その指先まで汚したくなくて
「ッ…んねぇ…真ちゃん…?」
「なんだ、高尾」
「あのさ、トイレに連れてきてくれたのはすげぇ、助かったのよ…でもさ…」
自分の背後におり、背中をさする緑間へとの視線を向けながら高尾は言いづらそうに口を開く。
「さすがに…一緒に入らなくていいんだけど…トイレ」
体育館前での出来事の後、急いでトイレへと連れてきてくれた緑間。
しかし、個室に入るのは自分だけだと思っていた高尾だったが、そのまま緑間も入ってきて鍵を閉められ、逃げ場がなくなってしまった。
「これじゃ、出るもんも出せねぇよ」
「そうは言っても、一緒に入ったほうがなにかあった時対応できるだろう
吐いた後に脱水症状が出た場合、鍵を閉められては助けられん」
「そうなんだけど…ッうぷ」
何度目か分からない、吐き気。
高尾は慌てて口元を両手で覆い隠し、緑間へと背中を向ける。
「ほら、吐くのだよ高尾」
「ッ…い…やだ…」
「強情な奴め…それではいつまで経っても帰れないぞ」
「…真ちゃん一人で帰ってて…先」
「なにがそんなに嫌なのだよ」
「い…やに決まってんじゃん…」
「…好きな奴に…ゲロしてる姿見せるとかさぁ…普通に嫌じゃん…」
「…なにを今さら言っているのだよ」
少しの間に後に聞こえる緑間の呆れたような声。
その声に高尾は顔を少し動かして向けようとした。
「…真ちゃ…」
振り向いて緑間を見ると、なぜか指につけていたテーピングを外している姿が見えて軽く目を見開く。
「…え、ちょっと真ちゃん…なにしてんの」
「いい加減、お前のその態度に腹が立ってきたのだよ」
「腹立ってきたって…んぶッ」
テーピングを外し終える様子を吐き気を堪えながら不思議そうに見ていると、ガッと片手で頬を掴まれ驚きのあまり目を見開く。
「んぇ、ちょ、真ちゃんやめて、まじ出ちゃう」
「ならさっさと出すのだよ」
「いやいや、だから無理だって
せめて早くトイレから出てってって」
「うるさい」
あ…やば…ッ…。
「ッ…ごめ…真ちゃ…出る、から…も、出るから離して…」
喉元まで来ている吐き気。
高尾は緑間の胸板に手を触れてグッと押し、離れさせようとするも微動だにしない。
「俺のことは気にせず出せ」
「ほんっと…汚いし、汚れちゃうって」
「いいと言ってるだろう、ばかお」
「ばかッて…あのね、真ちゃ」
だんだんと、視界がぐらぐらと回りだす。
そんな中、ゆっくりと顔をあげて緑間へと視線を向けると、いつもと同じように、平然とした表情を向けていた。
「別に、お前のだったら別に汚くない
そもそも、体調不良の奴にそんな事を思うわけなかろう」
「…えぇ…なにそれ…かっこよ…」
一瞬緑間の発言に驚くも、へらりと力なく笑い、言いかけた瞬間、"うッ"と声を漏らしトイレへと顔を向ける。
そのまま数回えづくと、先程まで堪えていたものが口から出される。
何も食べていなかったためか、胃液のツンッとした匂いが鼻につき、口内に不快感が広がる。
「なにも食べてなかったのか?」
「げほッ…朝飯とか…食い逃し…って…人のゲロ見ながら…考察やめてくんね…」
何回か吐き出すと、少し楽になり、高尾が出したものを見ながら冷静に考察する緑間に思わずツッコミを入れてしまう。
「はッ…口ん中気持ち悪い…真ちゃん…ありがと…もう出ない…」
礼を言いながら緑間の肩を借りて立ち上がり、口元を拭う。
「まったく…手のかかるやつなのだよ」
「んは、わりぃって
もう大丈夫だか…」
ため息交じりにいう緑間に謝りながら歩こうとすると、スッと腰に手を回されて、高尾を介助するような行動に立ち止まる。
「なんだ、まだ吐きそうか?」
「…いや、なんか真ちゃん優しいなーって…
いつもなら、部活とかでへばってても俺のこと置いてくじゃん?」
「別に、深い意味などない」
「…ふぅん?」
自分の問いにきっぱりと言い放つ緑間の顔を覗き込む。
いつもと同じように、表情にはなにも出ていない。
…だけど…。
「…んっふふ」
「気持ち悪い笑い方をするな、さっさと口をすすげ」
「その言い草ひどくね?」
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