SHORT SAKUYA SAKUMA
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高校時代、一回だけ同じクラスになった佐久間って奴がいた。毎日学校には来てて、でも目立つことはするわけじゃなくて。たぶん、何かのきっかけがないと思い出さないような、そんな奴。かくいう私もそういうタイプで、だから親近感を覚えたとかじゃないけど、少しだけ喋ったりとかするような仲だった。それが、高校二年の時の話。
佐久間はたまに担任に呼び出されていた。何かしたのかと聞いたら、なんだか無理矢理笑ったような顔で住所が変わることになったのだという。その次は、給付奨学金の話。奨学金が必要なら、公立に行けばよかったのに。……いや、佐久間も私と一緒で受験失敗組なのかもしれない。自分で自分の傷を抉って、私は曖昧に笑って見せた。
毎日話すわけでも、いつも席が近いわけでもなかった。タイミングが合えば話すような。案の定というか、三年ではあっけなくクラスが別れて、佐久間と私の間の繋がりは、プツンと切れた。
三年の春、佐久間はちょっとした有名人になった。一つ年下のイケメン、碓氷真澄くんとつるみはじめたのだ。……ああ、いや、つるむっていうのはおかしいか。とにかく一緒に登校して、一緒に下校していたらしい。佐久間が碓氷くんの周りをぐるぐるしている、みたいな感じだったらしいけど。
秋になって、いよいよ進路を決める時期になった。そこでまた事件が起きたのだ。佐久間が今度は学年の有名人、摂津万里とお昼ご飯を食べるようになったのだ。こればっかりは学年中が揺れた。摂津は誰に急かされているのか登校してくるようになったし、同じクラスの私はきっと他のクラスの人よりびっくりしたと思う。
「万里くん! お昼食べよう!」
「わーった、わーった。つか真澄は」
「後で行くって言ってたけど」
「ぜってー来ないだろ。ったく、真澄何組だ」
“あの”摂津と、佐久間がつるんでるなんて。なんかされてるんじゃなかろうか。私はお弁当を広げながらそんなことを考えた。自分だって進路に迷ってるくせに、佐久間はどの大学に行くんだろうなんて考えたりして。毎日摂津を呼びに佐久間は教室にやってきたけど、別に会話を交わすわけでもなかった。
結局大学に進学を決めて、私は花咲学園高校を卒業した。親の決めたボーダーのギリギリラインに滑り込めたことにほっと一息。これで一応、4年間の自由時間を手に入れたわけだ。
卒業式の日も、誰が来るわけでもなく。高校の卒業式の親の出席率って、どんなもんなんだろう。今生の別れでもないし、大して涙も出ない。卒業アルバムだけは埋めておかないとなんて義務感からいろんな教室を回った。全然仲良くないのに、「3年間ありがとう」なんて、薄っぺらい言葉。
「あ!」
「え?」
私の肩を叩いたのは、佐久間だった。後ろに摂津万里がいる。驚くやら恐れおののくやら。表情が定まらない私ににっと笑って佐久間が差し出したのは、卒業アルバム。
「いいかな」
「あ、うん。ペン、持ってる? 貸しちゃってて」
「あるよ!」
受け取ったペンのキャップを抜いて、何を書こうかちょっとだけ考えた。3年間ありがとう? いやいや一緒のクラスだったのは二年の時だし。佐久間と一緒に何かを成し遂げたとか、役割を果たしたとかそういう思い出ってなくない?
