恋人ゆえの特権なので


「…確かに2人きりでと言いました…しかし」

雲雀に連れられて入ったホテル。
物珍しさから室内を見渡している雲雀とは対照的に、息を漏らしながら骸は額に手を当てた。

「だからといって、その手のホテルに入るのはどうかと思うのですが…」 

「あ、すごい
ゴムとか色々置いてある」

「興味津々で探索するのはやめなさい」

ベッド付近の小物入れに見つけ出したものを見ている雲雀の背後まで歩いていき、骸は軽く雲雀の頭を叩いた。

「いて」

「まったく、そういうものに興味津々な所は年齢相応と言いますか…
貴方にはまだ、こういうのは早いですよ」

「いや、僕ちゃんと付けてやってるんだけど
それとも君は付けないほうがお好み?」

「そういうわけではありません、変な誤解をしないで頂きたい」

先程よりも深い溜息が出てしまう。
骸はベッドに腰掛け、隣を軽くポンポンッと叩いた。

「こちら、座ってください」

「…それで、僕となんの話をしたいの?
この前も僕の家で散々話したと思うけど」

指示されたように雲雀は骸の隣に腰掛けながら首を傾げた。

「君って結構お喋りだよね」

「貴方よりは話をしますが、そういう意味ではありませんよ」

「ならなにを話すの?」

「…話す、といいますか…少ししたいことがありまして」

見つめられてしまい、これから話す事に少し躊躇をしていると雲雀は"あぁ"となにか気付いたかのような反応を示した。

「ここ、玩具とかコスプレ衣装とかあるけどそれ?
君、案外マニアックなんだね」

「ち、違いますよ!なにを言い出すんですか!
そういうえっちな方向ではなくてですね…!」

「えっち…」

顔を真っ赤にしながら雲雀の発言を否定し、骸は少し落ち着くように呼吸を繰り返した後、ズイッと雲雀に身体を近づけた。

「…少し、失礼します」

「?なにをする気…」

意を決したような顔をする骸に雲雀が首を傾げていると、骸はガバッと勢いよく雲雀に抱きつき、雲雀は"うぐ"と小さく声を漏らしながら受け止める。 

「ねぇ、君一体なにが」

「…」

「…まぁ、別にいいけど」

声を掛けるもなにも言わずに抱き着いたままの骸を見て、雲雀は小さく息を漏らしながら背中へと手を伸ばして抱きしめ返し、あやすように背中を撫で始めた。

…悪くはない、むしろ、心地がいいとまで言える。

雲雀の体温が自分の身体へと伝わってきて、その心地よさから骸は瞳を閉じる。

不思議と、彼と身体を重ねる時は嫌ではないんですよね…。
嫌ではない、ということはやはり僕は彼に好意を持っているのだろうか。

「ッ…ねぇ、ちょっと」

しかし、その気持ちが曖昧なまま彼との関係を続けるのはどうなのか。
そもそも、彼自身僕の気持ちは特に気にしていないよう。
自分の気持ちを僕へとぶつけ続けているのみ。

「骸」










…僕は、いったいどうしたらいいものか。










「ねぇ、骸」

「!」

骸は雲雀に名前を呼ばれ、ハッとしながら雲雀の顔を見た。

「名前、何回も呼んでるんだけど」

そうだったのか…考えに陥って全然気づきませんでしたね…。

「そうでしたか、すいません
少し考え事をしていて…なんです?」

「どうもこうもないよ」

謝罪の言葉を口にすると、雲雀は眉間に皺を寄せて骸の顔をジッと見つめている。

「え、僕なにかしましたか?」

「…君、ここがどこか分かってる?」

「ここ…ホテルでしょう?
なにを今更場所を確認しているんです…か…」

突然の問いかけに骸は部屋を見渡しながら答えると、雲雀は骸の両肩を掴んでグッとそのまま力を入れてベッドの上へと押し倒す。
いつの間にか天井を見上げる形になっており、骸はぱちぱちと数回瞬きを繰り返していると雲雀の顔がスッと目の前に現れた。

「あの、なんでしょう?」

「君からこんな場所に誘い込んで、抱きついて…僕の事煽るのも大概にしてくれる?」

「誘い込むって、貴方がここに連れてきたのではないですか
煽るも何も、僕はただ…貴方に対する気持ちを考えようと思いまして」

「僕に対する気持ち?」

少し視線をそらしながら言うとふと自分の服の中に手が入れられ、小さく身体を震わせる。

「ん…ッ何処に手を入れてるんですか、貴方」

骸は服の中に入ってきた雲雀の腕を掴みギリギリと力を込めてそれ以上の侵入を引き止める。

「君に触りたくて」

「ならくすぐったいので直で触るのはやめてください
まったく、貴方と言う人はなぜこうも僕の話を聞かないんです」

「恭弥」

「?」

「ずっと思ってたけど君、僕の名前呼んだことないよね
フルネームで呼ぶか、"貴方"っていうかぐらいで」

「…」

確かに、彼の名前を呼んだことはありませんね。
彼に言われた通り雲雀恭弥か"貴方"としか呼んでいない…。

「確かにそうですが、それって今のこの状況と関係あります?」

「関係ないよ、ただふと思っただけ
ねぇ、名前で呼んでみてよ
呼んだらやめてあげる」

雲雀の手から力が抜け、動きが止められる。

「おや、そのような簡単な事で止めてくれるんですね」

「うん、君がちゃんと呼べたらね」

「クフフ、名前を呼ぶくらい容易な事…」

骸は笑みを浮かべながら雲雀をジッと見上げて口を開こうとした。
…したのだが、思ったように口が開かない。

…おや…?

「…」

「…」

「…」

「…ねぇ、早く呼びなよ」

「…い、いえ…すいません…ちょっと時間を頂きたい」

口に出そうにも出来ない。
骸は口元を手で覆い隠しながら雲雀から視線をそらした。










名前くらい、簡単に呼べると思っていた…思っていたのだが…。










思った以上に、恥ずかしい。










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