雑記
SS『WONDERLAND』
2025/12/18 18:03「アリス」
「なあに? 新婚旅行の日取りが決まったの? ロケーションはやっぱり南国かしら?」
「くだらないことを画策していると、またエドアルドに説教されるぞ」
「彼って真面目だものね」
黄金ノ国。
名は体を表すというが、その名の通り成金でさえ吐き気と目眩のする程に金色に輝く眩しい国だ。
私達の所属する死ノ国は、黄金ノ国の属国であり、定期的に開かれる退屈な会合に呼び出される。
誰もが右から左に聞き流す談合からようやく束の間を解放され、宮殿内のケバケバしい部屋でアリスとふたり、羽を伸ばしていた。
「君はこの国で生まれたのか?」
「どうして、そんなことを聞くの?」
「私はあまりにも君の事を知らない」
「あなたのする根掘り葉掘りの質問に1つの空欄も出さずに答えてきたわ」
「あの出鱈目な仕上がりは圧巻だった」
「わたし、演技派なの」
彼女はクスクス笑うと私の背後に立ち、私の首に腕を回す。
私は彼女の好きにさせた。
「確かに演技派だ」
「悪いお口ね。 つねるわよ」
アリスは私のくだらない軽口には動じない。
眩しい金色に眩む事もない。
彼女は私から離れないまま、小さく息をついた。
ふとした動作の中で時折香る色香に、彼女がとっくに大人の女性だと思い知らされる。
私は彼女の頬に唇を寄せた。
「煙草がないから、口寂しいのかしら」
「君の口もそこそこ悪い」
「つねってみてもいいわよ? 仕返しをするわ」
くすぐったそうにする彼女は楽しげに笑った。
私は部屋に飾られている金色の花瓶を睨み付けてから、アリスを抱き寄せた。
***
死ノ国。
名は体を表すというが、その名の通り死者でさえ諦めと後悔を感じる程に荒涼な土地だ。
暗く、陰気で、多くの価値観に於いて忌避される要素がふんだんにあしらわれた 陰鬱の見本市のような国だ。
喩えるならば留置所や刑務所に近しいだろうか。
黄金ノ国またはその他の国々で選ばれなかった 病死や自死、事故死に加え、生前は犯罪者だといった尖った経歴を持つ魂が運ばれてくる。
行き着く所のなかった死者の流れ着く先といってもいいし、ふるいにかけられて選別された死者の集う先といってもいい。
この国は特殊で、集う魂達に “刑罰” として輪廻── 再度の生── を与える役割を持つ。
具体的な “刑罰” が決定されるまでの途方もない待ち時間を、魂達は作業── つまるところ労働を強いられて過ごすことになる。
私達はすれ違う “被告人” の魂達から恭しい一礼を受けながら、錆びついて今にも崩れそうな鉄製の城に向かっていた。
私達の住まう宮殿だった。 冷たい風に剥がされた城壁の錆が舞うのが見える。
アリスがそっと足を止めて私を振り向いた。
「わたし、黄金ノ国では産まれていないわ」
「……アリス。 君にとってつまらない質問をしたのなら謝る」
「そんなことはないのよ。 答えていなかったことを思い出しただけ。 あのね、わたしはこの国の外れにある深い森で産まれたの」
「森……? そこに両親がいるのか?」
「おとうさまはわからないけれど、おかあさまは暮らしているわ。 それで、どうしたのかしら」
「私は君の両親に挨拶をしていないだろう」
「あいさつ?」
「私達は一般的に婚姻の前後に互いの両親に挨拶して回るんだが……この国には君の両親が居ないようだったから、あの場で聞いた。 そうした行いが魔族の君達にはない文化なら忘れてくれて構わないし、事情があるなら無理強いもしない」
アリスは私を見つめて繰り返し瞬きした。
みずみずしい翠が私をとらえて幾度も輝く。
「従者も付けずに外に行ったんだ。 エドアルドが説教カンペの大袋を片手に待ち構えているだろう。 ……早く戻ろう、アリス」
