過去篇
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美桜とリサの秘密の特訓に、真子と拳西が加わってから数週間。
「じゃあ今日は草原ね」
今日も四人は美桜の空間で特訓を行なっていた。それは彼女の思うがままに形を変え、その日の気分によって様々な領域に姿を変える。どうやら今日は草原の気分だったようだ。
実戦ではいつも自分の慣れた環境で戦えるわけではない。自分の能力にとって不利な状況でも戦わざるを得ないことなど山程ある。その中で「苦手な場所だったので戦えませんでした」は通用しないのだ。だから四人とも様々な環境で戦うことに慣れておくために、こうやって修行をしているのだ。
今まで鬼道中心で特訓していたが、ひと段落したため鬼道以外の修行をすることも多くなった。
真子と拳西が特訓に加わってから、四人で一緒にやるのではなく、その時々に合わせて二人一組になっていた。
しかしリサと拳西が気を遣っているのか、美桜は真子と一緒に特訓することが多かった。
真子と美桜は向き合い、互いに浅打を構えた。
「ほな、よろしゅう。」
「うん、よろしくお願いします」
挨拶をしてから数秒後。二人は同時に足を踏み込み、激しく刀を交わした。
振り下ろされた刀を美桜は正面から受けずに左足を一歩後ろに引いて、力を受け流すように刀を止めた。
真子が一度距離を取ると、今度は美桜が真子に斬りかかる。
真子は受け流すことなく正面から刀を受けるが、手応えのなさに顔を顰めた。やはり、何かがおかしい。
しばらく斬り合いが続いた後、美桜の手から浅打が離れて近くの地面に刺さった。
真子は息を乱しておらず、美桜の荒い息だけが響いていた。
「なぁ、美桜。自分ちゃんと力入れて持っとるか?」
「持ってるよ! 真子君の斬術がすごいから、いつも弾かれちゃうの。」
自らを正当化するような言い訳に、真子は眉を顰めた。いつもの彼女ならそんなこと言わないのだ。
「美桜、なんか俺らに隠しとることあるやろ。」
美桜は悪い事が見つかった子どものように真子から目を逸らした。図星のようだ。
いつもとは異なる雰囲気を察したのか、様子を見守っていたリサと拳西が近付いてきた。
「その話、俺たちにも聞かせてもらおうか。」
拳西も真子の味方についたことで、美桜は一縷の望みをかけてリサを見た。
「あたしも気になってたんや。」
頼みのリサも向こう側につき、逃げ場がなくなった美桜は観念したように力なく笑った。
四人は地面に丸くなるように座る。
美桜は三人の視線を感じ、困ったように眉を下げた。
「えっと……どこから話せばいいかな」
「全部や全部!」
「数週間の付き合いだが、涼森と手合わせしてると違和感を感じることがある。」
友人の勘が鋭いからか、それとも自身の隠し方が下手だからか。またはその両方か。
「……うんと、」
なかなか言い出さない美桜を見てリサはため息をついた。確かに三人で寄ってたかって聞き出すのはあまり褒められたことではない。どうせなら自分たちも腹をわって話そうではないか。
「真子! 拳西! 今日の夕食後、時間あるか?」
急に問われた二人は驚きながらも頷き返す。
「あるけどなんや。」
「おう。大丈夫だ。」
その答えを聞き、リサは美桜を見た。
「美桜、前に師匠から没収した酒、まだあるか。」
以前美桜とリサは、美桜が京楽から没収した酒で酒盛りをしたことがあった。京楽が酒ばかり飲んで仕事をしないのが悪い。
「まだあるけど……。リサ、飲みたいの?」
「それもある。やけど、一番の目的はウチらの親睦を深めることや。」
その言葉に美桜は納得した。
リサとは入寮からの付き合いだが、真子と拳西とは僅か数週間である。加えて特訓が目的のため、おしゃべりに花を咲かすことなどなかった。
