番外編
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◆喧嘩
(隊長復帰後)
「(うーわ、最悪....)」
美桜は目覚めた瞬間に感じた不調に顔を顰めた。そろそろくると思っていたが、よりによって休めない予定がある今日に来てしまったらしい。
合同演習。
それはその名の通り他隊と合同で演習を行い、互いの技を磨き、連携を高めるためのもの。といっても、全ての隊が一度に行うわけではなく、毎回くじ引きで二、三隊の組み合わせが決まり、毎週二箇所の演習場で演習が行われる。つまり、回ってくるのは大体二、三週間に一度。
合同演習は、特別な理由がない限り全員参加。それは隊長である美桜とて例外ではない。
「ーーッ!!」
美桜は特有の痛みに思わず手で下腹部を抑えた。そうすることで別に痛みが和らぐわけではない。
隊長である美桜は流石に休めない。美桜が参加してドンパチやるわけではないが、部下の指導をしなければならないのだ。あとは演習相手によっては乱闘が発生するため、その仲裁。
「....ん〜..」
聞こえてきた呻き声に、美桜は思考の海から上がった。美桜の方を向くようにして横向きになった真子を見れば、眉間に皺を寄せて熱い息を吐いていた。
「(もしかして....)」
真子の様子に、美桜はまさかと思いながらそっと額に手を当てた。手のひらに感じる体温は明らかにいつもと違う。どうやら真子は体調を崩してしまったようだ。
美桜は真子に消化の良いものを食べさせるために、岩が乗っているのではないかと錯覚するほど重たい腰を上げてキッチンに向かった。
「(うーわ、あかんわこれ)」
真子は目覚めた瞬間に感じた不調に顔を顰めた。ズキンズキンと脈打つように痛む頭、指一本さえ動かすのが億劫になる程重たい身体、暑いのか寒いのかよくわからず体温調節出来ていない身体。そのどれをとっても普段通りではないことがよくわかった。
しかし、今日は合同演習の日。隊長である真子に休むという選択肢はない。
真子は隣の冷たいシーツに手で触れると、気合を入れて起き上がった。
リビングの扉を開ければ、キッチンで朝食の準備をする美桜の姿。その背中はおばあさんのように曲がっている。
「....どないしたん、そない腰曲げおって。」
「ん? あ、おはよ。真子体調悪いでしょ?」
「せやけど演習やし、行くで。で、どないしたん。」
「....ちょっと朝からきちゃって。お腹痛くてこの姿勢。」
そう言っている間も美桜はゆっくりとした動きで朝食の支度を続ける。
真子は壁に身体を預け、静かに言った。
「ほんなら美桜は休み。俺と拳西おるし平気やろ。」
「私は別に病気じゃないから平気。薬飲めば動けるし。でも真子は熱あるんだからちゃんと休んで寝てなきゃ。」
すぐに返ってきた言葉に、真子の眉がぴくりと動いた。
確かに真子も体調が悪いし、本音を言えば今すぐベッドに入りたい。しかし、今日は合同演習の日であり、加えて美桜も具合が悪い。そうなれば真子が休むわけにはいかず、せめて美桜だけでも休ませたいのだ。
「あかんわ。美桜が休み。」
真子の言葉に、今度は美桜の眉がぴくりと動いた。
「私がいるから真子は家で休んでて。」
「あほ!! 美桜やって具合悪いんやろ!? そんな丸まった腰で部下のこと指導出来ひんやろ!!」
「ばか!! 真子だって熱あるからちゃんとした判断出来ないでしょ!? とにかく、私が行くから。」
「そない真っ青な顔で言われて行かせると思うか!?」
「行かせる行かせないじゃなくて、行くの!!」
二人とも一歩も引かない。荒い息がキッチンに消えた。
「これじゃ埒があかない。雛森ちゃんに真子今日休みって言うから。」
「はぁ!? そんなら俺かて雫チャンに美桜今日休みやって言うわっ!!」
二人は伝令神機を取り出して、美桜は真子の部下である雛森に、真子は美桜の部下である雫に電話をかけ始めた。
「あ、もしもし雛森ちゃん? 朝早くからごめんね。今日なんだけど、真子体調悪いから休ませるね。私は行くし雛森ちゃんしっかりしてるから大丈夫だと思うけど、五番隊お願いね。」
「あ、もしもし雫チャンの携帯ですかー? 俺や、平子真子やけど、今日美桜具合悪いかて休ませるわ。俺おるし大丈夫やと思うけど、七番隊頼むわ。」
同時に話し始め、互いの声が聞こえる。どちらも自分が出勤し、相手を休ませることに必死だ。
ふと目が合った瞬間にバチッと火花が散る。
「もし真子が出勤しても仕事させないでね!? 絶対ダメだから!!!」
「美桜が出勤しても仕事させたらあかんで!? 絶対やぞ!!!」
互いに互いの退路を絶ったつもりだ。二人は電話を切ると、再び言い合いを始めた。
一方その頃。
雛森は暗くなった伝令神機を眺めて迷っていた。
自身の上司の妻である美桜からの、上司が体調を崩したため休ませるという電話。今日は合同演習の日であっても、体調が悪いなら仕方がない。真子が雛森の上司となってから、真子は一度も体調を崩したことがなかった。つまり、今日は本当に具合が悪いのだと思う。