「ロレンツォが、婚姻って言った……」
「それがどうかしたのか」
アリスは予告なく私に勢い良く飛び付いた。
私はバランスを崩して勢いのままに後ろによろけた。
それでもなんとかアリスを抱き止めると、彼女はきらきらとした視線と格別の笑顔を私に向けた。
「ある意味では あなたが死んだのを良いことに、強引にあなたをわたしの隣に置いたのに……。 わたしのこと、お嫁さんって認めてくれているのね? ……そういえば、珍しくあなたの方から わたしを誘ってくれたものね?」
彼女が間髪入れずに 『嬉しくて泣いちゃう』 等と私の腕の中で例の如く予告なく声を上げて涙を流し始めた頃、痺れを切らして錆びついた城から飛び出してきたらしい従者のエドアルドが飛行して来るのが見えて、溜め息が自然と溢れ出た。
***
「アリス様を泣かせやがって。 第一声が『エド、ちり紙』だったのは何とかならかったのか? もはや動詞もないんだぜ。 その後はオマエの惚気話がエンドレス。 ……黄金ノ国まで行って、何してたんだよ?」
「特に意味を成さない常日頃の会合だった。 ところで、アリスが旅行先を鉄ノ森にすると意気込んでいるが、その場所に彼女の母親が暮らしているのか」
「ああ……そういえば忙しくて身の上話をする暇もなかったよな。 そうだな、鉄ノ森にアリス様の母君がいらっしゃる」
私がエドアルドと落ち合うのは、いつも決まって2階の廊下を突き当たった小部屋から続く小さなベランダだった。
俗にいう吸血鬼のエドアルドは柵にもたれ掛かり、気だるげにしている。
私は廃棄品同然の錆び付いたチェアに腰掛けて喫煙を嗜んでいた。
「まあ……アリス様は至極喜んでいらっしゃるし、オマエもその気なら行ってやれよ。 ただ、アリス様の母君は黄金ノ国で胡座をかいている生温い連中と違って、恐ろしい御方だから粗相はするなよ」
「単に我が儘で自己中心的且つヒステリックで他者の手に負えないだけだろう。 その点ではアリスの右に出る女などいない」
「それは── そうだな」
エドアルドは一瞬考えたが、すぐに首を横に振り、明るい金色の瞳を細めて小さく笑った。
アリスは彼を真面目だと形容したが、実際にその通りで、私は彼の真面目さは嫌いではなかった。
「そういえば、アリス様はオマエが妙に積極的だったと興奮していたが、何か風の吹き回しでもあったのか?」
「自分の置かれている状況をようやく理解し始めた」
「遅くないか? いやまあ、オマエに選択権はなかったから振り回されてたってのはあるんだろうけどさ」
「出張中、アリスを抱こうとしたが、花瓶に監視の目を感じて気を殺がれた」
「なあ。 その脈絡もない報告、要ったか?」
私は無遠慮にシガレットに火を点けた。
私は時々、嘘をつく。
昔からそれは決まって、アリスに関わる事柄だった。
見下ろすと、行灯を持って歩く魂達の姿が見えた。
彼らは見回りや警備の担当だろう。
そのうちの1人が私の視線に気がついた。
魂達は歩みを止めてこちらを見上げ、私とエドアルドに手を振った。
「おい! サボんなよ!」
エドアルドはどこか楽しげに彼らに声をかけた。
私はシガレットを持つ手を軽く挙げて、それを彼らへの挨拶とした。
***
「おかあさまにお手紙を出すわね。 といっても、もう作ってあるから、内容を朗読するわ。 ロレンツォは聞いていてね。 Dear, My Mom」
「上出来だ。 そのまま出してくれて構わない」
「ご清聴をありがとう。 エド、お手紙の配達をよろしくね」
「……。 ……かしこまりました」
エドアルドはアリスから封を閉じた手紙を受けとると、頭を下げて一礼してその場を後にした。
あれから数日が経ち、具体的とまではいかないものの、件の “旅行” についての日取りが見え隠れするようになっていた。