迷ったあげく、「元気で」とか「ありがとう」とか書いておいた。律儀に私の卒業アルバムにもコメントを残してくれた佐久間は、どでかい字で「たくさん話せて嬉しかったです 佐久間」と書き残していた。……大して喋ってないのにね。
なんとなくだけど、このとき「コイツとはもう二度と会わないだろうな」って気がした。大学に上がってからも会いそうな人と、そうでもない人、そして二度と会わないだろう人。佐久間はきっと、最後の人。
*
大学に進学して、一年と少し経った。二年生になって、大学にも慣れてきて、勉強は大して大変でもなく。バイトと友達と時々課題。そんな大学生活を送っていた私は、とる縁から演劇の街と名高い天鵞絨町に足を運んでいた。大学の先生の手伝いをしたらご褒美にとタイマンACTとやらのチケットを賜ったのだ。
(演劇って、はまったらお金掛かるよな……)
ううんと考え込みながら電車に乗って、賑やかな駅前に降り立つと、そこはもう自分の知っている“駅前”ではなかった。喧騒の種類が違うというか、町全体が何倍も活気づいているのだ。
ぼやきつつも足を運んだのは、「秋組」の名前に聞き覚えがあったから。確か、摂津万里を呼びに来た佐久間がそんなことを言っていた気がする。あと、このGOD座とかいう劇団が大層な劇団で全然チケットが取れないのだという。そんな凄いならという興味も。
「あ」
「え?」
やたらに豪華なGOD劇場の前で立ち尽くしていると、私の横を通り過ぎていった少年が振り返った。……碓氷くんだ。
「アンタ、咲也の友達」
「友達というか、同級生というか」
碓氷くん、佐久間と名前で呼び合う間柄だったのか。整った顔の碓氷くんに見つめられて、たじたじと足踏みをする私を碓氷くんは不審そうな目で見た。絞り出した声は掠れていて、握りしめたチケットに跡がついた。
「何で、私のこと」
「……咲也に何度も卒アル見せられたから。知ってる」
高校時代の同級生各位、私、碓氷くんに(卒アル越しとは言え)認知されています。
テレパシーを送り続けると、碓氷くんがようやく私から目をそらした。ほっと息をついた私に、元気な声が追い打ちを掛けた。
「真澄くん、早くしないと!」
「ひっ」
「ちょっと」
取り落としたチケットがひらひらと桜のように舞っていった。慌てて手を伸ばすと、それよりも先にチケットを受け止めた手があった。私は祈るような気持ちで顔を上げた。
「あれ? 君は」
赤い髪を揺らして、佐久間は笑って見せた。わたしはその場から動けないまま、風に揺れるチケットを見つめていた。
劇が終わると、魂が抜けてしまったようだった。早くこの感情をゆっくり整理しないといけないと思った。SNSに投稿するなり、紙に書き出すなり、どうにかしないといけない。このままこの感情をくすぶったままにしておいたら、そう遠くないうちに爆発してしまう。
演劇って、あんなに心を揺さぶるものだったのか。
佐久間と思わぬところで再会して、どきどきしながら席に着いた。でも、それを飲み込んでしまうくらい演劇が素晴らしかったのだ。
(……ハマったら、お金掛かるよな)
銀行の口座残高を思い浮かべて息を吐く。これは大層なものに出会ってしまった。
一つ目の劇団は、佐久間が所属している劇団なのだと言っていた。碓氷くんも、はたまた摂津万里もそこの劇団で日々演劇に励んでいるのだという。摂津万里が美大に進学してたとか知らなかったな。演劇とかやるような奴だったんだ、……へぇ。
佐久間は進学はせずに、そこの劇団で活動をしているらしい、是非他の公演も、と押しつけられた公演スケジュールには佐久間の名前もあって、主演のマークがついているものもあって。主演、って主役ってことだよね。って思わず確認をしてしまった。そうだよ、と笑う劇団員たちにとってはそれは常識で、この街では私が非常識なのだと知った。
「また会おうね」
劇場の入り口まで一緒に来てくれた佐久間は、そう言ってまた笑った。いつもいつも、笑っている。私もとりあえず「また」と言った。その笑顔がまぶしくて、劇場を逃げるように後にした。そのまた、がすぐに来るとは思わないまま。
今日はありがとう、とLIMEが届いたのはその日の夜だった。ご丁寧に祝賀会の写真が添付されていて、あの悪魔を演じた人はこんな優しい顔で笑うのかなんて驚いた。こちらこそ、と返事をしたらすぐに既読がついて、少し間を開けてまた一枚画像が添付された。
「よかったら一緒にどうかな」
どきどき、とかばくばく、とか。そういうレベルじゃない心臓の高まりに、私は思わずスマホを取り落とした。え? なに、また会おうって社交辞令だったはずじゃ。
震える手で返事を打ち込んでベッドに倒れ込んだ。……誰ですか、佐久間はもう2度と会わないタイプだとか思ってたのは!
