SHORT TUDURU MINAGI
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「皆木?」
「あー、お前か。お疲れ」
「お前かとは」
大学生、とりあえずお疲れって言っておけば何とかなると思っている。もちろん私もそのうちの一人で、皆木と会うときじゃなくても人に会ったら「おつかれ」と言っている。それが一番角が立たないというか、無難なのだ。
昼食後の空きコマによく使っているスペースには先客がいて、それは同期の皆木だった。隣いいか、と許可を取って鞄から課題を取り出した。机に突っ伏している皆木は心なしか顔色が悪いような気がする。
「具合悪いの?」
「や、今月ちょっとピンチで」
「ほう」
「弟の誕生日にねだられたものがちょっと高価で」
「なるほど」
「昼飯を抜こうかと」
「だめだろ」
食べ盛りの二十歳なんだから、と言うと皆木は「二十歳は食べ盛りじゃないだろ」と即座に突っ込んでくれた。何だろう、皆木の前だと絶対に拾ってもらえるという安心感からぼけ倒してしまう。……たぶん、みんなそう思っているからみんながみんなボケ倒しているんだろうな。
私は財布の中身をぼんやりと思い浮かべた。……いや、別にそんな高級店に行くわけでもないか。私は出した課題をしまって立ち上がった。不思議そうに私を見上げる皆木に向かって、私は人差し指をぴっと立てた。
「ラッキーだったな。私は今から”たまたま”駅前にドーナツを食べに行く。来る?」
「……え? あ、いやそんな」
「出世払いで良いよ。どう?」
皆木は深い溜息をつくと、鞄を持って立ち上がった。
「ホント助かるわ」
「私、出世した人からしかお金受け取らないから」
「……次の給料日までに出世するわ」
「よろしく」
このときの私はこの「出世払い」がとんでもない形で帰ってくることをまだ知らない。そう、例えば今目の前でとんでもないことを言った男が、このときの同期と同じなんて。
*
「……なんて?」
「いや聞いてただろ」
大学の同期から関係の名前が変わっても、流れるようなスピードのツッコミは、昔も今も全く変わらない。私は飛んでしまった記憶をかき集めながら目の前の綴を見つめた。夕飯を食べて、まったり映画でも見ようかってコーヒー淹れようと思ったところだった。
「聞いてたが」
「じゃあいいだろ」
「もう一回言ってもらっていいスかね」
「あーもう、もう一回だけだからな」
綴は髪をガシガシとかき回すと、目の前に置いた紙を私の目の前に突きつけた。
「出世払いだ、あのときの飯代を返す」
「……これが?」
「利子溜まりまくってるだろ。だから、これから先の人生の幸せで返す」
……そりゃあ、溜まってるかもしれないけど。第一、あのときはちょっぴり財布に余裕があっただけで。別に返して貰うつもりはなかったんだ。そのあとも何回かご飯奢ったけど、そのたびに私は出世払いだと言ってお金を受け取らなかった。綴もそれで何にも言わなくて、私もそれでいいと思っていて。
大学を卒業して互いにお金にもっと余裕が出てきても、綴は何も言わなかったからもうなかったことになったと思ってたんだよ。
「義務感とかなら」
「なわけないだろ。このために溜めてたんだから」
綴は呆れたように私の頭に手のひらを乗せた。ああ、もうやだなあ。お腹を空かせて机に突っ伏していた大学生がいつの間にかこんなに男前になってしまった。それを一番傍で見ていたはずなのに、何で気付かなかったんだろう。
「俺はあのとき飯奢って貰ったけど。それ以上にお前が傍にいてくれるようになって助かったから。だからこれはお前に返す意味もあるけど、ほとんどは俺のためだ。……俺のために、傍にいて欲しい」
「……なるほど、じゃあ受け取ります」
私はその辺に転がっていたボールペンを手に取って、目の前に突きつけられた紙をテーブルに広げた。あれ、これ順番これでいいのかな。互いの家に挨拶とかの方が先じゃない? ……いいか、もう顔見知りみたいなもんだし。
「……何か、カッコよくなくてごめんな」
「レストランで薔薇の花束とか?」
「そう。でもお前花粉症だろ」
「そうね」
別にいいよ、と返事をしながらボールペンを動かした。これ書き損じたらどうするんだろう。手が震える。どうしよう、人にご飯を奢ったら売れっ子脚本家の旦那が釣れてしまった。いや、売れっ子作家なのはオマケだ。だってこんなにうまくい人、私は知らない。
あれ? 彼と私、ラッキーだったのは一体どっちなんだろう?
