ある老婆の宝の話
「はぁ~~~?! いいっっっ加減にしろよ! 墓荒らしじゃんかよ?!」
エドアルドは館中に響き渡る程の大声と共に、私を睨み付けた。
私は彼の淹れた紅茶を啜る。 彼が私の提案に『エヌジィ』を突きつけてくるのはいつものことだった。
私は特に何も気にせずに会話を繋げた。
「限りなく死んだ状態で生きてはいるんだろう。 なら、掘り起こせばいい」
「そんなことするより、国に1歩入りゃ終わりなんだよ。 だいたい、棺桶には鍵がかけられてるだろ」
「掘り起こすなら壊すのがセオリーだろう。 だいたい、スラムで機能的な棺桶が使われていると思うのか? おおかた、その辺りに転がっていたジャンクの箱にぶちこまれただけだ」
「だからって……国王様のご要望でもオレ様はパスだ」
「どうしたの?!」
慌てた様子で部屋に入ってきたのは入浴のために席を外していたアリスだった。
白い肌が紅潮し、柔い桃色の髪はまだ濡れたままだった。
彼女は丁寧に造られた人形のような大きな瞳を潤ませて不安げにエドアルドを見つめた。
「エド、何があったの……?」
「アリス様。 申し訳ございません。 オレ様としたことが、つい……」
エドアルドは驚きと焦りを露にした。
彼はこよなくアリスを愛している。 途端に態度を軟化させながら私を睨んだが、アリスはそれを見逃さなかった。
彼女は口を尖らせてむっとした表情を浮かべると、細い腰に手を当てて仁王立ちしてエドアルドを見つめた。
エドアルドは観念したように項垂れた。
「わたしだけに内緒なのね」
「ああ……もう……あの爺さん、帰しちまおうかな……」
「おじいさん?」
「実は──」
*
「そう……かわいそうね。 どうにかしてあげられないかしら?」
「ロレンツォサマが、墓を掘り起こそうって。 そこまでしてやったって、あの爺さんの先は長くないし、あまりにも特別扱いになる。 国民から非難ゴーゴーになっちまうって」
「そうね。 話を聞く限り、もう平均寿命を過ぎているし……国民には平等な対応をしたいわよね。 何より、地上に迷惑がかかっちゃうから……わたしもロレンツォの案には反対よ。 でも……入国はしてくれないのよね」
「なあ、もう、引っ張ってっちまおうぜ。 国に入りさえすれば婆さんの事なんか忘れちまうって。 自分の名前さえも記憶に残らないのに」
「話の腰を折るが、エマについてはどう説明するんだ。 彼女は子どもを残した事を覚えていたんだろう」
私の横入りにアリスが答える。
「そうね。 万が一、エマのようにこの地に足を踏み入れてもおばあさんの記憶を持ち続けていれば、トマスさんは “特権” を得ることになるわ」
「じいやにでもするか。 明日の今頃は彼もここで茶会をしているかもしれんな」
「その茶会が開かれるのは天文学的な確率だけどな」
アリスがようやく微笑んだ。
私はいつものように──そう、地上で暮らしていたあの頃のように── シガレットの煙を燻らせる。
バカは死んでも治らないという定型文が事実であることを自分自身が証明するとは夢にも思わなかった。
「今から、カロンの元へ行くわ」
「アリス様。 オレ様が飛んで運びますから、アリス様はゆっくり休んでいてください。 こちらでどうにかなります」
「どうせ忘れてしまうから乱暴していいっていうのは、よくないわ。 栄養も与えられていないんだから、地上に残された身体は長くないの。 その状態で “生死をさ迷う” のはとても危険よ。 帰る場所も、行く場所もない魂になってしまう……誰にも相手をされず未来永劫さ迷い続ける……一心におばあさんを想う彼にそんな魂になって欲しくないの。 それに、わたしにはトマスさんの気持ちが痛い程にわかるのよ」
アリスは私を見た。
私は彼女との出逢いを思い出した。
“ ロレンツォ。 ずっと探していたのよ ”
彼女は初対面の私にこう言った。
当時は子どもの冗談だと流していたが、彼女は本当に私を探し続けていた。
人一倍、恋愛感情に脆い彼女があの老いた男に同情を寄せるのは無理もないのかもしれない。
「未来永劫さ迷う……すまないな、そうとは知らずに」
「あなたは知らなかったんだから気にしないで。 助けてあげたかったんでしょう」
「己が埋葬されてもまだ会いたいとごねる老婆がどんな女なのか見てみたくてな」
「素直じゃなくて、かわいいわ。 ……それじゃあ、エド。お願いね」
