過去篇
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扉をくぐった先の景色に、真子と拳西は驚きを隠せなかった。
「なんや、ここ……」
「さっきまで会議室だったじゃねえか! 一体どうなってやがる!?」
それもそのはず。四人は今、荒れた大地の上に立っているのである。
真子は考えていた。
今まで四人がいたのは真央霊術院の会議室であり、その会議室から廊下に出るために扉をくぐっただけだ。なのになぜこんな場所にいるのか、と。
真央霊術院は瀞霊廷の中にある。あの会議室の近くではないとしても、一瞬で広い瀞霊廷から出るのは不可能だ。しかし、周りを見る限り瀞霊廷はおろか、人工物すら見当たらない。
つまりここは瀞霊廷ではない。
( 問題なんは、俺らが扉をくぐっただけっちゅーことや。こないなことを準備なしでやれるんか? )
そんな真子の思考を読むように美桜は自分の能力について説明した。
「ここは真央霊術院じゃなくて、私が作り出した別の空間。会議室の扉にこの空間を一瞬だけ繋げてここに移動したの。」
「そないなこと、出来るんか……?」
「なんでもええやろ。美桜は特訓のためにウチらにここを貸してくれて、鬼道まで教えてくれる。ウチらはそれを誰にも言わない。それでええやろ。」
リサの言葉に真子と拳西は平静を取り戻した。
さっぱりしていて、細かいことは気にしない。美桜はリサのそういうところが大好きだった。
「そらそうやな。おおきに、美桜。」
「じゃあ始めようか。」
その一言で、三人の顔つきが変わった。
とはいえ、美桜一人で一度に三人教えることは困難なため、今日は美桜と真子、リサと拳西の二人一組で特訓することになった。
「真子君は破道と縛道、どっちが苦手なの?」
美桜の質問に対し、真子は己の両手を見ながら心底困ったように言った。
「破道も縛道も一応打てるんや。やけど、込めた霊力に対して威力がでぇへんのや。」
「……うーん、ちょっと触るね。」
美桜は真子と向かい合うように座り、その骨張った細い指を女性らしい柔らかな手で握って、集中するように目を瞑る。
真子は美桜の顔が思ったより近くにあったことに驚きつつも、その整った顔を観察した。
( まつ毛なっがっっ。えらい別嬪さんやなぁ )
顔を上から舐めるように観察していくと、ぷるんとした小振りの唇が目に入った。
なんだか恥ずかしい気持ちになった真子は、紛らわすように「今日の夕食なんやろなぁ」と明後日の方向を向いて考え始めた。
真子の両手を握った美桜は彼の霊力の流れを感知していた。彼の髪によく似たキラキラとした濃い金色の光が、全身を巡っているのがよくわかる。しかし左腕のある一点でその流れが滞っているように感じた。
美桜は目を開けると、真子の顔が思ったより近い場所にあることに驚いたが、それを顔に出さずに聞いた。
「ねぇ真子君。前に左腕を怪我したことある?」
そう言って美桜は霊力の流れが滞っているあたりを見た。完全に遮断されているわけではないが、そこだけ流れ方が悪いのだ。
美桜の問いに、真子は記憶を掘り起こすように上の方を見た。
「そーいえば虚にやられて怪我したことあるわ。でも昔の話やで? もうとっくに治っとる。」
「それは回道で治療したの?」
「いいや、自然治癒や。」
美桜は「じゃあそれが原因かなぁ」と呟いた。その一言で真子の顔色が変わる。
「……原因って、なんや。」
「真子君の鬼道がうまく発動しない原因は、昔の怪我が完全に治ってないからなの。ちゃんと治して霊力の巡りをよくすれば、込めた霊力に見合った鬼道が打てると思うよ。」
美桜が言うには、霊力は霊力回路と呼ばれる道を通り、身体中を絶えず巡っているらしい。その霊力回路が何らかの原因で傷付くと、そこで流れが滞り、正しく巡らないのだという。要は血液と同じである。
「それは回道で治せるんか……?」
「時間が経ちすぎてるから回道では無理かな……」
その言葉を聞いた真子は言葉が出なかった。では自分は一生満足に鬼道が打てないのか、と。
美桜は見るからに暗い表情になった真子を安心させるように言った。
「大丈夫だよ! 私がいるから。」
真子は美桜の言っていることがさっぱりわからず、ぽかんと口を開けた。
