SHORT BANRI SETTSU
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「……なにしてんの」
「ごめーん。起こした?」
寝苦しくて起きた。もうとっくに暑いが、貧乏性の彼女は7月になるまでエアコンはつけないと言い張って扇風機一台で頑張っている。
俺は綺麗に掛けられたタオルケットを蹴り飛ばしながら上半身を起こした。まとわりつくような空気が重い。鼻の上に乗っている汗を拭って、彼女の方を覗き込んだ。
「なんで課題?」
広げられたノートパソコンの中には課題が移っていて、1000字くらいのレポートがまとめられていた。
……いや、なんで課題やってんだよ。さっき一緒にベッド入っただろーが。俺は髪に指先を入れて溜息をついた。この突拍子もないところ、いいけど。たまに勘弁して欲しい。いいけど。
「寝れなくて」
「は? 俺のこと起こせよ」
「安眠を妨害されたら怒るかと」
「エアコン着いてたら、気付かなかったかもな」
思わず言ってしまった嫌みに、コイツは困った顔をして「ごめん」と言った。俺は言葉選びを間違ったことを即座に後悔した。今まで出来た彼女に向かってそういう言葉を間違えたことなんてなかったのに、コイツの前にいるとなんだか調子が狂う。別にコイツだって好きで我慢してるわけじゃねーのに。
「……わり」
「別に。いつも悪いね」
駅前のネカフェ、今安いらしいよ。と付け加えられた言葉が淡々としていて、俺はらしからぬと分かっていても焦る。俺はベッドから滑り降りて隣にぴたりと座り込んだ。
「……泊めてもらってんのに、わりぃ。今のは間違えた」
「気にしてないってば」
「気にしてるだろ」
「じゃあ、この話はおしまい」
ぴしゃりと言葉を叩きつけて、再びキーボードを叩こうと伸びてきた手を捕まえる。嫌そうに顔を顰められた。付き合いたての頃はあまり綺麗じゃないから、と手も繋がせてくれなかったなんて思うと、俺たちの関係は随分前に進んだと思う。自炊にバイトに、頑張った証しのついた指先を綺麗だと思ってる。こんなの、全然俺らしくねーけど。
「オマエのそういうとこ、ホント心配だわ」
「どこ?」
「俺に対して変にキョリ取ってくるとこ」
一人の言葉に一喜一憂して、一生懸命頭を巡らせる。俺はこんなにオマエのことでいっぱいなのに。……ああ、クソ。女々しい男は嫌われんぞ。
首筋に張り付いた髪を掬って、そのまま唇を寄せた。鼻から抜けるような声がして、上に立った優越感に浸る。なし崩し的に押し倒そうかとも思ったけど、それは俺のさっきの言葉を誤魔化しているような気がしてやめた。
「なあ、今からデートしねぇ?」
「デート?」
「そ。どうせ寝れないんだろ。ちょっとくらい夜更かししても一緒だろ」
「いい、けど」
だせー寝間着のまま、勝手に持ち込んだサンダルを引っかけて。髪だけ整えたすっぴんで首を傾げている彼女を連れ出す男が、この世界にどのくらいいるんだろう。コイツがいつも使ってるチャリに二人で乗って。つかサドルひっく。三輪車か。
すう、と通り抜けていく風は全然涼しくなんかなかった。日本の夏らしく、湿気を十分に含んだ風だ。適当に着てるTシャツが肌にじっとりと張り付いてちょっと気持ちわりー。そのTシャツを握りながら、俺の背中に抱きついてくるのは悪くねーけど。
行き先を決めずにチャリを飛ばす。この時間なら補導に来るケーサツもいないだろう。2ケツがそんなに危険とか聞いたことねーよな、と後ろに向かって声を飛ばしたら「なわけ」と返ってきた。ふうん、そんなもんか。
小さな学生街を一回りした頃、見つけたコンビニの前でチャリを停めた。店の中は誰もいなくて、バイトの店員が二人談笑している。
「……外で待ってる」
「馬鹿、深夜に一人にするわけねーだろ」
「いやすっぴんだし」
「ハイハイ、かわいーかわいー」
無理矢理手を引いて好きなアイス選ばせたら、ホットスナックがいいとか言ってきて春巻き買ってやった。何、春巻きって。コンビニでそんなの買ったことねー。店の中で二人でわいわいしてたから、店員が微妙な顔してこっち見てた。
「なー、オマエさー」
「何?」
もう一度走らせたチャリは、コンビニからそう遠くない河川敷で停めた。チャリのスタンド立てて座らせて春巻きを嬉しそうに食ってるところ眺めてさ。なんかこういうのいいなー、とか。劇団とか大学とか。そういうの抜きでいられるのって、実は結構デカいんじゃね? って思ったりとか。役者じゃなくていられる場所って、結構大事だったりするんだよ、きっと。
「俺と結婚しね?」
ぽろ、とこぼれ落ちた言葉。俺自身も、今自分が何を言ったのか掴みきれなくて自分の口にした言葉を何回か反芻した。ケッコン、けっこん?