小さな溜め息とともに、エドアルドは頷いた。
エドアルドは館中に響き渡る程の大声と共に、私を睨み付けた。
私は彼の淹れた紅茶を啜る。 彼が私の提案に『エヌジィ』を突きつけてくるのはいつものことだった。
私は特に何も気にせずに会話を繋げた。
「限りなく死んだ状態で生きてはいるんだろう。 なら、掘り起こせばいい」
「そんなことするより、国に1歩入りゃ終わりなんだよ。 だいたい、棺桶には鍵がかけられてるだろ」
「掘り起こすなら壊すのがセオリーだろう。 だいたい、スラムで機能的な棺桶が使われていると思うのか? おおかた、その辺りに転がっていたジャンクの箱にぶちこまれただけだ」
「だからって……国王様のご要望でもオレ様はパスだ」
「どうしたの?!」
慌てた様子で部屋に入ってきたのは入浴のために席を外していたアリスだった。
白い肌が紅潮し、柔い桃色の髪はまだ濡れたままだった。
彼女は丁寧に造られた人形のような大きな瞳を潤ませて不安げにエドアルドを見つめた。
「エド、何があったの……?」
「アリス様。 申し訳ございません。 オレ様としたことが、つい……」
エドアルドは驚きと焦りを露にした。
彼はこよなくアリスを愛している。 途端に態度を軟化させながら私を睨んだが、アリスはそれを見逃さなかった。
彼女は口を尖らせてむっとした表情を浮かべると、細い腰に手を当てて仁王立ちしてエドアルドを見つめた。
エドアルドは観念したように項垂れた。
「わたしだけに内緒なのね」
「ああ……もう……あの爺さん、帰しちまおうかな……」
「おじいさん?」
「実は──」
*
「そう……かわいそうね。 どうにかしてあげられないかしら?」
「ロレンツォサマが、墓を掘り起こそうって。 そこまでしてやったって、あの爺さんの先は長くないし、あまりにも特別扱いになる。 国民から非難ゴーゴーになっちまうって」
「そうね。 話を聞く限り、もう平均寿命を過ぎているし……国民には平等な対応をしたいわよね。 何より、地上に迷惑がかかっちゃうから……わたしもロレンツォの案には反対よ。 でも……入国はしてくれないのよね」
「なあ、もう、引っ張ってっちまおうぜ。 国に入りさえすれば婆さんの事なんか忘れちまうって。 自分の名前さえも記憶に残らないのに」
「話の腰を折るが、エマについてはどう説明するんだ。 彼女は子どもを残した事を覚えていたんだろう」
私の横入りにアリスが答える。
「そうね。 万が一、エマのようにこの地に足を踏み入れてもおばあさんの記憶を持ち続けていれば、トマスさんは “特権” を得ることになるわ」
「じいやにでもするか。 明日の今頃は彼もここで茶会をしているかもしれんな」
「その茶会が開かれるのは天文学的な確率だけどな」
アリスがようやく微笑んだ。
私はいつものように──そう、地上で暮らしていたあの頃のように── シガレットの煙を燻らせる。
バカは死んでも治らないという定型文が事実であることを自分自身が証明するとは夢にも思わなかった。
「今から、カロンの元へ行くわ」
「アリス様。 オレ様が飛んで運びますから、アリス様はゆっくり休んでいてください。 こちらでどうにかなります」
「どうせ忘れてしまうから乱暴していいっていうのは、よくないわ。 栄養も与えられていないんだから、地上に残された身体は長くないの。 その状態で “生死をさ迷う” のはとても危険よ。 帰る場所も、行く場所もない魂になってしまう……誰にも相手をされず未来永劫さ迷い続ける……一心におばあさんを想う彼にそんな魂になって欲しくないの。 それに、わたしにはトマスさんの気持ちが痛い程にわかるのよ」
アリスは私を見た。
私は彼女との出逢いを思い出した。
“ ロレンツォ。 ずっと探していたのよ ”
彼女は初対面の私にこう言った。
当時は子どもの冗談だと流していたが、彼女は本当に私を探し続けていた。
人一倍、恋愛感情に脆い彼女があの老いた男に同情を寄せるのは無理もないのかもしれない。
「未来永劫さ迷う……すまないな、そうとは知らずに」
「あなたは知らなかったんだから気にしないで。 助けてあげたかったんでしょう」
「己が埋葬されてもまだ会いたいとごねる老婆がどんな女なのか見てみたくてな」
「素直じゃなくて、かわいいわ。 ……それじゃあ、エド。お願いね」
小さな溜め息とともに、エドアルドは頷いた。