*
「咲也、送れたか?」
「う、うん。でも綴くん、本当によかったの? 綴くんがもらったチケットなのに」
「送ったあとにそれはナシだろ」
綴は笑いながら咲也の頭の上に手のひらをぽん、と置いた。スマートフォンを握りしめて、相手からの返事を今か今かと待っている。うちのリーダーにも春が来たのか、なんて思いながらコーヒーを啜る。
「その日は用事があるから、丁度よかったよ」
「……うん。本当にありがとう」
佐久間はたまに担任に呼び出されていた。何かしたのかと聞いたら、なんだか無理矢理笑ったような顔で住所が変わることになったのだという。その次は、給付奨学金の話。奨学金が必要なら、公立に行けばよかったのに。……いや、佐久間も私と一緒で受験失敗組なのかもしれない。自分で自分の傷を抉って、私は曖昧に笑って見せた。
毎日話すわけでも、いつも席が近いわけでもなかった。タイミングが合えば話すような。案の定というか、三年ではあっけなくクラスが別れて、佐久間と私の間の繋がりは、プツンと切れた。
三年の春、佐久間はちょっとした有名人になった。一つ年下のイケメン、碓氷真澄くんとつるみはじめたのだ。……ああ、いや、つるむっていうのはおかしいか。とにかく一緒に登校して、一緒に下校していたらしい。佐久間が碓氷くんの周りをぐるぐるしている、みたいな感じだったらしいけど。
秋になって、いよいよ進路を決める時期になった。そこでまた事件が起きたのだ。佐久間が今度は学年の有名人、摂津万里とお昼ご飯を食べるようになったのだ。こればっかりは学年中が揺れた。摂津は誰に急かされているのか登校してくるようになったし、同じクラスの私はきっと他のクラスの人よりびっくりしたと思う。
「万里くん! お昼食べよう!」
「わーった、わーった。つか真澄は」
「後で行くって言ってたけど」
「ぜってー来ないだろ。ったく、真澄何組だ」
“あの”摂津と、佐久間がつるんでるなんて。なんかされてるんじゃなかろうか。私はお弁当を広げながらそんなことを考えた。自分だって進路に迷ってるくせに、佐久間はどの大学に行くんだろうなんて考えたりして。毎日摂津を呼びに佐久間は教室にやってきたけど、別に会話を交わすわけでもなかった。
結局大学に進学を決めて、私は花咲学園高校を卒業した。親の決めたボーダーのギリギリラインに滑り込めたことにほっと一息。これで一応、4年間の自由時間を手に入れたわけだ。
卒業式の日も、誰が来るわけでもなく。高校の卒業式の親の出席率って、どんなもんなんだろう。今生の別れでもないし、大して涙も出ない。卒業アルバムだけは埋めておかないとなんて義務感からいろんな教室を回った。全然仲良くないのに、「3年間ありがとう」なんて、薄っぺらい言葉。
「あ!」
「え?」
私の肩を叩いたのは、佐久間だった。後ろに摂津万里がいる。驚くやら恐れおののくやら。表情が定まらない私ににっと笑って佐久間が差し出したのは、卒業アルバム。
「いいかな」
「あ、うん。ペン、持ってる? 貸しちゃってて」
「あるよ!」
受け取ったペンのキャップを抜いて、何を書こうかちょっとだけ考えた。3年間ありがとう? いやいや一緒のクラスだったのは二年の時だし。佐久間と一緒に何かを成し遂げたとか、役割を果たしたとかそういう思い出ってなくない?