「ケッコン?」
春巻き囓ったままきょとんとした顔をしてる。や、それもそうか。まだ何にも責任も取れないのにケッコンとか。
「オマエが俺のことからいなくなったら困っから」
「……はあ」
「法で縛っとくくらいしか思いつかなかった。……あー、カッコわりー」
取り落としたアイスを踏まないように頭を抱える俺の頭上に降ってきたのはくすくすとした笑い声だった。
「何笑ってんだよ」
「若いね」
「同い年だろ」
「まあ、考えてやってもいい」
再び春巻きを囓っている彼女が飄々としているから、ムカついて顔をずいと近づけた。
「なあ、キスさせて」
「だめ」
「いーだろ」
手のひらでガードされて、俺はキスは諦めることにした。大人しく自転車に跨がり、スタンドを跳ね上げる。そっとTシャツが握られたのを確認して後ろを振り返り、ぐっと後頭部を引き寄せた。
「ん」
「……ごちそーさん」
何事もなかったかのようにペダルを漕ぎ出した。風は相変わらず湿気を含んでじめじめしている。今から部屋に帰って、じめじめしたまま眠るんだろう。汗だくで起き出して、のろのろと大学に向かう。明日、あ、いや今日は飽き組の稽古があるから部屋に来るのはもう少し先になるだろう。その頃には、もうエアコンが解禁されているかもしれない。
「ごめーん。起こした?」
寝苦しくて起きた。もうとっくに暑いが、貧乏性の彼女は7月になるまでエアコンはつけないと言い張って扇風機一台で頑張っている。
俺は綺麗に掛けられたタオルケットを蹴り飛ばしながら上半身を起こした。まとわりつくような空気が重い。鼻の上に乗っている汗を拭って、彼女の方を覗き込んだ。
「なんで課題?」
広げられたノートパソコンの中には課題が移っていて、1000字くらいのレポートがまとめられていた。
……いや、なんで課題やってんだよ。さっき一緒にベッド入っただろーが。俺は髪に指先を入れて溜息をついた。この突拍子もないところ、いいけど。たまに勘弁して欲しい。いいけど。
「寝れなくて」
「は? 俺のこと起こせよ」
「安眠を妨害されたら怒るかと」
「エアコン着いてたら、気付かなかったかもな」
思わず言ってしまった嫌みに、コイツは困った顔をして「ごめん」と言った。俺は言葉選びを間違ったことを即座に後悔した。今まで出来た彼女に向かってそういう言葉を間違えたことなんてなかったのに、コイツの前にいるとなんだか調子が狂う。別にコイツだって好きで我慢してるわけじゃねーのに。
「……わり」
「別に。いつも悪いね」
駅前のネカフェ、今安いらしいよ。と付け加えられた言葉が淡々としていて、俺はらしからぬと分かっていても焦る。俺はベッドから滑り降りて隣にぴたりと座り込んだ。
「……泊めてもらってんのに、わりぃ。今のは間違えた」
「気にしてないってば」
「気にしてるだろ」
「じゃあ、この話はおしまい」
ぴしゃりと言葉を叩きつけて、再びキーボードを叩こうと伸びてきた手を捕まえる。嫌そうに顔を顰められた。付き合いたての頃はあまり綺麗じゃないから、と手も繋がせてくれなかったなんて思うと、俺たちの関係は随分前に進んだと思う。自炊にバイトに、頑張った証しのついた指先を綺麗だと思ってる。こんなの、全然俺らしくねーけど。
「オマエのそういうとこ、ホント心配だわ」
「どこ?」
「俺に対して変にキョリ取ってくるとこ」
一人の言葉に一喜一憂して、一生懸命頭を巡らせる。俺はこんなにオマエのことでいっぱいなのに。……ああ、クソ。女々しい男は嫌われんぞ。