「あー、お前か。お疲れ」
「お前かとは」
大学生、とりあえずお疲れって言っておけば何とかなると思っている。もちろん私もそのうちの一人で、皆木と会うときじゃなくても人に会ったら「おつかれ」と言っている。それが一番角が立たないというか、無難なのだ。
昼食後の空きコマによく使っているスペースには先客がいて、それは同期の皆木だった。隣いいか、と許可を取って鞄から課題を取り出した。机に突っ伏している皆木は心なしか顔色が悪いような気がする。
「具合悪いの?」
「や、今月ちょっとピンチで」
「ほう」
「弟の誕生日にねだられたものがちょっと高価で」
「なるほど」
「昼飯を抜こうかと」
「だめだろ」
食べ盛りの二十歳なんだから、と言うと皆木は「二十歳は食べ盛りじゃないだろ」と即座に突っ込んでくれた。何だろう、皆木の前だと絶対に拾ってもらえるという安心感からぼけ倒してしまう。……たぶん、みんなそう思っているからみんながみんなボケ倒しているんだろうな。
私は財布の中身をぼんやりと思い浮かべた。……いや、別にそんな高級店に行くわけでもないか。私は出した課題をしまって立ち上がった。不思議そうに私を見上げる皆木に向かって、私は人差し指をぴっと立てた。
「ラッキーだったな。私は今から”たまたま”駅前にドーナツを食べに行く。来る?」
「……え? あ、いやそんな」
「出世払いで良いよ。どう?」
皆木は深い溜息をつくと、鞄を持って立ち上がった。
「ホント助かるわ」
「私、出世した人からしかお金受け取らないから」
「……次の給料日までに出世するわ」
「よろしく」
このときの私はこの「出世払い」がとんでもない形で帰ってくることをまだ知らない。そう、例えば今目の前でとんでもないことを言った男が、このときの同期と同じなんて。
*
「……なんて?」
「いや聞いてただろ」
大学の同期から関係の名前が変わっても、流れるようなスピードのツッコミは、昔も今も全く変わらない。私は飛んでしまった記憶をかき集めながら目の前の綴を見つめた。夕飯を食べて、まったり映画でも見ようかってコーヒー淹れようと思ったところだった。
「聞いてたが」
「じゃあいいだろ」
「もう一回言ってもらっていいスかね」
「あーもう、もう一回だけだからな」
綴は髪をガシガシとかき回すと、目の前に置いた紙を私の目の前に突きつけた。
「出世払いだ、あのときの飯代を返す」
「……これが?」
「利子溜まりまくってるだろ。だから、これから先の人生の幸せで返す」
……そりゃあ、溜まってるかもしれないけど。第一、あのときはちょっぴり財布に余裕があっただけで。別に返して貰うつもりはなかったんだ。そのあとも何回かご飯奢ったけど、そのたびに私は出世払いだと言ってお金を受け取らなかった。綴もそれで何にも言わなくて、私もそれでいいと思っていて。
大学を卒業して互いにお金にもっと余裕が出てきても、綴は何も言わなかったからもうなかったことになったと思ってたんだよ。
「義務感とかなら」
「なわけないだろ。このために溜めてたんだから」
綴は呆れたように私の頭に手のひらを乗せた。ああ、もうやだなあ。お腹を空かせて机に突っ伏していた大学生がいつの間にかこんなに男前になってしまった。それを一番傍で見ていたはずなのに、何で気付かなかったんだろう。
「俺はあのとき飯奢って貰ったけど。それ以上にお前が傍にいてくれるようになって助かったから。だからこれはお前に返す意味もあるけど、ほとんどは俺のためだ。……俺のために、傍にいて欲しい」
「……なるほど、じゃあ受け取ります」
私はその辺に転がっていたボールペンを手に取って、目の前に突きつけられた紙をテーブルに広げた。あれ、これ順番これでいいのかな。互いの家に挨拶とかの方が先じゃない? ……いいか、もう顔見知りみたいなもんだし。
「……何か、カッコよくなくてごめんな」
「レストランで薔薇の花束とか?」
「そう。でもお前花粉症だろ」
「そうね」
別にいいよ、と返事をしながらボールペンを動かした。これ書き損じたらどうするんだろう。手が震える。どうしよう、人にご飯を奢ったら売れっ子脚本家の旦那が釣れてしまった。いや、売れっ子作家なのはオマケだ。だってこんなにうまくい人、私は知らない。
あれ? 彼と私、ラッキーだったのは一体どっちなんだろう?