アリスはエドアルドを見送ると、シガレットと戯れていた私の隣に着席した。
「きっとこれから、あなたにとって不思議なことがたくさん起きるわ」
「死体がその辺りを彷徨いたりとな」
「その死体さん、白昼堂々と歩きタバコをしちゃって、黄金ノ国の門番さまに注意されていたのよね。 ── あなたは確かに死んだけれど、確かに生きているのよ」
黄金ノ国。 死ノ国。 鉄ノ森。
全て私の知る地図帳には記載されていない地名だ。
これらの名をどこかで見聞きしたとすれば、御伽話を紹介する絵本か何かを触った時だろう。
死を以て、私は彼女── アリスと共に児童書の中にでも綴じられてしまったのだろうか。
つい最近まで、自分自身の存在そのものに疑問を抱いていたのは事実だった。
アリスと目を合わせた。
彼女は物怖じせず、私と見つめ合った。
「エドアルドが、君の母親は我が儘で自己中心的且つヒステリックで他者の手に負えないと言っていた。 黄金ノ国の会合よりは退屈しなさそうだ」
「あなたが言ったんでしょう?」
「彼も同調はした。 上には上がいる事にも同意を得ている」
「上には上がいるって、何の話かしら? あら、今日は口寂しくなさそうね」
「お陰様で。 まさか外に出る門を潜るまで返却されないとは思っていなかった。 あの男は好まん」
演技派な女は艶やかな桃色の唇で柔らかな弧を描き、いたずらに微笑んでは、私の頬に口付けた。
彼女の仕返しは甘い。
次に捲るページに描かれる世界がどういったものか、まだ予測も検討もつかないが── 否、ろくでもなさそうな女と出会いそうな事は確定していたんだったか── 私はこの先どんな “刑罰” が下されるのかも知らないままに、彼女── アリスと共に、想像よりも多種多様で広大だった世界の隅で生きていくのだろう。
今頃になって自分自身で納得ができたわけだが、それは始まりにすぎなかった。
(『 WONDERLAND 』 ……おわり)
「なあに? 新婚旅行の日取りが決まったの? ロケーションはやっぱり南国かしら?」
「くだらないことを画策していると、またエドアルドに説教されるぞ」
「彼って真面目だものね」
黄金ノ国。
名は体を表すというが、その名の通り成金でさえ吐き気と目眩のする程に金色に輝く眩しい国だ。
私達の所属する死ノ国は、黄金ノ国の属国であり、定期的に開かれる退屈な会合に呼び出される。
誰もが右から左に聞き流す談合からようやく束の間を解放され、宮殿内のケバケバしい部屋でアリスとふたり、羽を伸ばしていた。
「君はこの国で生まれたのか?」
「どうして、そんなことを聞くの?」
「私はあまりにも君の事を知らない」
「あなたのする根掘り葉掘りの質問に1つの空欄も出さずに答えてきたわ」
「あの出鱈目な仕上がりは圧巻だった」
「わたし、演技派なの」
彼女はクスクス笑うと私の背後に立ち、私の首に腕を回す。
私は彼女の好きにさせた。
「確かに演技派だ」
「悪いお口ね。 つねるわよ」
アリスは私のくだらない軽口には動じない。
眩しい金色に眩む事もない。
彼女は私から離れないまま、小さく息をついた。
ふとした動作の中で時折香る色香に、彼女がとっくに大人の女性だと思い知らされる。
私は彼女の頬に唇を寄せた。
「煙草がないから、口寂しいのかしら」
「君の口もそこそこ悪い」
「つねってみてもいいわよ? 仕返しをするわ」
くすぐったそうにする彼女は楽しげに笑った。
私は部屋に飾られている金色の花瓶を睨み付けてから、アリスを抱き寄せた。
***
死ノ国。
名は体を表すというが、その名の通り死者でさえ諦めと後悔を感じる程に荒涼な土地だ。
暗く、陰気で、多くの価値観に於いて忌避される要素がふんだんにあしらわれた 陰鬱の見本市のような国だ。
喩えるならば留置所や刑務所に近しいだろうか。
