SHORT KUMON HYODO
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「今日も付き合わせてごめんね、紬さん」
「いいよ、それより早く終わらせちゃおう。遅くなると左京さんが怖いからね」
シャーペンを動かす音だけが談話室に響いて、オレは頭を抱えた。あれ、この単語なんだっけ? 兄ちゃんが貸してくれた電子辞書を開く。……うわ、え、電池切れてる?
紬さんはオレの夏休みの宿題のリストとオレのワークやらプリントやらを見比べながら、足りないもの、終わっていないものにマーカーで線を引いている。散乱したプリントを丁寧にクリップでまとめてくれて、クリアファイルにしまっている。
あと数日で夏休みが終わるのだと気付くのも遅かったし、宿題が終わってないと気付くのも遅かった。去年みたいに慌てて宿題に手をつけたところに現れた救世主。今まで何人もの夏休み難民を救ってきたという紬さんが、夏休みの課題リストを作り出したところで涙が出る思いだった。……つか、椋はいつ終わらせたんだ? 一緒に公演をしたはずなのに、さっき来たら「あんまり多くなかったから」と笑っていた。でもオレは知っている。幸が積み上げていたテキストの多さを。
「九門、終わったのかー?」
「これ差し入れ。あ、紬にも」
「ありがとう、至くん」
コンビニに行ってたという万里と至さんがオレにコーラを、紬さんには紅茶。万里がケラケラと笑いながらオレの手元を覗き込み、「ここ、間違ってるぞ」と赤ペンでペケをつけていった。……くっそー!
「つか至さんも手伝えば良いじゃん。他にも終わってない奴いるだろ」
「太一は?」
「三年は宿題ねーよ」
「てことは真澄もか」
「あと最近何かやってんのは」
「……一成の課題は手伝えないかな」
「あー……」
カズさんは数日前から倉庫に籠って何か作業をしているみたいだ。時々天馬さんに引きずられるようにしてお風呂に連行されているのを見かける。カズさんがそんな風になるのは珍しいけど、誉さんが「よほど楽しいのだね」って言っていた。芸術、ってやつ?
オレは赤でつけられたペケを消しながら、自分の宿題を見つめた。オレは勉強はあんまり得意じゃないけど、こうして手伝ってもらえるんだ。もう一息だと英語のテキストを捲る。
*
「ねえ、九門くん」
「うん?」
「あ、ここ違うね。あとで一緒にやろうか」
「う……」
宿題をはじめて三日。紬さんはほとんど片付いた宿題の中から何枚かのプリントを引っ張り出すと、オレに向かってぱらぱらと捲って見せた。
「この日本史のプリントなんだけど、この枚数で合ってる?」
「え?」
オレはプリントを眺めて首を傾げた。かろうじて夏休み開始直後に手をつけたらしいプリントは、何枚か埋まっていて、残り一枚が半分だけやって終わっていた。枚数は五枚。
「九門くんの宿題、最後のプリントにいつも『これで終わりです』って書いてあるんだけど、日本史の先生は違うのかな」
「日本史って、あの男の?」
「それは知らないんだけどね」
紬さんは苦笑いしながら英語のテキストを見てくれる。オレは誰かに聞いてみようと思い、LIMEを起動した。
LIMEには何件かの通知が来ていた。明日の時間割を聞く奴、それへ誰かの返信。……やべ、上履きってどこにやったかな。
こんなときに一番頼りになりそうな奴……うーん。
オレはひとりのクラスメイトに向かってLIMEをしたためると、スマホを閉じた。きっとすぐに返事をしてくれるはずだ。
「クラスの奴に聞いてみました! あの、英語どうスか?」
「最初より大分いいよ、でもこことここは同じ間違いをしてるね。分かる?」
今日はここまでにしようか、と紬さんが言って、オレは部屋に戻った。すみーさんが「おかえり」と笑った。
「くもん、頑張ってるね~」
「ありがと、すみーさん」
「頑張ってるから、スーパーさんかくくんあげる~」
「まじすか!? あざす!」
さんかくくんのぬいぐるみを受け取ってロフトベッドに上がる。そう言えばとスマホを開くと、クラスメイトから返信が来ていた。
「多分6枚だと思うよ」
一緒に添付されていた写真には確かにプリントが六枚あって、オレは頭を抱えた。紬さんが5枚しかないって言うことはオレの手元には5枚しかないってことだ。
