SHORT CHIAKI MORISAWA
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「お疲れ様です~」
「はーい、お疲れ」
大きなビルを背にして、私は思い切り伸びをした。これから事務所に戻るセンパイは事務所の車に乗り込んで目の前を通り過ぎていった。ここと事務所の間に自宅がある私は、ここ最近の連勤のご褒美に直帰を認められたのだ。
美容師として仕事をして、ひょんなことから芸能の世界に飛び込んで数年。センパイの後ろに一生懸命くっついていた甲斐があって、いろいろな現場に連れて行ってもらえるようになった。今日はバラエティの撮影で、メイク道具を持ってテキパキとメイクを施しているセンパイの手さばきにほれ惚れするのはもちろんだけど、メイクをされている相手に私の視線は釘付けだった。
(千秋くんの顔をあんなに近くで拝んでしまった……)
この世界に飛び込むきっかけになったアイドル、守沢千秋くん。私よりも幾分か年下だけど、溢れんばかりの包容力と時折見せる色気のある目線に夢中だ。今日のバラエティでもメイクの見え方のために撮影中を見せてもらえて本当によかった。最高だ。
メイク中も、にこやかに笑いながら「どうぞどうぞ! 俺の顔で良ければいつでも!」と言ってくれて、私は先輩のメイクの解説を存分に聞くことが出来た。何という懐の深さ。
千秋くんの存在を知ったとき、彼はもう売れっ子のアイドルだった。私は千秋くんに会うために、これまで数々のチケット争奪戦に勝利してきた。出たグッズはほとんど買った。何でもっと早く出会わなかったんだろう、こんなアイドルの原石が夢ノ咲にいたなんてと理不尽に泣いた夜もあった。女性疑惑もほとんど出ない、推していて気持ちのいいアイドル。そのくらい、千秋くんは私の人生に彩りを与えてくれた恩人なのだ。
明日は久しぶりのオフだから、流星隊のライブDVD上映会でも開催しよう。主催私、参加私の。
私はふんふんと鼻歌でも歌いたい気分で駅の方へ足を向ける。夕ご飯はちょっと奮発しようかななんて気分が上がる。……あれ、こっち駅じゃないな? 私は自分が人の流れと逆方向に向かっていることに気づいてくるりと踵を返した。そのときだ。
(え!)
体を回転させた先に、マスクと眼鏡をした茶髪の青年が立っていた。スマホを耳に当てて、何か会話をしているようだ。普段だったら、絶対に目に入らないようなどこにいでもいる青年に見えるのに。私のアイドルオタクとしての本能が叫んでいる。この人、見たことあるぞと。
青年はゆっくりと歩きながら電話口に向かって何かを話しかけた。返事があったのか、くすりと笑って表情を綻ばせる。その表情は普段元気に振る舞っている"彼"とは全く似ても似つかなくて、でも髪型と優しい瞳が何度も何度も繰り返し見てきた"彼"で。プライベートの"彼"はこんな表情をするのかとちょっと垣間見た優越感に浸りそうになる。
私は駅に向かってゆっくりと足を動かした。私なんか眼中にない"彼"は誰かと会話をしながら私の近くを歩き続けている。
「よかった。また徹夜してたんだろう? ……これから暇か? 何か食べに行こう」
……待ち合わせしてる。
私は彼の横をゆっくりと通り過ぎながら会話に聞き耳を立てた。本当は良くないのは分かってるんだけど。彼は優しい笑顔で笑っていた。
テレビで見る彼は、いつも元気だ。後輩たちを支えながら体を張る姿をずっと見てきた。ヒーローとして地球の平和を守る彼に、私もずっと守られてきたんだ。……でもこんな表情は、きっと見たことがない。まるで何かを慈しむかのように目を細めて、唇の端を少しだけ上げる。
その顔を見て、そうだと言われたわけでもないのに一つの仮説が本物になった気がした。
「名前? 今なんて言ったんだ?」
通話の音が遠くなったのか、彼は大きめの声で名前を呼んだ。別に私の名前じゃない。知らない女の子の名前だ。
そうだよね。だって、千秋くんだもん。彼女の一人や二人、いるよね。
千秋くんと背中を向かい合わせて、私は駅に向かって地面を蹴った。大慌てで改札を通って、家の方向とは逆の事務所に向かう方向の電車に乗り込んだ。
*
「先輩!」
「え? アンタ、どうした?」
最近たくさん出てくれてるから、と早く帰してくれた先輩は事務所に飛び込んできた私の姿を見て目を見開いた。
「ちょっと、顔貸してもらえませんか」
「……何かあった?」
「練習しないといけない理由が出来たんです」
千秋くんが今の何倍も輝ける手伝いがしたい。