黄金ノ国またはその他の国々で選ばれなかった 病死や自死、事故死に加え、生前は犯罪者だといった尖った経歴を持つ魂が運ばれてくる。
行き着く所のなかった死者の流れ着く先といってもいいし、ふるいにかけられて選別された死者の集う先といってもいい。
この国は特殊で、集う魂達に “刑罰” として輪廻── 再度の生── を与える役割を持つ。
具体的な “刑罰” が決定されるまでの途方もない待ち時間を、魂達は作業── つまるところ労働を強いられて過ごすことになる。
私達はすれ違う “被告人” の魂達から恭しい一礼を受けながら、錆びついて今にも崩れそうな鉄製の城に向かっていた。
私達の住まう宮殿だった。 冷たい風に剥がされた城壁の錆が舞うのが見える。
アリスがそっと足を止めて私を振り向いた。
「わたし、黄金ノ国では産まれていないわ」
「……アリス。 君にとってつまらない質問をしたのなら謝る」
「そんなことはないのよ。 答えていなかったことを思い出しただけ。 あのね、わたしはこの国の外れにある深い森で産まれたの」
「森……? そこに両親がいるのか?」
「おとうさまはわからないけれど、おかあさまは暮らしているわ。 それで、どうしたのかしら」
「私は君の両親に挨拶をしていないだろう」
「あいさつ?」
「私達は一般的に婚姻の前後に互いの両親に挨拶して回るんだが……この国には君の両親が居ないようだったから、あの場で聞いた。 そうした行いが魔族の君達にはない文化なら忘れてくれて構わないし、事情があるなら無理強いもしない」
アリスは私を見つめて繰り返し瞬きした。
みずみずしい翠が私をとらえて幾度も輝く。
「従者も付けずに外に行ったんだ。 エドアルドが説教カンペの大袋を片手に待ち構えているだろう。 ……早く戻ろう、アリス」
「ロレンツォが、婚姻って言った……」
「それがどうかしたのか」
アリスは予告なく私に勢い良く飛び付いた。
私はバランスを崩して勢いのままに後ろによろけた。
それでもなんとかアリスを抱き止めると、彼女はきらきらとした視線と格別の笑顔を私に向けた。
「ある意味では あなたが死んだのを良いことに、強引にあなたをわたしの隣に置いたのに……。 わたしのこと、お嫁さんって認めてくれているのね? ……そういえば、珍しくあなたの方から わたしを誘ってくれたものね?」
彼女が間髪入れずに 『嬉しくて泣いちゃう』 等と私の腕の中で例の如く予告なく声を上げて涙を流し始めた頃、痺れを切らして錆びついた城から飛び出してきたらしい従者のエドアルドが飛行して来るのが見えて、溜め息が自然と溢れ出た。
***
「アリス様を泣かせやがって。 第一声が『エド、ちり紙』だったのは何とかならかったのか? もはや動詞もないんだぜ。 その後はオマエの惚気話がエンドレス。 ……黄金ノ国まで行って、何してたんだよ?」
「特に意味を成さない常日頃の会合だった。 ところで、アリスが旅行先を鉄ノ森にすると意気込んでいるが、その場所に彼女の母親が暮らしているのか」
「ああ……そういえば忙しくて身の上話をする暇もなかったよな。 そうだな、鉄ノ森にアリス様の母君がいらっしゃる」
私がエドアルドと落ち合うのは、いつも決まって2階の廊下を突き当たった小部屋から続く小さなベランダだった。
俗にいう吸血鬼のエドアルドは柵にもたれ掛かり、気だるげにしている。
私は廃棄品同然の錆び付いたチェアに腰掛けて喫煙を嗜んでいた。
「まあ……アリス様は至極喜んでいらっしゃるし、オマエもその気なら行ってやれよ。 ただ、アリス様の母君は黄金ノ国で胡座をかいている生温い連中と違って、恐ろしい御方だから粗相はするなよ」
「単に我が儘で自己中心的且つヒステリックで他者の手に負えないだけだろう。 その点ではアリスの右に出る女などいない」