「まじ?!」
「マジ」
返事をすると、すぐに既読がついた。オレは部屋から飛び出してバルコニーに出ると、すぐに通話ボタンを押した。
「もしもし?」
『やほ、兵頭』
聞こえてきた声に少しだけほっとする。学校から切り離されていた分、すんなり学校に戻れそうな気がした。
『兵頭、宿題まだ終わってないの?』
「へへ、ちょっといろいろあって」
『あ、それで日本史なんだけど。やっぱり6枚っぽいよ。ちーちゃんにも聞いた』
「まじ? やべー、なんか5枚しかなくてさー」
言葉を交わしていると、ちょうど部屋から紬さんが出てきた。オレの姿を見るなり、「プリントのこと分かった?」と言い、隣にいた丞さんは「まだ終わってなかったのか」と呆れた顔をした。オレは電話口に向かって「ちょっとごめん」と言う。
「日本史のプリント、6枚っぽい」
「えぇ? 5枚しかなかったよね、どこいっちゃったのかな……」
「ま、そのうち出てくんじゃないか」
「来週から学校はじまるから、そのうちじゃダメなんだよ」
明日もう一回探してみようね、と言って紬さんは丞さんと談話室に降りていった。きっと大人の会合でもあるんだと思う。
『あの、兵頭』
「あ、ごめん。何?」
電話口に向かって謝ると、『いいよ』と笑ってくれる。いつもそうだ、オレが宿題をやっていなくて焦っていると、「ジュースね」と言って答案を見せてくれる。その笑いが、オレを何回も救ってくれていることを思い出した。
『まだやってないから、日本史の6枚目スキャンして送ろうか』
「え、いいの?!」
『いいよ、ちょっと荒くなるかもだけど』
「すげぇ助かる! ジュース!? 何がいい!?」
そう言いながらあれ、と思った。夏休み前に日本史のグループワークをしたとき、「日本史が一番好き」って言ってた気がするのに、まだ宿題やってないんだ。
『考えとくよ』
じゃあ今から送るね、と言うから慌ててお礼を言った。すぐさま切れた通話、スマホを片手にオレはもう一度首を傾げた。
……好きなもの、あとに取っとくタイプなのかな。
「青春アオハルネ?」
「ついに九門にも春が来たのか」
「春?」
「ぎゃっ」
ひっそりと耳元で囁かれて、オレは思わず跳び上がった。シトロンさんと千景さん、咲也さんが揃って立っていた。電話をしているところを見ていたらしい。
「風に当たりに来たけど、青春アオハルがいるなら遠慮しようか」
「あ、あ、アオハル?!」
「電話中にごめんね、九門くん」
慌てるオレを面白そうに見ている千景さんと、困ったように眉を下げる咲也さん。オレが手首がちぎれそうなほど手を振ると、シトロンさんはにやりと笑って言葉を続けた。
「ち、違う! そういうんじゃないから! もう終わったし!」
「オー、覚醒時代の青春アオハル、とっても大事ネ。ワタシの従者も青春してなかったからカタブツになったネ」
「学生な。そういえば、シトロンにも学生時代ってあるの?」
「もちろんネ! お城のベッドでやるヨ。夜間ネ」
「それはまた、違った教育のことだね」
「どういう意味ですか?」
「ちょっとそこ! 未成年に何てこと吹き込んでるんスか!」
飛び込んできた綴さんが千景さんたちを叱り飛ばし、首を傾げている咲也さんに向かって「お前は分からなくて良いからな」と言い含めていた。オレに向かっては「下につまみあるから腹減ったならつまんどけよ。頑張ってるしな」と言った。オレはありがたく頂戴することにして、みんなと一緒に談話室に降りていった。
「やあ、九門。進捗はどう?」
「まあまあッス」
東さんが「お腹空いた?」とおつまみをいくつか分けてくれる。大人の会合(たまに未成年)は盛り上がっているようで、何本か瓶が空になっていた。密さんもオレの隣にやってきて、「九門、頑張ってる」と言ってマシュマロを皿に載せてくれた。
「九門、宿題終わったら角煮にしような」
「臣さん、いいんスか! やった!」
「お前は根性あるんだから、もうちょっと計画的に進めろ」
「はあい」
「始業式までには終わらせろよ」
左京さんも少し赤くなった頬で言ってくれる。そのあと「坊、お前は終わったのか」とはじまったのでちょうど談話室を出ようとした莇がすげー嫌そうな顔をした。莇はあんな風に言ってるけど、談話室の電気が消灯時間を過ぎても着いてるのを知っているはずなのに、見逃してくれているのをオレは知っている。
