ここからここまで


「ちょ…ろいって…君…僕のこと、騙した?」

自分を悪戯っぽい笑みで見下ろすベルを見上げながら、マーモンは微かに眉間に皺を寄せて問いかける。
それでもベルの笑みは崩れることがなく、マーモンへと手を伸ばし優しく抱きしめ始めた。

「騙したって人聞き悪くね?
騙した覚えはねぇし、仮にそう感じたんならお前が勘違いしてるだけ」

「してるだけって…君ね…」

久々にベルに抱きしめられる感覚に文句を言おうとするも、マーモンはベルの首筋に顔を埋めて背中へと腕を回して抱きしめ返す。
それに満足してしまい、マーモンは言葉を発するのをやめてしまった。

「…いいや、もう…そもそも、僕も限界だったし…」

「限界ってなんだよ?まさか、マーモンも王子に触られたくて仕方なかったーとか?」

「さっき言ったろ?僕も寂しかったってさ
君のその言い方は腹立つけどまぁ…そのとおりだったわけで…」

「ふぅん…そもそもさ、なんでこんな事言い出したのか不思議で仕方ねぇんだけど」

「こんな事?」

「べたべたしたり、触るの禁止ーって」

「…それは言ったろ?
君ももう16歳だし、僕だって赤ん坊じゃないんだから」 

「んー…それはわかるんだけどさ
お前が、王子にそう言っても聞かねぇことぐらいわかってんじゃん?」

「それは、そうだけど…」

「ねぇ、なんで?」

「…」

チラリとベルを見上げようとすると、それに合わせるようにベルの顔がひょこっとマーモンの顔を覗き込んできて2人の視線が合う。

「ッムム…」

マーモンはその視線に驚き顔を逸らそうとすると、ベルがそれをさせまいと言うようにマーモンの顎を掴んで自分の方へと向けさせた。

「にーげんなって、マーモン」

「うむむ…ちょっと、べりゅ」

「なんで?」

こつんと額と額を合わせ、ジッと至近距離で見つめられ、その瞳に吸い込まれてしまいそうになる。

「ねぇ…教えてよ、マーモン?」

「…恥ずかしいんだけど…この距離感」

「ししッ、お前が抱きしめてってーってねだったんじゃん
それに、2日間くっつけなかったんだからさ、こんぐらいよくね?」

「…はぁ…」

この王子にはなにを言っても聞かない。
それは分かりきってることじゃないか。

「…君が16歳だからとか、僕ももう赤ん坊じゃないとかさっき言ったけどさ…それは建前というか…」

「遠回しじゃなくて端的に言えよ、いつもみたいにさ」

自分の顎を掴んでいた手がそっと離され、マーモンは困ったように眉を下げ少し考えた後に意を決したようにベルを見上げた。

「…僕ね…君に触られるのさっきから言ってるけれど嫌じゃなくて…むしろ、気持ち良くて好き
出来るならさ、ずっと僕に触って欲しいし、今みたいに抱きしめて欲しい」

「なら」

「けどね、やっぱりだめなんだよ、このままじゃ」

マーモンはベルを抱きしめていた腕の力を込め、首筋に顔を埋めて顔を隠す。

「…いつか君に、大切な人が…好きな人が出来たらこういう事は出来なくなってしまう
それがいつかはわからない、遠い未来か、はたまた近い未来…その時が来て、いきなりこういう事が出来なくなったら僕耐えられない
だから、それならもう君にあまり触れずにその時に備えておこう、そう思ったんだ…だから…」

「…ふぅん…マーモン」」

大人しく話を聞いていたベルだったが、マーモンが話を終えると名前を呼び、マーモンはススッと顔を少し上げた。

「…なんだよ」

「お前ってさ、馬鹿だよな」

「…は…?」

ベルの口から発せられる言葉にマーモンはぽかんとした表情でベルを見上げると、頬へと手を伸ばされてむにむにと優しく揉まれてしまう。

「うむ、むむ、ちょ、べりゅ」

「馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿マーモン」

「んむ、ん、あの」

「ちびどちび守銭奴はなたれ小僧」

「むむ、さっきからなにを」

止まらない悪態にそろそろ痺れを切らしたマーモンがベルの手首を掴もうと手を伸ばすと、その前にパッと手を離され、その手が行方を失ってしまう。

「べ」

不意に視界に入るベルの口元には笑みが浮かんでおり、スッと自分の顔の方へと近付いてくると唇に柔らかな感触。










…え…?










「ゔぉぉい!ベル!」

「ッ!」

扉の外からどんどんと勢いよく扉を叩く音が聞こえ、ベルの顔がマーモンから離れていきベルは扉の方へと向かって歩いて行った。

「んだよ、スクアーロ」

「お前、任務のはずだろがぁ!」

「ん?んー…あー…忘れてた」

「忘れてただぁ?!」

…え、なにさっきの…さっき、僕、ベルになにされ…。

扉の方で聞こえるベルとスクアーロの会話の内容が頭に入らず、先ほど自分の身に起きた出来事を思い出しながら唇に触れる。












僕、ベルに…。











「マーモン」

「むぎゃッ!」

ひょこっとベルが顔を覗き込んできてマーモンは驚いて声をあげると、ベルは"うるさッ"と呟いた。

「王子、任務あんの忘れてたから今から行くんだよ」

「あ、あぁ…そうなんだ…」

ベッドの上に雑に置いてあった隊服の上着を羽織るベルの背中を見ながら返事をする。

ベル、特に何も言ってこないけど…もしかして…気のせいだったのかな…?
いやでも、唇、柔らかかった…し…。

「なぁに王子のことガン見してんだよ」

マーモンの視線に気付いたのかベルはマーモンへと身体を向けて首を傾げながら問いかける。

「いや…あの…その…」

「…変なマーモンッ
どーせすぐ終わる任務だし、俺の部屋で待っててもいいけど?」

「…スクアーロの書類、さっきの続きしたいから僕も部屋出るよ
君がいないのにいても意味ないし」

いつもの調子の様子にマーモンはほっとしながらも立ち上がり、部屋から出ようと扉へと向かって歩いていく。

「ふぅん…マーモン」

「ム、今度は何…」

振り返るとベルがジッとマーモンを見下ろしており、ベルは壁に追いやるように壁へと手を付けた。


…あ…。


ぼーっとしながらベルの顔を見上げていると、先ほど触れ合っていた唇が目に入り、思わずサッと顔をそらしてしまう。

「…ししッ、マーモン」

「…なんだよ、ベル」

「やっぱ王子の部屋ん中で待っててよ、スクアーロんとこ行かねぇでさ」

「はぁ…?やだって、君いないんなら意味がな」











「お前の今の顔、他の奴に見せたくねぇの」











「…」

「返事は?」

「…意味わかんない…まったく…君ってやつはいつも突拍子もない事を言って…まぁ…いいよ…」












「今日のところは君の言う通りにしてあげる…」











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