過去篇
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じっとしているだけで汗ばむ夏が遠ざかり、朝晩に秋を感じるようになった。それでも日中はまだ暑い日もあり、急激な気温の変化に身体が追いつけず体調を崩す者も現れていた。
いつもの時間に目が覚めた美桜は、身体を起こした時に感じた怠さに顔を顰めた。なんだか頭も重たく、身体の節々が痛い気がする。
( 風邪の引き始めかな…… )
食欲はあまりないが、全く食べられないわけではない。確かに体調が良いとは言えないが、講義を休んで療養する程ではない。そう判断した美桜は薬を飲んで講義に向かった。
リサは隣に座った美桜の食事量に首を傾げた。確かに美桜は食べる方ではないが、それにしても少なすぎる。いつもの半分以下だ。
「そんだけでええんか?」
「……うん、ちょっと太っちゃって。」
リサにはそれが嘘だとすぐにわかった。いや、わかったのはリサだけではない。向かい側に座っていた真子も鋭い目をしている。
そもそも美桜は全く太っていない。むしろもう少し肉をつけた方がいい部類だった。そんな彼女が力なく笑いながらそんなことを言うのだ。絶対嘘に決まっている。
リサと真子は目配せをした。
本当は今すぐにでも部屋に返して休ませたいが、彼女は意外と頑固なのだ。一度決めたら限界までやめない。だから今更何を言っても無駄なのだ。
「「っはーーー」」
そこまで考えた二人は大きくため息を吐くが、この無茶ばかりする友人を嫌いになんてなれなかった。
「……ふぅ、」
美桜は身体の熱を少しでも逃がそうと、熱い息を吐いた。その度に肺に入ってくるいつもより冷たい空気に、自分の身体が熱くなっていることを知る。身体は熱いのに、寒気が止まらない。先程から目眩もする。
時間が経つに連れて悪くなっていく体調から目を背けながら、なんとか講義を乗り切った。
いつも通り特訓へ向かおうと立ち上がると、激しい目眩に襲われ平衡感覚を失った。手をついて受け身を取りたいが、自分がどんな状況になっているのかすらわからない。
「……っ!!」
美桜は衝撃を覚悟して目を瞑った。
しかし、いつまで経っても衝撃が来ない。
美桜がゆっくり目を開けると、自分の腹に誰かの腕が回っていた。誰かが背中から腕を回して身体を支えてくれているようだ。美桜は不思議と、背中のぬくもりが誰のものかすぐにわかった。答え合わせするかのように頭上から声が聞こえた。
「美桜、大丈夫か。」
「……ん」
真子は前髪を掻き分けて美桜の額に手を当てた。想像以上の熱さに驚きながら、やや大袈裟に騒ぎ立てる。
「こらあかんわ。拳西! リサ! 今日はなしや!」
「おうよ!」
「わかっとる。……美桜、ちゃんと休めや。体調戻るまで来たらあかん。」
「ごめんね、二人とも……今日特訓できなくて、」
「気にせんでええ。課題でもやっとるわ。」
真子は「寝かせてくる」と二人に告げ、ぐったりとした美桜を抱き上げて教室を後にした。
朝見た時から美桜がいつもの調子でなさそうなことに真子は気付いていた。
話しかけても要領を得ない返事ばかりで、鬼道のことを聞いてもいつものような的確なアドバイスではなく、当たり障りのないことを言われる。
昼食も普段の半分以下で、食べたくないものを無理やり飲み込んでいるように見えた。
だが講義中は体調が悪そうな素振りを一切見せないため、そこまで酷くはないのかもしれない、とも思った。
その結果がこれである。
真子はもっと早くに止めなかった自分を責めた。
流石に放課後の特訓はさせられないため今日はなしにすることは三人の中で決定事項だった。最後の講義が終わってすぐにそれを伝えようと近付けば、ゆらりと身体が揺れて倒れ込んできたのだ。
咄嗟に腕を回して転倒は防げたが、触れる場所まで考える余裕はなかった。腹のあたりに回した腕が柔らかな膨らみに少し触れてしまったのは事故だった。決して他意はない。
抱き上げて寮に歩き出せば、やはり辛いのか目を閉じたまま真子の胸に頭を預けている。時折薄目を開けて見上げてくるものだから、真子は平静を保つので精一杯だった。
熱で上気した頬、潤んだ瞳、少しだけ開いた唇からは熱い吐息が吐き出され、時折「ん、」という喘ぎにも似た呻き声が漏れる。
ようやく美桜の部屋についた真子は控えめな花の香りのする部屋に入り、置かれたベッドに美桜を横たえようとした。
「待って…制服脱ぎたい……」
「は?!」
本気で何を言っているかわからず固まる真子を置いて、美桜はヨロヨロと立ち上がって箪笥から着替えを取り出した。そして同じ部屋に真子がいるにも関わらず、そのまま制服の紐を解いて着替え始めた。
彼女の頭は文字通り熱で浮かされ、正常な判断が出来ないのだ。
真子はハッと我に返って身体ごと視線を逸らした。が、静かな部屋は普段は気にならない布擦れの音さえ正確に真子の鼓膜を揺らす。
見えない何かと戦う羽目になった真子は頭を掻き毟って耐えた。
「おわった。ねる。」
「お、おん、ゆっくり休みぃ。」
真子の煩悩に気付かずマイペースな彼女はベッドに倒れ込むようにして布団に入った。真子がすかさず掛け布団を肩まで持ち上げてポンポンと優しく叩く。
「よく寝てちゃんと治しぃ。それまで特訓はナシや。」
「うん。ありがとう……」
「よく寝れるまじないや。」
そう言って美桜の前髪をよけて現れた額にキスを落とした真子は、自分でも何をしたのかわからなかった。完全に無意識の行動だったことにゾッとする。
「ふふっ、ありがと……おやすみなさい」
「あぁ、おやすみ。」
ただ、された方が嬉しそうに笑うものだから真子も「まぁええか」と流すことにした。
このまま考えていれば、気付きたいような気付きたくないような、そんな感情に気付いてしまいそうだからだ。それは一度気付けば後戻りはできないし、なかったことにもできない。
( あ"ぁ〜〜クソッ!! )
本当は気付いている。
彼女に恋をしてしまったということくらい。
鋭い彼が気付かないわけないのだ。