あったかいな。
暑い夏のはずなのに、この寮はなんだかあったかい。
*
次の日、送られてきたPDFファイルを寮のプリンターからプリントを印刷しながら紬さんがほっと息をついた。
「これ、自分の答案消して送ってくれたんだね」
「え?」
「ほらここ、下の線がちょっと消えてる。修正テープで消してくれたんじゃないかな」
紬さんの指の先、ちょっと乱雑に消されたような跡があって、オレはやっぱりと頷いた。……ジュース、三本くらい追加しなくちゃ。
「……優しい子だね、お礼しなくちゃね」
「うん。あとで連絡します!」
「じゃああと一息、頑張ろうか」
「はい!」
その日の夜、オレは改めて感謝の言葉をLIMEにしたためてえいと送信した。すぐには既読はつかなくて、LIMEを閉じて、兄ちゃんに褒めてもらいに行く。「ブラコンうぜー」と言う万里はそっちのけだ。電池の切れた電子辞書は電池を入れ替えて返した。
「日本史の件、よかったな」
「うん、クラスの奴が助けてくれたんだ」
「へえ、ダチか」
「ダチっていうか、女子だし」
「……女子?」
万里の目が面白いものを見る目になった。兄ちゃんも驚いているみたいだ。
「野球部のか」
「いや? 普通にクラスの」
「……そうか、ダチは大事にしろよ」
兄ちゃんの部屋を出てから、オレははっと気が付いた。昨日、電話をしているときにからかわれたのは、きっとカマをかけられたんだ。あそこで「野球部の奴ッスよ」とか言っておけばよかったんじゃ!
オレは頭を抱えて廊下を歩きながら部屋に辿り着き、鞄に荷物を詰めはじめた。きちんとやり遂げた宿題、何だか誇らしい気分だけど、少しだけ、ほんの少しだけ酸っぱい。
夏休み明け、どんな顔してアイツに会えば良いのか、途端に分からなくなった。
「九門」
「真澄さん?」
「ご飯だってカントクが呼んでる。夏休み最後だから、晩ご飯カレーだって」
「最後だからカレー……?」
用件だけ伝えてさっさと出て行ってしまう真澄さんの背中を見送りながら、オレはスマホがチカチカ光ってるのを見つけた。開いてみると、オレが送った感謝のLIMEへの返信だった。
『終わったならよかったー。また学校でね』
シンプルな文面なのに、何だか頬が熱くなった。あれ、こんなに優しくしてくれるってなんだか。
オレはスタンプを返しながらどうかこの夏が終わらないようにと願った。
「いいよ、それより早く終わらせちゃおう。遅くなると左京さんが怖いからね」
シャーペンを動かす音だけが談話室に響いて、オレは頭を抱えた。あれ、この単語なんだっけ? 兄ちゃんが貸してくれた電子辞書を開く。……うわ、え、電池切れてる?
紬さんはオレの夏休みの宿題のリストとオレのワークやらプリントやらを見比べながら、足りないもの、終わっていないものにマーカーで線を引いている。散乱したプリントを丁寧にクリップでまとめてくれて、クリアファイルにしまっている。
あと数日で夏休みが終わるのだと気付くのも遅かったし、宿題が終わってないと気付くのも遅かった。去年みたいに慌てて宿題に手をつけたところに現れた救世主。今まで何人もの夏休み難民を救ってきたという紬さんが、夏休みの課題リストを作り出したところで涙が出る思いだった。……つか、椋はいつ終わらせたんだ? 一緒に公演をしたはずなのに、さっき来たら「あんまり多くなかったから」と笑っていた。でもオレは知っている。幸が積み上げていたテキストの多さを。
「九門、終わったのかー?」
「これ差し入れ。あ、紬にも」
「ありがとう、至くん」
コンビニに行ってたという万里と至さんがオレにコーラを、紬さんには紅茶。万里がケラケラと笑いながらオレの手元を覗き込み、「ここ、間違ってるぞ」と赤ペンでペケをつけていった。……くっそー!
「つか至さんも手伝えば良いじゃん。他にも終わってない奴いるだろ」
「太一は?」
「三年は宿題ねーよ」
「てことは真澄もか」
「あと最近何かやってんのは」
「……一成の課題は手伝えないかな」
「あー……」
カズさんは数日前から倉庫に籠って何か作業をしているみたいだ。時々天馬さんに引きずられるようにしてお風呂に連行されているのを見かける。カズさんがそんな風になるのは珍しいけど、誉さんが「よほど楽しいのだね」って言っていた。芸術、ってやつ?
