過去篇
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時は師走。今年も残すところあと僅かとなった。
あの事件後、変わったことが二つあった。一つは美桜とリサの部屋が同室になったことだ。
浮竹の指示のもと、二人の部屋の間にあった壁を抜き、一つの大きな部屋にしたのだ。
今まで備え付けの布団で寝起きしていたリサだったが、美桜と共に暮らすにあたってベッドに変わった。並んで寝るのにベッドと布団じゃあ格好つかないだろう。
二つ目は、とある教師と院生が学院から姿を消したことだ。
教師でありながら、その権限を利用し美桜の部屋の鍵を借りてそこに忍び込んだ笹木は当然解雇された。詳細を知らない美桜だったが、浮竹にもう会うことはないだろう、と言われたため安心していた。
そしてもう一人、特進学級の生徒がある日を境に講義に来なくなったのだ。名簿からも名前が消え、最初から居なかった者のように扱われていた。
笹木はある中流貴族の分家で、生徒は本家の人間だったという。ここまでくれば色々察する。
後から聞いた話だが、浮竹は相当怒っていたようで京楽が必死に宥めていたのだという。いつもと逆の構図に、それだけ浮竹の怒りが深かったことを知る。"もう会うことはない"とは果たしてどういう意味なのか、知る者は少ない。
真央霊術院は、年の瀬に一週間程の冬季休暇があった。夏季休暇で帰郷しなかった者たちも今回ばかりは帰郷する者が多かった。
「みんなは冬季休暇に帰郷するの?」
「せやなぁ。今回は帰ろうかと思っとる。」
「俺もうるせぇのに会いに行くか。じゃなきゃここまで乗り込んできそうだ。」
「あたしも帰るで。美桜はどうするんや。」
美桜は寂しげな顔で下を見た。
「私は帰る場所がないから、異空間で斬魄刀と修行してようかなぁ」
美桜には故郷というものはない。強いて言うなら京楽と浮竹と修行をした流魂街にある湖が故郷だが、そこに会いたい友だちはいない。行けば懐かしさを感じると思うが、ただそれだけだ。
「じゃあみんなとは一週間会えないのか〜」
「なんや、寂しいんか。」
「……うん。」
揶揄うように言ったはずがあっさりと肯定されてペースを見出された真子はバツが悪そうな顔をしながら美桜の頭を撫でた。
「あほ。たった一週間や。ちゃんとここに戻ってくるからええ子で待っとれ。」
皆どこかへ行って戻ってこないのではない。ちゃんと帰ってくるのだ。
「うんっ!!」
* * *
冬季休暇中、美桜は異空間で斬魄刀と共に修行していた。
美桜は既に二本分の始解を習得している。彼女の斬魄刀はどちらも常時解放型であるため、美桜は斬魄刀を持たずとも時間回帰を使用することができ、異空間にも行くことができる。その代償が、視力と筋力だ。
しかし、始解を習得済みといっても全ての技を習得しているわけではない。
美桜は強くなるために技を教えてほしいと斬魄刀に頼むが、次の技を教えるにはまだ早いのか、斬魄刀に断られていた。
ただ、その理由が「まだ美桜の身体が耐えられないから」と言われてしまっては、美桜も引き下がるしかない。どこまでも斬魄刀に愛されているのだ。
美桜は京楽と浮竹に出会うまで、斬魄刀に育てられていた。そのため実体化した斬魄刀とともに日常生活を送ることに何の違和感も感じない。
美桜は芙蓉と共に異空間にある露天風呂に入っていた。この露天風呂は、芙蓉が未来で見たものを参考に霊子で作ったものである。
芙蓉のこだわりが全面に出たここは、高級旅館の露天風呂そのものである。石造りの湯槽、肌に良い湯、よく手入れされた庭は一番美しい状態で時を止める。美しいこの露天風呂は修行の疲れを癒すのにぴったりだった。
二人して湯槽に浸かり、息をはく。
「「ふぅぅ〜〜」」
そのままボーッと空を見上げてから芙蓉は美桜をチラリと見た。以前未来を視た金髪の彼とどうなっているか気になって仕方ないのだ。
「美桜は好きな人とかいないの?」
美桜は唐突な芙蓉の言葉にただ繰り返すことしかできなかった。
「す、好きなひと??」
「そうよ〜。私は銀琉が大好きだけど、美桜はそういう人いないの?」
そう言われて頭に浮かぶのは、金色の輝き。そのことに気付いた美桜は、ハッとしてその姿を頭の中から消した。
そもそも、美桜は人を好きになるということがどんなものかわかっていない。
「人を好きになるってどんな気持ちなの?」
美桜の素朴な疑問に、芙蓉は悩みながら答える。
「んー、ずっと一緒にいたいなとか、一緒にいるだけで心が満たされるとか。そう思うことかな。その人のことを考えると胸がギューってなって幸せな気持ちになるのよ。」
「じゃあ芙蓉も銀琉のこと考えると、幸せな気持ちになるの?」
「そうよ。この人と一緒じゃなきゃダメって思うわよ。」
芙蓉と話している時、美桜の脳裏には金色がちらついて消えなかった。
* * *
美桜は教室の扉を勢いよく開けた。教室中の視線が集中するも、彼女にはある一点しか見えてなかった。
「真子君っ!!!」
真子は自身に向かって飛び込んできた美桜をしっかりと抱きとめた。やはり寂しかったのだろう。美桜は心底嬉しそうに笑っている。
「おはよーさん、美桜。ちゃんと戻ってきたで。」
「おはよう、真子君! おかえりなさい!」
そのまま笑って見つめ合っている二人に、水を差す声が聞こえた。
「おい、美桜! 俺にはねぇのかよ!」
「あんたらいつまでそーやっとるんや。」
その声にハッとした二人は急いで離れる。最近距離が近くなっていることは理解しているが、なんとなく近くにいたいのである。
真子は美桜の温もりが離れたことに寂しさを覚える。
「拳西君! おはよう! おかえりなさい! 二人とも帰郷はどうだった?」
美桜がそう問いかけると、二人してうんざりとした顔になった。美桜はその顔にふふふ、と笑いが漏れた。
「どーしたもこーしたもないわ。ひよ里のやつ暴力的すぎてかなわんわ。」
( ひよ里、は真子君の幼馴染かな。女の子なんだ……。真子君、口ではああ言ってるけど、目は優しいんだよね。 )
真子はとても仲間想いなのだ。一度懐に入れた人は特に。だからそのひよ里のことも大事にしているのだろう。美桜は胸がチクッと痛んだ気がした。
「こっちも似たようなもんだぜ。白のやつ、暇さえあればピーピーピーピー!! うるせぇったらありゃしねぇ!!」
( 拳西君の幼馴染も女の子なんだ〜 )
美桜は拳西の幼馴染のことを考えてもどこも痛くないことには気付かなかった。