ある老婆の宝の話
「ねえ、お母さんってお父さんとどうやって付き合ったの?」
「急にどうしたの?」
「なんかさ~。ちょっと……恋バナききた~いって」
夕方。
学校から帰った少女は珈琲片手に読書をしながらくつろぐ母親に絡んでいる。
娘の期待に満ちた視線に、母親は本に栞を挟んだ。
「もう……。 仕方ないわね。 美術館よ。 宝石で作られた封筒の展示の前で出会ったの」
「ああ、あの変な手紙のやつ? あの封筒、今の技術でも作れないオーパーツなんだよね?」
「そう。 手紙は……死ぬのは構わなかったけど、最後におばあさんの名前を呼んであげたい、みたいな内容だったかしら?」
「よく分からないし、ちょっとホラーだよね」
母親は微笑む。 娘は興味津々に耳を傾けた。
「あの手紙自体、誰かがイタズラで入れたって言われてるし……。でも、不思議な気持ちになったのよ。 眺めていたら、彼がいつの間にか近くにいて」
「一緒に見てたの?」
「そう。 不思議よねって、話したんだけど、なんだかその時、本当に……こう……うまく説明が出来ないんだけど……」
「一目惚れしたんだ!」
「もう、やめてよ。 でも、あなたのお父さんって昔から変わらないのよ。 無口だけど、優しいでしょう」
「そんなに無口でもないと思うけど?」
「私には無口なのよ。 ま、あの人は照れ屋だからね~」
会話を飾るように、玄関が開く音がした。
娘は話を中断して嬉しそうに廊下へ出た。
母親は困ったように笑うと、新しい珈琲を準備する。
「おかえりー! 今ね、お母さんがお父さんに一目惚れした話を聞いてたの」
「そうだったのか。 でも、ちょっと違うな。 なぜなら……一目惚れしたのは僕なんだよ」
「そうなの?!」
「母さん、綺麗だろ? 今でも気恥ずかしくって名前も呼べないんだから……」
「うわっ、お父さん、ウツワちっさ!! そんなんじゃ美術館にあった変な手紙みたいに最後に名前を呼びたかったーとか言うようになるよ?」
「ああ、あの手紙か……。 そうだね……あの手紙からは確かに一抹の後悔のようなものを感じたな……」
「ホラ、ちゃんと言いなよぉ。 今日は “母さん” じゃダメだからね。 お父さんの事、照れ屋の無口だーって言ってたよ?」
「失礼な。 やる時はやる。 どんな川だって渡ってみせよう」
「お父さん。 なんかそれ、違うくない?」
娘と父親が居間に入ると、母親はにっこりと微笑んだ。
娘に催促された父親は発言通り気恥ずかしそうに珈琲を支度している妻を見た。
娘が肘で父親の脇腹を軽く小突く。
父親は軽く息を吸った。
「ただいま、ケリー!」
(おしまい)
*
次ページは後書きです。
「急にどうしたの?」
「なんかさ~。ちょっと……恋バナききた~いって」
夕方。
学校から帰った少女は珈琲片手に読書をしながらくつろぐ母親に絡んでいる。
娘の期待に満ちた視線に、母親は本に栞を挟んだ。
「もう……。 仕方ないわね。 美術館よ。 宝石で作られた封筒の展示の前で出会ったの」
「ああ、あの変な手紙のやつ? あの封筒、今の技術でも作れないオーパーツなんだよね?」
「そう。 手紙は……死ぬのは構わなかったけど、最後におばあさんの名前を呼んであげたい、みたいな内容だったかしら?」
「よく分からないし、ちょっとホラーだよね」
母親は微笑む。 娘は興味津々に耳を傾けた。
「あの手紙自体、誰かがイタズラで入れたって言われてるし……。でも、不思議な気持ちになったのよ。 眺めていたら、彼がいつの間にか近くにいて」
「一緒に見てたの?」
「そう。 不思議よねって、話したんだけど、なんだかその時、本当に……こう……うまく説明が出来ないんだけど……」
「一目惚れしたんだ!」
「もう、やめてよ。 でも、あなたのお父さんって昔から変わらないのよ。 無口だけど、優しいでしょう」
「そんなに無口でもないと思うけど?」
「私には無口なのよ。 ま、あの人は照れ屋だからね~」
会話を飾るように、玄関が開く音がした。
娘は話を中断して嬉しそうに廊下へ出た。
母親は困ったように笑うと、新しい珈琲を準備する。
「おかえりー! 今ね、お母さんがお父さんに一目惚れした話を聞いてたの」
「そうだったのか。 でも、ちょっと違うな。 なぜなら……一目惚れしたのは僕なんだよ」
「そうなの?!」
「母さん、綺麗だろ? 今でも気恥ずかしくって名前も呼べないんだから……」
「うわっ、お父さん、ウツワちっさ!! そんなんじゃ美術館にあった変な手紙みたいに最後に名前を呼びたかったーとか言うようになるよ?」
「ああ、あの手紙か……。 そうだね……あの手紙からは確かに一抹の後悔のようなものを感じたな……」
「ホラ、ちゃんと言いなよぉ。 今日は “母さん” じゃダメだからね。 お父さんの事、照れ屋の無口だーって言ってたよ?」
「失礼な。 やる時はやる。 どんな川だって渡ってみせよう」
「お父さん。 なんかそれ、違うくない?」
娘と父親が居間に入ると、母親はにっこりと微笑んだ。
娘に催促された父親は発言通り気恥ずかしそうに珈琲を支度している妻を見た。
娘が肘で父親の脇腹を軽く小突く。
父親は軽く息を吸った。
「ただいま、ケリー!」
(おしまい)
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