オレは赤でつけられたペケを消しながら、自分の宿題を見つめた。オレは勉強はあんまり得意じゃないけど、こうして手伝ってもらえるんだ。もう一息だと英語のテキストを捲る。
*
「ねえ、九門くん」
「うん?」
「あ、ここ違うね。あとで一緒にやろうか」
「う……」
宿題をはじめて三日。紬さんはほとんど片付いた宿題の中から何枚かのプリントを引っ張り出すと、オレに向かってぱらぱらと捲って見せた。
「この日本史のプリントなんだけど、この枚数で合ってる?」
「え?」
オレはプリントを眺めて首を傾げた。かろうじて夏休み開始直後に手をつけたらしいプリントは、何枚か埋まっていて、残り一枚が半分だけやって終わっていた。枚数は五枚。
「九門くんの宿題、最後のプリントにいつも『これで終わりです』って書いてあるんだけど、日本史の先生は違うのかな」
「日本史って、あの男の?」
「それは知らないんだけどね」
紬さんは苦笑いしながら英語のテキストを見てくれる。オレは誰かに聞いてみようと思い、LIMEを起動した。
LIMEには何件かの通知が来ていた。明日の時間割を聞く奴、それへ誰かの返信。……やべ、上履きってどこにやったかな。
こんなときに一番頼りになりそうな奴……うーん。
オレはひとりのクラスメイトに向かってLIMEをしたためると、スマホを閉じた。きっとすぐに返事をしてくれるはずだ。
「クラスの奴に聞いてみました! あの、英語どうスか?」
「最初より大分いいよ、でもこことここは同じ間違いをしてるね。分かる?」
今日はここまでにしようか、と紬さんが言って、オレは部屋に戻った。すみーさんが「おかえり」と笑った。
「くもん、頑張ってるね~」
「ありがと、すみーさん」
「頑張ってるから、スーパーさんかくくんあげる~」
「まじすか!? あざす!」
さんかくくんのぬいぐるみを受け取ってロフトベッドに上がる。そう言えばとスマホを開くと、クラスメイトから返信が来ていた。
「多分6枚だと思うよ」
一緒に添付されていた写真には確かにプリントが六枚あって、オレは頭を抱えた。紬さんが5枚しかないって言うことはオレの手元には5枚しかないってことだ。
「まじ?!」
「マジ」
返事をすると、すぐに既読がついた。オレは部屋から飛び出してバルコニーに出ると、すぐに通話ボタンを押した。
「もしもし?」
『やほ、兵頭』
聞こえてきた声に少しだけほっとする。学校から切り離されていた分、すんなり学校に戻れそうな気がした。
『兵頭、宿題まだ終わってないの?』
「へへ、ちょっといろいろあって」
『あ、それで日本史なんだけど。やっぱり6枚っぽいよ。ちーちゃんにも聞いた』
「まじ? やべー、なんか5枚しかなくてさー」
言葉を交わしていると、ちょうど部屋から紬さんが出てきた。オレの姿を見るなり、「プリントのこと分かった?」と言い、隣にいた丞さんは「まだ終わってなかったのか」と呆れた顔をした。オレは電話口に向かって「ちょっとごめん」と言う。
「日本史のプリント、6枚っぽい」
「えぇ? 5枚しかなかったよね、どこいっちゃったのかな……」
「ま、そのうち出てくんじゃないか」
「来週から学校はじまるから、そのうちじゃダメなんだよ」
明日もう一回探してみようね、と言って紬さんは丞さんと談話室に降りていった。きっと大人の会合でもあるんだと思う。
『あの、兵頭』
「あ、ごめん。何?」
電話口に向かって謝ると、『いいよ』と笑ってくれる。いつもそうだ、オレが宿題をやっていなくて焦っていると、「ジュースね」と言って答案を見せてくれる。その笑いが、オレを何回も救ってくれていることを思い出した。
『まだやってないから、日本史の6枚目スキャンして送ろうか』
「え、いいの?!」
『いいよ、ちょっと荒くなるかもだけど』
「すげぇ助かる! ジュース!? 何がいい!?」
そう言いながらあれ、と思った。夏休み前に日本史のグループワークをしたとき、「日本史が一番好き」って言ってた気がするのに、まだ宿題やってないんだ。
『考えとくよ』
じゃあ今から送るね、と言うから慌ててお礼を言った。すぐさま切れた通話、スマホを片手にオレはもう一度首を傾げた。
……好きなもの、あとに取っとくタイプなのかな。
「青春アオハルネ?」
「ついに九門にも春が来たのか」
「春?」
「ぎゃっ」
ひっそりと耳元で囁かれて、オレは思わず跳び上がった。シトロンさんと千景さん、咲也さんが揃って立っていた。電話をしているところを見ていたらしい。
