IL BALLO DELLE INCERTEZZE

「……起きてない、か」

飛行中、花籠を抱き締める妖精の女は無抵抗だった。
“鉄ノ森” に静かに佇む古く錆び付いた屋敷には月の光が射し込むように落ちている。
一画の小部屋には樹木の根が逆さになって走っている。 その中央で、彼女は今も眠っていた。
オレは奇怪な根の近くに腰を下ろした。 連れてきた餌と目が合った。

「私の家族は吸血族に殺された。 ……私は、その……暗いから、友達もいなくて……。 里の誰も私なんか相手にしないから、もう死んで良いと思った。 死ぬなら、家族と同じ苦しみを味わおうと……」
「……オマエにじゃなくてオレ様の名誉のために、オマエの家族を狩ったのはあんな馬鹿みたいな連中とは違うだろうって言っておく。 アイツらじゃ一生かかっても妖精なんて狩れねーよ。 ……ま、ご協力をどうも。 連中は後でテキトーに〆る」
「あの女の子がアリス様?」
「“死ノ国” の次期領主様だ。 ……もう10年くらいは寝てる。 オマエにアリス様を見せたかったんじゃなくて、餌と話す事ももうねーし、アリス様を眺めながらの食事は悪くねーかなって思っただけだ」

妖精はまっすぐにアリス様を見つめる。
それから、躊躇いがちに口を開いた。

「この女性には強い呪いがかけられているから、それを解かないと起きない……と思う」
「アリス様の御母上・アングルボダ様が呪いをかけたんだ。 アングルボダ様は “そのうち起きる” って言ったらしいけど……見ての通りだ」
「針に糸を通すように細かい目の呪いだから、殆どの種族には分からないと思う。 この呪いは何者かに解かれる事を前提とした呪いよ」

妖精の女はオレの言葉を待たずにアリス様に歩み寄った。
妖精は他者に危害を与えるような瘴気を操らない。
オレは女を好きにさせた。

「かわいいお顔。 貴方が気に入るのもわかるわ」
「ああ、オレ様はアリス様を愛している」
「話したこともないのにね」
「初めてアリス様を見た時、オレ様はガキだった。 未熟で半端な姿をお見せせずに良かった。 なあ、もう良いか。 呪いの話の続きがないなら、そろそろ話し飽きた」
「……そうね。 でも、その前に、私の羽を切って欲しい」
「それって、オレ様にどんな利益があるんだよ」

妖精の女は黙って微笑む事を回答とした。
女が静かに広げて見せたその背に飾る薄羽は、月光の光を取り込んだように淡く輝いていた。

*

刈り取られた羽を両手に携えて、女は眠り姫に跪いた。
それから、手にした羽を眠り姫に捧げるように掲げてみせた。
まるで夜を憂いた日の光が鬨の声をあげたかのような眩しさが、この奇怪な部屋をまばゆさで焼きつくす。
輝きが落ち着いた時、眠り姫を取り囲んでいたあの気味の悪い根は消失し、姫は床に横たわっていた。

「アリス様!」

倒れ込んでいる妖精の女をよそに、オレは眩しさにまだ白黒する目を擦りながら慌ててアリス様のそばへ駆け寄り、彼女の体をそっと起こした。

「……? ……ロレンツォ……?」

小さな唇が動く。
ゆっくりと開かれた瞼に隠されていた宝石のような翠がついに姿を見せた。
オレはただ、その美しさに見惚れていた。

「ロレンツォ……じゃない……。 あなたは誰?」
「オレ様は……エドアルド・ヴィンチ── あなたの家来として生まれてきました」

アリス様の鈴のような透明な声に鼓動を弾ませながら自らの名を答える。
夢に見続けた光景だった。

「エドアルド……。 あっ……! ねえ、誰か、倒れているわ」
「アリス様!」

アリス様は突然の事に戸惑うオレの腕からするりと抜け出すと、フラフラした様子で妖精の女に近づき、女をぎゅっと抱き締めた。
目を開ける気配のない妖精の頬に触れながら、何があったのかとオレに問いかける。
死にたがりの妖精の姿を見て、急速に現実へと引き戻された。

「── なら、この妖精さんがわたしを起こしてくれたのね?」
「……そう、いうことです」
「わたしとロレンツォは、わたしのお母さまに呪いをかけられたの……。 眠る間、もう、解けないと思っていたくらいよ。 お母さまの呪いを解くなんて、相当な力を使ったに違いないわ」

アリス様は心配そうに妖精の女に 「妖精さん」 と呼び掛けた。 返事はない。
衰弱から、放っておけばこの妖精は死ぬだろう。
アリス様は妖精を抱き締めながら、その麗しい瞳でオレを見る。

「エドアルド」
「はい、アリス様」
「あなたは吸血族ね。 それも、純血の吸血族。 わたし、わかるわ。 妖精はあなたの……上等な食糧ね」
「ご名答。 さすがです、アリス様。 アナタを眺めて食べようと思って連れてきたんですよ」
「この妖精はわたしと違って呪いを受けていないわ。 ……あなたも、したことないわよね。 これって、条件は揃っているのかしら?」

アリス様の腕の中で息を引き取ろうとする女を見た。
オレはこの妖精の女に勝手に死なれてしまう事が許せなかった。

「吸血族のオレ様が妖精族をね……。 アナタが呪われてなけりゃなあ……。 ……アリス様、オレ様にその女を渡したら、目を閉じていただけますか」

アリス様は不安気にも頷き、壊れ物を扱うように優しく女をオレに渡すと、オレがずっと恋い焦がれては眺めたかった瞳を静かに閉じた。
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