千年血戦篇
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「はぁ〜〜つっかれたわぁ。」
真子はただいまの代わりに大きな独り言を言いながら帰宅した。
右肩を労わるように左手で揉みほぐしながらリビングのドアを開ければ、出た時と変わらず暗いリビングが出迎えた。
真子はリビングには入らず階段を上がると、愛しい気配を感じる寝室に入った。
「……すぅ……すぅ……」
穏やかな寝息を立てて眠る美桜。その顔は真子が出た時よりも和らいでおり、幾分か回復したことが見受けられた。
真子は起こさないようにベッドに腰掛けると、愛しい妻を見つめた。
長い金色の睫毛が目元に影を落とす。霊力に敏感な彼女は誰かがくるとすぐに目を覚ます。だが何百年もともにいる真子は例外で、彼が度を超えたことをしない限り美桜は起きない。それは心の底から、それこそ本能レベルで真子を信頼していることを示しており、その度に真子の心は優越感で満たされるのだ。
何年経っても変わらない寝顔を見ていると、今後のことを考えて荒れていた心が凪いでいく。この穏やかな時間を護るために戦うのだと己に言い聞かせた。絶対に、何が起きても彼女だけは護り抜く。
横向きに眠る美桜の、布団から出た小さな手。真子はその手を持ち上げると、自分の両手で包み込んだ。
( こないな小さな手でよぉ斬魄刀持てるなぁ )
そう感心してしまうほど美桜の手は小さかった。全ての指が真子の第一関節にすら届いていない。手のひらの部分など真子のふた回りは小さい。
( この小さな手に、命が乗っかってんやろうなぁ…… )
真子を含め、美桜によって命を救われた死神は多い。
一刻どころ一秒を争う世界。生きるか死ぬか。人生がそこで終わるか、その先も続いていくか。それが己の力量で決まる。そのプレッシャーは計り知れないだろう。
真子もそれなりの責任というか、荷物は背負っている。しかし、それは同じ隊長といえど美桜の背負う荷物に比べれば随分と軽い物だ。
真子に美桜の荷物を背負うことは出来ない。なぜなら、真子は回道はからっきしだからだ。
しかし、美桜を支えることなら出来る。
重たい荷物に押しつぶされて倒れそうになる美桜を何度だって隣で支える。それが俺の出来ること。真子はそう認識している。
いろんな想いが溢れ出した真子は、美桜の頭をそっと撫でた。
( 今はゆっくり休み。おつかれさん。 )
真子は音を立てずに寝室を出ると、軽く汗を流してから軽食を作り始めた。
真子は作ったサンドウィッチを切って盛り付けると、斜め上を見上げた。当然見えるはずないのだが、ついつい二階にある寝室に思いを馳せるとこうなってしまう。
「そろそろ起こしたろうかなぁ……」
真子の手元には出来上がったばかりのサンドウィッチ。ハムマヨにカツサンド、たまごなどが所狭しと皿に乗っている。
いくら力の使いすぎで寝ているとしても、何も食べずにいるのは良くない。だから真子は美桜を一度起こしてそのお腹に何か入れた方がいいか迷っているのだ。
そんな時、リビングの扉に美桜が現れた。
「……おはよ。」
「お! 起きたんか。どうや、調子は。」
美桜は気だるげに髪を掻き上げながら答えた。
「ん〜、まぁまぁかな。」
「ほなまだダメやな。」
美桜が答えた瞬間、真子がそう言う。美桜は真子に心配をかけまいと、体調が悪くても隠そうとする傾向にある。そのため、美桜の"まぁまぁ"は真子の基準では"ダメ"だ。
「むぅぅ。」
「そない可愛く拗ねてもダメや。食欲あるか?」
「…食べる。」
「ほな一緒に食べよや。」
美桜が自分の席に座れば、真子が作りたてのサンドウィッチを目の前に置く。
「飲みもんは?」
「ん〜、冷たい紅茶がいいな♡」
「しゃーないなぁ。作ったるわ。」
美桜は体調が良くないことをいいことに真子に甘えてみた。真子はそんな美桜を知ってか知らずか、甘やかそうと思っているのか、言われるがままに紅茶を淹れた。
「ありがとう」
「別にええよ、こんくらい。」
「ふふっ、すき!」
「こないなことで好きになってどうすんねん。」
「えー、ダメ? もっと好きになっちゃダメ?」
「…あほ。」
「あ、照れてる〜!」
口元を手で隠した真子に、美桜はケラケラと笑う。
滅却師が攻めてきて、山本が戦死し、既に千以上の死神が死んだ。本来ならこんなやりとりをするべきではないのかもしれないが、真子と美桜はあくまでもいつも通りで居続けた。
* * *
数日後の昼下がり。
「涼森隊長………少し、よろしいですか」
何か決意したような顔つきの卯ノ花に声をかけられたとき、美桜は彼女の最期を知った。
「……はい、」
何かを察した雫が席を外し、隊首室に並べられた応接用のソファで向かい合わせに座る。二人が茶を飲む音がやけに響いた。
卯ノ花は湯呑みを静かに置いてから口を開く。
「更木隊長に剣術の稽古をつけます。おそらく、いえ、必ず。どちらかが死ぬこととなるでしょう。……勇音を頼みます、涼森隊長。」
「どちらかが死ぬ」と言っておいて、「勇音を頼む」と言う卯ノ花は、とうの昔に己の終焉を理解していた。
山本亡き今、千年以上共に護廷十三隊として瀞霊廷を護ってきた卯ノ花が考え抜いて出した結論に、美桜がとやかく言う権利はない。
「そう、ですか……」
「あまり驚かれないのですね。京楽総隊長や浮竹隊長から聞いていたのですか?」
「はい、少しだけですが。」
隊長になってしばらくした頃に京楽と浮竹からこっそりと教えられた事実。普段の卯ノ花からはとてもではないが想像できず、二人が冗談を言っているのかと思っていた。その後大霊書回廊にてそれが事実だと知ったとき、驚いてひっくり返りそうになった。
初代護廷十三隊の隊長で今も生きているのは卯ノ花だけだ。
「涼森隊長が七番隊の在り方を大きく変えてくださり、多くの命が救われました。これからも貴女の信念を貫いてくださいね。」
「卯ノ花隊長、」
本当にこれが最後なのだと思ったら、美桜の目に涙が浮かんだ。隊長になってから百余年。医療部門のトップである卯ノ花には数えきれないほど世話になった。
「本当に、ありがとうございました…っ!!」
「わたくしもお世話になりました。死にゆくわたくしが何を言っても重荷になるだけなので、こんなこと言いたくありませんが………頼みましたよ、涼森隊長。」
「……っはい!!」
卯ノ花は一度あの優しい笑顔で笑うと、振り返ることなく隊首室を出ていった。美桜はその後ろ姿を目に焼き付ける。これが千年間隊長を務めた者の最期だと。
ただ胸が痛かった。