しかし、問題はそこではない。
美桜との電話の後ろから聞こえてきた声。どうやら、真子もどこかへ電話をかけて、美桜を休ませようとしているようだった。ということは美桜も万全の状態ではないのだろう。
雛森はため息を吐くと、真子と電話していたであろう人物に電話をかけた。
「もしもし、雫さんですか? 五番隊副隊長の雛森です。今お時間大丈夫ですか?」
「おはようございます、芦谷です。....もしかして、先程の電話の件ですか?」
「あっはは。やっぱり雫さんにも聞こえてましたか?」
「えぇ、まぁ。あれだけ叫んでいれば電話越しでも聞き取れます。」
話を整理すると、どうやら真子と美桜、二人とも体調が悪く、合同演習を行えるような状態ではないようだ。しかし、三隊のうち二隊の隊長が不在になるわけにも行かず、互いに相手を休ませて自分が行こうとしているのだろう。
電話越しでもヒートアップしているのがわかったため、雛森と雫どちらが何を言っても二人は納得しないだろう。こうなれば、もう雛森と雫の手に余る。そう思った二人は、もう一人の隊長に助けを求めた。
「ったくよぉ、あいつらほんっっとに....何がしてェんだよ。仲良く寝てろってンだ。」
今日の合同演習は五、七、九番隊で行われる。雛森と雫から事情を聞かされた拳西は、心底呆れながら異空間にある真子と美桜の家にやってきた。拳西は異空間に入る鍵を渡されているのだ。
互いを休ませようとする二人に制裁を下し、どちらも休ませて自分が三隊分の面倒を見る。どう考えても貧乏くじだ。
「ーーーッ!」
「ー、ーーーーッ!?」
家に入った瞬間リビングから聞こえる言い合い。怒鳴っているまでいかないが、感情に任せて言葉を吐き出しているのが良くわかる。
「っはぁぁーーーー」
拳西は深いため息を吐くと、勝手知ったる足取りで迷わずリビングに向かった。
「ほら見てみぃ!! 腹痛いんやろ!?」
「っこれくらい、平気だもん!! 真子こそ、だんだん熱上がってきたんじゃないの!?」
「っあほ、気のせいやわ!!」
どちらも一目で体調が悪いことがよくわかる。拳西はそんな二人に拳骨を落とした。
「「いっった!!」」
拳骨といっても、美桜にはだいぶ優しい。
「なにすんけんコラァ!! ....って、拳西やないか。どないしたん、家まで来おって。」
自分を殴った相手が拳西だと知ると、真子はきょとんとした顔で問いかける。誰のせいでこうなっているのか真子にはわからなかった。
「な、なんで拳西ここに?」
普段なら異空間に誰かが入ってきた時点で気付くが、生理痛と戦う美桜にそんな余裕はなかった。そのことが既にいつも通りではないことを証明している。
「....いいか。一度しか言わねェからよく聞け。」
拳西は目をかっぴらいて二人に告げた。
「二 人 で 大 人 し く 寝 て ろ 。わかったな?」
「せやけど....!!」
「でも....!!」
「ああ"ん???」
「ガラ悪っ!」
拳西は短く切ってある頭を掻きむしると、納得していない様子の二人に言った。
「合同演習は具合悪りぃの押してまで参加するモンじゃねェ。俺一人でも十分だ。なんなら京楽さんと浮竹さんを呼んだっていい。俺が大変になるって心配してんだったら、大人しく二人で寝てろ。」
「「....。」」
諭すように言う拳西の言葉に、真子と美桜も冷静さを取り戻したようだった。今の状況が一番拳西の迷惑になっていることに気付いてしまった。
「ごめん、拳西。ありがとう。」
「すまんなぁ。」
「わかりゃいいんだ。....ったく、なんで互いに互いを休ませようとして喧嘩すんだよ。」
「えっへへ」
「褒めてねェ」
鋭く睨まれた美桜はバツが悪そうに下を向いた。
「拳西、誰から聞いたんや?」
「オメェらの副隊長だ。あとで謝っとけよ。二人とも困ってたぜ。」
「....せやなぁ。悪いことしてもうた。」
「わかったらさっさと飯食って薬飲んで寝ろ。」
「ありがとね、拳西。お言葉に甘えて休ませてもらうね」
「ありがとさん。今度奢るわ。」
拳西を見送った美桜は、再び朝食の準備に戻った。煮込んでいたお粥の火を止めて味見する。
真子はそんな美桜を後ろから包み込み、いつも通り肩に顎を乗せて甘える。
「すまんな、美桜。怒鳴ってもうた。」
「ううん、わたしもごめんね。真子が具合悪いの久しぶりだから、絶対休ませなきゃって思って。」
「ええよ、わかっとる。」
互いに相手が大切なのはよくわかっている。だからこそ、今日みたいな喧嘩が勃発するのだ。
ちゅっ
美桜は振り向いた先にある唇に触れるだけのキスをすると、微笑んだ。
「じゃあ今日は、二人でゆっくり寝てよっか!」
「ふっ、せやな。」
向かい合ってお粥を食べ始めた二人に、先程までの邪険な雰囲気はなかった。
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