首筋に張り付いた髪を掬って、そのまま唇を寄せた。鼻から抜けるような声がして、上に立った優越感に浸る。なし崩し的に押し倒そうかとも思ったけど、それは俺のさっきの言葉を誤魔化しているような気がしてやめた。
「なあ、今からデートしねぇ?」
「デート?」
「そ。どうせ寝れないんだろ。ちょっとくらい夜更かししても一緒だろ」
「いい、けど」
だせー寝間着のまま、勝手に持ち込んだサンダルを引っかけて。髪だけ整えたすっぴんで首を傾げている彼女を連れ出す男が、この世界にどのくらいいるんだろう。コイツがいつも使ってるチャリに二人で乗って。つかサドルひっく。三輪車か。
すう、と通り抜けていく風は全然涼しくなんかなかった。日本の夏らしく、湿気を十分に含んだ風だ。適当に着てるTシャツが肌にじっとりと張り付いてちょっと気持ちわりー。そのTシャツを握りながら、俺の背中に抱きついてくるのは悪くねーけど。
行き先を決めずにチャリを飛ばす。この時間なら補導に来るケーサツもいないだろう。2ケツがそんなに危険とか聞いたことねーよな、と後ろに向かって声を飛ばしたら「なわけ」と返ってきた。ふうん、そんなもんか。
小さな学生街を一回りした頃、見つけたコンビニの前でチャリを停めた。店の中は誰もいなくて、バイトの店員が二人談笑している。
「……外で待ってる」
「馬鹿、深夜に一人にするわけねーだろ」
「いやすっぴんだし」
「ハイハイ、かわいーかわいー」
無理矢理手を引いて好きなアイス選ばせたら、ホットスナックがいいとか言ってきて春巻き買ってやった。何、春巻きって。コンビニでそんなの買ったことねー。店の中で二人でわいわいしてたから、店員が微妙な顔してこっち見てた。
「なー、オマエさー」
「何?」
もう一度走らせたチャリは、コンビニからそう遠くない河川敷で停めた。チャリのスタンド立てて座らせて春巻きを嬉しそうに食ってるところ眺めてさ。なんかこういうのいいなー、とか。劇団とか大学とか。そういうの抜きでいられるのって、実は結構デカいんじゃね? って思ったりとか。役者じゃなくていられる場所って、結構大事だったりするんだよ、きっと。
「俺と結婚しね?」
ぽろ、とこぼれ落ちた言葉。俺自身も、今自分が何を言ったのか掴みきれなくて自分の口にした言葉を何回か反芻した。ケッコン、けっこん?
「ケッコン?」
春巻き囓ったままきょとんとした顔をしてる。や、それもそうか。まだ何にも責任も取れないのにケッコンとか。
「オマエが俺のことからいなくなったら困っから」
「……はあ」
「法で縛っとくくらいしか思いつかなかった。……あー、カッコわりー」
取り落としたアイスを踏まないように頭を抱える俺の頭上に降ってきたのはくすくすとした笑い声だった。
「何笑ってんだよ」
「若いね」
「同い年だろ」
「まあ、考えてやってもいい」
再び春巻きを囓っている彼女が飄々としているから、ムカついて顔をずいと近づけた。
「なあ、キスさせて」
「だめ」
「いーだろ」
手のひらでガードされて、俺はキスは諦めることにした。大人しく自転車に跨がり、スタンドを跳ね上げる。そっとTシャツが握られたのを確認して後ろを振り返り、ぐっと後頭部を引き寄せた。
「ん」
「……ごちそーさん」
何事もなかったかのようにペダルを漕ぎ出した。風は相変わらず湿気を含んでじめじめしている。今から部屋に帰って、じめじめしたまま眠るんだろう。汗だくで起き出して、のろのろと大学に向かう。明日、あ、いや今日は飽き組の稽古があるから部屋に来るのはもう少し先になるだろう。その頃には、もうエアコンが解禁されているかもしれない。