迷ったあげく、「元気で」とか「ありがとう」とか書いておいた。律儀に私の卒業アルバムにもコメントを残してくれた佐久間は、どでかい字で「たくさん話せて嬉しかったです 佐久間」と書き残していた。……大して喋ってないのにね。
なんとなくだけど、このとき「コイツとはもう二度と会わないだろうな」って気がした。大学に上がってからも会いそうな人と、そうでもない人、そして二度と会わないだろう人。佐久間はきっと、最後の人。
*
大学に進学して、一年と少し経った。二年生になって、大学にも慣れてきて、勉強は大して大変でもなく。バイトと友達と時々課題。そんな大学生活を送っていた私は、とる縁から演劇の街と名高い天鵞絨町に足を運んでいた。大学の先生の手伝いをしたらご褒美にとタイマンACTとやらのチケットを賜ったのだ。
(演劇って、はまったらお金掛かるよな……)
ううんと考え込みながら電車に乗って、賑やかな駅前に降り立つと、そこはもう自分の知っている“駅前”ではなかった。喧騒の種類が違うというか、町全体が何倍も活気づいているのだ。
ぼやきつつも足を運んだのは、「秋組」の名前に聞き覚えがあったから。確か、摂津万里を呼びに来た佐久間がそんなことを言っていた気がする。あと、このGOD座とかいう劇団が大層な劇団で全然チケットが取れないのだという。そんな凄いならという興味も。
「あ」
「え?」
やたらに豪華なGOD劇場の前で立ち尽くしていると、私の横を通り過ぎていった少年が振り返った。……碓氷くんだ。
「アンタ、咲也の友達」
「友達というか、同級生というか」
碓氷くん、佐久間と名前で呼び合う間柄だったのか。整った顔の碓氷くんに見つめられて、たじたじと足踏みをする私を碓氷くんは不審そうな目で見た。絞り出した声は掠れていて、握りしめたチケットに跡がついた。
「何で、私のこと」
「……咲也に何度も卒アル見せられたから。知ってる」
高校時代の同級生各位、私、碓氷くんに(卒アル越しとは言え)認知されています。
テレパシーを送り続けると、碓氷くんがようやく私から目をそらした。ほっと息をついた私に、元気な声が追い打ちを掛けた。
「真澄くん、早くしないと!」
「ひっ」
「ちょっと」
取り落としたチケットがひらひらと桜のように舞っていった。慌てて手を伸ばすと、それよりも先にチケットを受け止めた手があった。私は祈るような気持ちで顔を上げた。
「あれ? 君は」
赤い髪を揺らして、佐久間は笑って見せた。わたしはその場から動けないまま、風に揺れるチケットを見つめていた。
劇が終わると、魂が抜けてしまったようだった。早くこの感情をゆっくり整理しないといけないと思った。SNSに投稿するなり、紙に書き出すなり、どうにかしないといけない。このままこの感情をくすぶったままにしておいたら、そう遠くないうちに爆発してしまう。
演劇って、あんなに心を揺さぶるものだったのか。
佐久間と思わぬところで再会して、どきどきしながら席に着いた。でも、それを飲み込んでしまうくらい演劇が素晴らしかったのだ。
(……ハマったら、お金掛かるよな)
銀行の口座残高を思い浮かべて息を吐く。これは大層なものに出会ってしまった。
一つ目の劇団は、佐久間が所属している劇団なのだと言っていた。碓氷くんも、はたまた摂津万里もそこの劇団で日々演劇に励んでいるのだという。摂津万里が美大に進学してたとか知らなかったな。演劇とかやるような奴だったんだ、……へぇ。
佐久間は進学はせずに、そこの劇団で活動をしているらしい、是非他の公演も、と押しつけられた公演スケジュールには佐久間の名前もあって、主演のマークがついているものもあって。主演、って主役ってことだよね。って思わず確認をしてしまった。そうだよ、と笑う劇団員たちにとってはそれは常識で、この街では私が非常識なのだと知った。
「また会おうね」
劇場の入り口まで一緒に来てくれた佐久間は、そう言ってまた笑った。いつもいつも、笑っている。私もとりあえず「また」と言った。その笑顔がまぶしくて、劇場を逃げるように後にした。そのまた、がすぐに来るとは思わないまま。
今日はありがとう、とLIMEが届いたのはその日の夜だった。ご丁寧に祝賀会の写真が添付されていて、あの悪魔を演じた人はこんな優しい顔で笑うのかなんて驚いた。こちらこそ、と返事をしたらすぐに既読がついて、少し間を開けてまた一枚画像が添付された。
「よかったら一緒にどうかな」
どきどき、とかばくばく、とか。そういうレベルじゃない心臓の高まりに、私は思わずスマホを取り落とした。え? なに、また会おうって社交辞令だったはずじゃ。
震える手で返事を打ち込んでベッドに倒れ込んだ。……誰ですか、佐久間はもう2度と会わないタイプだとか思ってたのは!
*
「咲也、送れたか?」
「う、うん。でも綴くん、本当によかったの? 綴くんがもらったチケットなのに」
「送ったあとにそれはナシだろ」
綴は笑いながら咲也の頭の上に手のひらをぽん、と置いた。スマートフォンを握りしめて、相手からの返事を今か今かと待っている。うちのリーダーにも春が来たのか、なんて思いながらコーヒーを啜る。
「その日は用事があるから、丁度よかったよ」
「……うん。本当にありがとう」
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