「風に当たりに来たけど、青春アオハルがいるなら遠慮しようか」
「あ、あ、アオハル?!」
「電話中にごめんね、九門くん」
慌てるオレを面白そうに見ている千景さんと、困ったように眉を下げる咲也さん。オレが手首がちぎれそうなほど手を振ると、シトロンさんはにやりと笑って言葉を続けた。
「ち、違う! そういうんじゃないから! もう終わったし!」
「オー、覚醒時代の青春アオハル、とっても大事ネ。ワタシの従者も青春してなかったからカタブツになったネ」
「学生な。そういえば、シトロンにも学生時代ってあるの?」
「もちろんネ! お城のベッドでやるヨ。夜間ネ」
「それはまた、違った教育のことだね」
「どういう意味ですか?」
「ちょっとそこ! 未成年に何てこと吹き込んでるんスか!」
飛び込んできた綴さんが千景さんたちを叱り飛ばし、首を傾げている咲也さんに向かって「お前は分からなくて良いからな」と言い含めていた。オレに向かっては「下につまみあるから腹減ったならつまんどけよ。頑張ってるしな」と言った。オレはありがたく頂戴することにして、みんなと一緒に談話室に降りていった。
「やあ、九門。進捗はどう?」
「まあまあッス」
東さんが「お腹空いた?」とおつまみをいくつか分けてくれる。大人の会合(たまに未成年)は盛り上がっているようで、何本か瓶が空になっていた。密さんもオレの隣にやってきて、「九門、頑張ってる」と言ってマシュマロを皿に載せてくれた。
「九門、宿題終わったら角煮にしような」
「臣さん、いいんスか! やった!」
「お前は根性あるんだから、もうちょっと計画的に進めろ」
「はあい」
「始業式までには終わらせろよ」
左京さんも少し赤くなった頬で言ってくれる。そのあと「坊、お前は終わったのか」とはじまったのでちょうど談話室を出ようとした莇がすげー嫌そうな顔をした。莇はあんな風に言ってるけど、談話室の電気が消灯時間を過ぎても着いてるのを知っているはずなのに、見逃してくれているのをオレは知っている。
あったかいな。
暑い夏のはずなのに、この寮はなんだかあったかい。
*
次の日、送られてきたPDFファイルを寮のプリンターからプリントを印刷しながら紬さんがほっと息をついた。
「これ、自分の答案消して送ってくれたんだね」
「え?」
「ほらここ、下の線がちょっと消えてる。修正テープで消してくれたんじゃないかな」
紬さんの指の先、ちょっと乱雑に消されたような跡があって、オレはやっぱりと頷いた。……ジュース、三本くらい追加しなくちゃ。
「……優しい子だね、お礼しなくちゃね」
「うん。あとで連絡します!」
「じゃああと一息、頑張ろうか」
「はい!」
その日の夜、オレは改めて感謝の言葉をLIMEにしたためてえいと送信した。すぐには既読はつかなくて、LIMEを閉じて、兄ちゃんに褒めてもらいに行く。「ブラコンうぜー」と言う万里はそっちのけだ。電池の切れた電子辞書は電池を入れ替えて返した。
「日本史の件、よかったな」
「うん、クラスの奴が助けてくれたんだ」
「へえ、ダチか」
「ダチっていうか、女子だし」
「……女子?」
万里の目が面白いものを見る目になった。兄ちゃんも驚いているみたいだ。
「野球部のか」
「いや? 普通にクラスの」
「……そうか、ダチは大事にしろよ」
兄ちゃんの部屋を出てから、オレははっと気が付いた。昨日、電話をしているときにからかわれたのは、きっとカマをかけられたんだ。あそこで「野球部の奴ッスよ」とか言っておけばよかったんじゃ!
オレは頭を抱えて廊下を歩きながら部屋に辿り着き、鞄に荷物を詰めはじめた。きちんとやり遂げた宿題、何だか誇らしい気分だけど、少しだけ、ほんの少しだけ酸っぱい。
夏休み明け、どんな顔してアイツに会えば良いのか、途端に分からなくなった。
「九門」
「真澄さん?」
「ご飯だってカントクが呼んでる。夏休み最後だから、晩ご飯カレーだって」
「最後だからカレー……?」
用件だけ伝えてさっさと出て行ってしまう真澄さんの背中を見送りながら、オレはスマホがチカチカ光ってるのを見つけた。開いてみると、オレが送った感謝のLIMEへの返信だった。
『終わったならよかったー。また学校でね』
シンプルな文面なのに、何だか頬が熱くなった。あれ、こんなに優しくしてくれるってなんだか。
オレはスタンプを返しながらどうかこの夏が終わらないようにと願った。
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