リサはお酒の力を借りて、みんなと親睦を深めようとしているのだ。
美桜はそれなら、と承諾した。
そうと決まれば今ここで問い詰める必要はない。リサは服をはらいながら立ち上がると元の場所に戻っていった。
「それまでいつも通りいくで。」
「おう。」
先程と同じように刀を激しく交わし始めた二人を見て、美桜と真子もそれぞれ刀を構えた。
夕食後。
風呂に入り汗を流した四人は、美桜の部屋にいた。
今まで何度も来ているリサは今でこそ驚かないが、最初は初めて見るベッドに興味津々だった。初見の真子と拳西はベッドを見て衝撃を受けていた。
「なんやこの分厚い布団は!! 現世にはこんなんがあるっちゅーことか!?」
「かけ布団も分厚いぜ!?」
そんな二人を視界の端に認めながら、美桜とリサは酒盛りの準備をしていく。準備といっても絨毯の上に足の短い卓を置き、その周りに人数分の座布団を敷くくらいである。
各自好きな場所に座ったことを確認した美桜が、「ジャーン!」と効果音を付けながら異空間から酒とつまみを取り出した。
キュポンッと良い音をたてて開いたそれを皆の盃に注ぐ。
誰からでもなく乾杯と言って盃をぶつけ合った。
酒を一口飲んだ真子が驚いたように酒を見た。
「これ相当ええ酒やないの。こんなん飲んで大丈夫なんか?」
美桜は酒を飲みながら女の尻ばかり追いかける京楽を脳裏に思い浮かべた。京楽は非常に頼りになるのだが、普段はただのスケベ親父なのだ。
「いつも仕事しないでお酒ばっか飲んでるからいいんです。たまにはお灸を据えなきゃ」
しばらく他愛もない話をしながら酒を飲み、酔いが回ってきた頃、リサは美桜を見ていつもより優しい口調で言った。
「で、何隠しとん。」
「忘れてくれなかったかぁ」
「まぁ、どんな隠し事かってのはなんとなく想像できる。お前らもそうだろ?」
拳西の問いかけに、真子とリサはあたりまえや、と頷いた。
「あない便利な力、何の代償なしに使えるとは思わん。なんかあるんやろ、代償が。」
美桜は目を見開く。そこまでわかっているならこのまま隠し続けても意味がない。ならばここで曝け出して、憂いをなくしてしまおうではないか。
「あるよ、代償。でも安心して。命を削るとか、そういうものではないから」
酔いが回っていることもあるのか、いつもより遠慮ない口調で真子が言った。
「あほか。そんなんなら最初から使わせんわボケェ。」
「……ウチの予想では、美桜、お前目あんま見えてないやろ。」
ズバリと当てられた美桜は目を見開いてリサを見ることしか出来なかった。
「目印になりそうなもん言うても迷っとるし、色もわかっとらん。数ヶ月近くにおればすぐにわかることや。」
「うん。自分を中心として五歩くらいまでは見えるんだけど、そこから先はモヤがかかったように何となくしか見えなくて……」
美桜の言葉に自身の記憶を辿り、疑問に思ったことがあるのか拳西が言う。
「でもお前、遠くの俺たち見つけて声掛けることあるじゃねぇか。」
「あぁ、あれは霊力を感知して大体の場所を把握してるの。」
そんなことができるのか、という三人の視線が刺さる。美桜は苦笑しながら言った。
「まぁもうだいぶ時間が経つからね。慣れたよ。」
真子は右手で頬杖をつき、その金色の髪を垂らしながら鋭い目で美桜を見た。
「で。他にもあるやろ。」
「……、」
美桜は視線を下に向けるだけで何も言わない。
「当てたるわ。筋力やろ。」
静かに目を見開く美桜に己の推察が正しいことを確信した真子は続けた。
「いくらオンナノコとはいえ、俺らの年代になるとそれなりに筋力がある。でも美桜はまるで子どもみたいな筋力しかのぉように感じる。ちゃうか? ……まぁ手合わせのときは正面から受けずに流して回避してるようやけどな」