私はカバンから物を取り出しながら、一つの優越感に目を細めた。
「はーい、お疲れ」
大きなビルを背にして、私は思い切り伸びをした。これから事務所に戻るセンパイは事務所の車に乗り込んで目の前を通り過ぎていった。ここと事務所の間に自宅がある私は、ここ最近の連勤のご褒美に直帰を認められたのだ。
美容師として仕事をして、ひょんなことから芸能の世界に飛び込んで数年。センパイの後ろに一生懸命くっついていた甲斐があって、いろいろな現場に連れて行ってもらえるようになった。今日はバラエティの撮影で、メイク道具を持ってテキパキとメイクを施しているセンパイの手さばきにほれ惚れするのはもちろんだけど、メイクをされている相手に私の視線は釘付けだった。
(千秋くんの顔をあんなに近くで拝んでしまった……)
この世界に飛び込むきっかけになったアイドル、守沢千秋くん。私よりも幾分か年下だけど、溢れんばかりの包容力と時折見せる色気のある目線に夢中だ。今日のバラエティでもメイクの見え方のために撮影中を見せてもらえて本当によかった。最高だ。
メイク中も、にこやかに笑いながら「どうぞどうぞ! 俺の顔で良ければいつでも!」と言ってくれて、私は先輩のメイクの解説を存分に聞くことが出来た。何という懐の深さ。
千秋くんの存在を知ったとき、彼はもう売れっ子のアイドルだった。私は千秋くんに会うために、これまで数々のチケット争奪戦に勝利してきた。出たグッズはほとんど買った。何でもっと早く出会わなかったんだろう、こんなアイドルの原石が夢ノ咲にいたなんてと理不尽に泣いた夜もあった。女性疑惑もほとんど出ない、推していて気持ちのいいアイドル。そのくらい、千秋くんは私の人生に彩りを与えてくれた恩人なのだ。
明日は久しぶりのオフだから、流星隊のライブDVD上映会でも開催しよう。主催私、参加私の。
私はふんふんと鼻歌でも歌いたい気分で駅の方へ足を向ける。夕ご飯はちょっと奮発しようかななんて気分が上がる。……あれ、こっち駅じゃないな? 私は自分が人の流れと逆方向に向かっていることに気づいてくるりと踵を返した。そのときだ。
(え!)
体を回転させた先に、マスクと眼鏡をした茶髪の青年が立っていた。スマホを耳に当てて、何か会話をしているようだ。普段だったら、絶対に目に入らないようなどこにいでもいる青年に見えるのに。私のアイドルオタクとしての本能が叫んでいる。この人、見たことあるぞと。
青年はゆっくりと歩きながら電話口に向かって何かを話しかけた。返事があったのか、くすりと笑って表情を綻ばせる。その表情は普段元気に振る舞っている"彼"とは全く似ても似つかなくて、でも髪型と優しい瞳が何度も何度も繰り返し見てきた"彼"で。プライベートの"彼"はこんな表情をするのかとちょっと垣間見た優越感に浸りそうになる。
私は駅に向かってゆっくりと足を動かした。私なんか眼中にない"彼"は誰かと会話をしながら私の近くを歩き続けている。
「よかった。また徹夜してたんだろう? ……これから暇か? 何か食べに行こう」
……待ち合わせしてる。
私は彼の横をゆっくりと通り過ぎながら会話に聞き耳を立てた。本当は良くないのは分かってるんだけど。彼は優しい笑顔で笑っていた。
テレビで見る彼は、いつも元気だ。後輩たちを支えながら体を張る姿をずっと見てきた。ヒーローとして地球の平和を守る彼に、私もずっと守られてきたんだ。……でもこんな表情は、きっと見たことがない。まるで何かを慈しむかのように目を細めて、唇の端を少しだけ上げる。
その顔を見て、そうだと言われたわけでもないのに一つの仮説が本物になった気がした。
「名前? 今なんて言ったんだ?」
通話の音が遠くなったのか、彼は大きめの声で名前を呼んだ。別に私の名前じゃない。知らない女の子の名前だ。
そうだよね。だって、千秋くんだもん。彼女の一人や二人、いるよね。
千秋くんと背中を向かい合わせて、私は駅に向かって地面を蹴った。大慌てで改札を通って、家の方向とは逆の事務所に向かう方向の電車に乗り込んだ。
*
「先輩!」
「え? アンタ、どうした?」
最近たくさん出てくれてるから、と早く帰してくれた先輩は事務所に飛び込んできた私の姿を見て目を見開いた。
「ちょっと、顔貸してもらえませんか」
「……何かあった?」
「練習しないといけない理由が出来たんです」
千秋くんが今の何倍も輝ける手伝いがしたい。
私はカバンから物を取り出しながら、一つの優越感に目を細めた。
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