をぼくに見せてくれないかい?」
「いいよ。こうやってやるの」
すると美桜は、湖に向かって左手を前に出し、右手を左腕にあてて支えにした。
その構えにあまりにも見覚えがあった京楽は数瞬先の未来を予想するも、まさか、と自身でその考えを否定した。
「は道の三十一、赤火ほう」
拙い口上とともに一瞬で生成された赤く渦巻く霊力が発射され、水面にぶつかって破裂する。目が眩むような赤い光が辺りを包み込んだ。
自身が予想した、しかし同時に否定した未来を目の前で見せられた京楽は、言葉を失いただ目を見開くことしかできなかった。
彼女は小さく、とても真央霊術院に通っているような年齢ではない。
そもそも鬼道というものは真央霊術院で学び、繰り返し練習することで放つことの出来るものである。その詠唱を唱えても本来の威力を発揮できないことも少なくない。
加えて詠唱破棄は、詠唱する場合に比べて威力が格段に落ちる。それでも瞬きよりも短い刹那で命運が分かれる戦闘中に、長い詠唱を唱えることなく鬼道を発動することが出来るのは非常に大きな利点である。
詠唱破棄は真央霊術院の院生ですら出来る者は一握りであり、院生で詠唱破棄が可能な者は護廷十三隊にその名が聞こえてくるほど有名になる。詠唱破棄というものはそれほど高度な技なのだ。
美桜は詠唱をしなかった。
にも関わらず、この威力。
「この前できるようになったの」
美桜は心なしか嬉しそうに京楽を見た。彼女の姉と兄は詠唱破棄が出来るようになった時、自分のことのように喜んでくれたのだ。だから彼も喜んでくれると思った美桜は、想像していた反応が得られずに首を傾げた。
「……まいったねぇ、どうも」
京楽は自らの頭を困ったように撫でながらそう呟く。
「これもお姉ちゃんとお兄ちゃんに教えてもらったのかい?」
鬼道はとてもではないが独学で出来るようなものではない。京楽は、先程の会話で登場した"姉と兄"に教わったのだろうとあたりをつけた。
「これはお兄ちゃんが持ってきた本にあったの。それをいっしょに勉強したの」
「その本を僕にも見せてくれないかい?」
「いいけど、大事なものだからちょっとだけだよ…?」
渋る美桜を見た京楽は安心させるように微笑んだ。
「うんうん。大丈夫だよ。大切に扱うから」
その答えに満足した美桜は、突然何もない空中に向かって右手を入れた。
何かに右手を入れているのはわかるが、手首から先はそこにはない。まるで透明な入れ物に手を入れているかのようだった。
京楽はその様子を見て目を見開いた。自分の知る限り、そのような鬼道は存在しない。詠唱もしていないことから、鬼道ではないのかもしれない。では一体何だ。京楽の疑問に答えてくれる人はいなかった。
美桜は、そのまま探すように少し右手を動かした後、お目当てのものが見つかったのか顔をパッときらめかせた。
「あった! これ!」
何もないところから出てきたその本は、真央霊術院で使用する鬼道の教科書だった。よく使い込まれているのか、紙は黄ばんでおり、ところどころ汚れている。
この教科書は、当然ながら真央霊術院でしか手に入れることができない。考えられる可能性としては、兄と姉のどちらかが死神または霊術院生で、役目を終えた教科書を美桜に与えたということ。
「これは一体どこでもらったのかな」
「お兄ちゃんがもってきたの」
「そのお兄ちゃんってのは、死神かい?」
「ううん。お兄ちゃんはわたしの中にいるから死神じゃないよ」
まただ。"わたしの中にいる"と言っている。自らの中にいる別の人物。京楽には一つしか思い当たらなかった。
「君は、斬魄刀を持っているのかい?」
美桜は首を傾げた。
「ざんぱくとう…?」
京楽は自らの斬魄刀を見せながら言った。
「ぼくのこれと同じような刀のことだよ」
「んー、よくわかんない。」
斬魄刀が刀を持たずとも自らの主に話しかけることがあるのだろうか。斬魄刀は死神が浅打を通じて対話し、その名を唱えることで始解をし、そこで初めてその能力を使うことができる。
先程美桜が何もない空間から教科書を取り出したのが斬魄刀の能力であった場合、その斬魄刀は刀がなくても美桜に話しかけ、能力を使わせているということになる。そんな斬魄刀が存在するのだろうか。
気になる点は尽きないものの、陽も暮れてきた。今日はここまでにしようと京楽は立ち上がった。
「そっか。いっぱい聞かせてくれてありがとう。大事な本は返すね。」
そう言って教科書を美桜に返すと、美桜はまた何もない空中に手を入れた。次の瞬間、その手に教科書はなかった。
それを見た京楽は目を細める。
( これは… )
京楽は服についた汚れを手で軽く払うと、美桜に問いかけた。
「次はいつここにくるのかな。」
まだ彼女には聞きたいことが山程ある。任務の目的であった虚が消える原因は判明したが、これで終わりにするには目の前の少女はあまりにも優秀だった。可能ならば死神として育てたい。そんな想いが京楽の中に芽生えた。
美桜は少し考えるような素振りを見せてから口を開いた。
「いつ来るかはわかんない。でもお兄ちゃんの感じがしたら来るね」
京楽はどこか予想していた答えに驚くことなく小さく息を吐いた。
「そっか。じゃあぼくの都合がいいときにまた来ることにするよ。その時は美味しいお菓子を持ってくるから、一緒にお茶してくれると嬉しいな」
そろそろ戻ろうか、と思った京楽だったが、ふとあることに気付く。
「美桜ちゃんはちゃんとご飯食べれているかい?」
霊力のあるものは腹が減る。それに加えこの霊力の量だ。他の者よりも空腹感が強いだろう。この小さな身体で満足な食料を調達できているのか、京楽は不安になった。
「いっぱい食べてるから平気。」
「……そっか。ならよかった。」
京楽は自分の腰の高さにある小さな頭を撫でた。
「じゃあぼくはこの辺で帰るね」
「うん、お兄ちゃんまたね」
顔の横で小さく手を振る美桜に京楽の頬が緩む。
今日は残業かな、なんて考えながら帰路につきかけた京楽は、背後から霊力を感じ瞬時に振り返った。
先程まで自身を見送っていた美桜の姿はどこにもなかった。
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