美桜は眉を下げて力なく笑った。
「困ったなぁ。正解だよ。私は能力の代償として、視力と筋力に縛りがあるの。視力は私を中心として五歩までしかはっきり見えなくて、筋力は幼い頃に成長を止めた。気付かれないように頑張ってたんだけどな……」
隠していたことを当てられて嬉しいような悲しいような、そんな感情だった。隠し事に向いていないのかもしれないと思えば悲しくなるが、それ以上に友人たちが美桜のことをよく観察し、心配しているからこそ気付いたのだ。
隠し事を友人に告げることが出来て吹っ切れたのか、美桜はこの際斬魄刀のことも言ってしまおう、と開き直った。
美桜にはたくさんの隠しておかなければならないことがある。それを自分だけで隠しておくのは少し荷が重いのだ。そもそも、美桜は嘘が下手だ。遅かれ早かれここにいる三人には気付かれてしまうだろう。またこうやって囲まれるよりも、今自分で言ってしまった方が楽だった。
美桜は盃に残っていた酒を飲み干し、酔いが回っていつもより潤んだ目で三人を見た。
「もうこの際言っちゃうけど、私斬魄刀二本あるんだぁ!」
「「「は?」」」
己の魂によって形作られる斬魄刀は、通常一人一本である。二刀一対の斬魄刀を持つのは、真央霊術院の卒業生で初めて護廷十三隊の隊長になった京楽春水と浮竹十四郎だけである、というのは有名な話だ。
それなのに美桜も斬魄刀を二本持っているという。
真子はふと気付いた。
「ちょお待て! 浅打は真央霊術院に入学してから一本だけもらえるもんやろ!? なんで二本持っとるんや!!」
「それは、私の師匠が京楽春水と浮竹十四郎だからだよぉ〜」
美桜は固まった三人を置き去りにしたまま、なんてことないように続けた。
「その権力を使って入学前だけど二本くれたの。その時は副隊長だったけど、浅打の一本や二本掻っ攫ってくるのは簡単だったって言ってたよ」
美桜は十五年前を思い出すように目を伏せた。
「あの頃の私は、既に精神世界で斬魄刀と対話ができてて。でも浅打がないから斬魄刀として存在できなくて私の中にいたの。私のただでさえ多い霊力に加えて斬魄刀二本分だから、動いただけで霊力が漏れ出てるくらいで。虚もたくさん呼び寄せちゃって……見かねた二人が浅打を持ってきてくれたの。」
三人は開いた口が塞がらなかった。
動いただけで外に漏れ出る霊力とは、一体どんな量だ。しかも驚くべきことに、今の美桜には彼女が言うような不安定さが一切ないのだ。感情が揺れ動いても霊力は動くことなく常に一定。この境地に達するまで、一体どれだけの時間と努力を重ねてきたのか。
「あ、そうだ! 今度三人を師匠たちに紹介したいんだけど、いいかな??」
その言葉に我に返った真子が叫ぶ。
「は!? 師匠ってことは、護廷十三隊の隊長ってことか!?」
美桜は、「それがどうかしたの」とでも言うように首を傾げた。
「院生の俺らにとっては護廷十三隊の隊長なんて雲の上のような人なんだよ。」
拳西は、「お前以外はな」と付け足した。確かに身近な存在が実はすごい人でしたと言われても実感は湧かないだろう。
「なんやあんたら。やましいことでもあるんか? 別に紹介されるだけや。ついでに稽古つけてもらおうくらいの軽い気持ちでええやろ。」
妙に肝が据わっているリサに、男二人はウッと言葉を詰まらせた。
そんな二人の様子を知ってか知らずか、美桜はのんびりとした声で言う。
「そうだよ〜。酒と女が好きなお兄さんと、身体の弱いお兄さんって思ってれば大丈夫だよ〜」
「「……」」
「そんなんが隊長で大丈夫なんかいな。護廷十三隊は。」
真子の言葉に美桜は赤くなった顔でキリッとした表情を作る。
「大丈夫だよ。すっっごく強いから!!」
その目には強い信頼があった。