ここからここまで


「君ってさ、距離感おかしいよね」

「あん?」

任務もなく、部屋でだらだらとしている日。
ソファーに座りDVDを見ていたベルは、自分の太ももの上に大人しく座っていたマーモンが発した言葉に声を漏らす。

「距離感って?」

「まさに今、この状況の事さ
僕が赤ん坊の頃にこうやって抱っこしてるならまだしも、僕もう大人に戻ったのにいつまでも抱っこして
もう少し、距離とってほしいんだけど」

淡々と言いつつも、特に嫌がる様子はなくそのまま座り続けるマーモンに、ベルは"んー"と唸りながら肩に顎を乗せた。

マーモンと会ってから早8年。
抱っこし始めたらやたら抱き心地が良くてずーっと抱っこしてた。
むしろ、腕に収めてないとなんか落ち着かなくなってたし。
マーモンもマーモンで、最初こそは嫌がったり金せびったりしてたけど、王子がこの状態で移動したりするもんだから都合のいい乗り物扱いし始めた。
…そんで、赤ん坊の呪いが解かれて大人に戻った今では、前みたいに抱っこで移動とかは流石に出来なくなったけど、今みたいにこーやって抱っこしたりはする。

「別にいーじゃん、減るもんじゃないし」

「減る減らないの問題じゃないよ、モラルの問題さ」

「モラルって、暗殺部隊なんですけど?
なに?マーモンは嫌なわけ?」

「ムム…」

ベルの問いかけにマーモンは言葉を詰まらせ、考え込むように唸り声を漏らす。

「別に嫌とか、そういうのじゃないけど…流石にボスやスクアーロとか他の人がいる前ではやめてよ」

「えー、だってお前のことこーしてないと落ち着かねぇもん」

「ムム、ちょっと…」

腹部に回している手に少し力を込めて肩に頬を擦り寄せながら言うと、マーモンの少し戸惑う声が聞こえてくる。










あー、俺の行動一つ一つでこーんなに困っちゃって…かーわいいの。










マーモン、なんだかんだ言って王子に甘いから無闇矢鱈に突き放せねぇんだよな。
だから王子がこーやって少し甘えた声出してこんなに悩んじゃってさー…食べちゃいたい。

"あー"と口を微かに開けながら首筋に噛みつこうとすると、マーモンが突然首筋を手で押さえながらバッと勢いよくベルへと振り向いた。

「どったの、マーモン?」

「…今、何しようとした?」

「…うししッ」

微かにフードの隙間から見えるジトリとした、疑いの眼差し。
ベルはマーモンの顔を数秒見つめた後にニッとはにかんだ。

「べっつに?なーんにも?」

「…はぁ…ならいいよ」

"とりあえず離して"と言われ、ベルは大人しくマーモンの腹部に置いていた手を離す。
すると、マーモンはベルの上から退いて隣へと腰掛けた。

「ベル、しばらく僕のこと抱っこ禁止」

「はー?なんで?
別にお前嫌じゃないんだろ?」

「嫌じゃないけど、君ももう16歳なんだ
いつまでもおこちゃま脳じゃ、この先困るだろう?
だから、手始めに僕のこと抱っこは卒業しよ」

突然のマーモンからの提案に、ベルは納得いかないようにムッとした表情を浮かべてマーモンへと手を伸ばす。

「ベル、だめ」

自分に伸ばされたベルの手首をマーモンは優しく握り、ベルの太腿の上へとそっと乗せる。

「不用意に触るのも禁止」

「…すげぇ徹底すんじゃん」

「やるからには、ね
君のためにも心を鬼にしてやらないと…だから、ベル」

マーモンは微かに口元に笑みを浮かべると、自分の胸板に指を当てた後に、その指をベルの胸板へトンッと軽く当てた。











「よく覚えておいて
今日から1週間、ここからここまでが僕達の距離ってさ」










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