死神の治療方法は回道によるものだけで、それをもってしても大きな怪我が治らないことも多々ある。ましてや、受けてから時間の経った怪我、しかも表面上は治癒しており、霊力回路だけを治すなど、回道でも不可能だ。
でも美桜は治せると言っている。一体何をするつもりなのだろうか。
美桜は真子の制服の袖を捲り上げ、二の腕のあたりまで露わにした。真子の細いながらも、しっかりと筋肉のついた二の腕が見えた。
「ちょっと動かないでね」
美桜は真子の二の腕に右手を当てると、そこから桃色がかった金色の光があふれ、二の腕を包み込んだ。その光は真子の肌に浸透しているように見える。
「なにしとんのや?」
「真子君の怪我した霊力回路の時間を戻してるの。」
真子は目を見開いた。
「時間を戻す、やと……?」
そんなことができるのか。
時間とは絶えず流れ続けているものであり、それに逆らうことなど出来るのだろうか。もし可能ならば、それはまさに神の領域である。
驚く真子をよそに、美桜は時間回帰を続け、傷付いた部分の霊力回路のみ傷付く前の状態になるまで時間を戻した。時間を戻された霊力回路は、そこから新たな時間を刻み出す。
光がおさまると、表面上は何も変わっていない真子の二の腕が現れた。
「これで霊力回路は治ったと思うんだけど、どうかな……?」
真子は別段いつもと変わった様子のない自身の左腕を見た。
( 何も変わってない気がするんやけどなぁ )
訝しげに左腕を見る真子に、美桜は微笑みながら少し遠くにある岩を指差した。
「じゃああそこの岩に向かって、いつも通り破道を打ってみて。」
真子は立ち上がり、言われた通りに岩に向かって破道を打った。
「君臨者よ。血肉の仮面・万象・羽搏き・ヒトの名を冠す者よ。焦熱と争乱 海隔て逆巻き南へと歩を進めよ。破道の三十一、赤火砲!!」
いつも通り打ったはずだった。いつも通りの霊力の量を込めて。いつもなら、あの岩は精々一部が欠けるくらいである。
それがどうだろう。的にした岩は、粉々になっていた。
「なんや、この威力……!!! ほんまにこれ俺が打ったんか!?」
真子は今起きたことが信じられず、両手を見ながら叫んだ。
美桜はそんな真子を優しい目で見た。
「それが真子君の、本当の破道だよ」
真子はあふれる喜びを抑えきれず、衝動的に美桜を抱きしめた。
真子の身体は細身ではあるが立派に男のそれで、すっぽりと包まれた美桜は突然のことに身体を固くした。
( え、、えぇ!? だきしめられてる?? )
美桜が戸惑っていると、今まで離れたところで特訓していたリサの気怠げな声が聞こえた。
「なんやあんたら。もうデキてるんか。」
その声にハッと我に返った真子は、急いで美桜を解放する。
「す、すまんっ!!」
「だ、大丈夫っ!!」
( ちまかった。こう、すっぽりと。しかもどこかやわい身体で…… )
( 男の人の身体だった。筋肉があってかたくて……。私を包み込んでくれる腕だった…… )
真子は赤くなった顔を隠すように右手で覆って美桜を見た。美桜も顔が赤くなっており、二人して互いの赤くなった顔を見ていた。
互いが互いを意識し始めたのはこの時からだった。
ゴーン…ゴーン…ゴーン…
どこからか鐘の音が聞こえてきた。初めて聞く音に真子と拳西は首を傾げる。
「なんやこの音」
勝手を知ったるリサはその音を聞いて制服についた土埃をはらい、美桜の方へ足を進めた。
「時間や。帰るで。」
どうやらこの鐘の音は特訓終了の合図らしい。
真子と拳西もリサに倣って土埃をはらい歩き出す。
美桜はリサの怪我をいつも通り時間回帰と回道で元通りにした。「はい次」とリサがいた位置に真子と拳西を呼ぶ。
皆の怪我を治した美桜は自身の制服についた土埃をはらったあと、何もない空間に手をひっかけ、壁紙を破るように振り下ろした。そこには、先程までいた会議室が見えた。
リサは躊躇うことなく美桜の開けた穴から会議室に入り、それに続いて真子と拳西も荒野を後にする。
最後に美桜が破れた壁紙のような穴を元の位置にはめ込むようにすると、空間は元通りになった。
短時間で得た情報量が多く、真子と拳西は疲れ果てていたが、これからの有意義な特訓に高まる気持ちを抑えることができなかった。