IL BALLO DELLE INCERTEZZE

森の中をゆったりと歩いているのは間違いなく妖精の女だった。
女の歳は自分とそう変わらないように見えた。
個々人での武力に乏しい妖精が、たった1羽で棲みの里を出ることは極めて珍しい。
ましてや、女は妖精族お得意の “こびと化” もせず、日の当たる山道を堂々と花籠を抱えて森の奥へと歩いていた。
強烈な違和感を覚えながら女を暫く眺めていたが、やがて女は木の陰に潜んでいたオレの前を通りすぎようとした頃に立ち止まった。

── 気付かれた。

女がこちらの気配を察知したのなら、逃げられる前に狩るしかない。
オレは羽を広げて女に飛びかかった。
花籠が放り出され、摘まれたらしいまだ新鮮な花が無様に地面に散る。
絵面なんかどうでも良かった。
妖精はオレの餌だった。

*

妖精の女は眉の輪郭をピクリとも動かさずに自分を捕らえているオレを見る。
非力なままに大騒ぎをして命を乞われるのがセオリーだが、女は声を出さなかった。
いつもは掻き切ってしまう餌の首に爪を当てたが、それでも女は動じない。
餌と見つめあったのは、これが始めてだった。
女は桃色の瞳にオレを映した。

「どうしたの? 首を切らないの?」
「別に、腹は減ってない」
「でも、貴方は私を捕まえた」
「妖精サマを狩るチャンスは滅多とないからな」
「なら、切れば良い。 私の家族にそうしたみたいに」
「あー……悪いけど、餌の家族の話とかどうでもいい。 ってか、妖精の分際でオレ様に命令するなっての」

オレは思わず女を突き飛ばした。
ようやく女は小さな悲鳴を上げたが、尻餅をつくことはなく羽を広げて体勢を整えた。
女が焦りを見せた事で妙に安堵した自分自身が気色悪く思えて、食欲はついに失せてしまった。

「なんだよ? 逃げないのかよ?」
「逃げない。 生きていく意味なんて、今の私は持っていない」
「生きていく意味って自分で見出だすモンじゃねーの? まあ、いいや。 オレ様が餌と初めて話した記念に忠告しておいてやる。 この一帯にオレ様達の同族がうろついてる。 妖精なんてご馳走、見つけたら狙われるだろうぜ。 理解したならさっさと失せな」
「だからここに来たのよ。 私達妖精族だって情報がない訳じゃないの。 お腹を空かせた吸血族がいるって聞いたから。 ……貴方達も苦労してるのね」
「ここに集まるような連中とオレ様を一緒にすんなっての! オレ様は── いや、ちょっと待て。 オマエ、どうせ死ぬ気ならオレ様に付き合えよ」

妖精の女はオレの言葉に目を丸くする。 女は動揺を見せた。
これまで妖精達からどんなに命乞いをされたって、願い1つ、遺言1つ許してやらなかったが、ここでオレが妖精とまともな言葉を交わしたのは、オレ自身に本当なら関わりたくない事情があったからだった。
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