釣った魚に餌をやらない
「着替え、してくるから待ってて」
「…」
なぜ僕は、彼に言われるがままついてきているのでしょうか…。
パタンと閉められる襖を見て骸はそう思いながら額に手を当てた。
連れてこられるがままに彼の家につき、広い和室に連れてこられてしまった。
まぁ、彼の態度について話したいと言ったのは僕ですが…こうもあっさり機会を得られるとは。
…そもそも自分から言っておいてなんですが、"僕のことが好きならそのくらいの時間取れるでしょう?"って…。
「…いや、これ以上考えるのはやめましょう
ただでさえ、彼に振り回されて参っているんです
自分の言動の失態を考えるのはよくない、精神的に」
「なに言ってるの?」
「!」
ふと背後から声が聞こえて勢いよく振り向くと、襖に寄り掛かりながらこちらをジッと見下ろしている雲雀の姿がある。
雲雀は黒の浴衣を身に纏い、普段とは違う雰囲気に骸は見入ってしまう。
「独り言言うならもう少し声抑えたら?
廊下まで聞こえてた」
パタンと入ってきた襖を閉じて雲雀は骸の隣に正座をした。
なにも言わずに自分のことを見ている骸に気付いたのか、"なに?"と首を傾げる雲雀に骸は我に返る。
「い、いえ…まさか浴衣とは思わず驚いているだけです」
「浴衣…あぁ、家ではね
洋服よりも楽だから」
「クフフ、馬子にも衣装というやつですね
お似合いですよ」
「その割に今僕に見惚れていたようだけど?」
「…」
バレている…。
「それで、僕に話ってなに?
つまらない話なら咬み殺すよ」
瞳を細めながら視線を送られる。
「…貴方に一言申したいのですが」
「うん」
骸は一息つくと雲雀へと体を向き直して姿勢を正す。
次の言葉を持つように雲雀は大人しく座り続けた。
「…貴方、以前僕に告白しましたよね」
「まぁ、したね」
「そして、僕の返事もろくに聞かずにそういう行為をした」
「そういう行為…あぁ、性行為ね」
「は、はっきり言わないでください!
なぜそう羞恥心を持ち合わせていないんですか貴方!」
「君こそこのくらいで照れるのやめなよ
案外、そういうところ初だよね…経験豊富そうなのに」
「人の事をだと思わないで頂きたい
そもそも、貴方とが初めてですが?」
「ふぅん、僕が初め…」
骸の言葉を復唱していた雲雀はぴたりと言葉を続けるのをやめて骸を見つめる。
「…なんですか」
「…君、初めてだったの?」
「当たり前でしょう
流石に、裏社会で生きていたとはいえ己の身を差し出すなんてことはしていませんよ
何度か危ない目には合いかけてはいましたが、幻術を使えば容易に対処出来ますし」
「その割には、結構感じてたけど…いたッ」
「黙りなさい」
雲雀が骸を見つめながら思い出すように言っていると遮るように骸は雲雀の脇腹を軽く小突く。
「とりあえず、僕が言いたいのはなぜ1週間も姿を現さなかったのか、ということです
以前までは散々人の邪魔をするかのように来ていたというのに」
「だから、それは言ったろう?
君としばらく戦い漬けでその仕事が溜まってたから、その処理をしてたって」
「忙しさにかまけて僕のことを忘れていた、と
なんとも都合の良い頭ですねぇ
散々、人に付きまとっていたというのに」
「…」
「まぁ、僕としましては貴方がいないおかげでゆっくりと体を休ませ、フランの修行に集中出来たのでよかったですがね」
「…ねぇ」
「はい?」
しばらく大人しく聞いていた雲雀だったが、骸の目の前へと移動をして顔を近づける。
「ちょっと、近いですから離れなさい」
「君さ、わかってる?」
「…?なにがです?」
「それ、僕に会えなくて寂しかった、って言ってるように聞こえる」
僕が、彼に会えなくて寂しかった、と?
「…いやいや、なにを言い出すんですか?
そんなわけ…な…」
きょとんとしながら雲雀を見つめ返す骸。
自分の発言を脳裏に思い浮かべていると、ハッとした表情を浮かべ頬を赤く染めた。
「…」
「…」
「…それでは、そろそれ御暇します」
「待ちなよ」
しばしの沈黙の後、骸が立ち上がろうとすると雲雀がガシッと骸の腕を掴む。
「離しなさい」
「君、寂しかったんでしょ?
それならまだいた方がいいんじゃない?」
「ッ、ち、がいますよ
僕がなぜ貴方にそのような事を思うしかないのですか
ただ僕は、人の事を勝手に抱いておいてなにも言わずに来なくなった貴方が無責任だと思っただけで」
「ふぅん、責任とってほしいんだ」
「そういうわけでは」
「安心しなよ、ちゃんと責任はとるからね」
「むぐッ」
掴んでいた腕をぐっと引き寄せ、雲雀は骸を自分の腕の中に入れると優しく抱き締めた。
「だ、だから離せと」
「なら幻術でもなんでも使えばいい
僕は前からそう言ってる」
「…こんなくだらないことで使うのは嫌なだけです
決して、貴方に好意があるからとかそういうのではありません」
抵抗を示そうとしていた骸だが少し黙り込んだ後に手の力を緩め、諦めたように息を漏らす。
「抵抗、しないんだ」
「めんどうなんでしません
貴方の場合、言っても聞かないのはわかっているので」
「…ふぅん」
「なんですか、その反応は」
雲雀を見てみると少し口元が緩んでいることに気付き、怪訝そうな表情を骸は浮かべた。
「別に、なにもないさ
今度からは君に会う頻度を増やさないと」
「いえ、結構です
来ないでいただきたい
僕としては会えなくても一向に構いませんので
なんならもう永遠に顔を合わせない方がいいです」
「…」
「ッ…え…」
骸の言葉にカチンときたのか、雲雀はそのまま押し倒すと骸はきょとんとしながら雲雀を見上げた。
「生意気だね、君」
「…貴方に言われたくありません
僕はもう帰りますから早く離し…ッ?!」
腹部になにか触れられる感触に骸はビクッと体を跳ねさせ目をやると、雲雀の手が自分の服の中に入っていることに気付き目を見開いた。
その手は骸の肌を堪能するかのように触れ、雲雀は骸の首筋に顔を埋める。
「な、なにを…いッ」
雲雀の行動を止めさせようと片手で雲雀の頭を押そうとするとピリッとした痛みが首筋に走る。
チュッと吸い付くような感触に"ん"と小さく声を漏らすと、雲雀は口を離し赤くついた痕に舌を這わせた。
「…君が僕のことを恋しくなるようにしてあげる」
「なにを馬鹿なことを」
「そうすれば、生意気な君も少しは可愛らしくなるんじゃない?」
「別に僕はそういう性格ではありませんので結構です…ッ…こら、やめなさ」
「嫌だよ」
触れられる度に体を震わせる骸を愛らしく感じ、雲雀は骸の額に唇を落とした。
「ずっと言ってるだろう?
嫌なら、幻術でもなんでも使えばいいってさ
全力で抵抗してみなよ」
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