過去篇
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時の流れは早いもので、美桜が真央霊術院に入学してから二ヶ月が経った。
二十人しかいないクラスメイト全員の顔と名前を一致させ、リサ以外と雑談することも増えてきた。しかし、あの金髪の彼とは事務的なこと以外、一度も話したことがなかった。
その日の講義が全て終了した後、美桜とリサはいつも通り秘密の特訓をするために寮に戻ろうとした。しかし教室を出る直前で声をかけられ、足を止めた。
「なぁ、ちょっとええか。」
二人が振り向くと、そこには平子がいた。
「あ、平子君。どうしたの?」
平子はバツが悪そうに頬を右手で掻き、美桜に向かって言った。
「ちょっと教えてもらいたいことあんねん」
平子の煮え切らない言葉に焦れたリサが言う。
「なんや。はっきりいいや。」
教室に残っていた同級生の視線が痛い。
その視線を平子も感じたのか、ゆっくり瞬きをしてから美桜を真っ直ぐ見た。
「俺に鬼道を教えてほしいねん。」
平子のその言葉に、近くにいた銀髪の体躯の良い青年、六車も賛同した。
「お。俺も鬼道苦手だから頼むわ。」
「なんやあんたらも鬼道苦手なんか。あたしと同じやないの。」
そう、リサは鬼道が得意ではないため、特進学級の中で飛び抜けて鬼道が上手い美桜に教えを乞うていたのだ。
担任の権正ですら、鬼道に関して美桜に教えられることはないらしい。自身の苦手分野が、担任のお墨付きであるほど得意な美桜に教わらないという手はない。
ただ、美桜とリサが使っている特訓場所はこの霊術院にはない。美桜が空間を司る斬魄刀 銀琉の能力で異空間を作り、そこで特訓をしているのだ。
異空間に誰かを招き入れるということは、多かれ少なかれ自身の能力を知られることになる。美桜は京楽と浮竹だけでなく斬魄刀からも、信用できる人以外には話してはいけないときつく言いつけられている。しかし、他の院生も使用している訓練場で、人目を気にして特訓するような煩わしいことはしたくない。
そう思った美桜は時間を司る斬魄刀 芙蓉に相談し、リサの過去と未来を視てもらった。芙蓉の目にはその者が歩んできた過去から、今後歩む数多の未来まで全てが視えるのだ。「この子は教えて大丈夫」と芙蓉の許可がおりたリサは、無事美桜の異空間に招待され、そこで特訓をしていたのだ。
そんな試験を知らぬ間に突破したリサは、美桜の力が非凡であることを知っていた。それを美桜が隠していることも。
美桜の力を知られないために断ろうと口を開きかけたリサだったが、美桜がそれを止めた。
「とりあえず、ここじゃ目立つから場所変えない?」
美桜のもっともな提案に三人は頷いた。
院生でも借りることのできる十畳程の会議室を借りた美桜たちは、向かい合うように座った。
平子は頬杖をつき、斜め上を見ながら気怠げに口を開いた。
「で、こないなところまで連れてきよって何の話や。俺らは涼森チャンに鬼道教えてくれませんか〜言うただけやん。答えは二択やろ?」
美桜は先程と違う態度の平子に苦笑した。
「ちょっと訳ありでね。視ておきたいことがあるのよ。私と目を合わせてくれる?」
「なんやそれ。……別にええけど。」
美桜は平子の目をジッと見つめた。
胡桃染色というのだろうか。彼の眩しい程に輝く金髪とは違い、明るいが落ち着いた茶色の目。飄々とした態度とは違い、思慮深さが窺えるその目を見ていると、美桜はなんだか落ち着かなくなってきた。なぜか気になるのだ。何が気になっているのか自分でもわからない。しかし、平子を見ていると何か感じるものがあった。それはきっと、この先の長い人生で共にいる、そんな予感だった。
美桜が色々考えている間に、芙蓉は美桜の目を通じて平子を観察した。その未来を視れば、ほぼ全ての未来に美桜がいる。芙蓉は目の前の彼が美桜にとってどんな存在になるかを知り、口角を上げた。人の恋路ほど見ていて楽しいものはない。これからも近くで見守ろう。芙蓉はそう心に決めた。
同じように六車の目を見れば、芙蓉から許可が降りた。
「二人ともありがとう。鬼道教えるのは大丈夫だよ。ただ、みんながいる訓練場じゃない場所で特訓しているの。そこで見聞きしたことは誰にも言わないで欲しいの。それが守れなければ教えることが出来ないわ。」
平子と六車は、目の前の彼女が何かを隠したがっていることに気付いた。
ただ、その隠し事の度合いはせいぜい院生にすぎないものだと思っていたのだ。穴場な特訓場所を教えたくないだとか、習っていない範囲まで予習をしているだとか、そういう「あまり教えたくないが別に知られても平気」な程度の秘密だと思っていた。
まさか本当に皆に知られない方が良い秘密だなんて、夢にも思わなかったのだ。
理由はどうであれ、その条件を守れば鬼道を教えてくれると言うのならば、平子と六車に断る選択肢などなかった。
「ええよ。約束したる。特訓中に見聞きしたことはここにおるやつ以外には言わん。」
「なんかよくわかんねぇけど了解した。」
二人の色の良い返事を聞いた美桜は、顔を緩ませた。
「そっか。ありがとう。」
話が終わるなり、リサが立ち上がった。
「いくで。今日の特訓。」
いつもより時間が短いため焦れたのだろう。美桜は何かハッと気付くとリサに向かって両手を合わせた。
「ごめんリサ! 私、リサの許可取ってないのにいいよって言っちゃった!」
リサは美桜の方をちらりと横目で見たあと、目の前の二人を見た。
「別にええよ。うちも学ぶことが多そうや。」
なんせ平子はリサと同じく斬術が得意で、六車は白打が得意だ。その二つが苦手な美桜は、満足にリサの相手をすることができない。
それに二人の実力は日々の授業を見ていればわかる。平子も六車も、自分に足りないものを持っている。それを観察し盗まない手はない。そのため、リサはこの二人が特訓仲間になることに全く異議がなかった。
その言葉を聞いた美桜は胸を撫で下ろした。
そして美桜も立ち上がり、笑顔で平子に右手を伸ばした。
「改めて、涼森 美桜。これからよろしくね平子君、六車君。」
平子は差し出された小さな右手に己の右手を重ねた。
「平子真子や。真子でええよ。こちらこそよろしゅう、涼森チャン」
「じゃあ真子君。私も美桜でいいよ。」
「じゃあ美桜って呼ばせてもらうわ。」
「六車拳西だ。俺も拳西でいい。」
「よろしくね、拳西君。」
自分たちの自己紹介は終わった。残るはリサだ。三人の視線を受けたリサは、居心地悪そうに呟いた。
「矢胴丸リサや。」
美桜は満足そうに頷き、扉に向かって歩き出した。
「じゃあ行こっか。」