「それは── そうだな」
エドアルドは一瞬考えたが、すぐに首を横に振り、明るい金色の瞳を細めて小さく笑った。
アリスは彼を真面目だと形容したが、実際にその通りで、私は彼の真面目さは嫌いではなかった。
「そういえば、アリス様はオマエが妙に積極的だったと興奮していたが、何か風の吹き回しでもあったのか?」
「自分の置かれている状況をようやく理解し始めた」
「遅くないか? いやまあ、オマエに選択権はなかったから振り回されてたってのはあるんだろうけどさ」
「出張中、アリスを抱こうとしたが、花瓶に監視の目を感じて気を殺がれた」
「なあ。 その脈絡もない報告、要ったか?」
私は無遠慮にシガレットに火を点けた。
私は時々、嘘をつく。
昔からそれは決まって、アリスに関わる事柄だった。
見下ろすと、行灯を持って歩く魂達の姿が見えた。
彼らは見回りや警備の担当だろう。
そのうちの1人が私の視線に気がついた。
魂達は歩みを止めてこちらを見上げ、私とエドアルドに手を振った。
「おい! サボんなよ!」
エドアルドはどこか楽しげに彼らに声をかけた。
私はシガレットを持つ手を軽く挙げて、それを彼らへの挨拶とした。
***
「おかあさまにお手紙を出すわね。 といっても、もう作ってあるから、内容を朗読するわ。 ロレンツォは聞いていてね。 Dear, My Mom」
「上出来だ。 そのまま出してくれて構わない」
「ご清聴をありがとう。 エド、お手紙の配達をよろしくね」
「……。 ……かしこまりました」
エドアルドはアリスから封を閉じた手紙を受けとると、頭を下げて一礼してその場を後にした。
あれから数日が経ち、具体的とまではいかないものの、件の “旅行” についての日取りが見え隠れするようになっていた。
アリスはエドアルドを見送ると、シガレットと戯れていた私の隣に着席した。
「きっとこれから、あなたにとって不思議なことがたくさん起きるわ」
「死体がその辺りを彷徨いたりとな」
「その死体さん、白昼堂々と歩きタバコをしちゃって、黄金ノ国の門番さまに注意されていたのよね。 ── あなたは確かに死んだけれど、確かに生きているのよ」
黄金ノ国。 死ノ国。 鉄ノ森。
全て私の知る地図帳には記載されていない地名だ。
これらの名をどこかで見聞きしたとすれば、御伽話を紹介する絵本か何かを触った時だろう。
死を以て、私は彼女── アリスと共に児童書の中にでも綴じられてしまったのだろうか。
つい最近まで、自分自身の存在そのものに疑問を抱いていたのは事実だった。
アリスと目を合わせた。
彼女は物怖じせず、私と見つめ合った。
「エドアルドが、君の母親は我が儘で自己中心的且つヒステリックで他者の手に負えないと言っていた。 黄金ノ国の会合よりは退屈しなさそうだ」
「あなたが言ったんでしょう?」
「彼も同調はした。 上には上がいる事にも同意を得ている」
「上には上がいるって、何の話かしら? あら、今日は口寂しくなさそうね」
「お陰様で。 まさか外に出る門を潜るまで返却されないとは思っていなかった。 あの男は好まん」
演技派な女は艶やかな桃色の唇で柔らかな弧を描き、いたずらに微笑んでは、私の頬に口付けた。
彼女の仕返しは甘い。
次に捲るページに描かれる世界がどういったものか、まだ予測も検討もつかないが── 否、ろくでもなさそうな女と出会いそうな事は確定していたんだったか── 私はこの先どんな “刑罰” が下されるのかも知らないままに、彼女── アリスと共に、想像よりも多種多様で広大だった世界の隅で生きていくのだろう。
今頃になって自分自身で納得ができたわけだが、それは始まりにすぎなかった。
(『 WONDERLAND 』 ……おわり)